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真実の愛に破れた元公爵子息はスラムの孤児とのんびり暮らしたい~おしかけ同居人も添えて~  作者: 沢野 りお
婚約破棄と真実の愛

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公爵子息から平民へ 8

リーンが思うよりも早く、売り家に到着することができた。貴族街を走る馬車とは違い平民の乗る馬車は速い。道は狭いし人通りも多いが、馬車を運転する者は慣れているのか、スイスイと馬車を走らせたようだった。


馬車から下りると、まず強い風が顔を打つ。そして広い草原、遠くに美しく走る馬の姿。暖かな日差しに開放される心。


「気持ちいいですね」


「でしょう? さあ、玄関こっちですよ。草が伸びてますんで足元に気を付けて」


リーンは馬車に乗っている間に目覚めた小さなレディの手を引いて、赤いレンガがかわいい家の玄関へと進む。その後ろをテオがキョロキョロとしながらついてくる。


「あ、おはな、かれてる」


ぷくぷくとした指で家の玄関前の花壇を指差すニナががっかりしたように、長い間持ち主のいなかった家は少し荒れているように見えた。


「手入れなどしてませんからね。鍵開けますね」


イェルク息子がじゃらりと鍵束をポケットから出してドアノブに差し込む。リーンはその様子をまじまじと見てコテンと首を傾げた。


「そんな鍵があるのか?」


「ああ、お客さんの家は魔道鍵ですね? ええ、前住んでいた婆さんは昔ながらの鍵で開け閉めしてましたので、魔道鍵に付け替えるなら扉ごとになりますよ」


魔道鍵とは、予め登録しておいた人物がドアに手を翳すと開閉できるものだ。リーンの場合は扉は使用人が開け閉めするものであり、自分が開け閉めするのはせいぜいトイレの扉ぐらいだったかもしれない。


ガチャリと音を立てて鍵が開けられ扉が開く。ギイギイと軋む音がするのは古いせいだろうか。煙突のある赤いレンガの三階建ての家の一階は玄関を開けたらすぐに居間だった。


「……エントランスホールもないのか」


「平民の家はこんなものですよ。ああ……魔道具がないから煮炊きは竈だったんですね。水道も……ないですねぇ」


台所は土間になっていて竈が二つあるが、使っていない間に埃をかぶっている。居間と言っても公爵家の屋敷とは違い、テーブルで食事をするだけのスペースに不釣り合いな立派な暖炉があるだけだ。


「一階にはトイレと風呂。半地下に食糧庫、ワインを貯蔵してもいいかもしれません。二階が主寝室です。ああ……階段も狭くて急だなぁ。ちびっ子たちは気をつけて」


リーンはニナの体をひょいと抱き上げて、テオを心配そうに見た。リーンの細い体では二人を抱き上げて階段を上ることは難しすぎる。


「坊主はこっちだ」


イェルク親父がテオの体を抱っこして、ひょいひょいと軽い足取りで階段を上っていく。リーンも慌ててあとを追いかけた。


二階は日当たりの良い南側に主寝室。前の持ち主のベッドが残されている。大きな窓は木板が打ち付けられているが、きっと日差しが入る明るい部屋だろう。ソファーと丸テーブルでちょっとしたお茶を楽しんでいて、使用人用の狭い部屋は裁縫室になっていた。ここでも魔道具ミシンではなく壊れた足踏みミシンが置いてあった。

反対側は客間が二部屋と物入。他にはトイレがある。またまた狭くて角度が急な階段があり、三階は使用人部屋らしい。


「婆さんは使用人を雇っていませんでしたから、物置として使ってました。足腰が弱くなって息子夫婦と同居するって引っ越していったんです。処分するのに邪魔な家具も置きっ放しですし……あまり条件はよくない家ですよ?」


イェルク息子はリーンの気持ちを翻意させようと悪い情報を耳に入れようとするが、イェルク親父にゴツンとゲンコツを貰うことになる。


「まったく……。あいつのことは気にしないで。どうします? 三階も見てみるか?」


「ええ、お願いします」


テオはイェルク親父に抱っこされたまま、再び階段を上る。三階は屋根裏部屋と言っていい作りで天井は斜め屋根だった。背の高い人は一番低いところでは頭をぶつけるだろう。


「ここは右と左にひと部屋ずつ。二~三人が同室なので広さはあります」


簡易なベッドが三つ並べて置いてあるが、古くて朽ちていそうだ。机と椅子、クローゼットが一つずつ。三階にはトイレもないし、暖炉もないから冬は寒いし夏は暑いと思う。貴族の使用人もだが、裕福な平民に仕える使用人も労働環境は悪いようだった。


「ふむ……」


リーンは顎に手を置いて考える。三階の窓から裏庭を覗くと、荒れて草が伸び放題の広い敷地と井戸が見えた。


「あの井戸は使えるのか?」


「……調べないと。でも枯れてはないと思う」


足りないものが多すぎるし、直さないといけないところも多い。だが、自分の思うようにリフォームできると思えば楽しい。


「テオ、ニナ。この家、どう思う?」


古いベッドを触ったりクローゼットを開け閉めしたりしている二人に声をかけると、きょとんとした顔でこちらを振りかえった。


「僕はこの家は素晴らしいと思うんだけど?」


パチンとウィンクしてそう伝えると、ニナはにぱっとかわいらしく笑い「ニナもすき」とはしゃいだ。


「俺も好きですけど……この家にリーン様が一人で住むのは……」


ごにょごにょと語尾を誤魔化すテオのセリフに、イェルク息子がうんうんと頷いているのがわかる。


「とりあえず、テオとニナの賛同も得られた。この家を購入することにしよう。それとリフォームするのに職人の紹介も頼めるかな?」


()()()が住むのに快適な家にしたい。そのためには資金は惜しまないよ。


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