親友に恋をするのは大変です
「僕たち、前世で親友だったんだよ。」
「は?」
「あ、やっぱ覚えてない?」
職場の飲み会で、変な人に出会いました。
いや、前から知っていたし、あいさつくらいはしてたけど。
彼が、私のいる第2開発部の隣の第1開発部に親会社から出向してきていたのは3か月前。
いつもは部単位で行う2か月に1度の定例飲み会を合同で行うことになり、全部で50名近くになった飲み会になったのに、結局いつもの友達と一緒に座って飲んで、お手洗いに行って帰ってきたところで、声をかけてきたのが彼だった。
まともに話したのは初めてだったけれど、驚くほど話しやすい人だった。
初対面の男性とはあまり上手に話せない私が、すぐに話に夢中になれた。
結構好印象…と思った時、先ほどの爆弾発言が。
親友って。
恋人だった、とか夫婦だった、なら口説き文句の一つかなと思えるかもしれないが、親友。
男女としては微妙なポジションだった。
とりあえずこういう時は…
①話にのってみる
②「何バカなこと言ってるんですか~」と突っ込む
③虫、じゃなくて無視!
いつもの私なら、②か③のはずなのに、お酒の魔力がいい感じに効いていたようだ。
「そうなんですね!佐々木さん話やすいと思ったんです。親友だったなら当たり前ですね!」
私の反応は正解だったのか不正解だったのか、彼とそのまま連絡先を交換し、今度二人で飲みに行こうと話がまとまったところで飲み会は解散となった。
飲み会の翌日のお昼休み、いつもランチを一緒にしてる友達から佐々木さんの情報を集めてみた。
というか、飲み会での様子を見ていた彼女たちが、自ら私に情報提供してくれたのだけど。
佐々木圭介。主任。30歳、独身。
親会社から出向して来る人は、戻った時に出世コースに乗ることが多い。つまり有望株。
仕事は責任感が強く真面目。とにかく真面目。
イケメンというには何かが足りないが、爽やかで誠実そうな外見で、事務の女の子たちにはなかなか人気があるらしい。
前世がうんぬんなんて冗談を言うタイプには思えない。
あの時、彼にもお酒の魔力が働いていたのかもしれない。
前世の親友が発覚して翌週の金曜日、ついに二人で飲みに行くことになった。
前の彼氏と別れて3年。…自分で言ってびっくりした。3年も独りだとは。
行く前は久しぶりのデート(いや親友だから違うのかもしれないが、私的にはデートだ!)に少し緊張していたけれど、話し始めると楽しくてすっかり緊張は解けた。
本当に不思議な人だと思う。
帰り際、もっとお話していたいです、とつい口を滑らしてしまった私に少し驚いた彼は、すぐに笑顔で了承してくれた。タクシーに乗ってたどり着いた先は彼の一人暮らしのマンションだった。
あれ?そんなつもりじゃなかった気がするんだけど。
これってまずいの?ピンチ?でも誘ったのは私か。
いやいや、持ち帰ってほしかったわけじゃなくて、でもまだ一緒にいたかったのも本当で。
ドキドキしてきたよー。今日の下着は…大丈夫、可愛いの選んだ私、グッジョブ。
って違う。マンションで楽しくお話して帰ればいいんだ!私たち(元)親友だし!
