(後編)犯罪者②
美しき星(後編)~あなたは、魂の声を信じられるか?~
「じっちゃん!」
孫の守人が、扉の向こうに立っていた。
私は、夢をみているのだろうか? それとも全ての夢から覚めたのだろうか?
私は一瞬、夢も現実も、時間も場所もわからない感覚になっていた。
守人の後ろに捜査官の姿が見えた。
駆け寄ってきた守人を私は抱きしめた。肌の温もりを感じて、だんだんと状況が分かってきた。
「なぜ、守人をここに連れてきたんだ!」
私は、立っていた捜査官たちに強い口調で言った。
「この子が、オリジン装置を隠し持っているんだが、お前に会わせなければ、隠した場所をはかないというんだ。仕方ないだろう? 全く強情な奴だ」
「守人、オリジン装置を本当に隠したのか?」
「うん。じっちゃんの大切なものなんでしょう。でも、オリジン装置を渡したら、じっちゃんは、ここから出られるの?」
「……」
「オリジン装置がないと、ここから出さないぞ。さあ、早く隠した場所を言え!」
捜査官は、子どもにも容赦ない厳しい言葉を放った。
守人の小さな肩は、その大きな声に震えていた。
「守人、大丈夫。じっちゃんに話してごらん。どうして守人がオリジン装置を持っているんだ?」
「僕は、あの日、じっちゃんとライラが話しているのを家で聞いていたんだ」
「学校じゃなかったのか?」
「うん、風邪をひいて熱があったから一人で休んでいたんだ。じっちゃんとライラがオリジン装置の話をしていて、僕は気になって、夕方、じっちゃんちに行ったんだ。机の上に、見かけない箱があったから、きっとこれだと思って持ち帰って隠しておいたんだ。だって、お母さんのようにまた悪い奴らが、それをねらったら嫌だから……」
私は、強く唇を嚙み締めた。
「守人、ありがとう、オリジン装置を守ってくれて」
私は、守人の頭を撫でて抱きしめた。
「守人、じっちゃんは、大丈夫だから、オリジン装置をどこに隠したか教えてくれるかい?」
守人は、後ろを振り向いて取調官の顔を見た後、私を見て小さな声で言った。
「母さんの墓の横に埋めた」
私は、それを聞いて守人を力いっぱい抱きしめた。
「守人、ありがとう、本当にありがとう」
「じっちゃん、この人たちは悪い人じゃないの?」
「大丈夫だよ」
「本当に? じっちゃん、すぐに帰ってくる?」
「ああ、帰るさ」
「じっちゃん、待っているからね。早く帰ってきてね」
「守人は、先に帰らせてもらいたいが、問題はないだろ?」
「いや……」と言いかけた捜査官を取調官が静止させた。
「子どもは、関係ないので先に送ってくれ」取調官がそう告げた。
「あっ、はい、わかりました」
捜査官は、守人の肩に手を置き、ドアの方へ連れて行った。
守人は、こちらに振り向いた。
「じっちゃん……」
「大丈夫だから、真人と一緒に待っていてくれ」
「うん、わかった」
ドアが閉まると私は、大きく息を吐いた。まさか、守人がオリジン装置を隠していたとは、全く想像しなかったからだ。
それにしても守人をここまで連れてくるとは……
早くこの問題を早く解決しなけらば、孫たちにも迷惑をかけてしまう……
「さて、ラマナさん、オリジン装置は、先ほど無事に美しき星へ戻ってきましたよ。とりあえず、あなたの罪は、今以上に重くならずに済みましたな」
「これから私はどうなるのでしょうか?」
「この後は、裁判にかけられますので、私は、これ以上のことはわかりません」
「裁判はいつ行われるのですか?」
「詳しいことは、またお伝えしますよ」
私は、また独房で、何日も過ごすことになった。
「%&$#“%%#%&‘&&%$」
「$‘(&&&$##%&&’&」
祭りでも行われているのか? 大きな声で叫んでいる外の声が独房にまで届いていた。
「&%$&%%%$#$$」
「地球は、我々の故郷だ」
「地球を守ったラマナは英雄だ」
美しき星の言葉に交じって、日本語が聞こえてきたように思った。この星で、まさか、空耳だろうと思いながら、少しの間、耳を澄まして外の声を聴いた。
「#$&%%$#“%」
「地球は、我々の故郷だ」
「%&&&$$#“(‘&%&)%$」
「ラマナを解放しろ」
この声は、アディルか?
地球は我々の故郷だって? 一体何が起こっているんだ?
