10年後の地球②
守人と真人が帰ったあと、布団の準備やお風呂の準備を始めた。
「布団のシーツは、いつものところ?」
「えっ、ああ」
ライラは、慣れた様子で、奥の間の押し入れからシーツを出して、布団の準備を始めた。
私は、お風呂の準備をして、夕飯の支度を始めた。
「私が食事をしている間に先にお風呂に入っていいぞ」
「じゃあ、そうさせてもらおう。ライラ、一緒に入ろう」
「ちょっ、ちょっと待て。一緒に入ったらダメだろう?」
「えっ、どうして、私たちまだ子どもよ」
「いや、まあ、それはそうなんだけど、今は、まだ結婚してなくて、結婚前の二人だろ?」
「まあ、そうだけど、私たちのことは、星中で公認の中よ」
「だとしても、今日は、一人ずつ入ってくれ」
「はいはい、ラマナさんの言う通りにいたします」とアディルが嫌味っぽく答えた。
アディルがお風呂に入っている間に、私は一人食事をとった。
ライラが、私の前に座って、今日子どもたちと遊んだ時の話をしてくれた。
「トランプで遊ぶのって、本当に何年ぶりかしら? 今日は四人で神経衰弱をしたんだけど、アディルが大人げないのよ」
(いや、子どもにしかみえないが)
「実はね、私たち、今世では、テレパシー能力に加えて、透視の能力も身に着けたの。それを使って、アディルが全部トランプを開いちゃうのよ。ゲームにならないの、ひどいでしょう」
「透視能力? えっ、スクラッチとか削らなくても見えるの? 買ってきてよー」
アディルがお風呂から上がってきて私の横に立っていた。
「ラマナ、美しき星では、優秀な君がどうしてそんな浅はかな考えなんだ。透視はできるが、一等のくじを選んで買うことはできんだろう」
「まあ、難しいですね」
私は、残りのご飯をさっさと口に運んだ。
「ライラがお風呂から上がったら、ちょっと話をしてもいいかな?」
「ああ、いいよ。あっ、その前にお布団を敷いておこう」
私は客間に行き、奥の間に一組、客間に一組、布団を敷いた。
ライラがお風呂から上がってきた。
「えー、別々に寝るの?」
「あたりまえじゃないか}
「いやよー。この家は、広すぎて、ひとりじゃ、怖いもん」
「ばっちゃん、一人でいつも寝てたじゃないか」
「今は、子どもだから、一人じゃ怖いの」
「私とライラは子ども同士、一緒に寝るよ」
「いや、それだったら、アディルと私が男同士、一緒に寝よう」と提案した。
するとライラが
「人の話聞いていた? 私が一人で寝るのが怖いから嫌だって言っているのに、それじゃ、何の解決にもなってないじゃない」
「そうだった。じゃあ、三人で寝よう。俺が真ん中で寝るよ」
ライラとアディルはお互い見合って、アディルが言った。
「それは、ダメだ。私たちは、もう親子でも孫でもないから、一緒に寝ていたら、なんとか愛者だと思われるぞ」
「いやいや、さすがにそんなことはないでしょう」と右手を振った。
「もう、ややこしすぎよ。私たちは、二人でこの部屋で眠るから、あなたは、いつものように自分の部屋で寝なさい!」と母親に言われたかのように、ライラにビシッと言われてしまった。
私は、口をすぼめて、先に居間に戻り、食器の後片付けをした。
片付けも終わり、居間でゆっくりしていると、アディルとライラが来て、私の前に正座をして座った。
「ラマナ、お願いがあるんだ。力を貸してほしい。これは宇宙の危機なんだ。それを救えるのは、君だけだ」
「はっ? えっと、ちょっとよくわかりませんけど?」
「実は、アカシックレコードの保管庫で今大変なことが起こっているんだ。前にも一度話したことがあるが、間違った情報や偏った情報がその中にあると、宇宙が歪み、最後には宇宙が崩壊してしまうんだ。それが今起きかけている」
「それで、私は何をすると?」
「間違った情報が書かれた本を探し出してもらいたい」
「どのくらいの本があるの?」
「那由多、いやそれ以上か……」
「なっ、那由多? そりゃ、無理でしょ」
「ラマナの仲間たちが、今も一生懸命に探しているのだが、皆口々に『ラマナなら探し出せるはずだ』と言うのだよ」
「それは、皆さん買いかぶりすぎですよ。記憶も一切ない俺に、探し出せるとは思えないよ」
「行けば、思い出すかも知れないだろ? 頼む、一緒にきてくれ。その本を探し出すことができなければ、おそらく、この地球も美しき星も、それどころか宇宙全てが、近いうちに無くなってしまうことになるんだ。猶予はもうない」
「いやいや、待て待て、俺のせいになるのか? 勘弁してくれよ」
「明後日には、戻らなくてはならない。返事は明日必ずしてくれ」
「いい返事を待っているわ」そう言って二人は、部屋を出て行った。
嘘だろ? 俺が、他の星へ行くのか?
