続く悪意と策略 2
どうやら、リーンの元婚約者ガブリエラ嬢は、まだ公爵夫人になることを諦めてはいなかったらしい。
異母弟の身を案じて尋ねてきたジークハルトは、平民街の中心からやや離れた場所にポツンと建つこじんまりとした一軒家の周りに潜む騎士たちの姿に頭を抱えた。ならず者やゴロツキを雇うならまだしも、堂々とヴァルター侯爵家の騎士を使うとは、何をするつもりなのか知らないが世間知らずにもほどがある。
「……僕を襲ってどうするんです? 今さら僕が公爵家に戻りたいと泣いて懇願しても父の意見は変わらないですよ?」
下手したら、本当にユンカース公爵家の邪魔者として、ひっそりとその存在を消されてしまうかもしれない。リーンとしては、公爵の椅子など望んでもいないし、気位いの高いガブリエラ嬢との結婚はお断りしたい。今の暮らしを続けていくことが、リーンやジークハルトの望むものなのだ。
「お前の元婚約者……いや、ヴァルター侯爵もか……。ちょっと厄介な奴らだぞ? 今どき、あんなに浅はかな野心家などいない」
顔を顰めた兄は、少しリーンに顔を寄せて潜めいた雰囲気で話し始めた。
「まず、お前を誑し込んで平民へと堕とした女は、行方がわからん。付き合っていた複数の男たちも女の居場所を知らないし、借りていたアパートの部屋はそのままだ」
ついでに、勤めていた定食屋にも連絡はないし、前倒しで借りていた給金も返されていないらしいと聞いても、リーンは特に何も思わなかった。イリーネは仕事も不真面目だったし、お金にもだらしなかった。借金取りから逃げるため、誰にも言わず姿を消したのでは? と考えたぐらいだ。
ジークハルトは冷静なリーンの様子に、フンッと鼻を鳴らす。
「女が姿を消す数日前から平民街の東区には似合わない男たちが目撃されている。まるで騎士のような男たちだと」
「まさか、ヴァルター侯爵家の?」
ジークハルトはニヤリと笑って話を続ける。
「そして、我が父にも魔の手が伸びた。公爵夫人を領地に戻し、一人で後継を育てる寂しい公爵にすり寄る女性だ」
「まさか……」
父は、異母兄のジークハルトがいるので信用ならないかもしれないが、女性にうつつを抜かすタイプではない。むしろ、好悪の感情も公爵としての立場で切り捨てできる人物だ。その証拠に、自分の後継に血の繋がったジークハルトではなく、親戚からの養子を選んでいる。これはジークハルトが冒険者ギルド職員であり、下手をすると公爵家の弱味を握って冒険者ギルドに還元する危険性があるから、ジークハルトを公爵家に呼び戻すことを選択しなかったのだ。
そもそも、自分と同じく女性問題でやらかした嫡男をさっさっと放り出しているのだから、愛情を計算できる男なのである。
「相手は自信があったららしいぞ。公爵の後妻に収まるつもりで誘惑したと聞いている」
クククッと笑う兄へ、冷めた視線を投げたリーンはちょっと小首を傾げた。
「まだ母上とは離縁してませんよね?」
「自分の魅力で篭絡させたあと離縁させようと企んだんだろう。確かに公爵を落とせば、後継の養子などどうにでもなるし、後妻でも、相手が父親と同じくらいの年齢でも、公爵夫人は公爵夫人だ!」
とうとう、ジークハルトは手を叩いて笑いだした。
「そんな罠に嵌る人じゃないでしょう?」
「ああ。何回か夜会で接近したらしいが、当の公爵本人は、お前のやらかしの慰謝料が足りなかったのかと思って……ぷっ、くくく。弁護士をヴァルター侯爵家へ寄越したらしいぞ?」
「それは……」
あの自信家なガブリエラ嬢では、自分の魅力でどんな男も虜になると誤解していそうなお嬢様は、きっと父上が若い彼女に夢中になると思ったのだろう。そんなことないのに……。あれか? 僕を訪ねて公爵家に来ると愛想よく接していた父上の態度を都合のいいように曲解したのか? リーンは元婚約者の浅はかさにため息を吐きつつ思考した。
「んで、最初に戻る。公爵を落とすのは無理だと悟ったガブリエラ嬢は、養子に来る男か、お前との元さやを狙っている」
「だから、次期公爵の養子は妻子持ちですよ? 僕とよりを戻しても公爵家には戻れませんし、僕は平民なのに?」
「夢を見てんだろう? 父親のヴァルター侯爵と共にな。かわいそうに、そのバカな夢のせいで、一人の女が行方知らずだ」
泣く真似をするジークハルトは無視して、リーンは目を伏せた。貴族にとって平民の命なぞ軽い。特にガブリエラ嬢みたいな侯爵令嬢にとってイリーネを黙らせるのは簡単だ。しっかりと弱味も握られていたみたいだし。ただ、理解できないのは……。
「なぜ、侯爵家の騎士を使ったのでしょうか? 金を積んで頼めばゴロツキでも冒険者くずれでも雇えそうですが?」
「お前の耳にはまだ入ってなかったか? 実はな、公爵家の馬車が襲われた。その馬車に乗り王都に向かっていたのは……俺たちの代わりに公爵位を継ぐ養子一家だ」
しーんと部屋が静まり、ピンと張りつめた空気が二人の間を流れる。
「まさか……」
「自分の望みの弊害である一家を消そうとして失敗。自分たちが立てた計画が杜撰だったのに、実行に移したものがゴロツキだったからだと憤慨した結果、侯爵家の騎士を悪事に使うという大馬鹿が出来上がったのさ」
ジークハルトは肩を竦め顔に薄笑いを浮かべた。