「&%$&%%%#“‘&」
「地球人は、我らの友だ」
このデモは、毎日、そして日を追うごとに、大きくなっていった。
ついに、裁判の日がやってきた。
私は、久しぶりに外の空気を吸うことができた。そして、清田さんにも会うことができた。抱き合って喜びたいところだが、ここは、裁判所の法廷だ。二人は、警察官を間に挟んで椅子に座った。
「静粛に、静粛に」
裁判官の一人が大きな声を出した。
傍聴席は、百人を超える人がいて、小声で話していても裁判官の声が聞き取りにくいほどの音量になっていた。
起訴状事件番号 第182号
起訴日: 8579年10月16日
被告人 ラマナおよび シュリの2名に対し、以下の罪状で起訴する。
一、横領罪(刑法 第125条)
被告人らは、美しき星の所有物であるオリジン装置を正当な手続きを得ず占有し、返却しなかった。
オリジン装置は、我が星にとって、歴史と未来を表す重要な装置であり、その横領は単なる財産侵害に留まらず、星の存続に直接的な脅威を与える行為である。
二、反逆罪(刑法 第89条)
被告人らの行為は、我々の星に対する明確な反逆意図を示すものであり、単純な横領を超えた反逆行為に該当する。よって、各被告人に対し、終身刑を求める。
傍聴席からどよめきが起こった。
私は、目をつむり、呼吸を意識して心を落ち着かせていた。
「検察側の証人尋問を許可する。証人は、証人席に」
私は、証人の顔を見て目を疑った。清田さんの方を思わず見ると、彼も私を見て、怪訝な顔をしていた。その証人は、私の祖父の家を案内してくれた、あの記録者だった。彼はその後の地球でのオリジン装置を起動するミッションにも積極的に参加してくれていたはずなのに、何故なんだ? 何故検察側の証人として、ここに立っているのだ? 私は、あの時、彼に全てを話さなかったことで、恨まれたのだろうかと思い、後悔の念に駆られていた。
「証人は、オリジン装置のことが書かれた手紙を被告人の二人だけが内容を知り、あなたには説明しなかったのは事実ですか?」
「はい、事実です」
「あなたは、その時、どう感じましたか?」
「私は、ラマナ代表を尊敬しており、深い理由があって、私には説明されなかったと思いました」
「正直、自分は信頼されていないと感じたのではありませんか?」
「意義あり! 検察官の質問は、誘導尋問です」
弁護人は、すかさず異議を申し立てた。
「意義を認めます。検察官は、質問を変えて下さい」
「証人は、今このようなことになって、あの時本当は、被告人たちはオリジン装置を地球で使おうと企んでいたと思いませんか?」
「意義あり! 検察官の質問は、憶測で誘導しています」
「意義を認めます。検察官は質問を変えて下さい」
「では、何故、シュリ被告のみ、手紙の内容を見ることを許されたと思いますか?」
「それは……、彼は、地球でラマナ代表のサポートをしており、日本語への翻訳もでき、信頼されているからです」
「やはり、あなたは、信頼されていなかったということではありませんか?」
「……」
「当時のシュリ被告の記録者としての立場は、何でしたか?」
「地球の担当者です」
「では、あなたは?」
「私は、銀河M全域の総括主任です」
「ということは、役職的には、シュリ被告よりも証人の方が上ということになりますね。自分よりも下の者が、何か手柄を得るために良からぬことを考えていたと思ったのではないですか?」
「役職は確かにそうですが……」
「以上です」
検察側は、自らが有利になるような答えのみを引き出せれば、それで良いかのように、質問を切り上げた。
傍聴席からは「シュリが手柄を?」「出世したかったのか?」など、私たちへの疑念の声がちらほら聞こえてきた。
「弁護人、証人への質問を許可する」
「弁護人のハリスです。私は、証人への質問は行いません。なぜならば、検察側の質問は、被告人の印象をただ下げるものであり、事実とはかけ離れたところでのやり取りにすぎず、無駄な行為だからです」
「証人は、下がってよろしい」
証人の彼は、私たちに一礼して法廷をあとにした。
私は、彼が証人になったことで、辛い思いをしているのではないかと心配で仕方がなかった。
「裁判長、弁護人からの意見を述べさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「弁護人、意見陳述を許可する」
「えー、被告人らは、当初、オリジン装置をこの星へ持ち帰る為に、難関な捜索に着手しました。その時に、ラマナ被告は、地球を牛耳っていた悪の組織から銃撃され、彼をかばったシュリ被告が銃弾を受け、命の危険にさらされました。さらに、攻撃は続き、われわれの防衛隊が出動したにも関わらず、ラマナ被告の娘が人質になり、命を落とすことになりました」
傍聴席から、再びどよめきが起こった。
「我々の防衛隊が出動したということ自体、オリジン装置を地球で起動することを既に認めているのは明らかであり、もしも被告人二人が反逆罪であるならば、防衛庁を始め、このミッションにかかわった約二千名の人々も反逆罪であるということになります。
しかしながら、私は、この方々が犯罪者であることを訴えたいのではないのです。
皆さんも既にお気づきのことでしょう。オリジン装置をこの美しき星で起動してから、私たちは、多くの過去のことを知ることできております。
地球は、私たちにとって、ふるさとの星です。その星には、私たちの祖先が住んでいたのです。私たちが、何故この星に来ることになったのか。地球を牛耳っていたあの者たちのせいなのです。私たちの祖先は、あの者たちから逃げてここまで来ましたが、被告人および、防衛庁の方々は、あの者たちと戦った勇気ある者たちなのです。
傍聴席から「そうだ、そうだ」「ラマナは、我々の英雄だ」などと声が上がった。
「静粛に! 傍聴席は、静粛にお願いします」
裁判官は、傍聴席に向かって声を張り上げた。
「弁護人続けて下さい」
「裁判長、オリジン装置は、美しき星へ戻ってきました。そして、私たちは、この星の本当の歴史を知ることができました。それは、被告人の命をかけた勇気ある行動のおかげだと思いませんか? この二人にもし罪があるならば、オリジン装置の返却が少し遅れた。その程度だと私は考えています。これは、宇宙船の使用期限を過ぎてもなかなか返却をしない人……」
弁護人は、無言で、検察官、傍聴席を指さした。
傍聴席から「そうだ、そうだ、誰でもそのくらいのことはやっている」と声が上がった。
「静粛に、静粛に! これ以上の発言は、退席願います」
傍聴席の人々は、ますますヒートアップしていた。
弁護人は、咳ばらいをしてから話を続けた。
「ですから、裁判長、この二人に、刑罰が下るような罪は何一つないと考えます。以上です」
弁護人は、息を荒げたまま着席した。
「次回公判日時は、10月25日14時から開廷します」
裁判官の淡々とした言葉が、傍聴者の高揚を鎮めるかのように、法廷のざわめきを静かに飲み込んだ。
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