元公爵子息と小さな家 1
薬屋の店主と小粋な会話を楽しんだリーンたちは、ついでに昼食を食べるのにいい店を尋ねてみた。店主はポリポリと頬を指で掻くと言いにくそうに口を開く。
「美味い店はあるが……この時間は船乗りや荷運びの奴らで賑わっている。お前さんたちは中央の店まで戻ったほうがいいぞ」
「ん? 混んでいるだけではないのか?」
「ああ、お上品な奴らとは言えん。お前さんもだが、ちびどももいるしな。絡まれたくなかったら止めておいたほうがいい」
美味い店には惹かれるが、荒事が得意な奴らがうろつくのであれば、今日は諦めて商業ギルドがある中央まで戻ろう。リーンが馬車に乗って戻ろうとテオたちに提案すると、二人も大人しく頷いた。
「では、世話になった」
「おう。またなにかあったらこいや」
魔女はいなかったが、強面の気のいい店主に会えてニナはニコニコ。テオも買った薬草の種を大事に懐に抱えた。リーンはニナを抱っこしてテオと手を繋いで馬車を停めた場所まで戻ろうとして……手が空を掴んだ。
「テオ!」
急にテオが駆けだしたのだ。真っ直ぐにどこかへ向かって。慌ててリーンも追いかける。
「テオ、テオ! 待って」
貴族らしく運動不足なのとニナを抱っこしているため、テオになかなか追いつけない。息が上がってきたとき、テオの足は止まりガバッと何かに抱き着いた。
「はあはあ……テオ?」
テオが抱き着いているのは……子ども? ぐったりと家の壁に背を預けて座り込んでいる男の子だ。意識がないのだろうか? リーンがニナを腕から下ろして、泣きながら恐らく倒れている少年の名前を呼んでいるテオの肩を叩く。
「ひぃくっ。リーン様ぁ……」
「大丈夫だよ。ちょっと見せてごらん」
ガックリと首を落として座っている少年の顔は青白く口から漏れる息は細い。何気なく手を当ててみた額は燃えるように熱かった。
「熱があるな……」
何日も洗っていない髪や体からは饐えた匂いがして、汚れて穴があいた服、片方しかない靴からテオと同じスラム街の孤児だと思った。
「……クルト兄ちゃん」
「テオとニナの兄上なのかい?」
リーンの問いかけに、テオとニナはううんと首を横に振った。
「クルト兄ちゃんは、俺とニナがスラムに捨てられたときに助けてくれたんだ……」
テオの話では、スラムに二人が捨てられたあと、人身売買の輩だと思う男たちに追い駆けまわされた。そのときに助けてくれ、自分が住むあばら家に案内してくれたのがこの倒れている少年、クルトだった。
クルトは、まだ幼く働きに出ることができない二人に食べ物を分けてくれたり、スラムでの暮らし方を教えてくれたりした。テオでも働けるよう屋台のおばさんに頼んだり、店の親父に紹介してくれたりした。そのおかげでテオはリーンと会うまでの間、下働きや小間使いで小銭を稼ぎ、スラムにいても悪事を働くことなく細々とニナを育てることができた。
「二人? クルトとは別だったの?」
「クルト兄ちゃんはすごいんだ! スラムの孤児には真っ当な働き口なんてないのに、クルト兄ちゃんは半年前に荷運びの仕事に就けて、スラム街から出ていったんだよ!」
えっへんと胸を張るテオはかわいいが、では、なぜクルトはこんな街はずれで熱を出し行き倒れているのだろう? それに……。
「テオ。この子はすぐに馬車で医者に運ぼう。熱も出ているが……足を怪我している」
クルトの右脛は赤く腫れていて、どこか歪んでいるように見える。
「ほんとだ! クルト兄ちゃん!」
リーンはテオにニナを託し、クルトを背負う。テオよりも年上で背も高いのに悲しいほど軽い体だ。
「ニナ。馬車まで歩けるか?」
「うん。あるく」
ニナも心配そうにクルトの顔を見て、キュッと唇を結ぶ。リーンは逸る気持ちを抑えながら足を進めた。
馬車で平民街西側の中央に戻ると商業ギルドに馬車を停め、医者までクルトを運ぶ。平民街でも腕のいい医者は忙しくしていたが急患ということですぐに診てもらえた。
「……まず栄養不足。脱水症状。かなり衰弱してます。発熱はそのせいだけではなく、ここ。右の脛は何日も前に骨折し、それを放置していて悪化。まずいことに曲がったまま骨がくっ付いてしまっているかも……」
医者が説明している間も、助手がクルトに薬を飲ましたり清拭したりとバタバタしている。
「熱さましなどの薬は処方できますが……こちらの怪我は教会に行かれるほうがいいでしょう」
「治癒魔法ですか」
「ええ。まさか、もう一度、骨を折って添木をするわけにもいきません」
医者は病気を治すのには適しているが、怪我などは魔力を込めた薬「ポーション」や教会が施す治癒魔法のほうが効果が高いと言われている。
リーンはひととおり治療を受けたリーンを背負うと教会へと向かう。途中、テオにヨハンへと遣いに行かせた。教会でも商業ギルドのギルドマスターの紹介状は威力を発揮するだろう。
「クルトにいちゃん、げんきになる?」
へにょんと下がった眉でクルトを心配するニナに、リーンは強く頷いた。
「大丈夫。きっとすぐによくなるよ」
テオとニナの恩人ならば、絶対に助けなければいけないと決意するリーンだった。