【結果】彼にとって私は本当に親友(=女じゃない)だった
彼の部屋でお酒を飲み直し、シャワーを借りて、彼の服を借りちゃって、なんと同じベッドで寝て(!)、起きたら彼がコンビニでお昼を買ってきてくれてて、夕方近くの駅まで送ってもらって、無事に家に帰りつきましたとさ。
家に帰った私はとりあえず、泣いてしまうことにした。
その後も懲りずに、彼と何度も飲みに行った。
そのうち、毎週金曜日は彼のマンションに泊まるようになった。もちろん清く正しくお話するだけ。
期待せずに行けばそれほど辛くはなかったし、やっぱり彼と話すのは楽しかった。
恋は私の勘違いだったのかもしれない。
夜は二人で飲みに行って、そのまま彼のマンションにお泊り。
休日には毎週のように二人で出かけて、たまには土日で旅行に行ったり。
一見恋人同士な私たちは、キスはおろか、手を繋いだことさえなかった。
そんな日々を過ごしていたら、彼の出向期間の2年が終わろうとしていた。
飛行機でも2時間近くかかる親会社に戻ってしまったら、そう会う機会もないだろう。
この部屋に来るのも今日が最後になりそうだから、ずっと聞いてみたかったことを聞くことにした。
「ねぇ圭介くん。本当に前世の記憶があるの?」
「え?今更?」
彼の後ろ姿に向かって問うと、少し驚いた表情で振り返った。
「最初はそんな馬鹿なって思ったけど。でも親友だったと言われても不自然じゃないくらい確かに最初から話しやすかったし、圭介くんのこともすぐに好きになったし。」
「だったらいいんじゃないの?」
「…うん、そうだね。」
少し不機嫌になった彼に、それ以上聞くのは躊躇われた。
最後は楽しくお別れしたいし。
結局、前世で親友、がウソだったのか本当だったのかは分からなかった。
彼が戻っていった日の夜、彼が好きだったコーヒーを飲んだら目がら塩水が垂れてきた。
これは、汗だと思う。
半年後、今度は私が親会社にいた。
佐々木係長のチームに配属されたのだ。
本社で大きな案件が入ったが、人が足りず、子会社から何人か集めたらしい。
そうして、私たちの親友生活(?)は再スタートした。
今夜は私の新居で二人で飲んでいる。そういえば、いつも圭介くんの部屋だったから、私の部屋で飲むのは初めてだ。
彼はしっかり部屋着や着替えを準備してきていた。
翌朝、珍しく私が先に起きたら、目の前に彼の胸があって驚いた。腕が私の背中に回っていた。
圭介くんの匂いがする…。
しっかりしろ私!抱き枕だ、私は抱き枕。私は親友。
心の中でブツブツ唱えながら、なんとかベッドから抜け出した。
朝食を作って、ちょうど出来た頃に起きてきた彼と二人並んで朝食を食べた。卵は半熟がいいとか、ハムよりベーコンが好きとか当たり前に知っていて。当たり前に彼の好きなコーヒー豆が用意されている。私は以前は紅茶派だったんだけど。
え?圭介くんがうちに来たのは初めてでしょ?って。
いつか来るかもと思って用意したら、いつの間にか私も同じものを家でも飲むようになってしまっていたのですよ。
食後のコーヒーを飲んでゆったりとくつろいでいたら、改めて思った。
圭介くんの隣はすごく居心地がいい。
でも。このままじゃまずい、と大きくため息をついてしまう。
「圭介くんといたら、私ずっと結婚できない気がするんだけど。」
「何で?僕とすればよくない?」
「…うん、そうだね。」
「じゃあ行こうか。」
「どこに?」
「区役所。」
「なんで?」
「婚姻届もらいに。」
「…っ。」
「結婚しよう。」
「…うん。」
区役所まで、初めて手を繋いで歩いた。
そしてその日の夜、初めてキスをした。
彼とキスをすると、勝手に目から塩水があふれてきた。汗じゃない、これは涙でいいんだ。
親友のポジションに納得していたフリをしてきたけど、やっぱり本当は違ったんだと自覚した。
「なんで泣くの?そんなに嫌だった?」
少し焦った彼がおろおろと私の涙を部屋着の袖で拭いていた。
「違う、嬉しかったの。やっとキスしてもらえて。」
「やっと?いつもして…。あっ。」
一緒のベッドで寝ていた私たち。
私が寝た後、彼はいつも私にキスをして抱きしめて寝ていたらしい。
いつも彼が先に起きるから気づかなかった。
今朝のはそういうことか!
しかも、抱きしめるだけではなく、何かいろいろ触っていたらしい。
話を聞いた私は、しばらく茫然としていた。
なんだ、私はちゃんと女だと思われてたんだ、最初から。
無表情で無言で彼を見る私に、謝り続ける彼。
怒りに任せて私が叫んだ言葉は…
「私が起きてる時にしてよ!!」
そのまま押し倒されました。
あれ?私怒ってたんだけど、まぁいっか。