侵略者①
侵略者
「おはよう守人、今日もかわいいわね」
「おはようライラ、昨日の話の続きをしようか。今日は、ライラが地球に来ることになった事件について話そう」
「知りたいけど、とても怖い気がする。あれから、色々と私も思い出そうと努力しているの。その度に、あの怖い夢を思い出してしまうのよ。夢だとわかっているのだけど……」
「どんな夢なんだい?」
「空中バイクのような乗り物にのった宇宙人が、私の家の前で、ホバリングして、窓の中を覗き込んでいるの。私は必死に隠れたわ。明かりもつけず、物音を立てないようにして。この夢を幾度となく見たの。夢だとわかっても見たくないの」
「そうか、ライラ、怖かったね……」
足音が聞こえている。
「カフェオーレ、ばっちゃんも飲むでしょう」
愛歌がカフェオーレを入れて持ってきたようだ。
私も急にカフェオーレが飲みたくなった。ボイスレコーダーを一旦止めて、私は台所へ行った。やかんに水を入れてコンロに火をつけた。ミルクパンに少しだけ牛乳を入れて、もう一つのコンロにも火をつけた。一人用の珈琲パックをあけて、マグカップにセットして、お湯が沸くのを待っていた。
そういえば、今日の母は、愛歌の家から戻って、部屋に閉じこもったままだ。時々物音がするが、事件の話を聞いて、辛い思いをしているのだろうか?
やかんのお湯を注ぎ終えて、珈琲パックを取り除いた。ミルクを注いで、マグカップと一口チョコを2つ掴んで、私は部屋に戻った。
私は、ため息を一つついた。これから聞く話の心構えをするためだ。ボイスレコーダーの再生ボタンを押した。
「ライラ、君は、他の星の宇宙人にさらわれてしまったんだよ」
「やっぱり、あの夢は、本当だったのね……」
「そのようだ……。あの時、何が起こったのか、私たちはすぐに理解できなかったんだ。あちらこちらで一斉に『助けて』『やめろ』『あー、うー』といった声が聞こえてきたんだ。私たちは、常に外部を見張っていたので、こんなに近くに宇宙人が接近していることを見逃すはずがないと思っていたから、初めは宇宙人の仕業だとは思いもしなかった。おおよその検討がつくまで、数時間を要した」
私は、カフェオーレを一口飲んで、チョコレートの包みを開け、口の中にそれを放り込んだ。
「ライラがいないことを確認するのにも時間がかかった。いつもならテレパシーで確認しあえるのだが、いくら呼んでも返事が帰って来なかった。私は慌てて、家中を探し、庭や近所を駆けずり回って探したんだ。
仲間の声が、私の頭に響いてくる。
『いないんだ、どこにもいない』
『頼む、返事をしてくれ』
私は、頭を抱えて町の中でうずくまってしまった。そこへ近所の人が来て、私にこう言ったんだ
『あなた奥さんを探しているんじゃないの?』
『ええ、私の妻を見みませんでした?』
『きっとあなたの奥さんだと思うんだけど……』
『何があったんですか?』
『数時間前に空を飛ぶ黒い小さな乗り物に無理やり乗せられて消えていったのを見たの。怖くて、しばらく家から出ることができなくて、知らせるのが遅くなってしまったの、ごめんなさい』
私は慌てて家に戻った。娘のことも心配になったからだ。
娘のケイリーは、学校から戻って家で絵本を読んでいた。
『お父さん、お帰りなさい。お母さんは?』
私は、ケイリーをぎゅっと抱きしめて、仲間にテレパシーを送った。
『宇宙人にさらわれた。何人さらわれたか、確認してくれ』と。
すぐに、居なくなった人の名簿が作成された。男性も女性もいて百名にものぼった。
緊急会議が行われ、宇宙人からの侵略を防ぐために、私たちは直ちに新しい体制を整え、防衛にあたった。いなくなった人は全て星を守る魂の者だったから、人数が激減した私たちは、星を守る方を優先しなければならなかった。君を探したい、取り戻したいという気持ちを後回しにするしかなかった。ライラ本当に申し訳なかった」
「いいの、私もきっとそうしたわ。星を守るのが私たちの仕事ですもの」
「宇宙人との戦いは、すぐに始まった。百隻もの小型の宇宙船がいとも簡単に防衛システムを破って入ってきた。私たちの力だけではどうにもならない状態だった。
『子どもが連れ去られた』
『研究者が二人連れ去られた』
『技術者が一人、教師が一人連れ去られた』
次々と報告が入ってくる。
地上では、警察が特殊車両で抗戦を試みるが、まるで歯が立たない。
もうダメかと思った瞬間、
『宇宙人が動きを止めました』
『愛の魂を持つ人が宇宙人を止めました』という連絡が入った。
