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真実の愛に破れた元公爵子息はスラムの孤児とのんびり暮らしたい~おしかけ同居人も添えて~  作者: 沢野 りお
婚約破棄と真実の愛

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元公爵子息と小さな家 2

リーンが危惧していたとおり、身なりが汚れているクルトへの治療を避けようとする神官に、商業ギルドのギルドマスターからの紹介状と多額の寄付金で心情的に神官の頬をぶっ叩き、クルトに治癒魔法をかけさせた。

シュウウウウッと神官の手から発生した光が、クルトの腫れた右足へと吸収されると赤黒い肌がキレイになり、苦しそうだったクルトの表情も落ち着いた。


リーンたちは商業ギルドから借りた馬車に乗り、途中の店で病人でも食べれそうなものや果物を買いこみ、予定より早く新居へと引っ越すことにした。


「ホテルじゃ、クルトもゆっくりできないだろう。僕たちで看病してあげようね」


「うん」


「ニナも、がんばる」


新居に着いて、これからの新生活の期待に胸を膨らます余裕もなく、魔法鍵を開錠して中へ入りこむ。チリリンとかわいい鈴の音が鳴ったが、クルトを休ませるためあれこれと考えていた三人の耳に届くことはなかった。


「テオ。ポットに水を入れて沸かして」


「う、うん。でも、使い方わかんない」


「あー、そうか」


公爵家でも生活に使う魔道具は使用人が手にするものだが、その魔道具を作りだしていたリーンは魔道具の操作など容易い。しかし、いまはクルトという怪我人がいる。


「ニナ。クルトのこと見ててくれるかな?」


「うん。だいじょーぶ」


キリリと顔を引き締めていい返事をしてくれたが、安心できなかったリーンは、後ろ髪を引かれる思いで台所へと移動する。


「この家には魔道具が設置されているから、使い方さえ覚えれば快適に過ごせると思うよ」


リーンはテオに見せるようにまず水道の蛇口を捻って水を出す。勢いよくジャージャーと水が出る様子にテオは目を丸くした。


「水だ……」


「そして、このポットに水をここまで入れて……ここのスイッチをポチっと」


リーンがポットの上部にある出っ張りを押すと、ポット全体が一瞬光り、そのあとは何も起こらない。


「これでお湯が沸く。お湯が沸いたら音がするから。あと……クルトの寝る場所だな……」


まさか、このまま居間の床に転がしておくわけにはいかない。暖炉は気に入ったのでそのまま残してもらった。その暖炉の前には毛足の長いフカフカの絨緞を敷いてある。テオとニナが裸足で歩いても怪我をしないように。ちょっぴりリーンも裸足で歩いてみたいと思っている。


「俺たちの部屋で……」


「ううむ。本当はね、夜は僕の部屋で三人一緒に寝ようと思っていたんだ。……僕がまだ一人で過ごすのに慣れていないからさ」


だからベッドも大きいのにしたんだよとテオに伝えると、テオも嬉しそうに照れ笑いで返す。本当はテオとニナだけで夜を過ごさせるのが心配だからだ。きっとスラム街の住処で、夜は二人で体を寄せ合い眠っていたんだろう。危ない目にもあったことが何度もあると思う。


テオは夜うなされることがあるし、ニナも夜泣きすることがある。一緒に寝ることで安心して二人が眠れればいいと思っていた。


「クルトも一緒でいいんだが……」


足の怪我は教会の治癒魔法で治っているし、意外と豪快な寝姿のニナに蹴られても、たぶん大丈夫だろう。


「うん。クルトも一緒でいいか。じゃあ二階に運ぼう」


「はいっ!」


ヨハンが手配したギルド職員が、リーンたちが買い忘れている物を補充してあるだろうから、今日からこの家で生活することにしても大丈夫……のはず。

さて、食器が一人分足りないが……。客用の食器はあるかな? 

付け替えて緩やかな傾斜になった階段をクルトを抱っこして上がり、リーンの後ろにはテオとニナが続く。予定外のスタートになってしまったが、これはこれで面白いと思うリーンだった。

















二階の主の部屋のベッドにクルトを寝かせ、一階に下りてきたリーンたちはあるものと格闘していた。


「ニナもやるー」


「「だめ!」」


リーンとテオはナイフを持ち果物の皮を剥いているのだ。テオはガタガタながらも剥けてはいるが、リーンは実ごと削ぎ落している。可食部がほとんどない。


「む、むずかしいものだな」


「リーン様……あとは俺がやるよ」


「いや、もう少しでスルスルと剥ける……気がする」


気がするだけで、ぼとぼとと手から落ちているのは、食べられる甘い実の部分である。


「ニナもー」


なにかリーンと兄が楽しいことをやっている。自分も仲間に入れてとじゃれるニナをあしらいながら、真剣な顔でナイフを動かすテオ。


「……テオ?」


台所のシンクで三人が固まってわちゃわちゃとしていた間に、目が覚めたクルトが階段を下りてきたらしい。まったく気が付かなかった三人は、クルトの声にビクンと肩を揺らした。


「クルト兄ちゃん!」


テオは持っていた果物とナイフを放り出し、バタバタとクルトに向かって走り出した。ニナもポカンとその様子を見送ったあと、トテトテと小走りにテオのあとを追う。


残されたのは芯ばかりの果物を持ったリーンだけ。泣きながら再会を喜ぶ元スラム街の孤児たちの姿を眺めながら、シャリと皮を剥いた果物を齧る。


「さて、これからどうしようかな?」


公爵家を追い出されたときは、どこか静かな場所で一人暮らしをするつもりだった。朝はゆっくり、日中は読書を楽しみ、夜はランブの灯りでワインを嗜む。それなのに、畑付きの一軒家に血も繋がらない子どもたちとの同居。そのうえ、訳アリの少年が追加された。


「ふふふ。でも、どうにかなるさ」


リーンは、一口齧っただけで食べ終わってしまった果物の芯をポーンと放り投げた。


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