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(後編)古代文字の謎を解け①

美しき星(後編)~あなたは、魂の声を信じられるか?~

  古代文字の謎を解け


「浅間さんは、一度家に戻られなくても大丈夫ですか?」

「ええ、戻っても何もすることはないですし、久しぶりに東京へ行ってみたかったので、ちょうど良かったです」

 彼女は、そう言うと、カバンから携帯電話を取り出して電源を入れた。ピコンピコンと立て続けにメッセージの着信音が鳴り響いた。

「うるさくしてごめんなさい。久しぶりに電源を入れたら、メッセージが山のように届いているわ。るりどり出版からのメールが、すごいことに……」

「浅間さん、先にるりどり出版に行った方がよさそうですよ」

 清田さんが、笑いながら言った。

「あっ、でも……」

 彼女は、私の方を見て続きの言葉を言おうとしたが、私が口を挟んだ。

「浅間さん、先にるりどり出版に行きましょう。私も新しい編集の方をちょうどお願いしたいと思っていたところですから」

 私の言葉を聞いて、清田さんは目を輝かせた

「ようやくやる気がでましたね!」

「いや、まあ、そうだな……」つい勢いで言ってしまったので、なんとも曖昧な返事を返しておいた。

「では、申し訳ないのですが、るりどり出版に先に行ってもらってもいいですか?」

「もちろん」

 私は、彼女に向かってそう答えた。


 るりどり出版社

「えっ、清田さんじゃないですか! お元気でしたか?」

 るりどり出版社の入り口のドアを開けると、近くにいた数人のスタッフがこちらを見て、ひとりがそう言った。

「お久しぶりです。いろいろとご迷惑をおかけしております」

「今日は、どうされましたか? そちらは……、浅間先生じゃないですか?」

 その声を聴いて、奥の方から、スタッフが数名こちらへ走ってきた。

「浅間先生、ご無事でしたか? 連絡が取れないって聞いていたので、心配していたんですよ」

「申し訳ございませんでした。携帯がつながらない場所だったもので、本当にすみません。原稿はこちらに入っていますので」

彼女は、USBを編集者に渡し、すぐそばの打ち合わせコーナーに連れて行かれてしまった。

「あっ、清田さん!」

 デジタルと書かれた看板の下のあたりのチームの一人が、清田さんを見つけて声をかけてきた。

「さっきは、ありがとう。これからその出版社へ行ってみるよ」

彼が、文学出版社に知り合いがいるという人か……

「あっ、いたいた。ラマナ先生、紹介するのでこっちへ来てください」

 私は、清田さんの後ろをついて、オフィスの一番奥まで進んで行った。デスクのパソコンに向かって、難しい顔をしている人の前に、清田さんは、ひょこっと体を出して「佐久間さん、お久しぶりです」と声をかけた。

「清田さんじゃないですか! 元気でしたか?」

「ええ、なんとかね。ところで、佐久間さん、仕事に余裕がありますか? 一人、作家さんを担当していただけないかと思いまして」

「ほお、どなたを?」

「こちらの方です。美しき星の作家さんです」

「ああ、あの本の……。あの時は、本当に大変でしたね。いろんな変なメールはいつも来ますが、実害があるのは稀ですからよく覚えていますよ」

「美しき星は、結局、あまり売れていないんですよね?」

 清田さんが、佐久間氏にそう聞いた。

 佐久間氏は、私の方を見ながら、言い辛そうな感じで、

「すみません、そうなんですよ。あの事件のせいで変な噂になってしまって」

「どんな噂ですか?」私は、その噂を全く知らなかったので、驚いて聞いてみた。

「えっと、先生に直接言うのも何なんですが……、あの本に書かれている覚醒のポーズをすると殺されると……。そんなこと全然ないのに、本当にひどいですよね」

「そういう噂になっていたんですね。まあ、あの本が売れなくても、結局、世の中は良くなったのでいいんですよ」

 私がそう言うと、佐久間氏は、少しほっとした表情を見せた。

「私で良ければ、先生の担当をさせていただきますよ」

 彼は、私の前に右手を出して握手を求めてきた。私も彼の手を握って、

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 とりあえず和やかな雰囲気の中、私たちはその場を後にした。

 しかし、私は、新しい担当者が決まったものの、まだ小説を書く気にはなっていなかった。今は、父の残した記録のことが気になっているだけだった。

 オフィス内の廊下を歩いて戻ると、浅間さんの明るい声が響いていた。

「お陰様で、ありがとうございます」

「帯も良かったみたいですよ。読者から、まさしくパラレルワールドに入り込んだみたいですというメールが沢山届いていますよ」

「あっ、ちょうど良かった。こちらが、その帯を書いて下さった先生です」

彼女たちの打ち合わせスペースの横を邪魔をしないように通り過ぎようとしたところに、私は浅間さんに引き留められた。

「えっ、そうなんですか? 次もお願いした方がいいですよね?」

 私は、微笑んで、浅間さんにロビーの方を指をさして、あっちにいるよという合図を送った。

 

 文学出版社

 雑居ビルの6階に小さな看板が出ている。お世辞にもあまり収益が見込めそうな会社ではなさそうだ。

 扉を開けると、編集者らしき人が数人いる。椅子の背もたれに寄りかかり、天井を向いて目をつむって眠っているような姿は、疲れて眠っているのか、もしくは、仕事がなく、やる気がないのか……。

 私たちは、声をかけるのを少しためらっていた。

 女性が一人、こちらに気づいて声をかけてきた。

「あのぉ、編集の高橋さんは、いらっしゃいますか?」

「少々お待ちください」

 女性は、別の部屋へ入って行った。

 それにしても、私たちが会話をしても、この人たちはピクリともしない。本当に熟睡しているのだろうか?

