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色々、書きたいから。  作者: 呪理阿
死神や死霊神達の話 【ファンタジー】
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霊狩ラビリンス② (最終話)

 魔力を吸い取って大きく育った結晶が、そこを不気味に照らす。硬くて冷たい洞窟の道を、彼等はここが何処だかまるで分からないままに進んだ。三つに分かれた道は真ん中を選び、二つに分かれた道の左へ進む。

 奥へ行けば行く程に大きくなっていたかのように見えた結晶は、いつしか全てがほぼ同じ大きさになっていた。何処まで行っても、掌二つ分の長さが作ったもの。

 レイツェルの顔色が悪いように見えるのは魔力結晶が放つ色のせいだけではない筈だ。この状況で、不安にならないほうがどうかしている。

 その考え方では『どうかしている』ことになってしまうジンの耳に、聞きなれているようで聞きなれない、不思議な音が聞こえてきた。

「レイツェル、この先で少し休もうぜ」

 彼の言葉に、俯きかけていたレイツェルは弾かれたように顔を上げる。見開かれた目には、ジンの顔が妙にはっきりと映っていた。

「水の音がする」

 流れる水の音は聞きなれている。洞窟という環境のせいで、聞きなれない音に聞こえていたのだろう。

「相変わらず聴力が優れていらっしゃいますのね。宜しいですわ。休みましょう」

「ほぅ」と息を吐き、力なく微笑んだレイツェルを連れて、ジンは音のする方へと進む。すぐに、生き生きと流れる川を見つけることができた。

 自分たち以外に、動くものがある。

 透き通った冷たい水は、ざぁっという落ち着く音を立てながら流れる。彼等はそこに手を入れて、そのまま水をすくった。

「まぁ、なんて美味しいのでしょう!」

「……魔界の水が不味いんだろ」

 飲んだ水の味に、歓喜の声を上げるレイツェル。彼女を見て苦笑し、一人呟くジン。張り詰めていた空気が少し和らいだ。

 少しその場に座って休んだ後に、二人は川の流れに沿って歩き始めた。会話は無く、川が流れる音だけが響き渡る。

 水というのは、生きている物も死んだ物も寄せ付けるものらしい。ただ進むだけで、十六もの霊を見つけて狩る事ができた。当然のように、その抜け殻もいくらか見つけた。精神が弱そうな魔嬢様に、気絶されてはかなわない。ジンはそれが視界に入らぬよう、気をつけなければならなかった。

「……また居た」

 離れた所に薄い影を見つけてジンが呟く。向こうも彼を見つけたらしい。担がれた金棒を見て、一目散に逃げ出した。

「あ。待てよ」

 ジンは岩の床を蹴り、風とさほど変わらぬような速さで走り出す。霊はその体を生かし、岩壁をすり抜けて何処かへと行ってしまった。しかし、ジンも方向を変えて同じ壁の方へと向かう。霊と同じように壁をすり抜けた。

 それを見たレイツェルがどう言う表情をしていたのか。彼はちらりとも見ていない。

 ジンの方が、霊よりもずっと早かった。すぐに追いつき、一心不乱に走り続ける霊へと金棒を振り下ろした。

「あと、一霊っ」

 息を弾ませ、ジンはふわっと笑みを浮かべる。もう少しで仕事が一つ終わるのだ。

 彼は金棒を握り直す。踵を返し、来たときと同じように壁をすり抜けながらレイツェルの元へと走る。霊が無意識の内に真直ぐと走ってくれていたお陰で、記憶を辿る必要は無かった。

 最後の岩壁をすり抜けると同時に、霊体から、人間に見える体である実体へと姿を変えた。

「ジン、貴方は壁を通り抜けることができるのですね」

「できるけど。……死んでんじゃねぇぞ」

「それは貴方の態度を見れば分かりますわ」

 ばっさりとしたその言葉で、表情を浮かべていなかったジンの顔が苦笑に歪められた。

 死んだ者の気持ちを汲み取ろうとしない、むしろ汲み取れない態度。わからない物はわからないと、この仕事を始める為の勉強をしているときから割り切っていた。なるほど、レイツェルにこういわれてしまう訳だ。

