地球という星
地球という星
守人は、あれから二時間近く眠っただろうか
「あらっ、起きたのね」と、お昼ご飯の後片づけをしていた母が、台所から声をかけた。
守人を見るとパッチリと目を開けている。赤ちゃんと言えば、泣いて知らせるものだが、テレパシーを使えたら、確かに泣く必要はないな。愛歌にもテレパシー能力があれば、ストレスも幾分減るだろうに、などと考えていた。
母は、母乳を人肌に温めて守人に飲ませ始めた。母の顔がニヤニヤしている。二人の間にこのような会話がなされているのではないかと勝手に妄想してみた。
『あなたにお乳を飲ませることになるなんてね』
『やめろよ、咽るじゃないか』
『飲み終わったら、おむつも替えましょうね』
『いや、ラマナに替えてもらうからいいよ』
『ダメよ、あの子は上手に替えられないわ』
『下手でもかまわん』
母が、守人をハーフケットにおろし、
「さあ、守人おむつを替えましょうね」と言って、預かったカバンの方へ向かって歩いている。
『ラマナ、頼む。』
『ライラ、頼むから、言葉にしてくれ』
「仕方ないわね。おじいちゃんに、おむつを替えてもらいたいんだって」
そう言って私におむつを手渡した。
まさか私の妄想は当たっていたのか!
私は、少々緊張しながら、慣れない手つきで、孫のおむつを替えてやった。
すっきりしたところで、再び話し始めた。
「宇宙船に乗った一団から、火星のあたりに到着したという連絡が入ったものの地球に到着したという連絡がなかなか入ってこなかった。しばらくして、小さな星を見つけたという連絡があった。その星は、小さく弧を描いて回り続けていて、まるでどこかの星の衛星のようだと。宇宙船はその星に着陸すると連絡があった。
到着後の第一報は、この星は、まるで使い古されたかのようで、何一つ残されていないという連絡だ。
何もなさそうだが、星の隅々まで調べてみるとのことだった。
私たちは、期待せずに続報を待っていた時のことだ。
『なんだ、これは!』という大きな声が届いた。
眠りについていた、私たちの仲間もテレパシーでその声を聞いて飛び起き、あちらこちらから『何があったんだ!』と連絡が入るほどだった」
「何があったの?」
「報告によると、一カ所だけ丸く穴が開いていて、その向こうには青い星の一部のようなものが見える。そして、そこから微かに漏れた光が、薄らと星の外輪を照らし出し、そこには、明らかに星が存在しているのがわかったと」
「地球が見えなくなっていたのね」
「こんな星は、初めてだったよ。宇宙の星々は、お互いに共鳴し合って成長しているんだ」
「星が成長するの?」
「そうだ。だが、このように何かに覆われていたら、共鳴し合うことができない。だから、地球は他の星と比べると幼稚というか、相当遅れている星だったんだ」
「今は、成長しているの」
「ある時期から一気に成長した。それは、ライラ、君たちのお陰なんだよ」
「お陰って言われると何だか照れるわね」
「心当たりがあるだろう」
「ええ。あなたのメッセージは、いつもノートに記録していたの。それを読み直した時に気が付いたのよ。私のやっていることは、地球の次元上昇をサポートすることが目的だって。私の魂は、スターシードかも知れないって」
「スターシードと名付けられていたんだね」
「宇宙からきた魂だと書かれていたわ」
「私たちの仲間が皆に知らせるために、書いたのかも知れないな。私のメッセージに答えてくれて本当にありがとう」
「地球を発見してからどうなったの?」
「そうだ、その後だよ。地球という星を発見できたが、まだ君たちを見つけることはできてなかったんだ。地球の衛星に降りた私の仲間は、何日も地球に向かってメッセージを送り続けたが、全く返事は帰って来なかった。一旦戻ることに決めた日、歌手のムーサが、青い星に向かって私たちの星の歌『星歌』を歌い始めたんだ。その時に地球を覆っていた何かが、波打ち、切れ間が大きく広がった。ムーサは更に響きを強めて歌い続けた。すると、歌が地球からも聞こえてきたんだ。地球にいる仲間にその歌が届いたに違いない。まるで大ホールで合唱を聞いているようだったと。
