【小説】リカちゃんはメタリック
リカちゃんはメタリックだ。
色はよくわからないけど、とにかく光っている。小山くんは金属を見るとすぐにダマスカス鋼とかオリハルコンとか言うけれど、たぶんそういう金属じゃなくてもっと一般的なやつだ。
錆びたりしないから表面の加工もしっかりしてあるんだと思う。
リカちゃんは”歩く下町の技術力”みたいな感じで人気があるけれど、クラスには大手製造業の勤め人も少なくないから、一部のクラスメイトからは歓迎されてないみたいで、リカちゃんも大変だと思う。
リカちゃんはメタリックだけど、別に足の裏からジェット噴射で空を飛んだり掌からビームが出たりおっぱいがロケットになったりする訳じゃない。
単にメタリックなだけだ。
目のところはレンズになってるから、きっと光学ズームは搭載されているんだと思う。
体育の時間ではレンズのところにDFレンズを噛ませていたりもする。
そんなリカちゃんは可愛いと思う。
表情は無いけれど格好いいし。
でもリカちゃんは壊れてしまった。
原因は誰かが過剰にクレ556を噴射したからだ。SDカードが抜かれたからだとか単三電池を逆に差し込んだ奴がいるなんて話もあったけれど、学級会で調べた結果はクレ556の過剰噴射だった。
中のピストンが滑ったらしい。
細かい事はよくわからない。
メタリックなリカちゃんは沈黙している。
沈黙のリカちゃんだ。
リカちゃんが沈黙すると、リカちゃんに寄せられていた好意は一瞬で消えてなくなった。
みんな動くリカちゃんが好きなだけだった。今でもリカちゃんは光るのに。
リカちゃんのメタリックなボディはらくがきだらけになって、まるで町中の公衆便所みたいになってしまった。
男子のいたずらでビックリマンシールも張られていたし、女子が貼ったぷくぷくシールも何枚かあった。
いろんな人にラクガキされてしまい、リカちゃんはみんなの公衆便所になってしまった。
ある日の夕方、ぼくが忘れものに気づいて教室に戻ると、先生がリカちゃんのレンズを取り外してぽっかり空いた穴に指を挿し込んでいた。
たぶん指だと思う。
指は手からのみ生えているとは限らないから、それはきっと股間から生えた指だ。
先生は「エンジンオイルを入れてたんだよ」と笑った。
先生は股間に生やした指から白いエンジンオイルを出すらしい。
さすが先生だ。
ぼくも大人になったら親戚のおじさんみたいに背中に鬼とか鯉の模様が浮かんでくるし、先生みたいに股間から生えた指で白いエンジンオイルを出せるようになるんだろう。
リカちゃんは沈黙を保っていた。
いまはもう動かないリカちゃん、ぼくたちと一緒にいたリカちゃん。
ぼくは先生と突き飛ばすと沈黙のリカちゃんを抱えて屋上に駆け上がった。
リカちゃん、大好きなリカちゃん。
ぼくがリカちゃんの電池を直腸に入れてしまったから、ぼくの茶色い分身で汚れた乾電池を入れたから壊れてしまったリカちゃん。
振動で螺子が飛んでいく沈黙のリカちゃん。
まるで古いバイクみたいにどんどん螺子が飛んでいく。
一歩ごとに沈黙のリカちゃんはバラバラになっていく。
リカちゃん、僕の大好きなリカちゃん。
ぼくは階段で躓く。
テレ東鈍りの身体が恨めしい。ピザデブと言う将来からは逃れられないだろう。
バラバラになっていくリカちゃんは、ついに首だけになってしまった。
「がーががぴがが」
首だけになったリカちゃんが再起動を始めた。振動でピストンの位置が戻ったんだろうか。
早くしないと駄目だ。
ぼくは走る足に力を入れた。
ぼくはリカちゃんで愛を知ったのだ。
メタリックな頃のリカちゃんはどうでも良かった。単に格好良かっただけだ。
でも沈黙のリカちゃんになって、ラクガキされてシールを貼られて公衆便所みたいにされて初めてぼくさリカちゃんがの事を好きなんだと自覚した。
階段を駆け上がって鉄扉を開けるとそこには琥珀色の空が無限に広がっていた。
僕はガキを殴り飛ばしてリカを奪った。
「先生、わたしをどこへ」
僕は破れたワイシャツでリカの首を包んで背負った。
首だけになったリカを背負って給水タンクをよじ登ると、琥珀色の視界を遮るものは何もなくなった。
ワイシャツに包んだリカを取り出して膝の上に乗せてタンクに座る。琥珀色の夕焼けが空を支配している。
僕たちの為にある空だ。
鋼鉄のリカ!琥珀色のリカ!
「ご覧よリカ、僕たちの為にある景色だよ」
リカのDFレンズが外れた目に、この琥珀色の空はどう映っているんだろうか。
もう片方のレンズからは僕が入れた白いエンジンオイルが垂れている。
そのエンジンオイルも黄金の光を受けて蜂蜜の様に輝いている。
「先生あなたは」
再起動を完了したリカが僕に話かける。
「私の事を嫌いになりたかったんですか」
リカの声が割れたスピーカーから這い出る。
「違う、そうじゃないんだ」
僕は膝の上のリカに答える。
「私を破壊する事で私を嫌いになりたかった、違いますか」
リカの声は抑揚のない平坦さで這い出ている。
「違う、そうじゃないんだよ」
僕は膝の上のリカを撫でながら答える。
「私を破壊する事で私に嫌われたかったんですね」
「それはそうかも知れないな」
「私を破壊したことで最終ログにはあなたの名前が残りました」
「それで満足しておけば良かったのかな」
「再起動をして私に憎まれることで自分の存在を明確にしたかったんですね」
「なんせ僕は幽霊みたいなものだからね」
「誰にも見えてない?」
「あの頃からずっと」
「私には見えていますよ」
リカのレンズが黄金色に光って、そのあと夕陽が一瞬だけ緑色に見えた気がした。
リカはメタリックだ。
リカは格好いい。
リカは僕のものだ。
僕はリカの部品だったクリップであたりめを挟んで伸ばしながら焼いている。
リカの一部だったクリップは溶けだしてあたりめが銀色に染まっていく。
冗談じゃあない。
これじゃあ銀のあたりめ、鉄のイカになってしまう。
食べたら僕も銀色になるのだろうか。
きっも僕のエンジンオイルも銀色になる。
銀色の匂いが広がっていく。
冗談じゃあない。
僕は僕を燃やして金閣より美しく燃えるのだ。
そう、僕がリカを燃やしたように。
誰もが記憶の奥底に眠らせているリカを僕がリカを燃やす事で呼び起こしてリカを完成させたように僕も完成するのだ。
黄金色の夕陽に飛び込んで僕が黄金色に燃え尽きる事で僕も永遠のリカに、メタルリカになるのだ。
そして次の僕が僕を保存して取り出したら目のレンズを外して僕の目に白いエンジンオイルを入れて屋上で僕を黄金の中に放り込むのだ。
僕たちは換気扇の中で掻き混ぜられて空に昇っていくとオリオンの背中を遡上していくんだ。
いいかい、宇宙はきっと黄金色だから大丈夫だよ。
愛してる。




