(後編)ディストピアに眠る④
美しき星(後編)~あなたは、魂の声を信じられるか?~
「清田さん、怒らせちゃっちゃかな?」
「大丈夫ですよ。それより、早く終わらせましょう」
私たちは、彼がシャワーを終えるまでに、ケプラーで確認できたことを書き出した。
①ケプラーの住人は、4200年前に地球から移住した。
②古代文字は、ケプラーの文字と同じ。
③古文書の神話部分は、ケプラーの物語ではない。
④古文書の教え部分は、ケプラーの教えとほぼ同じ内容だが、「あいの響き」は、地球で付け加えられ た可能性が高い。
⑤美しき星と花の紋章という美しき星の言葉が入っていた。
⑥言葉が乱れると社会が乱れる。言葉の大切さ
⑦光を発する人の存在(リーダーが必要)
私は、事実や気になったことをまとめてみた。
「あっ、清田さん、このまとめでいいかな?」
彼は、タオルで髪の毛を乾かしながら、こちらへ歩いてきた。
浅間さんは、テーブルの上で珈琲をドリップしていた。とてもいい香りが部屋中に漂ってきた。
「これは……、マンデリンですね!」
「清田さん、香りだけでわかったんですか?」
浅間さんが、驚いて目を丸くしている。
「いえ、違いますよ。推理ですよ」
「ええっ? 推理をして、これがマンデリンだとわかったというのですか?」
「はい、私も作家さんを何人も見ていますからね」
「ほう、素晴らしい推理ですね、では、本題に入って、これも推理をお願いします」
私は、先ほど書いたメモを彼の前に出した。
彼は、それを一通り読んで見解を答えた。
「あいの響きが後から付け足されたとなると、それを知っていた者は、ラマナ先生のお母様と地球人だった彼女のお父様。しかし、このあいの響きは秘密にしておかなければならなかったことを考えると、地球人が記録を残すとは思えない。そうすると、ラマナ先生のお父様が、このことを知っていて、記録を残したと考えるのが良いのではないかと思います」
「古事記とこの古文書は、どちらが先に書かれたと思いますか?」
「それは、どちらが先かは、わかりませんね。私の考えでは、口承されていた神話を利用することで、多くの人の目に触れることを期待したのではないかと思います。古事記は、神話を利用して、天皇の歴史をまとめ広めたものだと思いますが、こちらの古文書を封じるために書いたとは断言できませんね」
「確かに、広めるためには、神話が必要だった。でも、古事記がこの古文書を封印したかどうかはわからないですね」
「でも、あいの響きの教えを書いた方は、広まらなかった……」
「もしかすると、広めなかったというのが正解かもしれないぞ」
「そうね。日本では秘密とされていたんですもんね」
「生まれ変わった魂が、また広めようとした」
私は、今回の旅を通じて、父の魂が歩んできた道が、少し見えてきたような気がしていた。ふと、最初に気になった本居宣長のことを思い出した。ケプラーで、清田さんが古文書に書かれていた、解読不能の文字を美しき星の言葉だと発見したのが、私の頭の中で重なった。
「あっ、清田さん」
「何ですか?」
「もののあはれ」
「は?」
「あっ、急に『もののあはれ』って言われても困るよな」
「はい、困ります」
「えっと、皆には話してなかったかもしれないけど、実は、一番最初に父だと思ったのは、江戸時代の国学者で本居宣長なんだ」
「学校で習ったような気がするわ」
「浅間さんは、知っているよね」
「名前だけよ」
「その人が、お父様ですか?」
「確かめたいんだけど、手掛かりがなくて諦めていたんだ」
「本居宣長は、古事記を三十年以上かけて解読して、古事記伝を書いた人なんだ。これがあったから、今の人たちは、古事記を読むことができている」
「それは、すごいですね。しかも古事記繋がりですね」
「そうなんだよ。それに、桜をこよなく愛したと書かれているんだ」
「それで『もののあわれ』とどうつながるのですか?」
「『もののあはれ』は、源氏物語で描かれていて、その意味を言語化したんだ。理屈よりも心で直感的に感じ取ることが大事だって。これを聞いた時に、この人は、もしかすると魂とアクセスできていた人なんじゃないかと思ったんだ。それで、さっきのケプラーで古文書の言葉と美しき星の言葉が同じだったから、もしかすると『もののあはれ』も美しき星の言葉かもしれないと思って」