ムーサは『母の歌声よ。いるわ、ここにいる』そう言った。私たちは、この地球に皆が連れてこられたと確信し、即座に奪還計画をたてることにしたんだ」
ここまで話を聞いたところで、庭の方から車の音が聞こえてきた。愛歌が迎えに来たのだろう。
「守人、今日はここまでにしましょう」
そう言って、今日の会話は終わった。
母が守人を抱きかかえ玄関に向かった。私は、おむつの入った袋を持っていき、車の助手席にのせた。
「明日も預かろうか?」
「ごめんね、明日は、夫と守人と三人で過ごしたいんだけど、いいかな?」
「いいよ、いいよ、そうしない」と言ったものの、次の話がすごく気になっていたので、ちょっと残念な気持ちになった。
守人を見送る母の横顔が少し寂しそうだった。
私は、母を元気づけようと
「母さんもさ、一人でずっとしゃべりっぱなしなんだから、たまには休みの日がないとね、明日は、ゆっくり休もう」
「そうね……」と母は一言だけ言って、自分の部屋へ入っていった。
今の言い方は、まずかったかな?独り言だと言っているようなもんだよな……。
とりあえず、明日は、一日休みだー。
月曜日の朝、いつものように母は、孫の愛歌の家に行った。
「おはよう守人、今日もかわいいわね」
「おはようライラ、昨日は、君に会えなかったから退屈だったよ。話すことができないのは何てもどかしいことか、君にも伝えたかったよ」
「そうね、話せないのは、本当にもどかしいわね。でも、たとえ言葉で伝えることができたとしても、全く伝わらないこともあるわ。その人の経験もあるし、聞く気がない人もいる。頭の中で、全く別の話に変換する人もいるのよ。人に伝えるのって本当に難しいわ」
「そうだな。どの星でも起きている問題だな……。さて、昨日の続きを話そうか」
「地球に私たちが連れ去られたとわかって、奪還計画をたてるところまで聞いたわ」
「そう、奪還計画を立てることになったんだが、地球の情報が少なすぎて、皆頭を抱えていたんだ。とにかく一つずつ事実を積み上げていくことになった。
一、テレパシーなどの交信ができない。
二、ケルベロス星人は、地球に宇宙船で入り人々をおろすことができた。
三、この地球で生存することができている。
四、地球から我々を見張り、攻撃するものは今のところいない。
五、冥王星の衛星の捕虜の兵士がいる可能性が高い。
これらのことから、地球に宇宙船で入った場合、戦になることを想定しなければならないだろう。更に、元々この星に住んでいる地球人がいる可能性もあるので、十分に注意が必要なところだった。
『思い切って、突入してみてはどうだろうか?』と会議に参加している警備隊の隊長が提案してきた。
皆、厳しい顔をして、次に口火を切るのが誰になるかを待っているようだった。そこへ、銀河M101に派遣されていた記録者が緊急報告があると言って会議室へ入ってきた。
『報告します。銀河M101では、近々、銀河大祝賀会が開催されるもようです。その内容が、五次元に上昇を果たした星を祝福するというものです。五次元に上昇することで、他の星と自由な交信、往来ができるようになったとのことです。五次元上昇の方法についても詳細を記録してきましたので、ご確認下さい』
『それは、この会議とどういう関係があるのかね?』と何人もが聞いてきた。
ラマナがこのことについて、説明を始めた。
『つまりですね、テレパシーが使えないということは、おそらく地球は、まだ次元が低い星の可能性が高いということです。本来であれば、次元が高くなって自由に行き来ができた時、初めて人類がその星に住むことが可能になるはずなのに、無理やりに押し込まれているわけです。今、地球に行っても連れ戻すこともできない上、行った者も帰ることは不可能でしょう』という推測だったのだ。私たちは、まずは、地球の次元を上げ、自由な交信、往来ができるようにする方が良いのではないかという方向で話し合いは進んで行ったのだ」
