第八話 煙の行方
刀を振りおろせば、一つまた一つと死体が増えていく。
抱月は無心のままに、目に付く敵は全部斬っていった。
獣人は敵だ。だから狩らなくてはならない。
この気持ちが揺るがないようには、とにかく沢山敵を斬れば良い。
そのために、獣人が多く住み着いている海岸沿いに来たのだ。都から一番遠い場所に来ることで、何もかも忘れられるような気がして。
体に傷の数が増していくと同時に、白い刀は獣人の血を吸っていく。
とにかく何か理由が欲しかった。彼ら獣人を斬る理由が。
心の中に生まれた疑問。
かつて、あの旧京都がまだ繁栄していた頃。そこには、獣人という生き物がいなかったはずだ。
それから世界が崩壊しかけ、陰陽師だけが生き残れた。獣人が現れたのは、それから間もなくのことだったという。
抱月が生まれる、何十年も昔のことだ。
都を襲う獣人を狩る。当たり前の事実が、心の中で形を変えようとしていた。
獣人はなぜ存在するのだろうかという形に。
気が付くと、抱月の周りには鮮やかな彼岸花が咲き乱れていた。
「こんなに、斬っていたのか……」
妖の力を持つ自分が少し気を集中させて歩き回るだけで、つられた獣人が面白いように寄ってくる。後はただ斬ればいいだけだ。自分達の敵は自分達で倒さなくてはならない。
頭の中でまとまらない考えに蓋をしようと、一瞬刀を下ろす。
だがその時、背中に思い切り衝撃を受け、抵抗する間もなく前のめりに倒れこんだ。
何が起きたのかと考えなくともわかりきっていた。
鋭い痛みと骨の軋む音。背中に乗っている獣人は、このまま自分を噛み殺すことができるだろう。
うなり声が頭の上から降ってくる。しかし恐怖は感じなかった。
ためしに体に力を込めてみるが、思った以上に体力が残っていないようだ。だらりとした右手が、刀を握るのをやめた。
ふと、手のひらが真っ赤に染まっているのが目に付いた。そこで初めて、自分の血の匂いが獣と変わらないのに気づいた。
(そうだ、音羽とも──)
だが、思考をさえぎるように獣人の叫び声が聞こえてきた。ふわりと背中の重みが消える。不思議に思って起き上がると、そこには一人の陰陽師がいた。
「おいおい大丈夫か。こんな雑魚に殺されなくてよかったなー」
刀を獣人の死骸から抜きつつ、黒い狩衣の男はこちらを向いた。
「梓紗、どうしてここに」
「いやあ、たまたま通りかかったんよ。抱月こそ、なんでこんな所にいるんだ」
逆に聞き返されて戸惑うが、正直に言う必要もないと思い黙っていた。
「あ、抱月また頭掻いてる。その癖はまだ直っとらんかねー」
はっとして手を下ろした。それから何事もなかったかのように立ち上がり、刀を拾い上げて鞘にしまった。
すると梓紗はニヤリと笑い、あっという間に抱月の目の前まで寄ってきた。
「一体何を考えてたんだ。そうか、考え事してたからぼんやりしてたんだな。好きな女でもできたのか。怒らんから言ってみろよ」
八重歯とつり目。人相の悪い梓紗がそうやって笑うと、何か不吉な予感がしてくる。
彼はまだ十七歳で抱月よりも三つ年下だが、やたらとずうずうしい上に妙に勘が鋭い。
「じゃあ訊くが……お前はなんのために戦ってる」
「い、いきなり何だよ!? 突拍子もないことを平然ときいてくるやつだな」
彼は目を一度大きく見開いて、それから腕組みをする。
しかしすぐに懐に手を突っ込み、煙管を取り出す。間もなく白い煙が辺りを漂い、梓はそれが消えていくのを面白そうに眺める。
この光景を見るたびに、抱月はこの男の傍らに“儚さ”という二文字が寄り添っているように思えてならなかった。
「うーん、あえて言うなら戦わなくちゃまずいから、かな」
ひとたび口を開くと儚さはどこかへ吹き飛び、後にはただ笑っている梓紗の顔があった。
「陰陽師って、遥か昔は暦作ったり時刻を測ったりしてたんだろ。まあ、今もお役人なわけだが。でも俺たちはこんなに力を持ってるんだ、どこかで発散しなくちゃ。そのうち狂った奴が出てきたりしたら、京栄の都で殺人事件が起こって──いや、考えすぎかな」
彼は片手に煙管を持ったまま、再び刀を抜いた。
「それに自分が強くなっていくのって面白いだろ。だから俺は戦うんだ。これもこっそり吸えるしね。家で吸うと親父に怒られるんよ」
悪びれたように肩をすくめ、もう一度ゆっくりと煙管を吸う。
「じゃあ、そろそろ仕事再会するか。またな抱月。今度は気をつけろよ」
去っていく梓紗を見送り、抱月は都へ歩き出した。
思い出したように傷が痛み出し、予想通り動けなくなるほど痛くなった。
しかし、今は一刻も早く京栄に帰りたかった。
梓紗の言うことはもっともなのかもしれない。そして、彼はその信念のもとに戦っている。では自分も、一つの考えの下に行動を起こすべきなのではないだろうか。
(そうだ、なぜ獣人が存在するのか……それを確かめたい)
もし何もかも調べつくして、本当にただ獣人が自分達を殺すためだけに生まれてきたとわかれば、このまま狩りを続けよう。
しかし、彼らの存在理由が別なところにあるのだとすれば。
音羽は言葉を喋ることができた。
獣人にも、高い知能をもった者がいるということだ。だから、彼らの意思を理解することができれば。
自分は、戦いのない世界を望んでいるのかもしれない。
無意識に浮かんできた言葉は、やがて抱月の頭の中を支配していった。
お久しぶりです。大分更新が遅れてしまってすみませんでした。
今月からまた沢山執筆していきたいと思いますので、よろしくお願いします。