元公爵子息と小さな家 3
グスグスと鼻を鳴らしている三人にお茶でも淹れてあげようと思ったが、あることに気が付いてピタリと動きを止めるリーンと、動かない主人の姿を見つめる子ども三人との間に不思議な空気が流れる。
「…………」
「…………」
ピタリと固まってしまったリーンにテオとニナはコテンと首を傾げ、クルトはテオとニナの背中に腕を回したまま恐る恐る声をかけてみた。
「あ、あのぅ……」
リーンは振り向かない。気のせいか手が細かく震えているみたいだ。
「…………」
「リーン様?」
「リーンさま?」
テオとニナからの呼びかけに、リーンは油が切れた機械仕掛けのようなぎこちない動きで振り返る。
「ど……どうしよう。お茶の淹れ方……わかんないや」
テオとニナたちに不自由な生活はさせたくないし、自分も快適な暮らしがしたいと、最新式の魔道具を設置した家だったが、そもそも自分でお茶を淹れたこともないリーンと、スラム街で貧しい暮らしを強いられてきたテオとニナが嗜好品であるお茶を淹れられるわけがなかった。家には高価な茶葉が数種類あり、優美なデザインのティーカップがあるけれども。
シーンと場が静まった中、クルトは小さな声を上げた。
「おれ……あ、ぼく、紅茶淹れられます。下手だけど……」
このときリーンの顔がパアーッと輝いたと、のちにクルトは語った。
「あれ? でも……子どもに紅茶は……」
クルトは立ち上がって台所へ歩く途中で、はたと思い出した。子守りを頼まれたときにいくつか食べさせちゃいけないものを教えてもらった気がする。紅茶が絶対にダメかはわからないけど……たぶん。
「ああ、そうだね。テオとニナに紅茶はダメだよね? んん、ほかに何かあったかな?」
ゴソゴソと戸棚の中を探すけれど、紅茶の茶葉とヨハンの気遣いなのか焼き菓子があるだけで、子どもが飲めそうなものはなかった。
「リーン様……俺とニナは水を飲みます」
「おみずー」
それはどうだろう? 湯冷ましを飲ますのは悪いことではないが、自分が紅茶を飲んでいる横でテオとニナが水を飲んでいるのは……罪悪感があるな?
「クルト。君たちは、普段何を飲んでいるの?」
「えっ! い、いやぁ、水……です。……ああ、子どもは果実水やミルクを飲みます!」
「ミルクか……。ミルクなら……」
リーンは台所の隅に置いてある金属の箱を開き、手を突っ込んでゴソゴソと中を漁ったあと、瓶を一本取り出した。
「あった! ミルクだ。これだけだと……ああ、あっためてハチミツを入れれば甘くて美味しいぞ」
「ホットミルクにハチミツ」
クルトが呆然と呟くが、テオとニナは満面の笑顔で喜ぶ。
「わーい、ホットミルクだー」
「ハチミツも入れてくれるって。ニナ、ミルクが甘くなるぞ!」
喜ぶ兄妹にリーンもニッコリ笑うと、衝撃に固まっているクルトへミルクの瓶を差し出す。
「クルト? ホットミルクも作れるかな?」
「はい?」
無事にリーンに紅茶、子どもたちにはハチミツ入りのホットミルクが揃ったところで、これからの話をすることになった。
「いや、これからも大事だけど、そもそもクルトはどうしてあんなところにいたんだい?」
紅茶をひと口……なんとか顔を歪めずにクルトへ尋ねる。公爵家使用人が淹れる最高級の茶葉を使った紅茶と比べるのは酷である。それはリーンにもわかっている。だから黙って再び紅茶を口に運んだ。
テオとニナはふーふーとホットミルクを冷ましていたが、クルトの話は聞きたいと顔をクルトへ向ける。
「ああ……。おれ……ぼくは荷運びの仕事に就いてたんですけど……金を盗んだって疑われて殴られて蹴られてクビになったんです」
「……それはヒドいな。でもお金は盗んだの?」
だったら暴行を受けても文句は言えないのが平民のルールだろう。子ども相手に惨いことだと思うが、お金を盗むのも立派な犯罪だ。
「盗んでないっ! あいつら……おれがスラムの孤児なのに雇われたことが気に入らないんだ。ネチネチ嫌味を言ったり荷運びしているときに足を引っかけてきたり。……金は……あいつらが盗んでるのを見て咎めたら……おれが盗ったことにされて……」
「クルト兄ちゃん……」
「クビになったけど、スラムに戻ることもできなくて……ウロウロしてたら熱が出て……腹も減って……あそこで動けなくなったんだ」
クルトは悔しそうに唇を噛み俯いてしまう。リーンは席を立ちクルトの横に移動すると背中を優しく摩ってあげた。
「ほら、ミルクを飲みなさい。甘いぞ」
「うう……はい」
その甘いホットミルクを作ったのは自分だけれどと思いつつ、両手でカップを持ちズズーッとホットミルクを啜った。
「……甘いや」
ポロポロと涙を零クルトの背を撫でながら「これはヨハン案件だなぁ」とリーンは呑気に考えていた。しかし、兄貴分であり自分たちの命の恩人であるクルトを虐げていた奴らに対して怒りが収まらないテオは、握りこぶしで熱く訴える。
「そんな奴ら許さないっ。リーン様ならギッタギッタにしてくれるよ、クルト兄ちゃん!」
「ぎったぎったーっ」
ニナは何が楽しいのか、両手を振り回してバタバタと足を動かす。鼻息荒いテオにクルトの眼がまん丸になるが、リーンも驚いてパチパチと瞬きする。
「ん~? 僕はしないかな?」
いまは何の権力もない平民になってしまったリーンなので、ここは商業ギルドのギルドマスターに丸投げするべきだとリーンは考えているのだった。




