(後編)ディストピアに眠る①
美しき星(後編)~あなたは、魂の声を信じられるか?~
ディストピアに眠る
ケプラー186
NASAは、2014年、恒星ケプラー186を発見。太陽系外惑星で、生命居住可能領域にあり、直径が、地球の1.1倍の大きさで、地球と同じく岩石
などで構成された天体である可能性が高い。また、この星には水が液体の状態で存在する
可能性があると見られている。
「ネットの記事ですか?」
操縦席から私のタブレットを覗き込んだ清田さんが聞いてきた。
「地球では、ケプラーのことをどう書いているのかと思って、ちょっと調べてみたんだ」
「もう、ケプラーです。すぐにどんなところかわかりますよ」
地球では、まだこの星に、生命がいることが確認されていないのに、私が一番初めにそれを知るということに胸を躍らせていた。
「さむっ」
浅間さんは、宇宙船から降りたとたんに、両手をこすり合わせてそう言った。
「これは、かなり寒いですね。宇宙船の中に厚手のコートがあるので持ってきます」
清田さんは、すぐに宇宙船に戻った。
私と浅間さんは、寒さに震えながら、街の様子を眺めていた。
「この街は、何と表現したらいいのかしら?」
彼女は、沢山の語彙の中から、あれでもないこれでもないと探しているようだが、なかなかピタッとくる言葉が出てこないのだろう。
街のいたるところに赤色灯や監視カメラが設置されている。近代的な建物もあれば、古い建物もある。計算されて作られた都市のようには感じない。
私と浅間さんは、もう少し歩きながら、街の様子を観察した。
建物と建物の間には、木々が植えられているように見えたが、これは偽物の木だ。しかも、紫や青、シルバーなど、木々の色とは思えない不自然な色合いは、何とも不気味だ。
よく見ると、高層ビルは窓ガラスが割れ、一部崩れかけている。ゴミが散乱して汚いというわけではないが、心がざわざわして落ち着かない。なんとも不気味な街並みに見える。
「ディストピア……」
「えっ、今何て言いました?」
「ディストピア」
「ディストピアに……眠る……」
浅間さんは、そう言って頷いていた。
「なんですか? ディストピアって?」
分厚いダウンコートを三着抱きしめて、後ろから走ってきた清田さんが、私たちに一着ずつ押し付けるように渡しながら聞いてきた。
「この光景ですよ」
「高層ビル群の中に、木々が植えられていて、近代的じゃないですか?」
「よく目を凝らしてみて下さい」
「……あれは、廃ビルですか? それに、木がなんか不自然ですね?」
私たちは、指定された場所で、十分程度待っていた。
遠くからサイレンの音が聞こえている。
火事か? 事件か? この星でも、地球と同じように物騒なことが起きているようだな。美しき星とは、かなりレベルが違うと感じていた。
サイレンの音は、だんだんと大きくなり、こちらに近づいているようだった。私は、周りを見回したが、火の気は出ていないようだったので、これは事件が起きたのだと感じた。
前方から、数台の乗り物がサイレンを鳴らして近づいてきている。後方からも数台が近づいてきた。上空からも数台確認できた。
「先生、この近くで事件ですかね?」
浅間さんは、心配そうに言った。
サイレンを鳴らした乗り物が、私たちの方へどんどん近づいてきた。
「これは、もしかすると私たちが原因かもしれませんね」
清田さんは、冷静に言った。
サイレンを鳴らして来た乗り物は、私たちの前でピタッと止まった。
中から出てきた人たちは、警察官のような人たちで、拳銃らしきものを構えて、私たちの方へ向けた。
「またなのかぁ?」
私は、もう銃を向けられるのは、懲り懲りだった。
「ラマナ先生は、もしや疫病神……」
私は、清田さんを睨みつけたが、もしや本当に俺って疫病神なのか? だんだんと自分のことがそう思えてきていた。
「で、どうするよ?」
「どうしましょうか?」
「何とかならないのか?」
「何ともなりそうにないです……」
警察官に包囲された私たちは、お互いの背を付けて、手を上げて神に祈るのみだった。
上空に一台の乗り物が、うるさく回っている。警察官の真上に着陸を試みていて、警察官は、慌てて退いた。
その乗り物は、私たちのすぐ横に着陸した。
この乗り物から、一人の男性が降りてきた。
容姿は日本人によく似て、少し日焼けした肌に細長い目、黒い短髪。服装は、ブータンの服装によく似ているが、袖のテュゴはなく、黒いズボンを着用していた。
彼が私たちに何かしゃべっているので、翻訳機を出して確認した。
「すみません、遅くなってしまいました」
彼は、警察官に、私たちが彼の大切な客であり、この星に危害を加える者ではないことを告げると、警察官らは、この場から去っていった。
私たち三人は、ホッと胸を撫でおろした。
彼は、乗り物のドアを開けて、私たちを誘導してくれた。
浅間さんが、私の背中をつついて
「先生、例の挨拶を」
この時のために、私は、この星の挨拶を練習してきていたのを、先ほどの騒動ですっかり忘れていた。
「皆で、挨拶をしよう。せーの」
「けふはまことに良い日なり」
すると、彼は大爆笑した。
「古風すぎますよ。今は、そんな挨拶はしません。今の挨拶は『けふまこ』といいます」
「けっ、けふまこ?」
なるほど省略形か。そっちに進化していたのか……。
そうすると、よろしくお願いしますは『よろ』でいいのかな? 試してみるか?
「よろ!」
「……」
彼は、頭を横にひねっていた。
「すみません、気にしないでください」
翻訳機が『すみません、気にしないでください』だけは、ちゃんと訳してくれたが、清田さんと浅間さんの二人から、私は睨まれてしまった。
私たちが案内されたのは、真新しい三階建ての立派なビルだった。
「これは、これは、わざわざ遠くから、よくいらっしゃいました。私は、この星で歴史を調査研究しております、国学研究所 所長のダイモンと申します。よろしくお願いいたします」
私たちは、挨拶を交わして早速本題に入った。
「こちらの星の祖先が、地球に住んでいらっしゃったときのことを確認できればと思ってお伺いしました」
彼は、おもむろに機械のパネルを開くと空間に星の映像を映し出した。
そこには、太陽系の星々が映し出されていた。
「この星のことですね」
彼は、地球をクローズアップした。
「そうです、この星のことです」
「間違いありませんよ。私たちの祖先は、この星に住んでいました」
「それは、いつの頃までですか?」
「ケプラーに来て、4200年になります」
私は、古文書を取り出して彼に手渡した。
「この古文書は、日本最古の書物よりも古い書物ではないかと言われていますが、この文字を過去に使っていた事実はないとして、偽物だと言われているのです。しかし、地球からこちらへ移住された人々が同じ文字を使っているということは、この古文書が一番古いのではないかと思っているのです」
彼は、パラパラとページをめくって、時々、大きく頷いていた。
「どうですか? ダイモン所長、意味が分かりますか?」
「ところどころ、分からない言葉もありますが、ほぼわかりますよ」
「この古文書は、本物でしょうか?」
「本物……」
「偽物ですか?」
「まあまあ、そんなに急かさないです下さい」
「あっ、すみません……」
私は、ついつい、結論を早く知りたくて、気持ちが焦っていた。
「少し、時間を頂けませんか? この本をコンピュータに読み込ませて分析してみようと思います」
「どのくらいかかりますか?」
「さて、二時間ほどですかね。その間に、折角ですから、この街を観光なさってください。先ほどの者を呼びますので」
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