魂の使命②
「おはよう守人、今日もかわいいわね」
「おはようライラ、昨日の話の続きをしよう」
「今日は、事件のことを聞かせてくれるの?」
「そうだな、事件のことの前に、私たちの星での暮らしの話をもう少し詳しく話しておくよ」
「私も知りたかったの。地球に来る前に私とあなたと娘がどんな暮らしをしていたのか、町はどんな感じなのか、季節はあるのかしら? 植物や鳥や動物、どんな虫かいるのかとか、それから、どんな服を着て、どんなものを食べて、どう過ごしていたのか、たくさん知りたいの」
「わかったよ、順番に話していこう。まず、星の名前は、**…**という名前だ」
「ごめんなさい。日本語で発音するのはとても難しいわ」
「おそらくそうだろうと思ったよ。その言葉の意味は、美しいという意味だから『美しき星』というのが、私たちの星の名前なんだ」
「美しき星、いい名前ね。名前のように美しいの?」
「とても美しい星だよ。なだらかな丘には、あまり大きくならない木や色とりどりの花を咲かせる草があちらこちらに生えている。星の大きさは、地球よりもはるかに大きく、ほとんどが大地でできているんだ」
「どのくらいの人数が住んでいるの?」
「一億人、今の日本の人口より少し多いくらいだ」
「地球より大きい星なのに、人口はそれだけなんて、スカスカね」
「ハハハハッ、スカスカか。地球は、過密すぎるんだよ、ここの町みたいにスカスカじゃないと気持ちよく過ごせないな」
「そうね、スカスカの方がいいわね」
「一つの都市には千人くらいが住んでいて、町と町を繋ぐ道がクモの巣のように張り巡らされているんだ」
「まるでインターネットね!」
愛歌が口を挟んできた。
「ワールドワイドウェブって、そういう意味なんでしょ」
「色々な都市に簡単に素早く行けるように設計されているから、リアル版だな」
「乗り物は、何があるの? ユーホー?」
「ユーホー?……私たちの星には、カプセルチューブというものがあって、カプセルにのって、チューブの中を高速で移動するんだ。半日もあれば、星を一周できるよ」
「半日で世界一周旅行ができるの? すごいわね」
「旅行? いやいや、超高速だから、景色は何も見えないよ。移動することだけが目的だからね」
「観光旅行とかしないの?」
「そういう点では、おそらく地球の方が素晴らしいと思うよ。美しき星は、どこに行ってもあまり景色に違いがないんだ。どこも美しいから比較ができないんだよ」
「比較か……。確かに、私たちは、都会の雑踏の中で生活していると海や山に行きたくなるし、日本にはない景色や食べ物などを求めて、海外に行きたくなるよね。ねぇ、言葉とか食べ物とか、都市で違いはないの?」
愛歌がずっと質問を続けているじゃないか、ばっちゃんに早く替われよ。
「残念ながら、言葉も食べ物も違いがほとんどないんだ。更に付け加えると、私たちは、ほとんど食事をすることはない」
「えー」
録音された愛歌の声が割れるほどの声量だ。
「食べなくても生きていけるの?」
「私たちは、草木が空中に放つ微量な栄養素を呼吸によって吸収している。時々、足りないと思った時は、木の実や果実、草花を頂くこともあるが、それはよっぽど体を壊しているときだけだ」
「お腹がすきそう……」
「お腹がすくという感覚は私たちにはない。ケイリー、時々つまみ食いしているチョコは私たちの星には存在しないよ」
おそらく愛歌は、両手で口を押え、母の方に目線をむけただろう。ばつの悪い時の愛歌の癖だ。先日母から、チョコはやめなさいと注意されていたばかりだからな。
「あと何だっけ、言葉の違いもないのよね。そうすると、外国語を勉強しなくても済むってことね。試験科目が減るわね!」
「最初に少し話したと思うけど、美しき星では、学校というようなものはあるけど、宿題も試験もないんだ。魂の使命を全うすることが、この星に生まれた人々の生き方だからね」