「そう言うことでしたか。『もののあはれ』どこにも『やゆよつ』の文字がありませんね」
「どういうことだ?」
「ケプラーで発見した文字は、促音が入っていたので気が付いたのですが『もののあはれ』には、それが全くないですから……」
私の勘は、外れか……
「もののあはれ、もののあはれ、ものの、あはれ……」
清田さんは、それでも何度もつぶやきながら部屋を歩いていた。
急に立ち止まると、私の方を見てにやついた。
「ビンゴ! ラマナ先生の直感は、やはりすごいですよ」
「何と一致したんだ?」
「逆にすると『あわれもの』。オリジン装置のことですよ」
私は、鳥肌が立っていた。
「本居宣長も、私の父の魂の可能性があるということか……」
「間違いないと思いますよ」
「ラマナ先生、古事記伝、全巻制覇しますか!」
「いや、それは浅間さんに譲るよ」
「は?」
「浅間さんの方が、読むスピードが速いから」
「ラマナ先生の方が、お時間がありそうですわ」
「うっ、痛いところを突かれてしまった……」
「お二人とも、とりあえず、動画で本居宣長の解説を見られたらどうですか?」
「清田さん、それグッドアイディアだよ」
私たちは、スクリーンに映し出された動画を見始めた。
「うわっ、すごくきれいな字じゃない?」
「丁寧に書かれているな」
「医者なのに、古事記の研究もしていたなんて、すごい人ですよね」
「外来文化の影響をうける前の日本人の心を知る為には『古事記』が一番いいと考えたか」
「三十年以上かけて、古事記を解読。こういうところが記録者っぽいですね。私たちも長期にわたって、論文にまとめますからね」
「清田さん、やっぱりそう思うだろ? ところで、清田さんは、日本で何を記録していたんですか?」
「異星人の共生の記録です」
「え? どういうこと?」
私は、コーヒーカップに口をつけようとしたところだったが、そのままソーサーにカップを戻した。
「この宇宙で、地球だけが、異星人たちが一緒に暮らす星ですから、どのように共生したのか、共生しなかったのかを記録していました。これは、文化的挑戦ですからね」
「文化的挑戦って、そんなにすごいこと?」
清田さんは、動画のボリュームを下げてから話し始めた。
「そもそも『共生』は理想であって、自然の本能ではないですからね。人は、基本的に自分と違うものは脅威と感じるんです」
「違うものは脅威?」
「人だけではありません、自然も同じです。森を見て下さい。共生していますか?」
清田さんは、たまたま映った山の映像を指して言った。
「共生していると思うけど」
「そう見えるだけで、よく見ると『競争と淘汰』、あるいは『棲み分け』なんです。強い木は光を奪い成長し、そうでないものは淘汰される。弱い光でも生きられるものがそこにいるだけです」
「見えているだけか……」
私は、その動画の景色を眺めながら、人間もこれと同じなのかと考えていた。
「人は、意識的な理解で、共生しようとしているんです」
「もし、意識しないと、この山のようになると?」
「そうです。そこを追われるか、支配されて不平等の中で生きていくか」
私は、その言葉を現実の社会に落とし込んで考えていた。確かに、人類の歴史は、支配の歴史かもしれない。人類は、やはり共生できないのか……
「清田さんが、この地球を観察してきて、共生できると思いましたか?」
彼は、スクリーンに映し出された山を指さした。
「まずは、共生しないことが一番です」
「えっ、民族浄化」
「浅間さん、怖い話をしないでくれよ」
彼女は、ハッとしたようすで、手で口を押えた。
「浅間さんの言う通り人間の本能ですから、そのようなことをする異星人が、この地球に入り込んだ過去があるのです。精神性の低い異星人は、すぐにそのような考えに至ります」
私は、清田さんの話に興味がどんどん湧いてきていた。
私は、単純に、共生が難しいのは、文化や宗教の違い、理性や教養だと思っていたからだ。でも、もっと根本的な人間の本能だったとは思いもしなかった。
「でも、安心してください。地球は、単一人種にはなっていないでしょう。それは、共生するための方法を考え出したからです」
