妖狐と喫茶店
AI未使用です。
49%や99%とは違い、三人称で書きましたがそれ以外——作品の骨格は同じ(筈)です。
「私でも化かせるもん!」
そう叫び、森を駆けるのは妖狐の子供だった。
「どうせバレるよ」
「今度は尻尾かな?」
「耳でしょ。この前母様が見てた時は人間のとで四つもあったし」
森の下へと向かう姿を見て笑っているのは兄弟姉妹。
同じ森で過ごし、様々な人間の女性に化けれる母親から、変化の術を教わっているのに一匹だけ——森を駆ける彼女だけが上手く化けれないのだ。
(私を笑っているのも今のうち...!!)
妖怪。怪異。人外。
そう呼ばれる者たちの中でも、非力な者が多い妖狐たち。彼らにとって、変化は生存に必要不可欠。故に、得意な者は尊敬の念を集め、下手な者は笑い者にされる。血を分けた兄弟姉妹の間でもそれは例外ではない。
(私でも人間を化かせるって——)
証明。
そう呼ぶには突発的で、無謀な挑戦。
母親と共に修行をしても耳や尻尾などの、狐の要素が残ってしまうのだ。
兄弟姉妹は変化のレパートリーの豊富さや、持続時間などの課題こそあれど、人間へと姿を変えられる。
やがて、妖狐はバス停へと着く。
「あの箱には入るなって、父様言ってた」
確認する様に呟くと、狐の姿のまま再び駆ける。人間を化かせたことを証明する方法など、家出同然の彼女に思いついているはずもなく——
(そろそろ化けたほうが...いいのかな?)
人間の匂いが濃くなっていき、狐の姿だと目立ちそうに感じた妖狐は人目を遮れる場所へと移動する。
人間を化かす存在としての本能か、変化を得意とする妖怪の間では化ける瞬間を見れれてはならないというものがあるのだ。
「尻尾はヨシっ!」
彼女がよくする失敗は狐の部分を残すこと。特に、尻尾と耳。次いで、毛並みや爪などを残して化けてしまう。
人間に化けた母親をお手本にしてた時以上に、人間を多種多様に見れた今の彼女には、今回の変化は少しだけ自信があったようで、確認した部分が人間とそん色ないのを見て目を輝かせる。
「——耳は......ダメだ。いつもより、小さくなっただけ......」
外見は人間の少女と言って差し支えない。服装は少し歪だが、それを彼女が気にすることはなかった。
気にしたのは、普段よりは小さいが母親譲りのキレイな狐耳。ここだけが変化から少しはみ出たらしく、可愛らしく頭の上についている。
「んん...たたんで行けば大丈...夫かな?」
今までで一番の変化だと言える。
それでも狐の部分が残ってしまったのだ。水面でそれを確認した彼女の表情は暗くなる。
(母様......)
心境は既に、何も言わずに出てしまったことへの後悔と母親の温もりへの恋しさに染まっていた。
それでも、今森に帰ってしまっては一生——変化が出来ない妖狐の笑い者になってしまう。幼くとも、彼女の頭にはその未来への確信があった。
後ろにも。前にも。
どちらを選ぶにしても、その一歩には大きな勇気がいる。
「母様。私がんばるね」
彼女は前に進むことを選ぶ。街へと入り、人間を化かしてから森へ帰ることを選んだ。
しかし。
その勇気の一歩は、容易く——儚げに散りばった。
「ねえ、あの子の狐耳可愛くない?」
「ほんとだ。ハロウィンのコスプレかな?」
「だいぶ早いじゃん。今からコスしてるとか、めっちゃ可愛い子じゃん」
街へと進む。そう決意した直後に、少女は女子高生たちに見つかった。
(バレた?)
もう少女には勇気も、冷静さもない。
自身へと近づく女子高生。勿論、女子高生という存在も、その動機も知りようは今の少女にはないのだ。
だから、その視界には恐怖のフィルターが入るのも仕方ないことだった。
「ねえお嬢ちゃ——」
「いやぁっーー!!」
少女は走った。
女子高生が持つ携帯電話。そしてカメラレンズ。
自分の魂を吸う存在にしか少女は思えず、逃げるように——狐の姿で駆けた時よりも早く走った。
人間とぶつかれば、少ない方へ。
転べば、人間がいない方へ。
周囲に人間の匂いがしないのが分かったころには、荒れた鼓動が頭の芯で響いていた。
「ぅぅう......」
儚かったけれど、絞り出した勇気の反動。
——森へと帰りたい。
少女の心にはそれしかない。
(でも——でも、でもでも!)