 女性が入っていった部屋から一人の男性が現れた。

「おい、仕事しろよ!」

 椅子に深くもたれかかって眠っていた数人が、慌ててバタバタを起き上がった。ようやく私たちに気が付いたようで、罰の悪い様子で仕事を始めた。

「すみません、お見苦しいところをお見せしまして。初めまして、私がデスクの高橋と申します。るりどり出版の友人から、簡単な話は聞かせてもらいました。お役に立てるといいのですが。まあ、こちらへおかけ下さい」

 私たちは、入り口のすぐ横の打ち合わせスペースへ案内された。

 それぞれ自己紹介をしたのだが、どこへ行っても浅間さんは有名人で、私は無名だということを改めて実感していた。

「えっと、早速本題に入りますが、お知りになりたいのは、弊社の元編集長の松田のことですね」

「はい、松田編集長のことならどんなことでも知りたいのですが……」

「ここの編集長だったのは、七十年以上前の話ですからね、本人を知る者もいないですし、あまり情報はないんですよね」

「そうですよね……」

「出版した本は残っているのでご覧になりますか?」

「はい、見させてください」

 私は、少しの情報でも今は欲しかった。


 倉庫の中には、出版物が作者ごとに並べられていた。

「きれいに管理されていますね」

「十年前は、酷かったんですけど、最近ようやく編集者の人数も増えてきて、少し良くなったんですよ。清田さんは、同じ編集者でしたから、よくご存じだと思いますが、我々編集者は2040年にAIに仕事を奪われましてね。半数以上が退職させられたんです。ところが、十年もしないうちに、読者からAIの編集は面白くないって不満の声が上がりまして、今は、AIと人間が共存しているんですよ。さっき、編集者が仰け反って眠っていたのは、AIの校正待ちなんですよ。その間に、他の仕事をしてくれてもいいんですけど、編集者は、いつも疲れていますからね。勘弁してやってください」

「わかりますよ、私もいつもそんな感じでしたから」

 松田編集長さんの本は、思ったよりも多く、どれを手に取ればよいか戸惑っていると、浅間さんが、さっと一冊の本を手に取った。

「先生、見て下さい。これ!」

 そこには、オリジン装置に入れた桜紋と同じ印があった。

「ああ、これね。一時、出版社のロゴとして扱われていたんですけどね、桜は散ると言って、縁起が悪いから、変えたっていう話ですよ」

「そうですか……」

 私も何冊か手に取り、中をパラパラとめくってみたが、どうも落ち着いて読むことができなかった。ゆっくり珈琲を飲みながら、家で読みたいと思った。

「高橋さん、もし可能でしたら、一式お借りすることはできませんか? 一週間でお返ししますので」

「そうですね……。浅間先生、今度、弊社からも本を出させてもらえませんか?」

 そうきたか。さすがデスク、抜かりがないな。

「いいですよ。私で良ければ」

 なんと彼女も気軽に返事をしたものだ。私は、目を細めて彼女を見ていた。

「その時には、こちらの先生の本も一緒に出してくださいね」

 浅間さんもなかなかのやり手だったのか。私は、二人を見ながらただ感心するだけだった。


 出版社を出た私たちは、本を縛った紐が手に食い込む痛さに耐えていた。

「この状態で、電車に乗るのは大変ですよね。清田さん、どうしますか?」

「この場所で、宇宙船に乗り込むのは、人通りが多すぎて無理ですね」

「タクシーにしますか?」

「そうしましょう」

 と言って、浅間さんは、スマートフォンのアプリからタクシー乗車の手配をした。

 もう何年も前から、タクシーに手を挙げて乗車することはできなくなっていた。確実に配車されるので、良い方法だと思うが、スマートフォンを持っていないとタクシーには乗れない仕組みなのは、どうなんだろうと思うことがある。

 私たちは、人通りの少ない場所まで移動し、そこから宇宙船に乗った。

「このまま、家まで帰られますか?」

 清田さんは、私たちにそう聞いてきた。

「えっ、どこかへ行くの?」

「いえ、そうではなくて、家に帰ると、子どもたちもいますし、浅間さんも自宅に帰らないといけなくなりますから、この本を分けて自宅で読むのは効率が悪いのではと思いまして、この宇宙船は、ホテル代わりにもなっているから、ここで三人で読むのもいいかと思いまして」

「あー、なるほどね。そうしよう。浅間さんは、どうですか?」

「いいですね。ただ、珈琲を飲みたいと思いませんか?」

「では、どこかで皆さんの食料とかも調達しましょう」

「あっ、だったら孫にお土産を買って帰る約束をしたから、サービスエリアとか道の駅がいいな」

「了解!」


「やっぱり、海老名はでかいな。一度来てみたいと思っていたんだよ」

「先生、お孫さんへのお土産、これなんかいいんじゃないですか?」

 浅間さんが、美味しそうなチーズタルトを持ってきた。

「おおっ、これこれ、これにするよ」

「珈琲は、何杯が飲みたいですよね……」

「浅間先生、こっちにドリップコーヒーがありますよ。これを買っておきましょう」

「食料は、どうします?」

「弁当とつまみを買っておきましょう」

「フルーツも少しいいかしら」

「もちろん、いいですよ。あっ、清田さん、何か買いますか?」

「私が必要なものは、何もないですね」

「お子さんへのお土産、地球らしいものがないもんですかね?」

「あっ、サッカーボールとかがいいか!」

「清田さん、サービスエリアには、さすがにないでしょう」

「あっ、ありましたよ!」

「えっ、嘘でしょう」

 浅間さんと私は、びっくりして二人でそう言った。



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