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(後編)探偵は、十六歳②

美しき星(後編)~あなたは、魂の声を信じられるか?~

「何? どうかしましたか?」

「あっ、すみません、その本」

「えっ? この本?」

 それは、母が書いた「探偵は、十六歳」の楔文字で書かれた原本だった。

「あの、その本って……」

「ああ、この本は……」

「その本、私、見たことがあるんです」

「えっ? この本は、販売されていないですよ」

「えっと、なんて説明したらいいのかしら…… いつだったかしら、走馬灯のように、この本と中身が見えたんです。それで、私、『探偵は、十六歳』を書いたんです」

「えっ? この本を見たんですか?」

「はい。でも盗作ではないんです。私が、過去に書いた本なんです」

「過去ですか? この本は、楔文字で書かれているんですよ」

「確かに今の私では、楔文字は書けないし読めません。でもこの本の内容がわかるんです」

「わかる?」

「ええ、私が書いた本ですから、すぐにわかりました」

「……」

 私は、どのように質問をすればいいのか悩んでいた。この本を書いたのであれば、彼女は私の母親ということになる。『あなたは、もしや私の母ですか?』と直球で聞いてみたい気持ちを抑えていた。

「あの……。私、変なことを言っているのは、わかっています。実は、先生が書かれた『美しき星』にこの本の話を少し書かれていらっしゃいますよね」

「ええ、まあ、タイトルぐらいですけどね」

「美しき星を読んだときに、もしかすると、先生にお会いすると何かわかるかもしれないと思ったんです」

「何かわかるとは?」

「えっと、その……。私ももしかすると美しき星の魂だとか」

「……」

 あの作品は、あくまでファンタジーとして世に出している。ノンフィクションとは言っていないのに、なぜ彼女は、ここまで言うのだろうか……。

 私は、少々怪訝そうな顔をしていたのであろう、彼女がこう切り出した。

「先生、嫌ですよ、そんな顔をしないでください。冗談ですから。珈琲、いただきます」

 彼女は、目を伏せて、珈琲を飲み始めた。

 私も気にはなっているのは確かだった。何故、彼女が書いた本と、母が書いた本が同じなのか、走馬灯を見たというのも気になっていた。

「そういえば、浅間さんは、ずっとるりどり出版から出版されていらっしゃるのですか?」「この十年ほどは、るりどり出版です」

「担当は、山田さんでしたよね?」

「ええ、そうです」

「山田さん以外で、ご存じの方はいらっしゃいますか?」

「いえ、他の方は、お会いしたこともないですね」

「そうですか……」

「山田さんから、清田さんの話とか聞かれたことはないですか?」

「清田さんですか?」

「小説にも出てくる、あの清田さんですか? 実在されているんですか?」

「ええ、想像力が乏しいので、ちょこちょこ、実在の人物もお借りしておりまして」

「想像力が乏しいだなんて、またまた、ご謙遜を」

 私は、頭をかきながら、心の動揺を抑えていた。あの本がノンフィクションであることを知られてはいけないのに、うかつなことを言ってしまった。でも、私も彼女と同じように、彼女に聞いてみたいと思う気持ちがだんだんと抑えられなくなってきていた。

「ところで、どうしてこの町に移住されようと思ったのですか? 田舎なら他のどこでもあるでしょうに」

「そうなんですよね。東京出身なので、北関東も千葉も長野だって、近くていい場所はたくさんあったのですけど、いざ物件の契約になると、どうも上手くいかないんです。手付金を何度も倍返しされて、キャンセルされたんですよ」

「倍返しとは、なかなか面白い表現で」

「まあ、おかげで、こちらには、そのお金だけで移住できましたけどね」

「ええっ、倍返しのお金だけでですか? そんなことが可能なんですね」

「私もびっくりです」

「この町では、倍返しはなかったわけですね」

「ええ、これまた不思議なご縁で、今の家は、東京の家のお隣さんのご実家だったんです。私が、田舎に家を探している話をしたとたんに、売るつもりは全くなかったのに、あなただったら、住んでもらいたいと言われて、譲っていただいたんですよ。でも、全く見ないで決めるわけにもいかないですから、二か月前に、こちらに来て、物件を見させてもらったのですが、案内して下さったその方のご親戚の方から、あなたがこちらに来られたら、小説家が二人になるわねって言われたんです。そこで初めて、先生のお話を聞いたんです。失礼ながら、実は、それまで先生のことは存じ上げなくて」