「次元を上げる方法って、どうやるの?」
「実は私たちも次元という言葉を知らなかったんだ。その報告によってはじめて知った私たちは、習った通りの方法でやってみることにしたのだ。
まず、四次元までの上昇には、地球外からのバイブレーションが必要になる。これは、地球の衛星から送ることにした」
「地球の衛星? あっ、月のことね」
「そう、月のことだ。四次元になれば、外部からの通信が可能になるということであった。私たちは、連れ去られた百人の内、半数近くが通信を受け取れるのではないかと期待したのだ。
そして、五次元に上昇するためには、外部と内部のバイブレーションを同時に起こさなければならない。四次元になった後、通信を正確に受信できる状態を常に作ることと、バイブレーションを起こす能力を身に着けることが必要というわけだ」
「通信を受信する能力は、既に備えているわけだから、あとは、バイブレーションね。どうやって起こすの?」
「ちょっと前に話した、ムーサの歌だよ。歌の響きが地球の覆いを波打たせ、切れ間を広げることに成功しただろ、それを行うことにしたんだ。この計画は、月に滞在している一団にすぐに伝えられた。歌手、ムーサは、幾日も歌い続けた。地球を覆っていたものが、徐々に薄まり、青い地球の全貌が見えてきた。
『なんて、美しいんだ』という声が聞こえてきた。
太陽の光に映し出された地球は、皆々が息をのみ込むほどの美しさだったそうだ。
その後は、テレパシーを使って、地球にいる我々の仲間に通信を送った。
『私たちは、これから、あなたたちのいる星に向かって、歌の響きを送ります。あなたたちも同時に響かせて下さい。そうすれば、この星は、次元が上昇し、脱出できるようになります』と。しかし、幾日も幾日も歌を歌い続けたけれど、全く変化がなかったのだ。流石にムーサも倒れ込んでしまった。その為に皆は、一旦度星に戻るしかなかった……。
ライラ、少し眠たくなってきたようだ。話の続きは明日にしないか」
五次元か……。
若い頃、異世界物のラノベ(ライトノベル)をよく読んでいたことを思い出した。あれはファンタジーだと思ったけど、現実だったのか……。いやいや待て待て、しっかりするんだ! そんな訳ないだろ、これは、ファンタジー、ファンタジーだ。この話が現実である証拠は、何一つないんだ。
私は、ふうーっと大きく息を吐いて、キーボードを叩く指を止め、両手をこすり合わせ、心の整理をしていた。
「おはよう守人、今日もかわいいわね」
「おはようライラ、昨日の話の続きをしようか」
「あの後、私たちを救うための一団は、星に帰ってしまったの?」
「歌手のムーサが倒れ込んでしまったから、一旦戻って治療をしなければならなかったんだ。ムーサは、懸命な治療のお陰で、かなり回復していた。私たちは、元のメンバーではなく、新たなメンバーで再び地球に向かうことにしていた。十人の有名な歌手が志願してくれたんだよ」
「ありがたいことだわ」
「ほらっ、君の大好きだった歌手、ノエルもだ」
「ノエル……。ごめんなさい、覚えていないわ」
「そうだったね‥‥‥」
「気にしないで、それでどうなったの?」
「大勢が志願してくれたにも関わらず、第二陣の出発時期は、いつまでたっても決まらなかったんだ」
「どうして? 何があったの?」
「四次元に上昇した地球は、肉体の誕生を待っていた魂で溢れかえってしまったんだ。
五次元以上の星になると肉体の生まれ変わりが極端に少なくなるんだ。生まれ変われなかった魂が地球めがけて集まったんだ。それがうわさになって、ケルベロスの宇宙船が、地球の衛星に陣取ってしまったんだよ。私たちは、地球に近づくことができず、なすすべがなかったんだ」
「そうだったのね。私が未だにここにいるということは、相当な時間が経過したということね」
「ライラ、本当にすまない。長い間待たせて申し訳なかった」
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