(後編)第一章 新たなる命
美しき星(後編)~あなたは、魂の声を信じられるか?~
本日、11月9日(日)20時先行配信
11月11日(火)18時10分~毎日更新予定。お楽しみに!
前編からの主な登場人物
ラマナ: 主人公。美しき星のアカシックレコード代表で、記録者だが、地球での任務のために転生し た結果、全ての記憶を失っている。日本では田舎暮らしの小説家。前編では、アカシックレコード崩壊の危機を救った。
ライラ: 地球では、主人公の母親。美しき星へ戻り転生した少女。超能力が使える。
アディル:ライラが地球へ連れ去られる前までは、二人は夫婦だった。ラマナの孫の魂として地球に転生し、ラマナの使命を伝えた。ライラとともに美しき星へ戻り転生した少年。
愛歌: ラマナの一人娘。母に会いたい一心で、地球へ転生したが、記憶を失くしていた。地球に本当のあいを実現することが使命と感じ、命を懸けて実現させた。
守人: 愛歌の長男。アディルの魂ともう一つの魂が守人の中に入っていた。
真人: 愛歌の次男。
清田: るりどり出版の編集者。実は、ラマナと同じ美しき星の記録者。日本での小説家としてのラマナを手助けをしていた。銃撃事件を機に出版社を辞め、美しき星へ帰還した。
第一章
新たなる命
主人公ラマナは、地球ではしがない小説家だが、魂の故郷である美しき星では、アカシックレコード保管庫の代表を務めるほどの実力者であり、人格者でもあった。
二千五十五年、ラマナの活躍により、オリジン装置を起動させることができた地球は、多くの人が、自らの魂にアクセスできるようになり、世界は大きく良い方向へ変わっていった。政府やオールドメディアの中の利己的な者は、次々と暴かれていき、人々は、魂の声に従って、自然と共に生きることを選び、田舎町への移住者が後を絶たなかった。
一方、ラマナは、オリジン装置を起動する際に、反逆者からの攻撃で、大切な一人娘、愛歌の命を奪われてしまった。その悲しみが、今も消えずに、魂の声に耳を傾けることが難しかった。
ピンポーン
まだストーブが部屋を暖めきれていない朝の時間に、玄関の呼び鈴がなった。
「こんな朝早くに誰だろう」
玄関を開けると、朝靄の中に清田さんが立っていた。
驚きと懐かしさがいっぺんに込み上げ、私は思わず彼を抱きしめた。
「急に会社を辞めたから、心配していたんだ。元気だったのか?」
「ええ、おかげ様で」
「あの時は、本当に申し訳なかった」
「ラマナ代表のせいではありませんよ」
「いや、それでも……」
「それは、本当に、大丈夫ですから」
彼は、私を安心させるように、笑みを浮かべた。
それでも申し訳ない気持ちの方が強く、そんな彼を見つめた後、もう一度強く抱きしめた。
「ラマナ代表、痛いです……」
「あっ、すまない」
彼は、もぞもぞと体を動かして、私の抱擁を解いた。
「ところで、今日は、どうしたんだ?」
「はい、これ」
彼は、美しく仕上げられた本を私に差し出した。
「えっ、これ、母の自叙伝?」
「遅くなりましたが、翻訳しておきました」
「ありがとう。助かったよ」
「ついでに、こっちも」
「あっ、探偵は十六歳!」
「次は、ミステリー小説もいいんじゃないですか?」
私は、元担当編集者の彼に何と言っていいか、言葉に詰まった。
「……あれから、全く書いてないんだよ」
「えっ、不調ですか?」
「いや、そうでなくて……」
「愛歌さんのことですか?」
「……」
その名前を聞いた瞬間、胸がざわついた。
「生まれましたよ。愛歌さん」
「えーっ! あいつら子どもの分際で、何てことだ……」
愛歌は、美しき星では、元々、アディルとライラの子どもだった。ただ、二人ともまだ十歳にも満たない子ども同士なので、私は本当に驚いた。全く、今度あったら叱ってやらないといけない。いや、待てよ、美しき星では、そのくらいの年齢でも成人なのかもしれないなと心の中で呟いていた。
