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真実の愛に破れた元公爵子息はスラムの孤児とのんびり暮らしたい~おしかけ同居人も添えて~  作者: 沢野 りお
兄と公爵家と小さな剣士

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ご挨拶しよう 6

突然の来客、リーンの異母兄である男は、リーンの口から出た「真実の愛」という言葉にポカンと口を開けた。公爵子息として優秀に育ち、気品に溢れ、ユンカース公爵家の証であるエメラルドグリーンの瞳に見える知性に慄き、これが高位貴族の子どもというものか、と感心していたのは、まだ自分も幼いときだったと回想する。


その、貴族という見本、貴族の中の貴族である、リーンハルト・ユンカース公爵子息の口から出た、「真実の愛」という嘘くさいセリフに、リーンの兄は思考が停止した。

そして、プルプルと震える人差し指でリーンを指すと、小さな声で追及する。


「真実の愛だと? 誰と?」


「えっと……イリーネ、だったかな?」


「なぜ、真実の愛の相手の名前がうろ覚えなんだっ!」


バンッと両手でローテーブルを叩くと、茶器がガチャガチャと音を立てて、その音にビクリとクルトの体が震えた。


「……そうは言っても、自分では彼女を恋人だと思っていなかったので。ちょっとした顔見知り? 女性だったので失礼のないよう最低限のエスコートを心がけましたが……それで真実の愛が芽生えるとは。いやはや、世の中は面白いですね!」


「そんなわけあるかっ! お前……それで否定しなかったのか? 真実の愛どころか恋人でもないと?」


信じられないと口をワナワナさせて弟を問い詰めるが、当の本人はのほほんと紅茶を口に運んでいる。

カチャリとカップをソーサーに戻し、リーンはやや斜め上に視線を向け思案顔……している風を装っている。


「さて、あのときは彼女の剣幕がすごくて……黙っていたら、そうなったんです」


「わけがわからん。彼女というのは、元婚約者のガブリエラ・ヴァルター侯爵令嬢のことか?」


「ええ、そうですよ。平民との真実の愛で婚約者に裏切られた悲劇の女性として社交界で話題になっているそうですね」


ニコーッと邪気のない笑顔を兄に向ける。本来、どんな理由にせよ婚約破棄になった令嬢は傷物扱いで次の婚約にも困り、社交界では噂の的になり、屋敷又は領地に引き籠るか、修道院に行くか、条件の悪い相手と婚姻を結ぶかだが、気丈にもガブリエラは社交界で自ら婚約破棄の話を吹聴しているらしい。


「……新しい婚約相手でも見つかったのでしょうかね?」


リーンの何気ない言葉に、兄はうぐっと喉を詰まらせた。リーンの母親である公爵夫人の悋気のせいで兄弟がボツ交渉だったのに、突然兄が弟の家を訪ねてきた理由……それは、自分に火の粉がかかってきたに違いない。


「兄さんのところへ……侯爵家から打診でもありましたか?」


「……俺は知らん」


プイッと顔を背けたが、そちらの方向には興味津々で覗き見しているかわいい兄妹がいる。パチッと図らずも目が合ってしまった双方は、バタバタと慌ただしく手足を動かした。


「兄さん、落ち着いてください。テオとニナも下りておいで。クルト、一緒にお菓子でも食べてていいよ」


「……はい」


クルトはテオたちのお茶とお菓子を準備するため、後ろ髪を引かれる思いでキッチンへと移動した。テオとニナは恐る恐る階段から下りてきて、暖炉の側へ陣取り、そぉーっとリーンたちの様子を窺うことにしたみたいだ。


「賑やかだな……」


「はい。公爵家とは違いますね。でも、兄さんの職場はもっと賑やかでは?」


「あれは、うるさいって言うんだ」


ひょいと肩を竦めた兄は、少しばかりの時間、無言で考えたあと、リーンへ真摯な眼差しを向けた。


「少し……話を聞いてくれ」



















リーンの兄、ジークハルトはリーンより五歳上の二五歳になる。現ユンカース公爵がまだ公爵位を継ぐ前、公爵家のメイドとして働いていた貧乏男爵令嬢との間に生まれた。かろうじて公爵家の籍には入れてもらえたが、前公爵がいるうちは公爵家で育てられることはなかった。


父である現公爵が爵位を継ぎ、結婚したあとリーンハルトという嫡子が生まれるまで、ジークハルトは父の顔も見ることなく育った。なのに、ジークハルトが公爵家に引き取られたのは、まず働きづめだった母が死んだことと、リーンハルトの母、公爵夫人に第二子が望めなかったことが理由だった。ジークハルトは兄でありながら、リーンハルトのスペアとして公爵家に無理やり引き取られた。


平民として育ったジークハルトは、厳しい貴族教育と義母による虐めで神経をすり減らし……しかし、ふてぶてしく成長していった。公爵家に甘えることなく、ただし利用できるものは利用して、最後はリーンハルトが間違いなく公爵位を継ぐと確定してから家を出て行った。

……縁切りと脅してかなりの金子を手に。


「そのまま冒険者になったが、俺は裏方のほうが向いていると言われ、冒険者ギルドの職員になった。調査や諜報、交渉係だけどな、それなりにギルド内でも力を得たつもりだ。……それなのに、今さら公爵家を継げと言われてもなぁ……」


兄、ジークハルトはガシガシと後ろ頭を掻いて、無造作にカップを掴みグビグビと紅茶を飲み干した。


「あ、あと、お前の真実の愛の相手のイリーネだっけ? それは、アレだろう? 確か冒険者御用達の定食屋の給仕だろ? あの女には男がいるぜ? しかも一人や二人じゃない。なんで、そんな女にひっかかったんだ?」


「……それは、アレでしょうねぇ。元婚約者が下町のアクセサリーがほしいと、嘘を吐いたからでしょうねぇ」


ニコニコ。


「それ……お前、ハメられたんじゃ……」


ジークハルトの驚き顔が可笑しくて、リーンはアハハハと声を出して笑うのだった。


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