私は慌ててケイリーに駆け寄った。ケイリーは、愛の魂を持つ者だったからだ。ケイリーの目の前には、もうすでに宇宙人が来ている。私は、ケイリーの腕を掴み抱き寄せた。目線を上げて宇宙人を見ると、ピクリとも動かず呆然と立ち尽くしている。
私は、慌てて『愛の魂を持つ者の前で宇宙人が立ち尽くしている』と報告を入れた。
一斉放送で『愛の魂を持つものよ、危機を救うために力を貸してほしい。宇宙人の前に行き、宇宙人を止めるのです』と。すると、愛の魂の者が全ての宇宙人を止め、警察は身柄を確保することができたのだ。こうして、私たちは一先ずこの難局を乗り切れた。
宇宙人の事情聴取をするために、テレパシーが使える私たちが徴集された。
どこの星からきたのか、何のために来たのか、連れ去った人はどこにいるか、何時間も何日も聴取を行ったが、何一つ彼らは答えなかった。私たちがテレパシーを使えることを知っているのか、心の声すら聞くことができなかったのだ。数日が経過すると、宇宙人は、次から次へと倒れていき、しまいには全員息絶えて死んでしまったのだ。
何人かの者が『何か食べるものはないのか?』という心の声を聞いていた。私たちは、この時初めて食事をしなければ死んでしまう人がいることを知ったのだ」
「手がかりがすべてなくなってしまったのね」
「残念ながら、どうすることもできず、長い間会議は無言のままだった。そんな時、ラマナがアカシックレコードの代表としてやってきたんだ」
「私の息子ね」
「ラマナは、こう言ったんだ。
『記録者を各星へ派遣します。そこでどんな些細な情報でもこの宇宙人の情報を持ち帰るようにします。必ず連れ去られた人々を見つけ出しますから安心して下さい』と。
私たちは、その言葉に勇気づけられたんだ。その後、千人を超える記録者たちが、一斉に宇宙へと旅立った」
「守人、もう眠そうね。半分目が閉じているわよ」
愛歌がそういった。
「あなた、疲れたなら休んだ方がいいわ」
「そうだな、少し眠たくなってきた、話の続きは明日にしようか」
そう言って、今日の録音は終わっていた。
ラマナは、アカシックレコードの代表かぁ。あっちの私は、本当に優秀みたいだな……。
カフェオーレもすっかり冷えてしまった。私は、残りのチョコを食べながら、話の続きを想像してみていた。状況からするとライラは、おそらくこの地球に連れてこられたということだろうな。その宇宙人が地球人だとすると、宇宙船を作れる高度な技術を三千年以上前にもっていたことになる。レムリア文明とか、アトランティス文明のように高度な技術を持っていたということか、ありえなくもないか……。
いや、さすがに一万年以上前の文明の話だし、そもそも、そのような文明があったかどうかも定かではないな。
「ふぁ〜あ」と大きなあくびがでた。私も少し眠たくなってきたようだ。
「話の続きは、明日にしようか」
ふふっ、守人の真似をして言ってみたぜ。
「おはよう守人、今日もかわいいわね」
「……」
「あらっ、さっきまで起きていたんだけど、今日は早起きしていたから、ねむっちゃったのね」
「ばっちゃん、何か飲む?」
「そうね、ホットミルクはできる?」
「オッケー、ホットミルクね」
しばらく無音が続く
机にカップを置く音
「ばっちゃん、最近体調はどう?」
「あちこち痛いところはあるけど、まあまあね。愛歌の方こそ、産後の体調はどう?」
「うん、私は元気いっぱいよ」
待てよ、えーっと、守人が眠っているから、この会話を文字おこしする必要はないか、飛ばすかと思った時、どうも奇妙な会話になっていることに気が付いて、もう一度戻って聞きなおした。
「そんなわけないか。子育て、楽じゃないよ、働いていた方がよっぽど楽だよ。もうどうにかなりそう……。」
愛歌の心の声を母が代弁してしゃべっていた。
「ばっちゃん……」
「愛歌、がんばっているね、少し力を抜いて、遊んできてもいいんだよ。今日は私が守人の面倒をみておくよ。髪でも切りにいったらどう?」
愛歌はいつも冗談を言って皆を笑わせてくれるから、子育てに疲れているようには見えなかった。でも初めての育児で、本当は大変だったんだな。愛歌、気付いてやれなくて悪かったな……。
「ばっちゃん、ありがとう、じゃあ、二時間で帰ってくるね」そう言って、愛歌は、バタバタと準備をして出て行った。
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