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あいの実現へ

 剣山上空、快晴。


 我々の部隊は、空母一隻、中型宇宙船百隻、小型宇宙船二百隻、総人員2250人。

 偵察隊の報告によるとオーストラリア上空に二機の不審な動きをする宇宙船を発見したが、追跡に失敗との報告一件。

 剣山上空での不審な宇宙船はないとのことであった。 


「今から、オリジン装置の捜索を開始する。捜索の妨害がないように、見張りの強化、支援をお願いします」

「ラマナ代表、了解しました」

 アディルとライラ、そして数十名の者が透視能力を使って、オリジン装置の捜索を開始した。

「この積み石の下、五メートルほど透視してみましたが、人工物はなさそうですね」

「これ以上深いとは思えないので、捜索範囲を広げてみよう。皆、区画を分けて、捜索するぞ」


 ヒュン。

 何か、耳の横を通過したような音とかすかな風が通り過ぎたように感じた。

 ヒュン。

 まただ。

「何か、音がしなかったか?」

「いえ、監視装置も特別反応していません」

「そうか……」


「オリジン装置らしきものは、どこにも見当たらないな」

 捜索部隊は、お互いにそう伝えあっていた。

「トゥルル……」

 孫の真人からの着信だ。

「真人、どうした?」

「じっちゃん、今どこ?」

「四国の剣山の頂上だよ」

「お母さんと一緒?」

「いや、お母さんがどうかしたのか?」

「うん、さっき車の音がして、お母さんが帰ってきたはずなんだけど、どこにもいないから、じっちゃんちに行ったのかと思って」

「電話をかけてみたか?」

「うん、何回も電話したけど、出ないんだ」

「困ったな……」


「ラマナ、ビジョンをもう一度思い出せないか」

 アディルが、こちらに向かって叫んだ。

「真人、じっちゃんも電話してみるから、もう切るぞ」

 私は、慌てて電話を切った。

「アディル、何だって?」

「あの時のビジョンをもう一度思い出しみて、何か、この景色で気になる部分はないのか?」

「私は、確か、こちらから、その石を眺めていて……」

 私は、実際に見たビジョンの位置まで移動した。

「あっ、その手前の石。あの石が、かすかに動いたんだ」

「何かあるわ! ここを掘ってみて。五十センチ掘ればいいわ」

 アディルたちは、慎重に掘り進めていた。

 私は、この間に愛歌に電話をかけた。呼び出し音が聞こえる間、皆の作業姿を漫然と眺めていた。

 後方で音楽が流れてきたので、私は振り向いた。そこにいたのは……。


「あった。あったわよ」

 私は、ライラの嬉しそうな声が、この状況で一変するのを恐れていた。

「愛歌―」

 電話の着信音と同時に、ライラの叫び声が山に響き渡った。

 愛歌は、両手を縛られ、何者かに背中を突かれながら、こちらに向かっている。

 その周りを百人ほどの部隊がライフルを手に持ち、私たちの部隊を退けた。

 我々の部隊は、一体何をしていたのだ? 

 奴らは、いつどうやって、この私たちの守りの中に入ってきたのか? 

 やはり、あの音は、気のせいではなかったのか?

 私は、この状況を嘘だと思いたかった。鉄壁の守りだと信じていた。しかも愛歌が捕らえられるとは夢にも思わなかったのだ。

 私たちは、この状況を打破する手段がなかった。その場から身動き一つできずにいた。

「さあ、周りの者たちを退去させてもらおうか。それとも私たちの部隊が、宇宙船を撃墜しましょうか?」

 私は、手で皆に合図を送り、我々の部隊を後退させた。

「いろいろと手間取らせてくれるよな、作家さんよ」

「愛歌を放せ! 俺の命が欲しいんだろ? 愛歌は関係ないはずだ!」

「お前の命より、欲しいものが見つかったのさ。お前たちが探しているそれを頂こう」

「……」

「ふん、黙っていても全て把握済みだ。私たちが、貴様らごときの、通信を傍受できないとでも思っていたのか? 早く、その装置をよこせ」

「愛歌を解放するのが先だ」

「ふざけたことを言うな。まずは、その装置を置いて、お前たちは、後ろへ下がれ」

「お父さん、ダメよ。この人たち、それを悪用するわ!」

「黙れ!」

 奴は、愛歌の背中を突いた。

「やめろ!」

 私は、ライラに装置を足元へ置くように指示した。

 私たちは、少しずつ後ろへ下がった。

 奴は、愛歌を突きながら、オリジン装置に近づいた。そして、腰を屈めて装置を取ろうとしたその時、愛歌がそれを足でこちらに蹴り飛ばして、奴を振り払って、走って逃げてきた。