「いえいえ、そんなもんですよ。実は、私も、今回初めてあなたの名前も、作品も知ったのですから、それはお互い様ということで」

 お互い、少々きまりが悪い感じが漂い、珈琲をしばらく飲み続けた。

「それで、その先生の「美しき星」を読んだときに、何といいますか、先ほどのこの本を見たときに感じた「わかる」という感じがしたんです。私、この話を知っているって思ったんですよ。それで、どうしても先生にお会いしたいと思いまして『探偵は、十六歳』の帯をお願いしたところなんです」

『わかる』という感覚。確かばっちゃんも愛歌も言っていた。見たことがある、聞いたことがある、知っている、そういうことではなく、見たことも聞いたことも知ってもいないのに、なぜかわかるのだ、そういう感覚だ。

 彼女もやはり、私たちと同じ星の魂の持ち主なのだろうか? 

 清田さんが、奥さんと地球でお互い日本人だと思って出会ったのに、二人ともが美しき星の人間だったように、同じ星の魂が惹かれあうようにできているのだろうか?

「天の配剤か……」

「天の配剤?」

「あっ、いえ」

 私は、つい心の声を漏らしてしまっていた。私は、慌てて彼女から視線を外して、珈琲を口にした。

「先生! 先生は、もうお気づきなのでは?」

 私は、むせて珈琲を吹きこぼしそうになった。

「なっ、何をですか?」

「私が、何者なのかということです。私は、今日、やはりそれを確かめなければなりません」

「確かめると言われましても、何をどうやって確かめると?」

「まず、先生の作品、美しき星は、ノンフィクションではありませんか?」

「えっ? あれがノンフィクションだと本気で思われるのですか? 宇宙船に乗って、別の星へ行ったり来たりしているんですよ」

「ええ、この時代ですから、そんな技術はあり得る話です。それに、剣山でオリジン装置を起動したときに見た走馬灯の話です。先ほども話しましたが、私が見た走馬灯もあの時だったのではないかと思うのです。後は、この『探偵は、十六歳』です。私は、確かにミステリー小説を何冊か書いていますが、この本だけは、私の信条としているものが、どうしても書けなかったんです。走馬灯で見たあの内容のまま、加筆も削除もできなかったんです」

「あなたの信条としていることとは?」

「私は、必ず食べるシーンを書くことを信条にしています。しかし、どうしても書けなかったのです。先生の本を読んで、私は確信したのです。食事をしない星の魂なんだと」

「なるほど……」

「先生、教えて下さい。美しき星は、本当にファンタジーなんですか?」

 彼女は、まっすぐ私の目を見て、そう言った。

「……」

「実話ですよね?」

「……」

「先生!」

 彼女は、テーブルの上に両手をついて、私の方へ身を乗り出した。

「まあ、まあ、落ち着いて。浅間さん、ミステリー小説の書きすぎですよ。なんでも怪奇に考えるのは、良くないですよ。まあ、今日のところは、このくらいで。帯ができましたら、また連絡をしますので」