震える足を。
冷えた体を。
怯えた頭を。
「まだ、帰らない」
蛮勇。無理やり。首を絞めるように。
少女は、一歩を踏み出した。
それを正しい判断か、過ちかを決められるのは未来の少女のみ。
「——帰りたくないようでしたら、こちらで一息ほどお休みになりませんか?」
「ッっ!!」
「ああ。急に失礼いたしました」
少女がいた場所は路地裏。その一角。
人間の匂いがしない場所ということ以外に、少女には分からなかった。逃げ込んだ先には喫茶店があったなんて、森以外を知らない幼い妖狐が気付けるはずもない。
「急に話しかけてしまい、申し訳ございません。ここで喫茶店をしているので、お嬢さんがお家に帰りたくないのでしたら、私とお茶でも」
「きっさ......おちゃ......?」
少女の父親。人間社会に交じり、子供らのために生きている者なら既知の単語。それを知る術も、機会もなかった少女には呟き返すのがやっと。
「ええ。こんなおじさんが相手でも大丈夫でしたら」
(いい匂い)
森とは異なるけれど、森に近いものが少女の鼻腔をくすぐった。
それだけで。
その細やかなモノが、詰まっていた息を開放的にするのに十分だったらしい。
震える足も。
冷えた体も。
怯えた頭も。
首を絞めることなく、いつの間にか出ていた二歩目も。
安心に満ちている。
「お好きなカウンター席にお座りください」
勧められた先に何も分からずに少女は座る。
喫茶店のマスターは、定位置と呼ぶのが相応しい場所へと立つ。
木。葉。川。石。
自然の中で生きた少女には、喫茶店の内装は理解できない物だらけだった。
コーヒー豆の入ったガラス瓶。
磨かれた木製のカウンターテーブル。
フカフカだと思っていた木の葉や雪の山よりも柔らかい椅子。
(なんか森みたいなのに...落ち着かない)
「こちらからお好きなケーキをお選びください」
「けえき?」
出されたメニュー。
そこには丁寧な字と共に、マスターが撮影した自信作のケーキたちの写真が載っていた。
「ここに載るケーキ......甘いものとお飲み物をお出しするお店を、喫茶店と申しまして——お気に召したケーキをお出しするので、指さしていただけますか?」
マスターはメニューを見せた段階で、少女が見た目以上に幼く、文字もそこまで得意じゃないことを見抜いていた。
訳アリ。
そうは感じても、まずは少女から不安を取り除き、安心感を持たせることを優先すると決めた。
(分からない。触っても、どれも一緒だし)
少女は、恐る恐る——触れたら噛まれると身構えながら、指を伸ばす。
写真から、一番見たことのあるものに似てる。それを理由に、一つのケーキを選択した。
それを確認し、マスターは丁寧なお辞儀と共に、準備へと手を回す。
「今、お嬢さんがお選びになったのは、私の得意なケーキでしてね。ご提供にお少しお時間を頂戴いたしますが、とびっきり美味しいのをお約束します」
「ん...うん」
カチ。
火をつけて、飲み物の準備も同時に進んでいく。
川の水と木の実。森に住む妖怪たちは、基本的に人間の様に料理をしない。自然と共に、四季に沿ったものを食す。
少女の知識では、マスターの手つきとそこから香る——鼻や舌に刺激を与える未知の匂いに、自分が化かされてるのではないか。そんな、錯覚を覚え始めた。
「少しお熱いと思いますが、まずはこちらを」
ケーキより先に出てきたのは紅茶。それもミルクで抽出した、ロイヤルミルクティー。
「なに、これ?」
「優しい甘さを楽しめる飲み物です。お嬢さんの様な可愛らしいお客様には、まず最初にお勧めしておりますので僭越ながら、お作りさせていただきました」
「どうやって、飲むの?」
「まずはそのまま。もし、飲みづらい場合には、お砂糖などを足すのでおしゃってください」
「......」
恐る恐る。
まずは舐める。本能的に、父母からの教育により、毒性のある植物にはある程度の識別が可能な少女。
ロイヤルミルクティー。未知の存在。唯一、分かるのはその色が妖狐の毛並みに近い、ということだけ。
(ん...!)
