侵略者②
ボイスレコーダーは、一時間近く無音だった。
「おはよう守人、今日もかわいいわね」
「おはようライラ、昨日の話の続きをしよう。今日は、静かだね。ケイリーはいないのかい?」
「ええ、ケイリーは散髪に行ったの」
「そうか、今日は二人だけか。それなら、昨日の話の続きはやめて、今日は別の話をしよう」
「別の話?」
「君と私の交信の話だ。ケイリーに聞かれるとちょっと恥ずかしいからね。ライラは、覚えているかな?『白き山で待っている』そう送ったのを」
「えーっ、あなただったの? もちろん覚えているわ。あれが最初に受け取ったメッセージですもの。まさか、あなただったなんて」
「あれから、毎日私はメッセージを送り続けた。だけど、ライラには、上手く伝わってなかったようだね」
「ごめんなさい、意味が良く分からなくて、何年も無視していたわね」
「君が気付くために、メッセージに色々と細工をして何度も送ったんだ」
「ようやくわかってきたわ。そういうことだったのね。やたらと、ここに行け、あそこに行けとか、そこには青い鳥居があるとか、謎めいたメッセージだったわ。鳥居と言えば、赤く塗られたものか、石とか木のイメージしかなかったから、ふざけたメッセージだと思ったのよ。でもね、そこに行ったら本当にあったのよ。岐阜県の山の中よ。青銅でできた鳥居が青くなっていたの。その時は鳥肌が立ったわ。えっと、確か白山中居神社だったかしら。あっ、ここも白山に繋がっていたのね。すごい細工をしていたのね……。その後も、受け取っているメッセージが正しいかどうか確かめるために、南は鹿児島、北は青森まで行ったわ。そうしたら、全て当たっていたの。このメッセージは正しいんだって感じたわ。それに気づいた頃、最初のメッセージにあった白き山にいかないといけないって思ったのよ。石川県の白山、二千七百二メートル、今でも高さを覚えているわ。本格的な登山は、これが初めてで、本当に大変だったのよ。登りも息が切れそうだったし、下りはもっと大変だったわ。でもどうして、白山だったの? 特別何か、当たったようなことはなかったし、どういうことだったの?」
「ライラ、本当に君は素晴らしいよ。テレパシーの能力を復活させた上、私のメッセージをきちんと解釈し、何より行動に移してくれた。そして、私の望みである、白山に登ってくれた。本当に嬉しかったよ。なぜ白山だったか……。必死に頑張って登ってくれたライラには、ちょっと言いにくいんだけど、君の顔を見るためだったんだよ。標高二千五百メートル以上のところでないと私たちの星から、人間の顔を認識することができないんだ。ライラの顔を一目見たかったんだ」
「そういうことだったったのね。それで、私の顔を見てどうだったの?」
「私の知っているライラと同じで安心したよ。朝日に照らされたライラは若くて美しかった。誰よりも光っていたからすぐにみつけられたよ」
「あの時は、もう五十も超えていたわ。若いなんて恥ずかしいわね」
「一度だけ顔をみたらいいと思っていたけど、もう一度登ってくれたよね」
「えっ? 白山は一度登っただけだけど……。あっ、御来光を見た後、一度山小屋まで戻って、朝食をとってから、お昼前にもう一度頂上に登ったわね」
「私は、嬉しかったんだよ。本当に嬉しくて、星の仲間にテレパシーで『ライラが見える』と送ったんだ。仲間の四百人が一斉にライラを見たよ。みんな喜んでくれた」
「美しき星のテレビに出演したみたいで、なんだが恥ずかしいわ」
「ライラ、少し眠たくなってきたみたいだ。話の続きは、明日にしないか」
夜遅い時間になったが、愛歌にショートメールを送った。
『明日は、土曜日だから守人をうちで預かるよ。ゆっくり眠ったり、買い物をしておいで』
返事は朝早く届いた。
『お父さんありがとう。十時頃に守人をそっちに連れて行くね』
『了解』
朝、母に守人がうちに来ることを伝えた。母は、ハッという顔をして、奥の間に行き、押入れを開けた。
少し大きめの箱を畳の上におろし、蓋を開け中身を出した。それは、新品のハーフケットであった。大人が使うには、ひざ掛け程度にしかならず、使い道がなく長い間ここに収められていたものだ。ハーフケットを居間に準備し、玄関の掃除を始めた。
「まだハイハイもできないから、今は、うちに来ても大丈夫だけど、動くようになったら、いろいろと危ないところだらけね」
「そうだね。わりときれいにしているけど、子どもの手の届くところにいっぱい物があるし、玄関は段差が高いから落ちたら大けがしそうだね。動き回る前までに対策するか」
二人で朝食のご飯とみそ汁、卵焼きを食べ終えて、守人が到着するのを待っていた。
朝十時になると、車を運転して愛歌が来た。守人は後部座席のチャイルドシートに座って、目をパッチリあけてご機嫌のようだ。
守人を車から降ろしたあと
「これが、おむつと予備の着替え。粉ミルクは飲まないから、母乳を絞ってきたから人肌に温めて飲ませてね」と大きなバックを渡された。
母は、守人を抱っこして、準備したハーフケットの上に寝かせた。
「ちょっと、待っていてね」と言って、台所に行った。
「今日は、俺が珈琲を入れるよ。ばっちゃんは、守人のとこにいていいよ」
そう言うと、母は、居間に戻った。
「おはよう守人、今日もかわいいわね」
「おはようライラ、昨日の話の続きをしようか。いや、一昨日の話の続きをしようか」
「そうね、昨日の話も楽しかったけど、私が連れ去られた後の話はとても気になるわ」