「何故、壁を通って外へ出ようとなさらないのです? 簡単な事でしょうに」

「馬鹿か? んな事したら、アンタを見失っちまうだろうが。魔界に送り返さなきゃなんねぇのに、見失ってどうする」

 声音にも、表情にも、レイツェルを嘲笑うようなものが滲んでいる。

「そんな……出ることができるかどうかも分からないというのに……」

「アンタが死んだり、ここから出られなかったら貰える金も貰えなくなるからな。ここまで来たんだから、しっかり金は貰わねぇと」

 レイツェルの言葉は丸々無視して、ジンは微笑んだ。冷たいものではなく、いたずら好きの少年のような無邪気な笑み。レイツェルもそれにつられて微笑んだ。

「それなら、なんとしてもここから脱出しなければなりませんわね」

「出る気、無かったのか?」

 呆れたような声音で彼は問う。

「……正直、自信はありませんでしたわ」

「見りゃ分かったけど」

 伏目がちに言った言葉に被せるように、ジンの声が発せられた。

 まるで、さっき自分の言ったことに対する仕返しのような言い方。年下のくせに生意気な青年を一瞥し、レイツェルはどうするべきかを今はじめて、冷静な頭で考え始めた。

このまま闇雲に歩くだけでは、よほど運が良く無い限り脱出は無理だろう。俯いたり眼を閉じたりして考え続けていたレイツェルが、ふと天井を見上げた。

 いつの間にか、天井がかなり高い所になってしまっている。そこではやはり、魔力結晶が淡い光を放っていた。

「あ……っ!」

「ん、何か思いついたか?」

 急に声を上げたレイツェルに、水を飲んでいたジンが顔は向けずに聞いた。

「あの時の欠片……捨てなければ使えましたのに!」

 ジンは手の甲で口を拭いながら、貴族の令嬢が叫ぶという珍しい光景を見た。そしてポケットに手を突っ込み、そこにある冷たくて硬い物に触れる。

「欠片ってのは、魔力結晶とかいうやつの欠片か? アンタが俺に付きつけた」

「えぇ。あれがあれば、【地図魔法】が使えましたのに……」

 後悔を滲ませた声は、終わりに近づくほど小さくなった。言い切った後、彼女は大きなため息を吐いて顔を手でおおう。

「あるぜ、それ。売れるかと思って拾った」

 お守りとして拾った、とは流石に言えず、もう一つの理由を言ってポケットの中身を取り出した。

 彼の掌に転がる紫色を見て、レイツェルの顔が輝いた。

「まぁ! 貴方が貪欲で助かりましたわ!」

「お前、こんなトコ正直でよく貴族やってられるな」

 半眼で自分を見つめるジンから欠片を受け取り、彼女はそれをチョークのように右手で持った。それを四角く動かしながら、左手を踊らせる。口からは歌が流れ始めた。

 その様子を、ジンは興味無さげに見守る。

 四角く動かしていた魔力結晶は、やがて強い光を帯び始めた。紫色ではなく、白に近い薄青の光。その状態でなぞられた部分は、魔力結晶から離れてなお光りつづけ、光の四角形を形作った。

その調子で、【地図魔法】とやらはすぐに完成した。四角い縁取りは眩しくない程度に光り、その中にはこの洞窟の地図が、これまた光の線で描かれている。

「わたくし達はここですわね」

 宙に浮いたそれを覗き込むジンに、レイツェルは言った。彼女の細くて白い指が差すのは、白く点滅している小さな点。

「ふぅん、便利だな。ここの地図か」

「えぇ、でもこの結晶が無くなってしまうと消えてしまいますの」

「時間制限あんのかよ」

 ジンのポケットに入っていたときよりも小さくなってしまった、魔力結晶の欠片を見て彼は溜息混じりに呟いた。

「でも、急げば問題ございませんわ。行きますわよ」

 そう言ってドレスの裾をつまみ、レイツェルは走り始めた。ジンもその後を追う。

 地図上で動き始めた点と、出口とはかなり距離がある。それでも間に合うと信じて、二人は走った。

 今まで歩いてきた方の真逆、川の上流の方へと向かい、途中で左にそれた道へと入る。通るべき道は表されていないので、考えながら走らなければならない。ジンには、光りつづける地図がだんだんと迷路ブックの一ページに見えてきた。

 ドレス姿のレイツェルの足は、当然ながら遅い。しかし、自分とほぼ変わらない身長の彼女を担いでいくのは、ジンには無理だった。結局、二人は黙ったまま、ただ走りつづける。