「フフ......お口にあったようで良かったです」
「?! なんで分かったの?」
まだ舐めただけ。
何も言ってない。顔にも出ていない。
少女には、自分からマスターにリアクションは伝わっていないと思っているのもあり、心を覗かれたとしか思えなかった。
(人間も術が——!!)
少女の焦りは、しかしマスターの柔らかい声色で凪いだ。
「私の孫と全く同じ顔をしてますからね。美味しいものに初めて触れた時の顔を見たくて、私は喫茶店のマスターを志したんですよ」
「まご?」
人間の子供なのか。その名前がまごなのか。
親子関係はあれど、祖父母と孫の関係がないのが妖狐。
「孫というのは、私の子供の子供です。今は別々に住んでいますが、遊びに来るといつもそれを飲んでいます」
茶話の合間にケーキも完成していく。
筒状の飾り気のないケーキ。
マスターが欠けた木製スプーンを使い、シワを施す。
「丸太...」
巧みな手さばきの末に、そこには少女にも分かるものが誕生した。
「ええ。丸太に似せてお作りするブッシュドノエルです」
「ぶ、しゅ......?」
丸太と呼んで差し支えない見た目。
妖狐には、ここから何をするのか見当もつかない。
「このままでも美味しいですが、ここから私の百一点へと仕上げます」
何も分からない少女を置いて、マスターの手先が忙しなく——けれど、どこまでも丁寧で、触れれば散る花細工を相手にするように。
その手がブッシュドノエルに、雅さを与える。
「こちらで完成です。お嬢さん、お待たせ致しました」
「ぁ、はい」
人間は丸太を食べるのか。
妖狐としての常識では追いつけないことだらけ。それをずっと一人で受け止め続ける幼い身では、もはや人間に対する少しの知識すらも混ざり、溶け落ちるのも仕方がない。
「添えたフォークをお使いください」
「——こぅ...?」
用意された食器も少女には勿論のことではあるが、未知の道具だった。
マスターの身振り手振りを見て、なんとか正しい使い方で幼い手がフォークを扱い始める。
そして、既定路線と言うべきかブッシュドノエルは盛大に潰れた。
「あ」
「そこまで焦らずとも、ケーキは逃げませんよ。ゆっくりと」
(ゆっくり。ゆっくり)
今度こそという意気込み。それを全身で抑えて、少女は無事にケーキを口まで運べた。
震える手で、一度落としかけた時は焦ったが、すぐに焦りは感激へと変わる。
「おいしい!」
化かしてる尻尾はマスターには見えない。振り過ぎて、上品ではないと母親に叱られるくらいに、その尾は騒がしく動いてる。
少女の顔でマスターも喜びの顔を浮かべた。
「この丸太好き!」
ぎこちないフォークは迷いなく、ブッシュドノエルを次々と少女の口へと運ぶ。途中で勧められ、ロイヤルミルクティーを挟みながら食べる。
食べて、終えた。
「ガリガリの部分もおいしかったよ」
「ガリガリ——胡桃ですね。触感を残しながら細かくしてる自信作の要です」
胡桃。
母親の好物であり、妖狐の兄弟姉妹全員で集めたこともある。そして、漸く自身が知っている物が登場したのもあり、少女は僅かに口を溢した。
「知ってる。みんなと一緒に森で集めたこともある!」
「みんな...ご家族ですか?」
「うんっ、母様が好きだからいっぱい集めたことあるよ」
「なるほど——」
食べ終え、飲み終わった食器を下げると同時に、マスターの口から少女の心臓を跳ねさせる一言が出た。
「——お一人で、この街まで来たのですか?」
(なッ...?!)