「愛歌さんに、会いに行きますか?」
「もちろん! それで、いつ行く?」
「今から」
「今から? 清田さんは、いつも仕事が早いんだから」
私は、コートを手に取り、久しぶりに胸の高鳴りを感じた。
「さあ、出発しましょう」
美しき星のこの香り、私の体を心地よい風が通り過ぎていく。緑の絨毯を敷き詰めたような短い草で覆われた大地。様々な色の小花を咲かせた草が風に揺らめいている。木造の小さな家々は、この星の風景に溶け込んでいた。
私は、大きく深呼吸をして、この星の空気を思いっきり吸った。
「おや、ここは、確か、清田さんちじゃないか?」
「そうですよ、さあ、入って下さい」
「ラマナ代表、その節は、いろいろとお世話になりました」
「あー、あの時の……」
ケガをして治療中だった彼の元妻が、元気な姿であいさつをしてくれた。結局、二人は復縁したのか? 確か、清田さんが宇宙人であることを彼女に知られたくなくて別れたと言っていたのに、今、こうやって一緒にここにいるということは、宇宙人だと伝えたということで、彼女は、あれからずっとここで暮らしているのか? どうなっているんだ? 私は、目を丸くして、手でハートマークを作って、清田さんに助言を求めた。
「あー、えーっと、そうなんです。彼女と復縁しました。あのー、実は、二人とも宇宙人だったわけで……」
「はぁー?」
私は、開いた口が閉まらなかった。
「驚かせてすみません。私も実は、この星の出身で、地球へ行って、生物の研究をしていたんです。ここで目覚めて、外を見たときには、私は、もう死んでしまって、美しき星へ戻ってきたのかと思って、本当にびっくりしたんですよ」
彼女が説明をしてくれた。
「で、二人は、お互いに相手が日本人だと思って結婚したということですよね?」
「ええ、そうなんです。私は、研究者でしたから、出張で家を空けることが多かったんです。夫は編集者なので時間が不規則で、食事を一緒にするようなことがありませんでした。ですから、お互いに宇宙人だとバレなかったんです。ご存じの通り、私たちの星の住民は、食べることをしないでしょう。でも、子どもが生まれてから、家にいることが増えて、食事をしていないことがバレたらどうしようと思っていたところ、夫の方から、離れて暮らしたいと言われて、私もその方がいいかと思って、離婚をしたのです」
「一人での子育ては、大変だったでしょう」
「この子も、食事をしませんので、そんなに大変ではありませんでしたが、お父さんがいないということで、この子には寂しい思いをさせてしまいました」
そう言うと、彼女は、息子の方を見た。
彼は、スケッチブックに向かって、絵を描くのに夢中になっていて、私たちの話は聞いていないようだ。
「私もそのことは本当に申し訳なく思っています」
清田さんも息子を見てそう言った。
「そうでしたか……。それにしても何という運命的な出会いなんだ。こんなことがあるなんて」
「地球に派遣された人は、十人くらいで、しかも日本ですからね」
彼は、そういうと、隣の部屋へ入っていた。
「奥さん、そういえば、あの時のケガは、もう大丈夫ですか?」
「ええ、おかげ様で、すぐに良くなりました」
「あの時は、私のせいであんな事件に巻き込んでしまって、本当に申し訳なく思っています」
「いいえ、夫が早くお話をすれば大きな事件にならずに済んだのに、こちらこそすみませんでした。愛歌さんまで巻き込んでしまって」
「……」
「ラマナ代表、娘の愛歌です」
彼が、赤ちゃんを抱いて戻ってきて、ソファーに寝かせた。
「今、娘って言った?」
「はい、私の娘です」
「ウソだろう…… もう、清田さん、仕事が早すぎるよ」
「ハハハハハッ」
彼は、頭をかきながら笑った。
「ところで、ライラとアディルは、このことを知っているのか?」
