やりたいこととできること 7
公爵家の嫡男と庶子として、複雑な思いを抱える兄弟は、平民街のカフェで甘いスイーツを突きつつ、意外にも会話を楽しんでいた。
「スラム育ちのガキ三人を育てんのは難しいだろう?」
「育ててません。使用人として雇っているので、三人が僕の世話をしているんです」
子どもに自分の世話をさせていることを、恥ずかしげもなく胸を張る異母弟に苦笑したジークハルトは、前回の訪問で気になった少年について聞いてみた。
「そういえば……、一番年上のガキはどうするんだ? 冒険者になるならこっちで面倒をみてやってもいいが?」
ジークハルトも公爵家では騎士から剣術を、外に出てからはそんなおキレイな剣ではなく、生き抜くための剣を身に着けた。だからこそ、あの少年の眼の動き、体の動きには光るものを感じた。
「ああ、クルトですか? あの子は冒険者にはなりたくない事情があるんです」
クルトの父親のこと、その父親の冒険者仲間のことを話すと、ジークハルトは不愉快げに顔を顰めた。特に冒険者仲間たちが、死んだ仲間の家族にした仕打ちには思わず舌打ちが出てしまう。
「ふん、そんな奴らは冒険者を辞めてから、何をやっても上手くいかないさ。お天道さまはちゃんと見ているんだ」
「ずいぶんと子どもっぽいことを言いますね?」
クスクスと笑うと、ジークハルトは耳の先を赤くしてしまう、照れ隠しにカップに残ったお茶をゴクゴクと飲み干した。
「それで、どうすんだよ。せっかく剣の才能がありそうなのに、もったいねぇ」
ジークハルトもスラムで育った子どもが成れるのは、せいぜい冒険者ぐらいと思っているのか、他の選択肢はないと断言する言い方だった。
「……本人がやりたいなら、僕はその手助けをしますよ。いまのところは……衛兵ですかね?」
「衛兵だと?」
目を丸くするジークハルトの前で、リーンはチョコレートケーキとお茶のお代わりを店員に頼んだ。白いケーキとチョコレートケーキはテオたちにも買っていこうと考えながら。
「リーン、お前は世間知らずだから知らないかもしれないが……」
「市民登録と市民証はどうにでもなります」
コソッと小声でリーンが言うと、ジークハルトは変な顔で黙ってしまう。世間知らずだと思った異母弟が、ちゃんと金で道理を引っ込める輩だったと理解してしまったからだろう。
「……残りは推薦状なんです。商業ギルドのギルドマスターにも、誰か紹介してくれと頼みましたが……どうにも」
リーンは力なく首を横に振った。自分との関係がわかっても支障がなければ、推薦状の一つや二つは用意ができるが、リーンも平民となってしまった。かかる火の粉を振り払うには、些か心もとないことは事実だ。
「公爵家の名前も伊達じゃないからな。それでも、悪党は公爵家の弱味だとお前やその周りを狙ってくるってことか」
「迷惑です。僕はもう平民なのに」
ぷくっと子どものように頬を膨らますが、ジークハルトは、平民のくせに公爵家の力を持つリーンほど迷惑な存在はいないだろうと呆れた。
その後、ジークハルトもクルトの推薦状を書いてくれる人物を探しておくと言い置いて別れた。兄の用件は「ガブリエラ嬢には気をつけろ」ということと、「公爵家には近づくな」という警告だったみたいだ。ガブリエラ嬢には近づく気も顔を合わせるつもりもまったく微塵もないが、公爵家については、ガブリエラ嬢が公爵夫人になる画策をしているところに、公爵家を廃嫡されたリーンがウロウロしていると、ガブリエラ嬢と繋がっていると誤解され、文字通り父親の公爵に消される可能性があるからだ。
「血を分けた親子なのになぁ」
リーンはそう呟いたが、その本人も父親にはあまり情はない。反対の立場だったら、躊躇なく消していただろうと思い至り、うふふと笑った。
「さて、楽しい我が家に帰ろうか」
テオたちとふざけていれば、こんな暗い気持ちなど吹っ切れるだろう。お土産に買ったケーキを無邪気に喜ぶニナの笑顔も、クルトが淹れてくれる少し失敗気味の紅茶も、いまのリーンには必要なものだから。
ユンカース公爵家、現公爵の執務室。
「はぁーっ、やっと手続きが終わったか……」
「はい。あとは……奥様の出立のご準備ができ次第、領地へと」
信頼している執事の口から出た妻のことに、眉を寄せると口元まで歪んだ気がした公爵は、バサッと手にした書類を机に投げた。
「来月には養子家族がこちらへ来る。それまでには荷物を整理させておけ。この屋敷は爵位の引継ぎとともに明け渡すのだから」
「……はい」
執事の表情と、緊張で体を強張らせたメイドたちの様子から、妻が領地へ行くのに反対していることがわかる。しかし、妻の産んだ子が下手をうち廃嫡となったのだからしょうがない。もう一人の息子、別の女が生んだ子どもは公爵家など継ぎたくないと、よりにもよって冒険者ギルドの職員になっていた。……無理をすれば、こちらの寝首をかかれるような輩を公爵家に入れるわけにはいかん。結局、公爵の血は後継に残すことができなかったが……まあ、いい。公爵家の存続が大事である。特に……この賢者を表すエメラルドグリーンの瞳は。
「……いざとなったら、手荒な真似をしても構わん、リーンハルトがいないいま、あやつの役目は終わった」
冷徹な瞳で執事の顔を射ると、ビクンと体を跳ねさせた執事は深々と頭を下げた。
「すべては旦那様の思うがままに」
そう、邪魔なものは排除すべし。たとえ、長年連れ添った妻であろうが、高位貴族の娘だろうか……。
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