全部バレた。
少女はそう思った。
妖狐であること。一人で人間の街に来たこと。化かすために来たこと。
しかし、マスターが言及するのは一人で来たことだけだった。
「ご家族には内緒ですか?」
「あ、えぇ...ぇぁ」
喉がつまる。
口からは息が出るのがやっと。
跳ねて荒れる心臓。
変化が解けなかっただけ、妖狐として幼いながらも立派と呼べるだろう。
「——失礼いたしました」
「え?」
まとまらない考えに頭を抱えている少女。それを見たマスターは、深々と頭を下げた。
「幼くとも、お嬢さんは一人前のレディでしたね。事情を無理にお伺いするものではございませんでした」
「れでい?」
「一人前の女性、という意味です」
「いちにん...ま、え?」
「ええ。この街まで一人で冒険して来られたのでしょう? ご立派で、レディと呼ばれるべきものです」
「私、りっぱ?」
「はい」
マスターの言葉には安心感を与える効果がある。
過去にそう言った客がいたな、とマスターは少しだけ思い出した。
「やったぁー!」
それだけ、少女の浮き沈みが激しかった。
「レディであるお嬢さんにお聴きしたいことがありますが、宜しいですか?」
「いいよー」
「では——」
マスターが聴く内容は先ほどと同じ。
家族に黙って街へ来たのか。
言い回しや、声色などを少女の表情を読んで、刺激を与えずに話を聞く。
「——母様は怒るかな?」
「怒るよりも、先ずは心配をなさっておりますよ」
そもそも兄弟姉妹が理由であって、母親は今回の家出には関係ない。
黙って出たことと、未熟な変化で人間の街へ行ったこと。その罪悪感で、母親に安心感と同等の恐怖を持ってしまったのだ。
「お母さまは恐いですか?」
「んん」
「私も母親は恐かったですが——」
何かを思い出したのか、マスターの視線は少し少女から外れる。
「——しかし、知らない方々から近づかれるのと比べたら、恐いお母さまではないと思いますよ。お嬢さんのお話を聞いた限りでは」
カウンターから出て、マスターの足先は店内の隅へと向く。
目的の品がそこに飾られているからだ。
「もし宜しければ、勇気をもって帰れるようにこちらをお供に」
少女の後ろから、マスターカウンターテーブルに麦わら帽子をそっと置いた。少しだけ年季の入った、けれど丁寧に修繕を施された麦わら帽子。
「何それ?」
「麦で出来た帽子です。今からだと日差しが強いのと、少し時期遅れですが冒険の必需品としてお使いください」
(薄いけど...)
使われ続け薄まってはいるが、麦わら帽子の匂いは少女に馴染みのあるものだった。
「これ、どうするの?」
「頭に被るものですよ」
マスターの仕草を真似て、少女は帽子を頭に載せる。
「?」
畳んでいた耳をそっと動かす。
頭に何を載せて被れば耳が見えない。
それに気づくまでに時間は要さなかった。
「私、これ欲しい!」
「勿論ですとも。お似合いですよ」
耳を隠すのに、こんな簡単な方法がある。
街に入る時みたいな場面にはもうならない、という安心感は少女に笑みを浮かばせた。
(これで人間にバレない)
「傷んできたら、またここまで冒険をしにいらしてください」
「いいの?」
「可愛いレディと、楽しいひと時を過ごせるのですから、いつでも歓迎です」
マスターは椅子から降りた少女を、出口まで案内する。
一人前のレディとして。
淑女をエスコートするように。
「ねえ」
「どうかしましたか?」
「なんて呼べばいいの?」
(何を——いや、なるほど...)
マスターは、名刺を取り出す。
「私は茜と申します。友人などからはマスターと呼ばれますが、お嬢さんはお好きなように」
「あかね。ますたー」
何度か口ずさみ、やがて少女はマスターの呼び方を決めた。
「あかねますたー!」
「はい」
「ありがとう! ばいばい!!」
少女は大きく手を振り、跳ぶように店を出た。
森を駆ける時。
街へ入る時。
路地裏に逃げ着いた時。
少女の一歩にはには勇気などの強いエネルギーが必要だった。
しかし。
跳ぶように踏んだ一歩は——そんなエネルギーを必要としてなかった。




