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真実の愛に破れた元公爵子息はスラムの孤児とのんびり暮らしたい~おしかけ同居人も添えて~  作者: 沢野 りお
兄と公爵家と小さな剣士

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ご挨拶しよう 3

あわあわとした門番がどこぞへと走っていったあと、眠そうな門番と裏門で立ち尽くすことになった。貴族の常として微笑みを湛えたリーンはいいとして、事情が呑み込めずポカンとしているテオとクルトが、どうしたものかと思っていると……建物からスタスタと大柄な男がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。


「ん? なんだお前たちは?」


それはこっちのセリフだとリーンは心の中で返答した。その大柄な男は衛兵の制服を崩して着ており、口の端に煙草を咥え、右手には桶を持ち、その桶にはりんごや野菜が山盛り入っている。ニナが「りんご……」と切なく呟く声が微妙に響いて聞こえた。


「嬢ちゃん、食うか?」


ぬっと目の前に出されたりんごにびっくりしたニナは、リーンの足にきゅっと抱き着く。リーンは馬車から下ろしたあと、ずっとニナを抱っこしておくべきだったと後悔した。

大柄な男の邪魔するように、リーンはニナとの間に割り込み、嘘くさい顔で笑う。


「どうも。先日、あの家に引っ越してきたものです。子どもたちと一緒に挨拶に伺いました」


にっこーっ。ニコニコとすればするほど、テオとクルトが自分から離れていくのを感じるが、いまはこの男を警戒するのが先だった。


「お、おう、そうか。俺はここ西区衛兵詰所と東区衛兵詰所を束ねる衛兵大隊長のヴェンデルだ。よろしくな。俺は愛馬に餌をやりにいくところだったんだ」


ひょいと桶を顔の高さまで掲げてみせて、大隊長はニカッと笑った。曇りなき笑顔だった。リーンが少し居たたまれない気持ちで視線を逸らすと、もう一人の門番がダーッと走って戻ってきた。もう一人、年嵩な衛兵を連れて。


「ハッ! 大隊長殿!」


「おお、ケヴィンか。こちらは近所に引っ越してきた……なんだったかな?」


「まだ名乗ってませんでしたね。僕はリーン。魔道具職人です。そして、一緒に暮らしているクルトとテオ。この子がニナです」


リーンに促され子どもたちがペコリと頭を下げる。当番の門番の拙い説明で無理やり連れてこられ、そこにはなぜか上官の大隊長がいて、やや混乱した衛兵は、リーンの顔を見てビクッと体を硬直させた。


「?」


リーンと子どもたちが同じ方向に首を傾げる。


「どうしました? あれ? 小隊長?」


最初に会った門番が、ひらひらと固まる小隊長の顔の前で手を振るが反応はない。大隊長は部下の様子を見てクククッと喉の奥で笑う。


「どうした、ケヴィン。何を驚いている?」


「いや、大隊長殿、こ、こここ、この方はそのぅ……」


リーンの顔を見て、小隊長からぶわっと汗が噴き出した。門番はそんな小隊長とリーンの間で視線をキョロキョロ。もう一人は眠そうな顔で黙って立っている。


「まあ、落ち着けや。リーン、こいつはいくつかある小隊の隊長ケヴィンだ。こいつらの上官だな」


「よろしく」


「……よ、よろしくって、大隊長殿、この方は公爵家の方ですよね? しかも……賢者の家系の。だって、瞳が、瞳がエメラルドグリーンって、そうですよね?」


小隊長は大隊長の胸倉を掴んでガクガクと揺さぶっているが、それは上官に対する態度としてはダメなのでは? とリーンは呑気に考えていた。

テオたちはリーンが貴族だったのは知っているが、いまは平民だと本人が言い切っているし、むしろ「賢者の家系」ってなんだ? と不思議顔だった。























衛兵のいくつかの班の中でも、今日の門番の当番と先ほど挨拶した小隊長ケヴィンは、リーンたちの家を含む地域が担当らしくしっかりと挨拶を交わしておいた。特にクルトやテオ、ニナには配慮をお願いしておいた。リーンとしては、今日やるべきことを終え、とても満足している。

衛兵たちをまとめる大隊長のヴェンデルから、馬の餌やりに誘われるまでは。


「ほら、嬢ちゃん。俺が抱っこしてやるから、そのりんごをこいつに食わしてやってくれ」


「はいっ」


勇ましく返事をしたニナは、今日あったばかりの強面のおじさんに両手を伸ばした。抱っこをせがむポーズである。その姿にリーンは胸がもやもやとして、不愉快な気持ちになった。ヤキモチだろう。


「……ところで魔道具職人のリーンさんよぉ、お前さん、ケヴィンのいうとおり公爵家のもんだよな?」


高位貴族相手にがさつな態度ではあるが、リーンは気にしなかった。平民という身分に不満はなかったから、それにいまは、ヴェンデルの太い腕がニナの柔い体を抱っこしているほうが気になっている。


「……挨拶したでしょう? 魔道具職人のリーンですよ。その魔道具職人の仕事もいまはお預けですが……」


「ふわはははっ。そうかそうか。賢者の家系ユンカース公爵家の印を持っている平民か……おもしろい」


リーンは面白くないし、クルトとテオが興味津々な顔でこちらを見ているのが気まずい。


「しるしってなあに?」


シャクシャクと馬がりんごを咀嚼しているのを見ていたニナが、ヴェンデルにかわいい声で尋ねる。


「嬢ちゃんは魔王って知っているか?」


「まおー? ほんにでてくる、まおー?」


ヴェンデルは「わははは」と大きな声で笑ったあと、真面目な顔でニナ、クルトとテオと子どもたちの顔を見回し、厳かに言う。


「魔王は大昔、この世界を滅ぼそうとした。これは本当にあった話なんだぞ?」


リーンは、苦虫を嚙み潰したような顔で黙ってヴェンデルの話を聞いていた。


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