 私は、そう言って、彼女の追及を終わらせた。

 私にもまだ何の確信もないのだ。まずは、私自身がこの不可解な出来事を確認していく必要があった。


『こんな物語が、日本に存在しえたのか。怪奇と痛快が疾走するこのストーリーは、まるで、パラレルワールドに入り込んだみたいだ』

 私は、彼女の『探偵は、十六歳』の帯を書き終えて、出版社へメールで送った。


 清田さんに翻訳してもらったもう一冊の本、母の『自叙伝』を読み始めた。

 私は、最後のページをまず確認した。最後まで書かずに亡くなったと聞いた母が最期に書いたのは、何だったのかが気になっていた。

「私の親友の話をしておきます。私の親友は、幼いころから一緒によく遊んだ、とてもかわいくて優しい子、サクラ。彼女の父親もまた地球人であり、父親は、私の父同様、この星に一緒に来ることはなかった。私たちは、母子家庭で育ったが、二人とも明るく育ち、彼女は、愛の魂の仕事を楽しんだ。歌が大好きで、私にいつも歌を聞かせてくれた。彼女の歌は、私の心も体も癒してくれ、時には、小説のヒントをもらうこともあった。彼女は、いつも私の書いた本の最初の読者だった。私は、彼女が私の本を読んでいる姿を見るのが大好きだった。まじめな顔をしたり、眉間にしわを寄せてみたり、目を細めてみたり、私に向かって「なんでー、ラスト、書き直してよ、ねぇ、お願い」などと言ってくる反応をみるのが本当に面白かった。

 そんな彼女が、地球へ行った。彼女の魂のミッションであり、私には止めることができない。おそらく、この星で、彼女ともう出会うことはないでしょう。

 私は、また一人、心を寄せているものを失ってしまった。

「地球」

 私の父の魂が眠る星。

 私の夫と息子がいる星。

 私の親友がいる星。

 地球は、私の愛する者すべてをのみ込んでしまうの? ならば、私ものみ込んでしまってはくれないか。そう思わずにはいられないほど、残された者の悲しみは、大きかった。


 地球歴二千十二年没


 ここで、母の自叙伝は終わっていた。

 二千十二年まで、母は生きていたのか……。私がもう少し早く美しき星へ行けたなら、

 もしかしたら会えていたかもしれないな。私は、自分の不甲斐なさを悔やんでいた。

 私は、少し前の文章に目線を戻した。

 親友のサクラ……。

 浅間さくら、同じ名前か。いや、まさか、さすがに偶然だよな。

 愛の魂を持つものが、一斉に地球へ来た年は、二千十一年から十二年、その年に生まれたならば、今は四十四、五歳くらい。ピッタリの年齢ではある。母の小説をいつも読んでいたなら、覚えていてもおかしくない。いや、さすがに同じように書けることはないか。

 私は、続けて、エピローグを読み進めることにした。


 エピローグ

 私は、編集者でありながら、作家ホノコの一番のファンでもあり、友人でもあった。自叙伝のエピローグは、本人が書くものだが、それがかなわない今、私はホノコの一番の友人として、ここにエピローグを書かせていただくことをお許しいただきたい。

 彼女は、最後の仕事に「自叙伝」を選んだ。ミステリー作家として一生を過ごしてきた彼女がなぜ自叙伝を書こうと思ったのかは、当初、私にもわからなかった。

 自叙伝の原稿も途中までとなってしまったが、彼女がこれまで歩んできた道、私たちが知らないこの星の歴史、彼女が小説を通して伝えたかったことの多くがこの本の中にぎっしり詰まっている。


 中略


 ミステリー作家、ホノコを愛してくれた読者の皆様、本当にありがとうございました。

 彼女は、きっとまたいつか、どこかで、ミステリー小説を書き始めることでしょう。彼女の魂は、パラレルワールドの世界に皆を誘うことに喜びを感じているのですから。

「パラレルワールドだって?」

 私は、鳥肌が立った。浅間さくら氏の帯に書いた私の文章と、母の小説をずっと読み続けた編集者の文章に類似を発見したからだ。

「探偵は、十六歳」。この本はやはり、母の作品で間違いないのではないだろうか?もし、そうだとすると、浅間さくら氏が言った通り、母の作品を見て書いている。現物ではなく、走馬灯の中で見たと言っていたが、それだけで、これだけの文章を同じように書けるだろうか? 

 浅間さくら氏と母、ホノコ。やはり二人は、同一人物かもしれない。私はだんだんと確信に近づいている感覚を覚えていた。


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