「どんな方法だったんですか?」
「まずは、棲み分けをしました。一つの星の中に、国を作って棲み分けをしたのです。そして、少しずつ受け入れていった。受け入れ側の安心、優位さを担保した状態で少しずつ交わっていったのです」
「確かに、そうだな。歴史をみるとよくわかるよ」
「そうね、私も小説を書いている時に、どうしてこんなに戦わないといけないのかしらと考えたけど、そもそも人は、自分たちと違うものとの共生が難しい生き物だったんですね」
「そういうことです。だから、地球は挑戦をしているのです。見ごたえがありましたよ。特に2030年代の日本は」
「移民政策ですか?」
「結局、日本は経済的な問題で、移民は増えませんでしたけどね」
「それは、良かったのかな?」
「良かったと思いますよ。まだ日本人は、自我が確立していない人が多いですから、あのままいくと、多くの人がのみ込まれて、日本ではなくなっていたことでしょう」
「自我が確立していないか……」
「魂にアクセスできない状態でしたから、仕方がないことかもしれませんね」
「単なる出版社の編集者だと思っていた清田さんが、裏ではそんなことを考えて、記録していたとは知らなかったよ」
「あっ、すみません、私の仕事内容を口外すべきではなかったです。お許し下さい」
「とても勉強になったよ」
「私も」
動画の音量を少し上げた。
映像は、伊勢神宮に変わっていた。
「えっと、何の話から、こんな話になったんだ?」
「それは、ラマナ先生が、記録者っぽいといったところからよ」
「あっ、そうだった。ごめん。それで、本居宣長は、やっぱり美しき星の魂を持つ記録者だと思うかい?」
「一つ引っかかっているのは神話ですね。神話は、記録に残す必要がないのに、なぜ神話にこだわったのかですよ」
「あの古文書を書いた記憶が彼に残っていたとか。いや、もしかすると、私たちがまだ気づいていない、何か大事な記録が古事記に記されているのかもしれないぞ。やっぱり、古事記伝を読んでみるか」
「……」
「……」
浅間さんも、清田さんもスクリーンの方向を向いて、急に黙り込んでしまった。
「えっと、二人ともどうかしましたか?」
「これは、途方もない旅になりそうな気がして……」
「私は、次のミステリー小説を書かなきゃ。ケプラーを題材に書こうと思っているところなので、ラマナ先生にこの件は委ねます」
「ケプラーを書くんですか?」
「はい。せっかく宇宙に行ったんですもの。こんなチャンスは滅多にないでしょう」
「まあ、そうですね……」
映像は、厳かな曲と共に、伊勢神宮の外宮を映し出していた。
「伊勢神宮か…… 松阪と伊勢は近いんだな」
「行かれますか?」
「いつかは……」
私は『いつかはお伊勢参り』そんな言葉を思い出していた。この時代に、お伊勢参りもないだろう。
「いや、行かなくていいよ」
「そうですか。では、お父様を探す旅は、ここで終了されますか?」
私は、三人での旅をこのまま続けたい気持ちはあったが、清田さんにも浅間さんにも、それぞれの魂の仕事がある。私も、私の魂の仕事を進めていくだけだ。
「このあたりで、一旦終了しようと思う。清田さんも家に帰らないといけないしね」
「そうね。この先、もしも夫が、新たなる肉体を持って目の前に現れたら、直感で気が付くことを願うわ」
「浅間さんが、私の前に現れたように、父も現れるかもしれないし」
「そうですね。きっと……」
しばらく沈黙が流れたあと、清田さんがいつもの調子に戻った。
「では、今回の調査はここまでにしましょうか!」
「なんか、急に元気になったよな。やっぱり早く帰りたかったでしょう?」
「いえ、別に」
「やっぱり、家族が待っているっていいわね」
「家族か、俺も美しき星へ移住するかな」
「あっ、先生、共生できずに排除されるかもしれませんよ」
「俺らは、大丈夫だろう? 見た目も同じだし」
三人は笑いながら別れた。
夕暮れの淡い光の中で、木の葉を揺らす風の音が聞こえている。
私の胸のざわめきと、風の音が共鳴し小さく波打った。
共生できないこと……
それが、愛歌を失うことに繋がっていたのではないかと、ふと考えた。
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