「わー、いいなー、宿題も試験もないなんて。そしたら私ももっともっとやりたいことができたと思うのよ。ずっと歌っていたかったし、素敵な歌をたくさん作りたかった。たくさんの人に聞いてもらいたかった。その勉強ならいくらでもできたのになー」
愛歌の言う通りだった。私も幼い頃にそう思ったことがあった。ただひたすら、虫を観察して、図鑑で調べて、ただひたすらに小説を読んで、心の中から湧き上がる言葉を文字に連ねていく。ただこれだけをしたかったんだ。
「なぜできないか、わかるかい?」
「そうね、お金を稼がないと食べていけないから?」
「生きるために食べなければならない。食べるためにお金を稼がなければならない。そう思い込んでいるから、学校では、勤勉に働いて社会に貢献できるような人を育てる教育をしているんだ」
「思い込んでいるってどういうこと? 実際そうじゃない?」
「私たちの身体は、食べなくても生きて行けるようにできている。ラマナたちが書いたアカシックレコードを読んでもそのような記述ばかりだ。しかし、地球に住んでいる人だけは、食事をしなければ衰弱して命を落とすと記されていた」
「地球は他とは違う特別な星ってことなのね」
「そうだ、地球は特別な星だ。悪い意味だがな」
無音の時間が流れている。
愛歌が悲しくなったと言ったのは、地球が悪い星だと言われたからだろうか?
「もう少し、美しき星の話をしよう。私たちが住む家は、ほとんどが平屋で、小さい家ばかりだ。家は、木か石でできている。平屋なのは大きな木がないということもあるが、地上から高い場所で暮らすことは、体に負担をかけるということだから誰も好まないんだ。呼吸から栄養をとると話しただろう、高いところになるとその栄養が薄まるんだ。地球では、高層マンションに住みたい人が多いようだが、私たちからすると狂気の沙汰としか言いようがない。もし私の友人が最上階に住んでいたら、一生そこで私と会うことはないだろう。なぜなら、最上階に私が到達するまでに、めまいを起こして倒れ込んでしまうからな」
「私も実は高いところに住むのが苦手なの。もしかすると美しき星での暮らしを覚えているのかも知れないわね。それから、みんなは、どんな服を着ているの?」
「季節というものがほとんどない星だから、いつも初夏に着るような服装で、子どもは、半そでのTシャツと半ズボンか長ズボン。大人は、それの上に薄手のロングコートを羽織っている。色使いは様々でとても美しいよ。特殊な仕事の人は、ラインなどが入っている服を着ている」
「例えばどんなライン?」
「そうだね、例えば、腕に三本線があれば治安を守る人。コートの前の渕に縦の赤いラインが入っているのが医者という具合だ」
「他にどんな仕事の人がいるの?」
「そうだな、家を建てる大工、道具を作る職人、服を作る人、教師、小説家、俳優、歌手、色々いるよ」
「その人たちは、稼いだお金を何に使うの? 食べ物には使わないんでしょ」
「お金がそもそもないんだよ」
「えー、お金がないの? ただ働き?」
「ただ働きか……。みんな好きでその仕事をしているんだ。だから、ただ働きだとか、そんな風には全く思っていないよ。生活に必要なものは、誰かが準備してくれている。困ったことは何もおこらないんだ」
「夢みたいな世界ね。もしかして、テーマパークとか、すごいのがあるの?」
「いや、一つもないよ。そういうものが必要ない世界だからね」
「なんだか、地球がとても嫌な星に思えてきたわ。自然がたくさんある田舎に住んでいて、私は幸せだなって感じていたのに、ここでも全然その星には追い付けないのね」
「ケイリー、そんなに悲観することはないよ。ケイリーが地球に来られたことは、未来が明るい証拠なんだ」
「ケイリー、少し眠たくなってきたよ、話の続きは明日にしないか」
毎日更新予定