「お父さん、早く拾って!」

 私は、慌てて飛んできた装置を拾い上げた。

 ドゥギュン!

 スローモーションを見ているかのように、愛歌は、私の目の前で、突っ伏した。

「愛歌!」

 私は叫んだ。

「ラマナ、起動させろ!」

 後方からアディルの声。しかし、目の前の愛歌を助けたい気持ちで体が動かなかった。

「起動だ!」

 再び、アディルが叫んだ。

 私は、オリジン装置を開け、桜の紋章を入れた。そして、すぐに愛歌に駆け寄った。

 愛歌は、右手を奴らの方へ伸ばしていた。奴らは、何故か身動き一つしていなかった。

「まただ……愛の魂を持つ者が止めた……」アディルが、そう呟いた。

「お父さん……私は……地球に本当のあいを表したかった。きっと実現するわね」

「ああ、必ず実現するさ」

 愛歌を抱きしめると、彼女は、そっと目を閉じた。

 その時、オリジン装置から強烈な白い光が、放射線状に広がった。あまりの眩しさに皆、目を開けていられなかった。

 私は、愛歌を抱きしめたまま目を閉じた。走馬灯のように目の前に、私の過去らしき映像が駆け抜けた。


「ラマナ、あの星へ行くの?」

「ああ、母さんを一人にしてしまうね。申し訳ない」

「いいのよ。あなたの使命ですから」

「これ、もしもの時に使えるといいんだけど……」

「何ですか?」

「私の父が残してくれたものなの。父は、あの星の人よ」

「えっ、そうだったんですか?」

「これは、あの星で、代々伝えられてきた、魂の覚醒方法なの。だけど、秘密にしておかないと、命を狙われるの。だから、暗号にしてあるわ。ラマナならきっと解けるはず」

 私は、母と抱き合って最後の別れをした。


「うっ……」

 私は、目を開いて、あたりを見回した。

「あいつは、どこへ行った?」

「どこにもいません」

「消えたのか? 追跡しろ!」

「了解!」


「愛歌! 愛歌! しっかりして」

 ライラが駆け寄ってきて、愛歌に声をかけた。

「先生、すぐに来てください。愛歌を助けてください」

 私は、宇宙船に待機している医師を呼んだ。

 医師たちは、すぐに駆け付けた。

「先生、あのカプセルにすぐに入れてください」

 医師は、愛歌の脈を確認して、小さな装置を愛歌の首筋に当てた。

 ツーツーツーツーという機械音だけが、静まり返った山頂に響いている。

 皆が、固唾をのんで見守っていた。

「ラマナ代表、残念ですが、お亡くなりになられました」

「先生、カプセルに入れたら治るんですよね?」

「亡くなった後では、無理なんです。再生できないんですよ」

「先生、そんなはずないですよ。カプセルに入れてください。もしかすると再生するかもしれないじゃないですか!」

 私は、医師の手を強く握って何度も頼み込んだ。

 アディルが、私の横に立って肩に手を置いた。

「ラマナ……」

「アディルも頼んでくれ。アディルの娘でもあるんだぞ」

「ライラも頼んでくれ、娘だろう!」

「頼む、助けてくれ!」

 私は、愛歌を抱いて、大声で叫んだ。

 愛歌の体から流れ落ちる生温かい血が、私の手に触れる。その温かさを感じる度に

「まだ生きてる、まだ生きているんだ!」

 何度もそう叫んだ。

 


