暗号
暗号
「さあ、仕切り直しだ」
「そうだな。まあ、ラマナ気にするな、この星では時々こういうこともあるんだ」
「時々ある?」
「私たちは、長命で、何千年と生きているから、悲しみも長い間持ち続けなければならない。時に、記憶を書き換えたいと思うこともあるんだ。耐えられなくなる人も中にはいるよ。しかも我々の記憶力は、他の宇宙人よりも優れているが、たまに違う組み合わせで思い出したりすることがあるんだ。許してやってくれ」
なるほど、そういうことか。ばっちゃんの記憶の仕方がおかしいのは、もしかするとこの星特有のものだったのかもしれないな。
「ラマナ、このノートなんだが、これ自体が暗号で書かれているみたいだな」
「ええっ、また暗号?」
私は、大きくため息をついた。
「これを持って保管庫に戻ろう。他の人が何か知っているかも知れないから、気を落とすな」
アディルが、私の背中をパンと叩いた。
「あっ、ライラも呼んでおくよ」
私たちは、再び保管庫にあるオフィスを訪ねた。清田さんに説明したところ、協力を快諾してくれた。
「ラマナ代表、その前にお渡ししたいものがありまして」と清田さんがそう言いながら、机の上に置いてあった一冊の本を私の前に出してきた。それを覗き込んだアディルが
「伝記 英雄ラマナって書いてあるぞ」
「ええっ? 私の本ですか?」
「はい、私が手がけた本です。実は、もう一冊、日本語訳の本もありまして」
そう言って、紙袋の中から日本語版の伝記を出してきた。
「こちらは、是非日本にお持ち帰りください」
「あっ、ありがとう。えっと、もし可能なら、こっちの楔文字の本も頂けますか?」
「ええ、もちろんいいですよ」
「ところで、この写真の男性が私ですか?」
「この顔がラマナだよ! よく見ると男前だな」
アディルが割り込んできた。
「私の顔を先に知っていれば、さっきの彼女のような問題が起こらなかったのにな‥‥‥」
「そうだな。いつもは疑い深いラマナでも、今回は浮かれていたか」
「違いますよ。単なる思い込み!」
「まあ、気にするな。ラマナの方がいい男じゃないか?」
私も内心そう思った。
それにしてもこの顔で、彼女の一人もいないとは、惜しいな。
隣にいたアディルが、本を横取りし、パラパラとめくって最後のページを読み上げた。
「英雄ラマナは、今でも地球のために、そして私たちの星のために、自らの使命を果たそうとしている。英雄ラマナが、再び私たちの前に姿を現すのを私たちは待ち続ける。だとさ。どうする?」
「はー、どうしますかねー? あの暗号がわからない限り、ここには戻れませんよね」
「そうだな、ここのメンバーに聞いてみよう」
「$%#“!(‘&%&$%$%#”&%」
「&“#!%$%#&!&&%$##”“$&%$」
「世界共通語が見つかった! そう言って珍しく大喜びしていたようだぞ」
「世界共通語か……」
私は、何かヒントがないかと思い保管庫の本を見て回ることにした。しばらくすると、ライラが遅れてやってきた。
「遅れてごめんなさい、今日は、学校でサイコキネシスの講座を受けていたの」
「サイコキネシス?」
「念力よ」
「へー、やっぱりこっちの学校は変わっているな」
「変わっているのは、地球の学校の方だと思うわ。魂が欲していることを習えることが将来的に社会の役に立つのよ」
「日本も社会の役に立つように学校があって勉強を教えているはずなんだが、興味のあるなしに関係なく教えているから身に着かないのかもな」
「そもそも、社会のあり方とか、人間の心理とか、そういうことをもう一度考えていく方がいいと思うわ」
「そうだな・・・・・・」
アディルも大きく頷いていた。
「ライラ、今日の講座、楽しかったか?」
「ええ、ほんの少しだけど、コップを動かせたわ。アディルも習ってみたら?」
「それは、すごいじゃないか! そうだな、今度私も習ってみるかな?」
「ところで、今、みんな何をしているの?」
「ラマナの暗号の件で、一つ有力な情報があって手がかりを探しているところなんだ」
「有力な情報って?」
「世界共通語だよ」
「世界共通語? あれっ、何だっけ? なんか聞いたことあるわね」
おー、ばっちゃん、頼む、思い出してくれ。正しくなくてもいい、ヒントをくれ。顔の前で両手を合わせて願った。
「何語? ……えーと、ほらっ、赤ちゃんが喋るやつよ」
あっ、あれか!
