隠された軌跡①
隠された軌跡
「着きましたね」
彼は、祖父の家ではなく、なぜか隣の家を覗き込んだ。
隣の家から、一人の年老いた小柄な男性が出てきた。
「ラマナさん、随分と時間がかかりましたな。私も何とか息をしとるが、もう少し到着が遅れるとあなたとの約束を守ることができないところじゃったよ」
「私との約束ですか?」
「記憶は戻ってないのかい?」
「はい、全く」
彼は頭を横に振りながら鼻で笑った。
「ラマナさんは、やっぱり正しいな。ラマナさんの伝言は『記憶を全てなくした私が戻って来るので、今日の話をもう一度して欲しい』ということじゃったよ。あれから何年経つかの? もう少し早く来るかと思ったんじゃが、時間がかかったのぉ。まあ、部屋に入って、座って話をするとしますかの」
私は、実家を訪ねたはずが、隣の家に行くことになってしまった。戸惑いながら、案内してくれた記録者を見ると、彼は笑顔で、その男性の家の中へ入るように右手で誘導したのだ。
丸いテーブルと椅子が四脚。ソファーベッドとサイドテーブルには、ラジオのような機械が一台あるだけのシンプルな部屋だ。
「さて、あの時話した内容を一から話すことにしますかな」
彼は、サイドテーブルの引き出しから、日記帳のようなものを出してきた。
「私もラマナさんとの約束を忘れてはならんと思って、ここに書いておいたんじゃよ。えーっと……」
彼は、ページを何枚かめくって、赤字でタイトルを囲ったページを開いた。
「私が、記録者の仕事を引退して、家で過ごすようになってすぐに、隣のおじいさんから手紙を預かった。孫のラマナが家を訪ねてきたら、これを渡して欲しいと。その時におじいさんは、息子にも孫にも迷惑をかけることになった。私は、本当に心の弱い人間だ。孫には、何も伝えずにこのまま逝くべきだと思ったが、やはり、私たち、美しき星の人類の歴史を知らせなければと思ってな。でもそれは同時に私の犯した過ちを伝えなければならないことでもあるんだ。私は、この年になっても、このことを面と向かって話す勇気がないのだ。ゆえに、ラマナに手紙を残すことにしたのだよ』そう言って、私は、おじいさんから手紙と書を預かった。その数日後には、おじいさんの姿はもう家にはなかった。どこか遠くで最後を迎えられたのだと私は思った。
手紙を預かって、五十年が過ぎたころ、二人の青年が隣の家を訪ねてきた。私は、すぐに声をかけた。やはり孫のラマナだった。手紙を渡すと私はようやく肩の荷が下りて楽になった。ラマナは、すぐに手紙を読み始めた。すると、ラマナの顔が徐々に険しく変化していった。私は、手紙を読み終えたラマナに、そんなに辛い内容だったのか? と尋ねたら、彼は、唇をかみしめて、二度三度頷いた。
そして、少し間をおいて、私にこう言った。
『私は、全ての記憶をなくして、数十年後に再びここを訪ねて来ます。その時に、もう一度今日と同じ話をして、この手紙を渡して下さい。そして、この書はとても重要なものなので、絶対になくさないで、しっかり保管しておいて下さい』そう言って、彼らは帰って行った。私には、跡継ぎもおらず、この話を託すものもいない。また長い間待ち続けないとならないのかと思うと憂鬱な気分になったが、生きる理由ができたことに感謝をして、また数十年、彼を待つことにした」
ノートの記録を読み終えた彼は、再びサイドテーブルの引き出しを開けて、手紙と書を出してきた。
「これが、預かっていた手紙と書じゃよ」
手紙は、長い年月が経ったことがわかるような色合いになっていた。
「長い間、預かっていただいて本当にありがとうございました」
そう言って、手紙を受け取った。私は、封を開けて手紙を開いた。当然のことだが、すべてこの星の文字で書かれていたために、読むことができなかった。
「清田さん、この手紙を読んで、ここで読み上げてもいいかどうか判断してくれないか?」
そう言って、彼に手紙を渡した。
彼は、手紙を読み始めてすぐに険しい顔になった。私は、その表情から良くないことが書かれていることを察知した。手紙を読み終えた彼は、顔を上げて、私たちの方を見た。
「これは‥‥‥」と言ったが、その次の言葉が、なかなか出てこなかった。
「一度持ち帰ることにしますか?」と私は、彼に言った。
「ええ、その方が良いかと思います。ラマナ代表の家で話しましょう」
「おじいさん、それでいいですか? 何十年もの間、この手紙を守ってきて下さったのに、手紙の内容をお伝えしなくてもいいのでしょうか?」
「かまわんよ。前回のラマナの表情、そして今回の彼の表情を見ると、相当辛いことが書かれておるのじゃろう。それを知って、心に秘めて生きることに耐えられないかもしれないから、私は知らなくて十分じゃ」
「そうですか、それでは、手紙を頂いて帰ります。本当に長い間ありがとうございました。どうかお元気で」
そう言って私たちは、席を立ち、家を出た。
カプセルチューブの駅に向かう途中、清田さんが私に向かって言った。
「その書はとても大事なものなので、絶対に無くさないで下さいよ。カプセルチューブの中に忘れることがないように、絶対ですよ」
「うわぁ、なんか、怖いな。これ、そんなに重要なの?」
「はい、この星の運命を左右する重要な書です」
「ええっ、またそんなお役目ですか? トホホホッですな‥‥‥」
私は、肩を落とした。前回のアカシックレコード保管庫事件の時も、地球の崩壊だ、宇宙の破滅だと言われて、この星へ来たけど、まさか今度もそんな規模の話になるとは‥‥‥。私はついていないのか……。いや、この事件のお陰で、明日にはまた新しい本がでるわけだから、私はついているんだ! きっと、今回も大丈夫。
「よし!」
「ラマナ代表、何ですか?」
「いや、なんでもない、気にしないで」そう言って、私は両手を振った。
私たちは、カプセルチューブの駅に到着した。
「私の家の駅は、何区の何番?」
「十区十番です」
「覚えやすいね。迷子になっても一人で帰られそうだ」
「そうですね。このパネルで、駅番を入力して、台数を入れてください」
「いや、待て、数字が読めないな。どれが1? 」
「この文字です」
「2は?」
「これです」
「順番に並んでいるのかな?」
「はい」
「じゃあ、10は1と0? えっと、0はどれ?」
「上の段が、区名で、下段が番号なので、上の段の10番目が十区、下の段の10番目が、十番です」
「なるほど、文字を覚えなくても、10番目を押せばいいんだ。これは簡単だ」
「これで、お一人で、いつでもお出かけできますね」
「どこへ行こうかな? アディルの家にこっそり行って、ビックリさせようかな?」
「ん、んっ」清田さんが咳払いをしたので、そちらを見たら、彼が私を見て、眉間にしわをよせて
「ラマナ代表、先に乗ってください。くれぐれも書を落とさないで下さいよ」と言った。
「わかったよ」
なんだか、親に叱られている子どもみたいな気持ちになった。
私は、カプセルチューブに乗り込んだ。気が重いことを清田さんの咳払いで思い出してしまった。
家の近くの駅に到着した。
「さあ、急ぎましょう」
清田さんに急かされて、私の家に向かった。
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