 何処まで走っても、天井の魔力結晶は大きさを変えない。出口までは、まだ今まで走った分と同じだけの道のりがあった。

 ジンの体力が限界に近くなったその頃、レイツェルが恐怖に怯えた声を出した。

「もう、殆ど残っておりませんわ……」

 彼女の言葉から程なくして、地図は薄くなり、霧のように消えてしまった。

 レイツェルはへたり込み、ジンも寝そべって、荒い呼吸を整える。ある程度呼吸が整った頃に、ジンはレイツェルの方へ視線をやった。青ざめて震える彼女に、声をかける。

「大丈夫、覚えた」

 彼女は目を見開いてジンを見た。信じられないと言いたげな表情の彼女に、もう一度言ってやる。

「あの地図は覚えた。大丈夫」

 そして静かに微笑んだ。栗色で縁取られた顔には、自信が浮かんでいる。

 足を振り上げて下ろすという動作で彼は起き上がり、手を貸してレイツェルも立たせた。

 そしてジンは、迷いの無い足取りで歩き出す。何度か地図を思い出すように目を閉じるが、地図を忘れてしまったというような焦りの表情はまるで無い。

 黒いスニーカーをはいた足は迷うことなく、交互に前に出される。二人分の足音が、くぐもった音を立てた。

 彼等と洞窟を照らす魔力結晶は、やがて少しずつ小さくなり始めた。その事に気付いたジンは満足げに薄く微笑み、レイツェルも安堵の溜息を吐く。

 ついに彼等は、紫なんかではない、白い日の光を見つけた。

 レイツェルが喜びの声を上げて走り出すのを見て、ジンは肩をすくめる。そして、彼も小走りで日の光の元へと姿を現した。

「良かった……本当に、良かった」

 一足先に大迷路から踊り出た彼女が呟いているのが耳に入ったが、ジンは聞こえないフリをしてやる。

 替わりに、ぽっかりと開いた洞窟の出入り口を振り返った。

 そこには、少年の霊が一霊居る。どこかで見たような顔に、表情。くりくりした大きな目を細めて青い空を仰ぎ、嬉しそうに、人懐っこい笑みを浮かべている。

「あぁ、あの牧童……」

 ジンにこの洞窟の場所を教えてくれた牧童の顔を思い出して、呟いた。少年はきっと、彼の家族なのだろう。あの人のいい牧童の、怨みや憎しみの表情の理由がわかった。

「悪い事したな」

 悪びれも無く呟いて、ジンはその霊へと歩み寄った。

「あ。案内してくれてありがとう、お兄ちゃん。……あと、ごめんね。帰り道塞いじゃって」

 柔らかな表情をした少年の霊は、申し訳無さそうに指を弄くりながら言った。

「ん? デカブツと協力でもしたのか?」

 ジンは、天井を崩し、二人が迷路に挑戦する羽目になった元凶を思い浮かべた。

「え? ううん。違うよ。あの……魔力結晶があったから……どうやって使うのかなって試してみたら……あぁなっちゃった」

「ふぅん……。だ、そうだぞ、魔嬢様」

 彼がそう言って振り返ると、レイツェルはぷいとそっぽを向いていた。

「わたくしは、あの大きな殿方は魔法を使っていない、と申しましたの」

 拗ねたような声音を聞いて、ジンは苦笑する。その年で子供のような屁理屈をごねるな――とは、言わないでおいてやろう。

「それはそうと、あのデカブツはなんだったんだ」

 彼は首を傾げるが、それはもう考えても分からない事だ。すぐに考えるのをやめる。

 ジンは少年に向き直り、目線を合わせるようにかがんだ。

「まぁ、ちゃんと外に出て来れたんだから気にするな。……それはそうと、お前はなんで壁を通らなかったんだ?」

 ジンの問いに、霊は照れくさそうに笑った

「だって、迷路の途中で壁を通り抜けるって負けたみたいでしょ?」

 あぁ、自分ルールと言う奴か、とジンは頷いた。

「でも、俺等について来るのはありなのか?」

「自分の足で出たら、勝ちって決めたんだ」

 首をすくめて、少年は屁理屈をごねた。ジンはそうかと苦笑して、彼の頭を撫でた。

「じゃあ、逝くか」

 さすがにこの状況で金棒を振り回すわけにもいかず、ジンは彼を霊界に連れて行く、という、幽霊を冥界に送るもう一つの方法を取った。

 ジンが差し伸べた手の意味は分かっているらしい。少年は少し悲しそうな表情をして、その手を握った。

「魔嬢様も、魔界に帰るぞ。もう異世界渡りなんてするなよ」

「魔界に行くの!? やったぁ!」

 勘違いした少年は飛び上がって喜び、慌ててジンがそれを訂正しようと口を開く前に彼は言う。

「魔界って、魔法がいっぱいあるんでしょ? 本当にあったんだ! 俺、魔法大好きだから、魔界に行ったらいっぱい勉強する!」

 死んでいるはずなのに、彼は夢を語る人間と同じ、否、それ以上の明るい眼をしている。キラキラと光る瞳を向けられ、どうするべきかとジンは額を抑えた。

 すっと、走り去る布が視界の端に映った。そちらを見ると、レイツェルがドレスを風になびかせながら、獣道を走り去って行くのが見える。どうやら彼女はまだ、異世界遊びが足りないらしい。

 ジンは舌打ちし、少年をその場に残して彼女を追う。また魔法を使ってくるのなら容赦はしない、と金棒を握り直しながら――

 その後、マジョラン洞窟の入口周辺が、跡形も無いほどに破壊し尽くされているのが近所にある牧場の牧童により発見された。

 以来、この場所で行方不明者が出ることは無くなったのだという。

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