私は、その言葉を直ぐに思い出していた。ライラが、あの頃のばっちゃんのように、必死で思い出そうとしているので、しばらく答えを言わないでおこうと思った。
「えっと、あれよ、ここまで出かかっているんだけど‥‥‥」
ライラは、体をくねらせて、答えを絞り出そうと頑張っていた。
「あっ、わかった」
ライラは、目を大きくして
「タンゴよ!」と言った。
「だんご三兄弟!じゃないよ」とあの頃のように、ツッコミをいれた。
「じゃあ、ルンバ?」
「ダンスじゃないし!」
相変わらず、思い出し方が独特すぎるよな。
「ヒントをちょうだい」
何か逆転してないか?まあ、思い出させてやろう。
「たの次の言葉は?」
「ち? ちん‥‥‥ご?」
ライラは、私の顔を見て、言いにくそうに言った。
「危ないな、そうじゃなくて、あかさたなの方だよ」
「あかさたな‥‥‥あー、なんご!」
「そう、喃語だよ、赤ちゃんが最初に発する言葉は、世界共通だ。えっと、暗号が喃語であれば、おそらく『アー』で間違いないかと思うのだが、二人は、どう思う?」
「そうね、アーが一番初めに思い浮かんだわ」
「このノートにも同じことが書いてあるんじゃないのか?」
「誰か、このノートに書かれている意味がわかる者はいないか?」
オフィスの皆が近くに集まった。一人ずつノートに書かれた文章を見て、
「これは、意味不明な文章だな。やっぱり暗号文だな」 と言って次の人に渡していった。
見終わったノートは、テーブルの真ん中に置かれた。
皆が腕組みをし、唇をかみしめ、ノートを見つめていた。
私は、もう一度そのノートを手に取って色々な角度から眺めた。光に透かして見た時に
「あれ? 気のせいかも知れないけど、なんだか、濃い色と薄い色があるような気がする」
「えっ、どれだ?」
「ほら、これとか、これとか」
私は文字を指さした。
オフィスの皆がノートを覗き込んだ。
「確かに違うな」
アディルがその文字を繋いで読み始めた。
「両手を上げ、少し開いて手のひらを内側に向ける。そして、天から光を受け取る感覚で、あい、あい、あいと唱えること。但し、必ず地球が五次元になってから行うこと」
「これは何なんだ? 確か、魂に刻むには長すぎるよな」
「そうだな、複雑すぎるな」
「ねえ、私このポーズ、知っているわ」とライラが話し始めた。
「これ、日本の古文書に書かれている教えと似ているわ。このポーズは、天からのエネルギーを受け取るポーズよ。他のバイブルとは違って、古いまま変わらないものではないの。その時代、その人にあった教えを天から受け取ることができるというものよ」
「あいを三回唱えるのは、何の意味があるんだ?」
「その古文書によると、確か『あ』は、天を表して、『い』は、意志だったかしら?」
「『あい』だと、天の意志ってことか?」
「多分、そういう感じだと思う」
「やってみたらどうだ?」アディルが言った。
「但し書きが書かれていたよな? 地球が五次元になったのは、間違いないだろうな?」
「ラマナは、本当にいつも疑り深いな」
「私たちが行き来できたから、もう五次元よ」
「わかった、やってみるよ」
両手を天に向けて
「あい、あい、あい……」
何の変化もない。
「響かせるんじゃない?」ライラが言った
「どうやるんだ?」
「あ~い~、あ~い~、あ~い~。こんな感じかな?」
ライラの声が、震えているように聞こえた。
「なるほど、ビブラートか」
「バイブレーションよ」
「えっー、ビブラートとバイブレーションはどう違うんだ?」
「振動よ。声を揺らすだけじゃなくて、振動させるの」
「振動か‥‥‥。できるかどうかわからないけどやってみるよ」
「あ~い~、あ~い~、あ~い~」
十数回響かせた時、声が振動となって体中に電気が走ったような感じになった。
「うわっ、うわっ、うわっ」と皆が声を上げた。
「ラマナの胸の部分が……」
「穴が‥‥‥」
「青空が見えるぞ」
皆が私を指さして、何か言っている。
「は? みんな何を言っているんだ?」
「自分でも見てみろ、胸のあたりだ」
そう言われて、私は自分の胸のあたりを覗き込んだ。
「えっー、何だこれは! 空がみえるじゃないか!」
「ラマナ、きっと愛が開いたのよ」とライラが言った。
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