「ええ、もちろんです。もうすぐ二人とも来ますよ」
「私は、ライラが産んだんだとばっかり思っていたよ」
「そう思いますよね」
「だって、そもそも、この星では、ライラとアディルの子どもが愛歌だったんだから、生まれ変わってもそうなると思うよ」
「愛歌さん、待ちきれなかったみたいですね」
「それにしても……」
「何ですか?」
「本当に、愛歌なのか?」
私は、赤ちゃんの顔を右から、左から、そして真正面から覗き込んで、まじまじと眺めていた。
「本当に疑い深いな、ラマナは」
私の背中をポンと叩いて、やってきたアディルが、そう言った。
「おおっ、アディル、随分背が高くなったな」
「まあな」
「まあ、そうはいっても、まだまだ子ども、ちっちゃいけどな」
「ちっ、ちっちゃいって言うな!」
「まあ、怒るなよ」
私は、アディルの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「やめろよ、髪型が乱れるじゃないか」
「いやぁ、久しぶりに会えて嬉しくてさ。それより、この子が本当に愛歌なのか?」
「そうだよ」
「本当か? 生まれ変わったって言われて、はいそうですかという人は、そうそういないものだよ」
「そう言うなら、二人にしか分からないことを聞いてみろよ」
「ふたりにしか分からないことか……。そうだな、最後にメールした内容は?」
「美しき星に行く。留守をよろしく」
アディルと一緒に来たライラがテレパシーを使って、赤ちゃんの心の声を代弁した。
「うん、合っている。しかしだな……」
私は、腕組みをした右手を顎にやって、少し考えていた。
「もしかするとだよ、今、ライラが私の心を読んでしゃべったのかもしれないだろ?」
ライラが頬を膨らませて、ムッとした表情を見せた。
「念のためだよ。もう一回、試してもいいか?」
「気の済むまで試してくれてかまわないよ」
アディルは、呆れて口をへの字にして、頭を横に振った。
私は、スマートフォンの中の写真を赤ちゃんへ見せた。
「お父さん、馬鹿じゃないの、なんでそんな写真を見せるのよ!」
「愛歌がそう言っているけど……」
ライラは、少し不安そうな顔で私を見た。
「正解! 愛歌ならやっぱりそう言うと思ったよ」
「では、この写真は?」
「ふざけるのもいい加減にして。この星に来てまで、そんな写真見たくない」
「おおー、これも正解!」
「ラマナ、どんな写真を見せているんだ?」
アディルは、私のスマホを覗き込んできたが、彼には見せないように角度を変えた。
「内緒」
「チッ」
「アディル、また舌打ちしたな!」
「はい、すみませんね」
「えっと、では、この写真はどうかな?」
私は、愛歌の息子たちの写真がたくさん入っているホルダーを開いた。一つずつゆっくりと見せていった。
「守人も真人も、元気そうね。お父さん、ありがとね」
愛歌の小さな瞳にキラリと光るものが見えた。
「真人は、サッカーに夢中でさ。休みの日は朝から練習に行って、頑張ってい……」
私は、手で鼻と口を押えて、ぐっとこらえた。そして、小さな愛歌をそっと抱きあげて腕の中に包み込んだ。
「本当に愛歌なんだな。本当に……」
「お父さん、ごめんなさいね。みんなにも悲しい思いをさせて」
「悪いのは全てお父さんだよ。愛歌、本当にすまない」
「ううん、いいの。私は、美しき星へ帰る準備ができていたのよ」
「それは、どういうことだ?」
「あの時、あいを響かせて、胸に空洞ができて、青空が見えたことがあったでしょう。その時から、私の魂が、たくさんのことを気づかせてくれたわ」
「どんなことを気づいたんだ」
「そうね、私の魂が求めている仕事をし終えたら、この星へ帰っていくことを望んでいることに気づいたわ。もちろん執着は執着としてやっぱり私にもあるわ。でも、それは、魂が欲していることではないことが分かったの。ちゃんと執着だと思えたから、手放せたわ」
