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真実の愛に破れた元公爵子息はスラムの孤児とのんびり暮らしたい~おしかけ同居人も添えて~  作者: 沢野 りお
兄と公爵家と小さな剣士

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ご挨拶しよう 2

衛兵詰所に卸しているなら品質や味も保証付きだと思うが、定期的に購入するなら、ちゃんと自分で味を確かめないとダメだと思う……とクルトに懇々と説教されたリーンは、やや涙目になりながら牧場主に商品の味見を願いでた。


「わーはっはっは。いいぞ、いいぞ。ウチの牛乳やチーズは絶品だからな。ちょっと待ってろ」


ドスドスと足音を鳴らして牧場主が屋敷に引っ込むと、ややしばらくしてエプロンをしたキレイな女の人がお盆を手にこちらにやってきた。


「あらあら、いらっしゃいませ。こちらが牛乳です。どうぞ」


スッと出されたお盆にはコップが四つ。リーンはテオとクルトにコップを渡し、ニナの口元にコップの縁をあてる。ニナもちいさな手をコップに添えて、んくんくと飲んでいく。


「ぷはぁ~」


ニナがコップの牛乳を飲み干すと、リーンもコップを手にする。味見だからと一口飲むつもりが、濃い味の牛乳の甘味が美味しくて夢中で飲んでしまった。


「美味しい!」


目を見開いて空になったコップを凝視していると、クスクスと牛乳を持ってきてくれた女性が笑う。テオとクルトも口の周りに白いヒゲを蓄えてニコニコ顔だ。


「お気に召していただけましたか?」


「はい。クルト、いいよな?」


「はい! えっと、じゃあ……」


ゴソゴソとポケットから買い物メモを取り出して、クルトが主になり交渉を進めていく。女性はチラリとリーンの様子を窺ったが、特に気にしていないようだったので、こちらもクルトを取引相手として交渉していくことにする。


「リーンさま、おいしいねぇ」


ニナの笑顔がペカーッと輝いていた。




























ガタガタと荷馬車に揺られ家に戻り、買ったばかりの牛乳やチーズ、卵を冷蔵庫にしまい、再び荷馬車に乗り込み揺られているリーンたち。


これから衛兵詰所に挨拶に行くと話したら、気のいい牧場主夫婦が荷馬車を出してくれた。荷馬車を動かすのは、これからリーンの家に週一回配達にくるデニスだ。そばかすの散った顔で快活に笑う十五歳の牧場主、トーマスの三男である。


「いやぁ、あの家に買い手はつかないと思ってましたよー。オレの一番上の兄が結婚して住めばいいって話があったんですけど、ほら、魔道具が何もないから、全部新しく買ったらたいへんだって。オレのばあちゃんだって井戸の水を汲むのは嫌がりますもん」


ずいぶんとお喋りな男だった。でも、テオとニナは楽しそうにデニスの話を聞いている。

ガタン。


「はい、着きましたよ。帰りはどうします?」


「ありがとう。挨拶が終わったら中央まで乗合馬車で行くかもしれないから、大丈夫だよ」


ぴょん、ぴょんと元気よくテオとクルトが馬車から飛び降りる。それを真似して馬車からジャンプしようとするニナの体を素早く抱きとめて、デニスにお礼を言う。デニスはニナの頭を撫でつつ、ある店の名前を伝えてきた。


「そこは、ウチの牛乳や卵を使っているから、とびっきり美味いですよ!」


パチンとウィンクして、デニスは牧場へと帰っていった。


「ふむ。帰りに寄ってみようか」


いつも懸命に働くテオとクルトのご褒美に、美味しいお菓子を食べさせてあげたいとリーンは思った。


「リーン様……」


「どうしたんだい?」


さっきまでのはしゃぎっぷりが嘘のように、困惑した声でテオがリーンを呼ぶ。くるりと振り向けば、テオとクルトはピッタリと閉められた木戸の前で途方に暮れた顔をしていた。


「ああ……こっちは裏門。デニスは配達で裏門を通っているから、こっちに来ちゃったんだね」


別に裏門でも問題はない。どうせ近所に引っ越してきた挨拶だけだ。要は衛兵たちにリーンの家に子どもがいるということを認識してもらって、見回りのときに注意しておいてほしい。……むしろ、これだけの用件で正門から訪問し騎士隊長に面会を申し出るほうが問題だ。


「誰かに伝えてもらえればいいだろう」


リーンはそう考えると躊躇なく裏門をドンドンと叩いた。側にいたテオとクルトがちょっと引いている。


「なんだ?」


木戸の上からひょっこりと顔が出てきて誰何された。リーンは上を見て、やや大きい声で訪問の目的を告げる。


「やあ! 僕はリーン。近くの家に引っ越してきたから挨拶に来たんだ。ここ……開けてくれないか? ちなみに、ここまでは牧場のデニスの荷馬車に乗ってやってきたよ」


不審者じゃない証に衛兵詰所に配達に来ているデニスの名前を出してみたが、顔を覗かしている衛兵はリーンの身なりから下手したら貴族なのではと思っただけで、疑ってはいなかった。リーンの腕の中からかわいいニナがニパッと笑ったからかもしれない。


「いま、開ける」


衛兵の顔が見えなくなってすぐに木戸が内側から開かれた。門番の役を担っているのか、上から顔を出した衛兵とは別にもう一人いた。こちらは槍を持っているが、どこか眠たげでやる気のなさが溢れている門番だった。


「よくきた。お……私は西区衛兵隊のマルコだ。あ~こいつは、ラルフ。気にしなくてもいい。お……あなたたちはあの家に住んでいるのか?」


衛兵その一が指さすのはリーンたちが暮らすレンガの家だ。テオとクルトが誇らしげに頷く。


「そうか……。でも引っ越しの挨拶って誰に? それぐらいの用件じゃ隊長には取り次げないぞ?」


「でしょうね」


ちょっと困り顔で眉を下げた衛兵に、リーンはあっさりと同意してみせた。


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