彼女
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ピンポンと呼び鈴が鳴った。
もう、朝か? 時計を探してみたが、壁にも机の上にも全く見当たらない。
アディルが私を起こしに来たのだろうと思いドアを開けた。
すると一人の女性が、私に抱きついてきた。
ビックリして、反射的に両手を上げた。
「なになに?」と聞いたが、相手の言っていることが全くわからない。
「アディル、ライラ、来てくれ!」
二人は、一分も経たないうちにやってきて、抱き合っている私たちを見たアディルが
「えーと、これは、子どもにラブシーンを見せつけようと思って、私たちをわざわざ呼んだのかな?」
「そんなわけないだろ! 急に抱きつかれて困っているんだ。何か言っているけど、わからないんだよ!」
「しょうがないな、通訳するよ」
とアディルが彼女の通訳をしてくれた。
「あなたの恋人、サラよ。会いたかったわ」
「えっと、ごめん、全く覚えてないんだよ」
「ええ、知っているわ。あなたが出発するときに、そのことも話してくれたから」
「とりあえず、一旦ちょっと離れてくれないか」
「嫌よ、私、離れないわ」
通訳をしているアディルが、体をくねくねしながらそう言った。
「アディル、ふざけてないで、ちゃんと訳してくれ。今、彼女は何も話していないじゃないか」
「バレたか」
「彼女が本当に私の恋人だという証明ができるか聞いてみてくれないか」
「ラマナはかなり疑り深いんだな」
「そりゃー、人生重ねたら、そうなるだろ」
「%&$&%#“‘%$」
「#$&%#”‘%$##&%」
「家の中の机の引き出しにラマナと一緒に撮った写真が入っているらしいぞ」
「わかった確認しよう」
私は、家の中に入って、机の引き出しを開けた。
その瞬間、私は、見てはならないものを見たと思い、急いで引き出しを閉じた。
「どうした、ラマナ」
私は、二度咳払いして、
「確認できました。私たちは、そういう関係のようです」
「じゃあ、これでいいんだな。帰ってもいいかな?」
「いいわけないだろっ、言葉が通じないのにどうしろというんだ?」
「ジャワ語が話せたらよかったのにな」とアディルが嫌味っぽく言った。
「全く、なんで、ジャワ語の翻訳機だけなんだよ、地球上でも話せる人が少ないだろうに」
「何を言っているんだ、ラマナ。ジャワ語は、今では日本語よりも多く人が話しているんだぞ」
「えっ、そうなのか? そんなことより、通訳をお願いしますよ」
「わかったよ。さあ、二人とも話しなさい」
「私は、ラマナの魂らしいが、今は記憶がない。それに、またすぐにここを離れる予定だ」
「そうね、でも寂しいわ。あなたがここにいる間だけでも会えると嬉しいの。私は、二軒隣の水色の家に住んでいるの。もし何かあったらいつでも頼ってね。すぐに駆けつけるわ」
「ありがとう」
「ラマナは、いつまでここにいられるの?」
「えーっと、ちょっと待ってもらっていいかな……。あのですね、通訳する人を入れ替わってもらってもいいか?」
「どういうことだ?」
「ライラが、サラの言葉を通訳して、私の言葉の通訳をアディルがしてくれないか? アディルがサラの言葉を無理に女性っぽくしてしゃべると全く頭に入ってこないんだよ」
「なんて失礼なのかしら、ふん」とアディルがわざと言った。
「質問は、何だったかな?」
「ラマナは、いつまでここにいられるの?」
「いつまでなんだ?」とアディルに聞いた。
「一応問題は解決したから、いつでも地球に帰ることはできるが、ラマナはどうしたいんだ?」
「そうだな、あと二、三日は、いてもいいかな」
「わかったわ。今日は、会えただけで嬉しかった。ラマナ、帰ってきてくれて、本当にありがとう」そう言って、彼女は、帰っていった。
「ラマナ、まだ疲れているだろうから、今日もゆっくりしていいぞ。何かあったら呼んでくれ」そう言って、アディルもライラも帰っていった。
「二、三日いてもいいかなと言ったけど、やることがないよな」
私は、椅子に腰かけて呟いた。机の上には、一冊のノートが置いてあった。
パラパラとめくってみたが、楔文字ばかりで読めやしない。
引き出しを開けた。例の写真が目に入った。さすがにこれは見せられないよな。この星の人たちは、一体どんな恋愛をしているんだ?
