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真実の愛に破れた元公爵子息はスラムの孤児とのんびり暮らしたい~おしかけ同居人も添えて~  作者: 沢野 りお
兄と公爵家と小さな剣士

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やりたいこととできること 4

騎士になるには身分が必要である。大抵は家を継げない貴族の三男や四男が騎士になるために騎士学校へ通う。腕がそこそこあり見目がよければ近衛隊に配属され、王族の警護を任される場合もある。給与もいい。


では、平民は衛兵にしか成れないのかと尋ねられたら、「いいえ」と答えるだろう。貴族の子息が剣術に長けている者ばかりではない。どうやったって弱い者は弱い。そして、平民だからといって剣術ができないという道理はない。

衛兵や私兵でも、強くて何か偉業を成せば騎士に取り立てられることもある。その際は、徹底的に騎士道を学び、社交術やらマナーを叩きこまれるので、平民にとっては迷惑かもしれない。あと……貴族出身の騎士にいびられるのも確定だ。


さて、衛兵は誰でもなれるのか? 実力が飛びぬけていれば騎士になる道も開ける衛兵に。


「答えは……否、なんだよなぁ」


頬杖ついたリーンが、難しい顔で呟いた。


さすがに、法を守り人を取り締まる衛兵への門戸が大きく開いているわけがない。身分は問われないが、身分を証明する必要はある。当然、この国の民であり、どこの領の出身か、市民証の確認がある。この国で生まれこの国で育っていれば移民でない限り、市民登録はあるはず。そのうえで、ある程度の者からの推薦状。村の子どもなら村長やその村がある領地の代官や領主。小さな商店の子どもなら、取引のある大きな商会の会長や商業ギルドの役職の者など。保証人の意味もあるので、それなりの者の推薦状が必要になる。


……しかし、だいたいはクリアできる問題である。

そう、クルトみたいなスラム街の子どもでない限りは……。


「リーン様、準備できましたか?」


トントンとかわいいノックの音が書斎の扉から聞こえる。衛兵たちの訓練を見学するために出かける準備ができたかテオが呼びに来たのだろう。

気は重いが、楽しみにしているクルトたちのため、リーンは椅子からノロノロと立ち上がった。


「準備できているよ。じゃあ、出かけようか」


扉を開けたら、テオとニナがワクワクとした笑顔で、クルトは遠慮がちな上目遣いでリーンを見上げていた。





























わーっ、わーっと猛々しい男の声に、リーンは眉を寄せた。うるさいだけの掛け声に、やんや、やんやと囃し立てる声が重なる。衛兵の訓練というのは、リーンが経験した騎士の訓練とは違ったようだ。


「わはははは、どうした? 顔が怖いことになっているぞ」


バシッバシッと分厚い手でリーンの背中を無遠慮に叩いているのは、ここ西区衛兵だけでなく、王都の衛兵すべてを束ねる大隊長のヴェンデルだ。捕まるだろうなぁと予想はしていたが、やっぱり捕まってしまい、一緒に衛兵の訓練を見学することになってしまった。


「……いいえ。想像していた訓練と、違ったもので」


騎士の訓練は体力増強の訓練もあれば、剣や弓など武器を扱う訓練と体術などもあった。しかし……剣の訓練の場合のほとんどは、一対一の打ち合いだった。


「衛兵は街の中での捕り物も多いからな」


そう、いまでは顔馴染みになった衛兵たち、ある衛兵はナイフを持った三人相手に長剣を振るっている。他にも人質を取った悪者を押さえるのに槍の先が二股になった特殊な棒で追い立ててる衛兵もいる。かと思えば、四、五人を投げ飛ばしている猛者がいる。


「……これ、街の中を想定しているんですか?」


テオとニナ、クルトは面白がって椅子が置かれた日陰ではなく、ギリギリまで寄ってかぶりつきで見ていた。


「そうだな。王都じゃ狭いところでの捕縛がほとんどだし。馬も障害ありきで走らせる訓練をしている」


騎士であれば盾と剣。得意であれば弓や槍などを使うが……投げナイフや煙幕、発光玉などは使わない。使う騎士がいたら、卑怯だとか小賢しいとか批判を浴びると思う。自分もそんなものを使うなどと、考えたこともなかった。


「面子などどうでもいい。被害が出なければいいのさ」


そう清々しく言い切ったヴェンデルを、リーンはちょっとだけ、ほんの少しだけ、見直した。


一人の衛兵が襲いかかってきた男の横をすり抜け、振り向きざまに刃を潰した訓練用の剣を払う。背中に攻撃を受けた男が蹲ると、別の男が衛兵の背中から覆い被さった。衛兵は左手にナイフを持つと背中の男の脇腹を打ち、体が離れたところで剣を打ち下ろす。


「これで二人だーっ!」


くるりと残りの男へ顔を向けると、ペロリと舌なめずりをして剣を片手に一歩、一歩近づいていく。


「……衛兵のほうが悪者っぽいんですけど」


「まったくだな」


せめてテオとニナ、クルトが見学に来ている日は、爽やかな正義の味方らしく闘ってほしいものだ。あちこちでギャーギャーと騒ぐ声がしてうるさいし、バタバタと走るから土埃も鬱陶しい。

なのに……クルトは瞳をキラキラと輝かして衛兵の訓練に見入っていた。


「はああぁぁっ。どうしようかな?」


クルトが望むなら叶えてあげたい。市民登録と市民証などは金でどうにかなる。問題は……推薦状である。商業ギルドのギルドマスターヨハンに頼むという手もあるが……クルトとヨハンとの関わりが薄い。二人の間にいるリーンのことがバレたら、衛兵や騎士を管轄する王国軍管轄の文官を通して、ユンカース公爵である父やその寄子貴族に知られる。それらがリーンを利用するためにクルトに手を伸ばすことも考えられるし……単純にユンカース公爵家と反目する家に目を付けられたら、クルトが酷い目に遭ってしまうかもしれない。


推薦状……どうしようか、と悩むリーンであった。


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