翌朝、いろいろと考えすぎて寝る時間が遅くなってしまったせいで、すっかり寝坊してしまった。
守人と真人が、もううちに遊びに来ていた。
「じっちゃん、今起きたの?」
「ああ、じっちゃんはな、小説家だから、朝は遅いんだよ」と適当なことを言っておいた。
「あっ、お母さんがね、九時半に家に来てって言っていたよ」
「あっ、今日、ヨガか」
私は愛歌に誘われて、ついにヨガの体験会に参加することになっていた。
「じっちゃんがいない間、みんなはどうするんだ?」
「お父さんが、いるから大丈夫だよ。僕たちも九時半に一緒に家に帰るから」
「そうか」
私は、時間を確認して、珈琲を淹れ始めた。そこに、アディルが近づいてきて
「ようやく、瞑想を始める気になったんだな。内省は、しなかったのか?」
私は、ドキッとして、思わず一歩後ろに退いた。
「やるには、やったんですけど、続かなかったんですよ」
「そうだろうな」と言って去っていった。
そうだよ、私は、昔から『やる気スイッチどこですか?』って言われてきたさ。なかなかやる気が出ない男だったんだよ。でも、ようやくスイッチが入ったというか、スイッチの入れ方がわかったんだ。
『やる気』というやつは、やり始めてから出るものだということなんだ。この記録を付け始めるまでは、やる気は全くなかったが、やり始めた途端に、スラスラと書けるようになったんだ。確かにそうだなと思ったわけだ。
それで、この『やる気』には続きがあるんだ。なんと『やる気という概念はない』という話らしい。人間は、行動を起こすからやれるというのが正解らしいんだ。
『やる気が出ない』というヤツが現れたら、『やる気というものは、存在しない。あれこれ面倒くさいことを考えずにさっさとやれ!』って言ってやればいいわけだよ。
まあ、俺のことなんだがな……。
おっと、時間だ。私は、珈琲を一気に飲み干した。
「子どもたち、出発するぞ」そう言って、三百メートル離れた愛歌の家に向かった。
孫二人は、道端に落ちている棒切れを拾い、剣のように振り回しながら歩いている。アディルは、カラスやキジバトが飛び立つ姿に驚いたり、ハクセキレイが、道の真ん中で、尾を上下に動かしたり、ちょこちょこ歩いている姿を不思議そうに見ていた。ライラは、そんな三人を優しく見つめていた。
「ただいまー」
孫たちは元気よく玄関を開けてそう言った。守人が一番に靴を脱いで家に入っていった。
優希君が玄関に出てきてくれたので
「子どもたちをお願いします」と言って、私は愛歌を待っていた。
愛歌は、二度三度ヨガマットを廊下に落としながら、バタバタと玄関にやってきた。そして、ライラに向かって
「ばっちゃん、ごめんね、うちで遊んでいてね?」
「ばっちゃん?」と優希君が、驚いた様子で聞きなおした。
慌てて、愛歌が言い直した。
「はっちゃん」
「はっちゃん?」
優希君もまた聞きなおした。
すると真人が
「お母さん、ライラだよ」と答えた。
「あらっ、そうだったわね。ライラね、そうそう。じゃぁ、行ってきます」
そう言って、愛歌は、車に乗り込んだ。
相変わらず、誤魔化し方が上手いと言うか、下手なのか、よく今まで追及されずに生きて来られているな、感心するよ。
「さあ、お父さん早く乗って」
そう言われて、車に私も乗った。
「ねえ、ばっちゃんたちと、昨日、何の話をしたの?」
「それがさ、アカシックレコードの保管庫で大変なことが起きていて、その原因となっている本を探し出してくれっていうんだ。そうしないと地球も宇宙も崩壊するらしいんだ」
「えー、それは大変なことじゃない。でもお父さんにできるの」
「そうだろ? 俺だぞ、できるとは思えないだろ?」
「うん。それにしても困ったわね」
「タイムリミットは、今日」
「今日?」
「明日には、星へ帰らないといけないらしいんだ」
「明日帰っちゃうのね……」
十羽ほどのカワラヒワが車を先導するかのように道路に沿って飛んでいく。
地球が崩壊してしまったら、こんな光景を見ることもなくなるのか……。
まて、それどころか、私の存在そのものもなくなるんだ。どうする? 俺!