「執着か……」
「ねぇ、その後の地球はどうなったの?」
「愛歌のおかげで、魂にアクセスできる人が増えて、移住者がたくさん私たちの町にもやってきたよ。みんな楽しく暮らしているよ。愛歌が望んだ『あいのある地球』になったんだ」
「良かった。地球もどんどん良くなっていくわね。ねえ、お父さんは、また小説を書いているんでしょう?」
「いや、もう小説は書かないよ。今年は、田んぼをやっているんだ」
「えっ、小説を書かないの?」
「ああ」
「そんなのおかしいよ。魂の仕事は一生続くのよ。私のせいでやめたなら怒るよ」
「そういうわけではないけど……」
「じゃあ、最後までやってね」
「愛歌さんもそう言っていることですから、ラマナ代表、もう一度、小説を書いて下さい」
「清田さん、そう言われても……」
私は、確かに気づいていた。魂の声と心の声の違いを。ただ、どうしても書こうとするとあのシーンを思い出してしまう。私のせいで大切な愛歌を失ってしまったのだから……
「お父さん、何を迷っているの? 魂の声に従うだけ。もう気付いているはずよ」
「……」
「私は、私が望んだとおりの道を進んでいるわ。だから安心して、お父さんも魂の声に従って進んで欲しい…… なんだか、眠たくなってきたわ、続きは……」
最後まで言い切らずに、愛歌は瞼を閉じた。
「懐かしい言い回しだな。アディルが、地球へ生まれてきた時と同じだ。あの時も、眠くて最後まで話せなかったよな」
「赤ちゃんの時は、とにかく眠いんだよ。これは仕方ない。愛歌、よく頑張って起きていたな、えらいぞ」
アディルが、愛歌の頭をなでながら言った。
「私たち、ラマナの家に住むことにしたの」
ライラが、突然そんなことを言った。
「は? 聞いてないし」
「どうせ空き家でしょ、いいよね?」
「まだ子どもなのに二人で暮らしても大丈夫なのか?」
「子どもなのは体だけで、頭脳は大人よ」
「昔、どっかで聞いたことがあるようなセリフだな。まあ、ダメだって言っても、そうするんだろう?」
「そうね」
「お好きにどうぞ」
「こっちに遊びに来たときは、泊めてあげるからね」
「狭いから遠慮しておきます」
「えっ、他にどこに泊まるのよ。この星にホテルはないわよ」
「なんでこの星にホテルがないんだ?」
「だって、高速移動できる乗り物があるし、観光旅行するほど景色が違わないもの」
「そうだったな。だったら、母の家に泊まるよ」
「えっ、そうなの? こっちの方が、知り合いが多くて安心よ。日本語も通じるし」
「そうそう」
アディルも頷いた。
「まあ、次に来るようなことは、もうないんじゃないか? 地球人ももう目覚めたことだし、アカシックレコードの代表は清田さんが引き継いでくれるみたいだし、私を必要とする者は、もう誰もいないさ」
「他の誰かに必要とされなくても、自分の魂があなたを必要としているわ。ラマナの本当の記憶が戻ったら、どう思うかしらね」
ライラが、私にそう言った。
「ラマナの記憶か…… どうやったら戻るんだ?」
「オリジン装置を起動したとき、あの場所にいた全員が走馬灯を見たって言ったわよね。何かヒントがあるかもしれないわ」
「そうだあの時、私が見たのは、記憶がないはずの時の母との別れのシーンだった。オリジン装置か……」
「オリジン装置は、過去と未来を映し出すって言っていたわよね」
「地球を牛耳っていた奴らを止めるために起動させたけど、そもそも、美しき星へ持って帰って、この星の正しい歴史を明らかにすることが目的の一つだったよな」
「オリジン装置は、今どこにあるんだ? あのまま剣山山頂に置いてきたのか?」
「いや、ちゃんと持ち帰って、うちにあるよ」
「そうか、だったらもう一度、起動しなおしてみてはどうだ?」
ラマナの本当の記憶か……
私の魂は、まだ完全にアクセスできずにいるのか……




