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真実の愛に破れた元公爵子息はスラムの孤児とのんびり暮らしたい~おしかけ同居人も添えて~  作者: 沢野 りお
婚約破棄と真実の愛

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クルトのひとりごと

俺の臨時ご主人がポンコツだ。


いいや、違う。あの人は貴族様だ。しかも、かなり高位の……。それが、なにかやらかして平民になったらしい……。貴族が平民となっても生きていけるのは、貧しい男爵とか一代貴族とかで、高位貴族の人には無理だと思う。


スラム街でちょっと面倒をみていたかわいいテオとニナを使用人として雇ってくれて、俺の怪我も治してくれて、当座の衣食住まで世話してくれたことは、本当に感謝しているけど……リーン様はちゃんとした使用人を雇ったほうがいいと思う。リーン様の生活能力はゼロだから。


なぜか、リーン様が買った平民街西地区の中央からちょっと離れた家の二階、ベッドの上で目覚めて首を捻る。どうして、俺がご主人でもあるリーン様と一緒に寝ているんだろう? テオとニナはわかるけど……お貴族様なのにスラムで育ったガキ三人と一緒に寝るなんて……リーン様は変わった人だ。
















俺の名前はクルト。


スラム街で育った悪ガキだ。でも、王都の生まれじゃない。もうちょっと東にあるダンジョン区の出身だよ。ある程度実力のある冒険者は、ギルドの依頼を受けることより、ダンジョンに潜って稼ぐ。俺の父ちゃんがそうだった。

若いときに組んだパーティーでランクを上げて、俺が生まれる頃にはダンジョン専門の冒険者になっていたらしい。


……そして、ある日、父ちゃんはダンジョンから帰ってこなかった。待っていた母ちゃんは泣くこともできなかった。俺という乳飲み子を抱えいたことと、パーティーが全滅ならギルドの口座に貯め込んだ金が家族に分配されるが、父ちゃんのパーティーは半分が生きて帰ってきたからだ。


死んだのは父ちゃんともう一人。生き残った父ちゃんの仲間は、俺たち親子に僅かな金もくれなかったし、慰めの言葉もかけてくれなかった。

あいつらは、パーティーの金を自分たちの治療費と防具と武器の買い替え、冒険者を辞めて新しい生活を始める準備金に遣いやがった。もう一人の犠牲者は元々家族がいなかったから、俺たちだけが損をした。……父ちゃん、仲間のこと大好きだったのに、あいつらはクズだったよ。


冒険者で賑わっている街だったから、俺たちの居場所はなかったし、母ちゃんの働く場所もなかった。少し大人になってわかったけど、たぶん母ちゃんは仕事をしたくなかったのだ、夜の仕事を。


だから、まだニナぐらいの俺を連れて街を出た。辿り着いたのは王都だ。そこで朝も昼も仕事をして、夜は内職の針仕事をして、俺を食わせてくれた。でもさ、やっぱり無理が祟ったのかな? 流行り病で呆気なく……。親を亡くしたガキに大家は身ひとつで放り出した。家財道具は家賃だって取り上げられた。父ちゃんの仲間はクズだったが、王都の大人もクズだった。


テオぐらいの年齢でスラム街に流れ着き、そこからは必死に生きて生きて。たぶん、悪いことをすればもっと楽ができたかもしれないけど、父ちゃんとの約束だったから、悪いことはしなかった。誘われたし、断ったら殴られたけど、俺は盗みやスリはしなかったし、騙しもしない。

市場で屋台のおばちゃんと仲良くなって仕事をもらい、残りものを恵んでもらった。畑作業している爺ちゃんにすり寄って仕事を手伝い、飯と日用品をもらったり、民家の掃除や草むしり、子どものお守り、家畜の世話、できることを頑張って、スラム街の悪ガキと思われないように。


そうして信頼されて少し生きやすくなってきたころ、テオとニナがスラム街にやってきた。

絶対に関わるなと、俺の勘が警鐘を鳴らしたけど……ついつい手を出してしまった。ニナを必死に守ろうとするテオの姿が、母ちゃんを思い出させた。なんとかテオとニナがスラムでも食べていけるようになるまで面倒みて、俺はスラムを抜け出した。


市民として役所に登録されていない俺は、真っ当な職にはつけない。役所に登録しようとしても、子どもの俺には無理だし後見人もいない。ギルドに登録する方法もあるが、俺は父ちゃんを裏切った冒険者が大嫌いだ。でも、俺みたいなガキが登録できるギルドなんて冒険者ギルドしかない。

スラム街から出て行った連中のほとんどが冒険者だ。


それでも、冒険者だけにはなるまい。俺は母ちゃんが望んだように地に足をつけた仕事で幸せになるんだっと地道に働いていたら、本当に俺を評価してくれる人に出会えた。仕事は荷運びでキツいけど、成人まで真面目に働いたら、市民登録してもらえる。もうスラムのガキじゃない……って思ったんだけど。


「世の中は世知辛い」


旦那に気に入られた俺を敵視して虐めてくる大人がいやがった。嫌味は聞き流せるし、奴らのサボリの分まで働くのもなんてことはない。暴力は腹が立ったけど、やり返したらダメだと自制した。

でも……金を盗るところを見たら黙っていられなかった。結局、暴行されて足を折って、金を盗んだ罪まで被せられてクビだ。ちぇっ。














「リーン様……」


「あ、いや、違うよ? こいつが水を欲しそうにさわさわと葉っぱをね、揺らしてたから、こう……ジャバーっと」


「水あげすぎると、腐りますよ」


「ひぇっ」


……リーン様は高位貴族様だった。そう、元貴族の平民。そして生活能力がマイナスの残念な人だ。ちょっとした気まぐれで助けたテオとニナの面倒をみて、その知り合いの俺の命を助け、次の仕事が見つかるまで居候させてくれる。使用人の俺たちと一緒に寝て起きて、飯を食って畑仕事をする。


俺の淹れた渋くてまずい紅茶を黙って飲み、やや焦げた目玉焼きを黙って食べる。

最初、目玉焼きの焼き方を指定されたときは、意味不明で口をあんぐりと開けてリーン様を見てしまった。黄身が半熟がいいとか、両面焼いてほしいとか、なんなの? しかも卵料理は他にオムレツぐらいしか知らない俺に、スクランブルエッグとかポーチドエッグとかいろいろ教えてくれた。


リーン様は作れないけどね。


俺の名前はクルト。今の暮らしはなかなか楽しい!


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