(後編)父の記録②
美しき星(後編)~あなたは、魂の声を信じられるか?~
「ドライブ、楽しかったわ」
家に到着すると、ライラは軽トラから降りてそう言った。
「ライラ、すぐに帰るのか?」
「そうね、用事は済んだから」
「ちょっと相談があるんだけど、いいかな?」
「いいわよ。私でわかることかしら?」
「桜紋のことなんだけど」
「桜紋って、オリジン装置に入れた紋章のこと?」
「そう。あの時、ライラと一緒にオリジン装置を再起動しただろ、その時に見た映像があるんだ。それを今探しているんだよ」
「どんな映像を見たの?」
私は、あの時見た映像のことをライラに話して、その後にインターネットでいろいろと検索して、本居宣長にたどり着いたことを話した。
「もとおりのりなが?」
ライラは、しばらく左上を見つめていたが、私の目をまっすぐに見て、
「誰だっけ?」と言った。
「そうだよな。覚えてないよな……。学校の歴史で多分習っているとは思うんだけどな」
「ごめんね、歴史は得意じゃないのよ。で、その、もとおりのりながが、どうしたの?」
「この人さ、江戸時代の国学者なんだけど、あの古事記を三十年以上かけて解読して『古事記伝』を書いた人なんだよ。それに、桜をこよなく愛した人なんだ」
「この人が、ラマナのお父さんかもしれないということなのね」
「そうなんだけど、ただ、気がかりなのは、記録者が神話を記録することがあるのかということなんだ」
「そうよね。アカシックレコードには、事実しか納められないって聞いているわ」
「そうなんだよ。ただ、父が地球に来たのちに一度死んで、その後生まれ変わったとしたらどうだろうか? ライラもそうだけど、記憶を失っている可能性もあるだろ?」
「確かにその可能性は高いわね。地球で転生するときは、皆記憶をなくすからね」
「だとすると、江戸時代よりも前の時代を調べないといけないかと思うけど、そもそも記録が残されていないだよ。なんたって、日本最古の書物が古事記だからな」
「日本最古が古事記……」
ライラは、そう言いながら、私の本棚の方を見つめている。
「あの本、どこにやったかしら?」
「何の本のことだ?」
「ほらっ『あいのひびきのポーズ』のやつよ。古文書に書かれていたって言ったでしょ。あの本よ」
「知らないな、この棚にあるのか?」
「あったと思うんだけどな……」
ライラは、本棚の上から順番に確認している。
「なんか、アカシックレコードの保管庫を思い出すよ。あの時は、大変だったな」
「そうね、私も土砂の下敷きになるかと思ったわ。もうあんな目には遭いたくないわ」
「俺も」
「えーっと、無いわね、どこだったかしら……。ラマナ、あの本ね、古事記に内容がよく似ているのよ。古事記より前に書かれていた本じゃないかって話だったのよ」
「もしそうだとすると、日本最古の書物になるじゃないか!」
「そうなのよ。でもね、それは偽物なんだって。私は、そっちの方が本物に感じたんだけどね。あっ、そうそう、その本が見つかった場所は、確か、四国だったと思う」
「四国? もしかして、あの地図を見た父が、四国に行ったんじゃないか?」
「可能性はあるわよね。もしかしたら、そこで記録を書いたかもしれないわね」
「今、全身に鳥肌が立ったよ」
私は、肩を何度か上下させて、鳥肌を抑えていた。
「あっ、あった! あー、でもこれじゃないのよ」
ライラが、さっと私にその本を渡した。
「これじゃないなら、これは、なんなんだ?」
「これは、あの本の一部だけ。ここには、詳しく書いてないわ」
「あっ、でもこれで調べられるよ」
私は、パソコンを立ち上げて調べてみた。
ライラも、私の横に座って、画面を見つめていた。
「あっ、この人の本よ!」
「かなり古いな。『真之理』(まことのことわり)というタイトルか……図書館にあるか調べてみるよ」
「どう? あった?」
「いや、三か所調べてみたけど、どこにもないな」
「古本は?」
「あったけど、十万円だってさ」
「十万円! あの時買っておくんだったわ」
「ライラ……」
私は、目を細めて、良からぬことを考えただろうという目で、ライラを見た。
「高く売ろうとしようと思ったわけじゃないわ。あの時買っておけば、安く買えたのにって思っただけよ」
「ほんまか?」
「だって今お金がいらない世界に住んでいるんですもの」
「そうだな、ライラには、お金は必要ないか」
私は、インターネットを使ってわかる範囲で、この本のことを調べてみた。著者は、雑誌の編集者で、古本屋でその古代史の一部を見つけ、後に四国で全巻を発見した。桜を愛し、桜の絵を好んで書いていた。
「桜の一致もあるし、古代文字を解読して本にした、これは、実に記録者らしい仕事ぶりだと思わないか?」
「お父様が、あの時代に自分でこの文書を書いて、昭和になって生まれ変わって、解読したのもお父様。もし、これが本当ならすごくない?」
「すごすぎるけど、本人ならできるかもしれないよな。浅間さくらさんのように」
「そうね。彼女のように全く知らない楔文字を見ながら、日本語にスラスラ書いていけるんですもの」
私は、また鳥肌が立っていた。
「本居宣長は、どう解釈すればいいんだ?」
「彼も、お父様かもしれないわね。古事記がキーワードだったのかも」
「そうだな。桜も一致しているし、二人とも父かも。可能性が高くなってきたな」
私は、台所へ行って、珈琲を入れる準備をした。
「ライラ、まだ時間は大丈夫か?」
私は、台所から居間にいるライラに声をかけた。
「そうね、あと一時間くらいならいいけど、それ以上だと、アディルが心配して地球へやってくるかもしれないわ」
「アディルのやつ、心配性だな……」
「ねえ、気になっているんだけど、例の古文書には『あいのひびきのポーズ』の教えがあるけど、古事記にはないのよ。やっぱり、隠さないといけないことだったんじゃないかしら?」
「なるほど、そうだな」
私は、濃く淹れた珈琲を一口飲んで、考えを巡らせた。
「元々は、ラマナのお母様が、地球に住んでいた時に、授かったものよね」
「そうなんだ。確か、知られてはいけない教えのはず」
「だけど、それをラマナのお父様が物語の中に紛れ込ませて、世に広めようとした」
「でも、広められては困る誰かが、それを隠すために、似た内容のものをわざわざ書いて、古事記を市民に広めたとか?」
「そして、本物の書は、四国でひっそりと受け継がれていった……」
「それから、千年の時を経て、生まれ変わった作者が、自分の過去の作品に出合って解読した」
「それもまた、偽書だと言われて、公に世に出ることはなかった」
「面白いわね!」
「いやいや、面白いわねじゃないんだよ。真剣に探しているんだから」
「ところで、お父様の痕跡をたどるのが目的なの? それともお父様を探すのが目的なの?」
「両方だよ。父は、記録者だったから、大切なことを記録しているに違いないんだ。父が残した文章には、必ずアカシックレコードに保管すべきものがあるはずなんだ。それに、もし、今父が生きているなら、会えるような気がする」
「会えるような気がする?」
「ああ、浅間さくらさんが、こうやって私のところに訪ねてきたように、父も訪ねてくるのではないかと思うんだ」
「なるほどね。確かに、魂同士呼び合うかもしれないわ。あっ、そろそろ時間だわ。今日は、楽しかった。また来るわ」
「みんなによろしく」
「あっ、十万円払って、あの本買ってみたら」
そう言って、ライラは、にっこり微笑んで空へ消えていった。
十万円か……
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