「よし、とりあえず、風呂でも入るか。着替えも用意してくれているし」
風呂は、日本のものより少し小さめだ。この星の住人は、日本人よりも小さい人が多いからだろう。お湯の温度は少し低めだが、暖かい気候なので問題ない。
「あー、すっきりした。日本人は、やっぱりお風呂だね。さて何をするかな?」
風呂から上がって、部屋に行くと、玄関の下の隙間から紙が一枚入っていた。
『ラマナ代表へ
本日、お時間がありましたら、隣のアカシックレコード保管庫へお越しください。是非、ラマナ代表とお話ができたらと思います。部下一同』
「えー、日本語じゃん。しかも私よりも上手な字だし……」
日本語を話せる者がいるなら行ってみるか。
私は、一人で隣の保管庫へ向かった。
ドアを開けて、中の様子を伺った。近くには誰もいないようだ。
「あの~」と日本語で呼んでみた。
やっぱり、日本語は通じないかなと思っていたところに、一人の男性が姿を見せた。
驚いて思わず指を差し、周りを見回した
「ここは、日本じゃないよな?」
「ええ、ここは、美しき星ですよ」
「あなたは、るりどり出版の清田さんでは?」
「そうです。いつもお世話になっております」
「ど、どういうことですか?」
「私は、この星で、ずっとラマナ代表の元で働いておりました。2025年から、日本に派遣され、記録者の仕事をして、地球とこの星を行き来していました。最近は、ラマナ代表のサポートをするために、るりどり出版に勤務していたんです」
「私が本を出版できたのは、あなたが手をまわしたからということなのか……」
私は、ため息をついて落胆した。
「いえ、手をまわしたというようなことはありません。ラマナ代表の実力です。帯にちょっと有名な方をお願いしたくらいです」
やっぱり……。あんな有名人が私の本の帯を書くとは思えないよな。私は、すっかりうなだれてしまった。
「ラマナ代表、ここではあれですから、オフィスへどうぞ。代表の机もありますから」
そう言われて、うなだれながらも清田さんの後ろをついて二階のオフィスへ行った。五、六人のスタッフが一斉に立ち上がって、私の方を見た。
「こちらが、代表の席です」
「$#&%$#&」
{%$#(‘$&%)&%}
「皆が、昨日のアカシックレコードの保管庫の解決を讃えて、おめでとうございますと言っています」
私は、少し照れながらも「ありがとうと伝えて下さい」と言った。
「%&$%#」
「あっ、アディルを呼ぼう。同時通訳の方が早いな。アディル、保管庫へ来てくれ」
「清田さん、ここはいつもこのくらいの人数ですか?」
「そうですね、オフィスにいるのは、十名くらいで、多くは他の星へ長期出張しています。千人はいると思いますよ。私も出張ばかりなので詳しくないですが……」
アディルが、一分も経たないうちに息を切らしてやってきた。
「ラマナ、保管庫でまた問題が起きたのか?」
「いや、そうじゃないよ。同時通訳してもらおうと思って」
「じゃあ、ライラも呼ぶか?」
「いや、ライラはいいよ。清田さんがいるから」
「清田さん?」
私は、清田さんを指さした。
「あー、君は、シュリじゃないか」
「お久しぶりです、アディル」
「シュリは、私に日本語を教えてくれた記録者だよ。最近会わなかったが、どこへ行っていたんだ?」
「アディルが日本に生まれた時に、ラマナ代表の居場所を仲間から教えてもらったんです。私もラマナ代表の帰還をサポートしたくて日本に行っていました」
「そうだったのか、聞いたかラマナ、皆君の帰還を待っているんだぞ」
「それは、ありがたいことですが、記憶が戻らないことには‥‥‥。例の暗号が解けなくて」
「そうだな、暗号か……」
「あっ、そうだ、家に楔文字で書かれたノートが一冊あったんだ。読んでくれないか? もしかすると暗号のことが書かれているかも知れない」
「そうか、じゃあ、家に行こう」
「すみません、またすぐ戻ってきますので」そう言って、オフィスを出た。
保管庫を出て、道を歩いていると後ろから私を呼ぶ声がして、振り返ろうとしたところ、私の左腕の隙間から、誰かの腕がすっと入ってきた。
サラが、私の腕に彼女の腕を絡めてきたのだ。
「ラマナに渡したいものがあるの。お家に行ってもいいかしら?」
アディルが、腰をくねくねしながら、ニヤニヤしてそう言った。
「少しだけなら」と言って、私たち三人は、家に入った。
「これ、良かったら着てもらえないかしら?」
サラは、きれいな菖蒲色に染められたロングコートを広げて見せた。
「私には、若すぎる色じゃないか?」
「着てみろよ」
アディルがそう言うと、サラは、私の後ろに回り、右手からコートの袖を通し、次に左手、そして両肩の部分を持ち上げてコートを整えてくれた。