 世界中の話題は、オールドメディアのことだ。

 SNSでは「アナウンサー暴露十連発!」「オールドメディア、ついに覚醒!」

 再生回数は、十億回を超えて、どんどん回っている。

 一旦、オールドメディアから離れた人も、テレビが面白いと言い始めた。統制が効かなくなった政治は、与党も、裏で手を取り合っていた野党も総崩れ状態だ。政治家を動かしていた宗教は、もう誰も信じる者はいなくなった。

 病院の閉鎖も相次いだ。薬品会社、農薬会社は、工場が停止したままだ。

 学校は、生徒も教師も登校拒否で、誰一人学校に行っていなかった。

 農家は、米も野菜も売るのをやめた。農薬や化学肥料を使わないとできないものは、もう作らないという。

 人々に、なぜか混乱はなかった。病院や学校、農家を咎める者は誰もいない。

 多くの人々が、田畑を求めて、都会から脱出して行った。

 そこには、恐怖や不安というものがあるわけではない。ただ、心から、そうしたいという思いだけだ。


「気付いたものは、農に向かう……」

 昔、ばっちゃんが言っていたな。

 経済や環境問題に疑問を持ったり、暮らしの見直しやリスク管理など、今までとは違う感覚を持つ人が農業を始めるって。

 私は、ネットニュースを読みながら、そんなことを思い出していた。


「愛歌、君が見たかった『本当のあい』の世界が実現したよ。そっちから、見えているかい?」

 スマートフォンの愛歌の写真は、笑顔で笑っていた。


 私は、この記録を最後に筆を置くことにした。

 残りの人生は、母と同じように、自然と共に生きてみようと思う。

 五月に植えた稲は、三十センチほどになり、手のひらを広げたような扇型に分げつしている。こんなに美しい稲を見るのは初めてだ。私は、この地球に生きて、今まで何を見ていたのだろう? 

 朝日が、水面を照らし、キラキラと輝き始めた。今の私には眩しさが心に突き刺さるようだ。

 私は、腰をかがめながら田んぼの草を無心で取り続けた。


 森の奥で、アカショウビンが鳴いた。

 私は、まだ一度もアカショウビンを見たことがない。確かにそこに存在しているのに。

「キョロロロロロ……、キョロロロロロ……」

 音程を下げながら、だんだん小さく鳴くその声は、今の私を一層もの悲しくさせる。

 一度でいいから会いたいな……

 会いたい、会いたい……

 自然は、私の虚無感を埋めてはくれないのか。

 私は、また腰をかがめて、田んぼの草を取り始めた。


「ホットサンド食べるー?」

 愛歌? ハッとして顔を上げた。

 孫の真人が、田んぼの畔をこちらに向かって走ってきた。

「じっちゃん、ホットサンド持ってきたよ」

「じっちゃんが、そっちへ行くから、そこで待っていなさい」

 そう言っても、真人は、こちらへ向かってくる。

「じっちゃん、朝ごはん、まだでしょう? お父さんがホットサンドをじっちゃんに持って行ってって」

「ありがとう。真人は食べたのかい?」

「うん」

「そうか、じゃあ、じっちゃんもホットサンドを頂くよ」

「じゃあね」

「もう帰るのか?」

「うん、今日は、サッカーの練習があるんだ」

「そうか、頑張れよ」

「うん」

 真人は、大きく手を振って、走って帰っていった。


「ホットサンドか……」

 私は、愛歌の作ったホットサンドを思い出して、涙が溢れてきた。

 まだ温かいホットサンドを一口食べたが、悲しみで味がわからなかった。


 「私の魂よ、これから、私はどう生きていけばいいんだ!」


 

――いつまで、心に囚われているのだ。

   さあ、魂の声に従って、自分のやるべきことを

              魂が奮い立つことをやるのみぞ――


                                            おわり








 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 この物語を通して、少しでも「大切なものは何か」を考えるきっかけになれば幸いです。

 もし心に残ったシーンがあれば、ぜひ感想を聞かせていただけると嬉しいです。

 現在、続編を執筆中です。

 ラマナは魂の記憶を完全に取り戻し、次のステージへ進めるのか――

 その行方を、どうぞ楽しみにしていてください。

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