「到着!」
「ここがヨガの会場なのか?」
「そうなの意外な感じでしょう? 個人宅を改装して、一階でヨガを教えているのよ。ここの先生、インドで修行された本格的なヨガ講師だからね」
外観は、立派な日本家屋だ。玄関を開けて中に入ると、日本家屋の広い土間は、フローリングに改装され、ソファーやウォーターサーバーが置かれている。奥の間は、ふすまや障子を全て取り除いて、二間続きの十六畳がフローリングの部屋になっている。二つの部屋を隔てていた欄間だけが日本家屋の面影を残している。
「さあ、お時間になりましたので、始めましょうか」
さっそうとヨガ講師が現れた。齢の頃は、三十代後半から四十代前半、引き締まった体に、ヨガのウェアが良く似合っている。私は、ヨレヨレのTシャツとジャージをはいていたので、なるべく目立たないように後ろの端っこにヨガマットを敷いた。
何となく、ヨガはテレビでも見たことがあるし、ある程度雰囲気は知っているつもりだが、男の俺がヨガを習うのは、やはり抵抗感がある。参加している人を見ると、愛歌と同じくらいの年齢の女性が多いようだ。
まずは、ストレッチ。
うっ……、それにしても体が硬くなっているな……。後ろに回した手が全く届かないぞ。
呼吸法?
先生と逆になっている……、まあ、いいか、適当にごまかそう。じんわりと汗がでてきた。激しい動きはないが、良い運動になっているようだ。
「さあ、次は、シャバーサナのポーズをとりましょう。マットに仰向けになって、目をつむりゆっくりと呼吸をしましょう。両足の力が抜けて床と一体になってきます。両手の力も抜けて体がマットに溶け込んで、大地と一体になって広がってゆきます。どこまでも、どこまでも、広く、広く……」
私も講師の誘導に合わせて、ゆったりと呼吸を整えた。
すると、私の目の前にパッと膨大な数の本が見えたのだ。私はその中を何かに導かれるように進んで行った。進む方向の先に何かが見える。少しずつ近づいた。一冊の本が黒い影を帯びている。図書館全体が、かすかな振動で揺れているようだ。私は手を伸ばして、その本を取ろうとした。
その時、
「お父さん、終わったよ」と愛歌が、私の伸ばした腕を握って起こした。
「愛歌、見たよ」
「は? 何を?」
「ビジョンだよ!」
「えっ?」
「見たんだよ、アカシックレコードの保管庫を。愛歌、帰るぞ」
私は、ヨガの先生に挨拶もせず、急いで車に向かった。
愛歌もあわてて車に乗った。
「お父さん、何があったの?」
「とにかく早く車を出してくれ。車の中で説明するよ」
私たちは、急いで家に向かった。
「瞑想をしていたら、目の前にまるで現実のような光景が浮かび上がってきたんだ。それは、巨大な図書館のようなところだ。その中を進んで行くと、一冊の本だけが、黒い光を放っていたんだ。おそらくそれが、あの原因の本だと思う。俺は、それを見つけに行くよ」
「たった一度の瞑想で、そんなの見るなんて、お父さんすごいじゃない。ばっちゃんと同じ経験をしたのね」
「ばっちゃんが言っていたことは、本当だったよ」
「私なんて十年もやっているのに、一回もないのよ。何が違うのかなぁ」
愛歌の家に着くと、真人がまた駄々をこねたが、ライラとアディルを連れて、家へ戻ってきた。
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