台所で二人の会話が聞こえてきたので、慌ててボイスレコーダーを持って行って、スイッチを押した。 もう少しで、重要な話を聞き逃すところだった。
「ラマナの指示を受けた千人の記録者たちが、少しずつ情報を持って星に戻ってきた。その情報のいくつかに同じように連れ去られた事件が発生した星があった。報告によると、連れ去られた直後に後を追って行った勇敢なソルジャーが、銀河系で見失ったというのが一件。他の星では、追跡の結果、太陽系までは確認が取れたという報告が一件。テレパシーを使える宇宙人からの報告でも太陽系で交信が途絶えたという報告が一件あったとのことだった。
一度帰ってきた記録者たちは、ラマナの再度の指示で、太陽系の星に行くことを命じられた。
七つの星に派遣された記録者を待つ間、他の星へ行っていた者たちが続々と帰ってきたがこれと言って有力な情報はなかった」
七つの星? 水金地火木土天海……。左手を指折りながら数えたが、おやっ? 八つじゃないのか? 一つ足りないよなと思いながら話を聞いていた。
「太陽系に派遣された記録者で最初に戻ってきたのは、海王星に派遣された者だった。
『海王星は、氷の星です。人間のような者は一人も発見できませんでした』
次に戻ってきたのは、土星に派遣された者だった。
『土星は、雨や石が降り注いでいる星です。人間のようなものは一人も発見できませんでした』
しばらくすると三人目の記録者が天王星から帰ってきた。
『天王星は氷の星です。人間は住めそうにない場所ですが、私の問いかけにこたえる声が聞こえてきました。
『地球ではないか?』という声でした』
ラマナは目を見開いて、左側に座っていた補佐官に『地球という星があるのか?』と尋ねた。補佐官も他の者も誰一人『地球』という星があることを知らなかったのだ。水星、金星、火星からも記録者が戻ったが有力な情報ななかった。残るは、木星からの報告だけとなった。
木星に派遣された記録者が戻ったのは、三か月も後のことであった。
『大変遅くなりました。報告します。木星は液体でできた星で、人間は住むことができません。私はすぐに帰る予定でしたが、木星の衛星エウロパに寄ることにしました。エウロパは氷に囲まれているため人間は住めないと思いましたが、その内側は温暖な海が広がっており、人間が暮らしていました。その者たちから多くの情報を聞き出すことに成功しました。海王星の近くに五つの衛星を持つ冥王星があり、この冥王星をめぐって、この衛星に住むものたちが戦いを続けていたが、つい最近、この戦いに決着がつき、衛星カロンが、冥王星を支配することになったようです。戦いに負けた衛星ケルベロスの住人は、新たな永住の地を求めて銀河系を超えて侵略のために旅立ったということです』
この話を聞いたラマナは、すぐに冥王星への派遣を指示した。そこで『地球』という星の情報も詳しく調査してくるようにと。
私たちは、もうしばらくその情報が入るまで待つことになったのだ」
「太陽系の中に地球が入っているのって、私たちからすると当たり前のことなのに、美しき星では知られていなかったのね」
「ああ、誰も知らなかった。おそらく何者かによって、地球は隠されていたのだよ」
母のスラスラと流れるような言葉を間近で聞いていると、ウソをついているとは全く思えない。小難しい星の名前ですら、詰まることなく言えている。
いつもの母ならば『あれ、なんだったけ? ケロケロだったかしら』などと言いそうだ。星の名前もネットで調べてみたが、確かにその名前がある。この会話全てをまだ信じているわけではないが、最後まで注視したいと思っている。
「しばらくすると、冥王星へ派遣された五人の記録者が戻ってきた。
『報告します。冥王星を取り巻く五つの衛星では、何億年もの間、冥王星を奪い取る戦いが行われていました。その中の一つケルベロス星は、ほとんどが兵士であり、戦闘能力が非常に高く、戦闘機などを作る技術も優れていたようです』
『続いて報告します。戦いに敗れたケルベロス星人は、宇宙船に全員乗り込み、ケルベロス星を去ったとのことです』
『付け加えて報告します。その宇宙船は、銀河系の星々の住人を拉致し『地球』という星に閉じ込めたとのことです』
『地球についての報告をします。地球は、金星と火星との間にある星だということがわかりました。その地球には、銀河系の人々の他、冥王星の衛星同士の戦いで捕虜となった兵士ら約一億人が閉じ込められているもようです』
やはり、地球という星に、ライラたちが閉じ込められている可能性が高いと私たちは判断した。
ラマナは地球に向かう一団を結成させた。記録者十名、星を守る者五名、技術者五名、医師一名、歌手一名が宇宙船に乗って地球へ向かったのだ」
「歌手一名?」
「彼女は、星一番の有名な歌手だ。その彼女の母親が連れ去られてしまい、彼女は志願して、この宇宙船に乗ることになったんだ」
私は、すっかり聞き入ってしまった。珈琲が入ったカップは、口をつけることなく、すっかり冷めてしまっていた。
「守人、眠たそうね、続きは明日にしましょうか」
母は、守人の身体に毛布を絡めた。
「珈琲を温め直そうか?」
「そうね、お願いするわ」
私は、珈琲カップを二つ手に持って、台所へ行った。ミルクパンに移しいれて、コンロに火をかけた。
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