サイズは、ぴったりだった。まあ、着心地は悪くないかなと思った時、サラは、私の左手を引っ張って、体をくるっと回転させ、彼女の方へ私を向かせた。その勢いでよろけそうになったが、サラが私を抱きしめて倒れるのを防いでくれた。
「ひゅーっ」
アディルが冷やかしてきた。
「アディル! いつそんなのを覚えたんだ?」
「へへへっ。似合っているじゃないか、若返った感じだぞ」
「そうかな?」
「すごく似合うわ」
「サラ、本当にもらってもいいのかい?」
「もちろんよ」
「ありがとう」
「また来させてね」そう言って、サラは帰っていった。
「ラマナ、良かったな。彼女ともっと仲良くしてもいいんだぞ。お返しに何か持ってくか?」
「お返しか……。それより、このノート、読んでみてくれないか?」
「どれどれ」
アディルに俺が書いたと思われるノートを手渡した。机の上には、そのノート以外何もなかったはずなのに、ピンクのハードカバーの本が置かれていた。
「あれっ? こんなものうちにあったか?」
中身を開いてみると、そこには、サラと私が笑顔で写っている写真がたくさんあった。
アディルが覗き込んで
「ラマナも楽しそうに笑っているじゃないか。彼女といっしょなら、こんな笑顔をするんだな。私は、てっきりラマナは堅物だと思っていたんだが……。おや? この写真、ラマナか? ラマナじゃないぞ?」
「えーっ、どういうことだ?」
「昨日の証拠の写真を見せてくれ」
「いや、あれは、見せられないよ」
「そんなこと言っている場合じゃないぞ。ラマナ、騙されているかも知れないんだぞ」
「騙されている? なんのために、騙すんだ」
「つべこべ言わずに写真を出してみろ」
「そこの引き出しの中……」
アディルは引き出しを開けると、両手で口を押え、息を飲み込んだ。
「なんじゃこりゃ」と言いながら、顔を近づけて、写真の男の顔をじっくりと見て
「これは、ラマナではないな‥‥‥」と呟いた。
「それが私ではないなら、なぜサラはこんなことをしたんだ?」
「彼女の家に行ってみるか?」
「行って確認するしかないな。このアルバムをお返しに持っていこう」
二人は、二軒隣の水色の家に向かった。
玄関の呼び鈴を鳴らすと中から男性が出てきた。私たちは、彼女が一人で住んでいると思ったので、お互いに顔を見合わせた。
アディルがその男性に尋ねた。
「サラというものはこの家にはいないって言っているぞ」
「えっ、家を間違えたかな、近所にもいないかな?」
「この辺りにサラというものはいないと言っているぞ」
私たちは、狐につままれたように、頭をかしげながら家に戻った。
「アディル、どんな仮説がたてられる?」
「ラマナに捨てられた彼女が、新しい恋人を見せびらかして、仕返しに来たとか?」
「記憶がない俺に効果があるのか?」
「他の星のスパイが、ラマナの記憶が本当にないか確認するために送り込んだとか」
「それだったら、アディルは気付くんじゃないのか?」
「確かに、そうだな」
二人は頭を抱えていた
その時、呼び鈴がなった。
「誰か来たぞ」
玄関を開けると、男性が立っていた。
「ラマナ代表、すみませんが、サラがこちらに尋ねてきませんでしたか?」
「おや、君も日本語が話せるんだな」
「ええ、記録者として、日本に派遣されていたもので」
「それはいいとして、来たよ、サラが。君は、サラとどういう関係なんだ」
「私の妹です」
「ラマナの恋人だと言っていたが、それは、本当か?」
「いえ、違います。サラは、私の友人の恋人だったのですが、彼が地球に派遣された後、事故で亡くなってまって……。サラは、まだその事実を受け入れられないんです。誰かが地球からこの星に戻って来るたびに、会いに行っていたんです。ラマナ代表の活躍のニュースが流れたので、それを見て、ここに来たのではと思いまして」
「そうでしたか……」私は、彼女が忘れていったアルバムをとってきて彼に手渡した。
「ラマナのニュースって?」アディルが興味津々で聞いていた。
「えっと、一時間の特集が組まれていました。タイトルは確か『ラマナ代表、宇宙の危機を救う。地球から一時帰還』だったと思います」
「特集か、ラマナすごいな、すっかり有名人だ」
アディルは、私のお尻をポンと叩いた。
「ところで、ついでに聞いてみるけど、ラマナには、恋人はいたのか?」
「いえ、ラマナ代表は、硬派ですから、仕事一筋の方です」
「ラマナ、残念だったな……」今度は、私の背中を二、三度さすった。
「気にしていませんよ。今私には妻と子どもがちゃんといますから」と言ったものの、少し寂しい気持ちになった。




