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第二章 10年後の地球①

 第二章


 十年後の地球

     

 私は、母と孫の会話を記録したものをネット小説として投稿したところ、思いがけず出版社から声がかかり、書籍化された。その後も小説を書き続け、何とか小説家として生計が立てられるようになっていた。新刊が出るたびに、都会の本屋を訪れ、平積みされた自分の本を誇らしく眺めるのが習慣だ。

そのついでに、妻と会って近況を語り合うのが恒例になっている。場所はいつも決まったカフェだ。家で会うこともできるが、余計な一言や詮索を避けるためでもある。

 会うのは『ゴトール』というカフェだ。私の母が愛した店で、どんなに新しいカフェができても、母はここを選んだ。その影響で、私も足繁く通うようになった。

「マリノサンドにしようかな。ねえ、何にする?」

「俺もマリノサンドにするかな」

「珈琲は?」

「カフェラテで。先に席に座っていろよ、持っていくから」

私が言うと、妻は目を丸くして驚いた顔をし、財布をバッグにしまって窓際の席に向かった。


「新刊出版おめでとう。何冊目だっけ?」

「五冊目」

「えー、もうそんなに出たのね、随分稼いでいるんじゃない?」

 さっきの驚いた表情はこれか、と私は思った。

 早期退職をして数年間は、妻に養ってもらっていたから、外食をしてもいつも妻が財布を出していたが、今は、ようやく私も支払いができるようになってきたのだ。

「いやいや、まだまだ。儲けもそんなにないよ。それより、そっちは退職してからどう?」

「うん、ジムに通ったり、色々ね」そう言って、マリノサンドにかぶりついた。

 働かなくても悠々自適だというのを遠回しに言っているのか? まあ、おそらく、わたしの印税よりも退職金の方が多いのは間違いないが……。

「守人と真人は仲良くやっている?」

「ああ、いつも一緒に遊んでいるよ」

「そう……。愛歌は、元気でやっているの?」

「ああ、仕事にも復職して頑張っているよ。市の広報を頑張ったから移住者も増えたんだ。お隣にも若い家族が東京から来て、農業をやっているよ。大したもんだよ」

「へぇー、すごいわね。あんな田舎に行きたいという稀有な人もいるものね」

 カフェラテを飲み終えて、私たちは店を出て、お互いの家路についた。

 稀有な人か……。

 私の住んでいる町は、過疎には違いないが、最近は高齢化率も下がり、都市部よりも低い状況だ。空き家もほぼなく、長年放置された廃屋も更地にされ、ミニマリストが好みそうな、小さなかわいらしい家が、あちこちに建築されていた。

 移住者の目線にたった、市の大胆な政策が功を成したのだろう。愛歌が、市役所に復職した頃、盛んに話を聞かせてくれていたのを思い出す。

 一方都会の現状は、高齢化が進み、日本の人口の大幅な減少に伴って、ゴーストタウン化した街が目立ち始めていた。

 特に東京の惨状は顕著だ。年に一度、出版社を訪ねることがあるが、かつては、超高層マンション群として賑わった臨海地域の街もゴーストタウンとなり、サギやカワウのコロニーとなっている。ベランダのいたるところに草木が生えたり、外壁は、鳥の糞が白くこびりつき、見るに堪えない景色となっていた。

 資本主義の成れの果てなのか、私を含めて、地球の人々は、愚かとしかいいようがない。

 私はふと、美しき星の話を思い出していた。確か、家は小さく、木か石でできているって言っていたな。もし、ここもそんな家だったら、人がいなくなってもこんな景色にはならなかっただろう。もし小さな家しか建ててはいけないという方針であれば、東京が一極集中するようなことはなかっただろう。私たちの欲は恐ろしいものだ。


 2011年、東日本大震災の後、田舎への移住者が増加した時期があった。その後は、ポツポツ移住する者はいたが、この十数年で一気に増えた気がする。東京の衰退に気付いたのか、それとももっと何か大切なものに気付いたのか、それはわからないが、子育て中の若い世代や二十代の若者がどんどん田舎に移住し、新しい仕事を始めたり、オーガニックな農業を始めている。

 愛歌にも、二人目が生まれ、今では守人は十歳、弟の真人は七歳となり、四人家族になった。愛歌の夫、優希君は都会生まれ都会育ちであったが、この田舎に来て十年もすると、自分一人でトラクターに乗り、田植え機やコンバインも使いこなせるようになり、移住者への指導もして、頼れるお兄さん的存在になっていた。

 私もすっかり優希君に頼りっぱなしだ。愛歌にはいつも「二軒分の草刈りを優くんにさせないでよ。お父さんも働きなさい!」と叱られてばかりだ。


 今年も暑く長い夏がやってきた。

 孫たちが夏休みに入ったので、平日は、私の家で子どもたちを預かっている。と言っても野放しにしているだけなんだが、男の子ふたりは、本当に手に負えない。ゆっくりと珈琲を飲みながら、小説を読もうと思っても、すぐに、大きな物音が聞こえてきて、確認に行かなければならなかった。

 それにしても今日はやけに賑やかな声が庭の方から聞こえてきいるな。

「ねぇ、どこから来たの?」

「一緒に遊ぶ?」

(誰かきたのか?)パソコンの入力をやめて、玄関に向かった。

 玄関のドアを開けると、そこには、真人と同じくらいの子どもが二人こちらを見つめて立っていた。

「どこの子?」と声を掛けたら、女の子の方が

「ここの家よ」

「えっ?」

(なんだこの子は、変な子だな?)と思っていたら

「なんだこの子は、変な子だなって思ったでしょ」

「えっ!」と私は思わず声を上げた。

「もう忘れたの? 私ライラよ」

「私は、アディルだ」

「えっ、嘘だろ?」

 私は唖然として、口が閉じられない。 (まさか、本を読んでドッキリを仕掛けているんじゃないか? カメラはどこだ?)と、つい周りをキョロキョロ見回した。

「いうほど有名人じゃないでしょ」

 ライラがまた私の心の声を読んで、そう言った。

「まあ、確かに有名人というほどじゃないけど……。それにしても、信じられないよ、だって、どうみても今七歳くらいの子どもだぞ。何か証明するものはないのかい?」そういうと男の子が

「本に書かなかったことを言ってあげようか?」

「記録はちゃんと本に書いて残したはずだが」

「初めてここに来た時、私のおむつを替えただろう。その時、私のを見て『ちっちゃいな』って言ったんだ。私は傷ついたんだぞ」

「おーっ、確かに言った……」

 私は、両手で口を押えながらそう言った。

「それが証拠だ。間違いないだろ」

 私は、二、三度頷いた時に、中指が、鼻の中に入ったり出たりして、入ったまま止まった私を真人が見て言った

「おじいちゃん、鼻に指が入っているよ」

「あぁぁっ」と慌てて、手を口から離し、鼻を二、三度拭いて誤魔化した。

「ねぇ、二人はおじいちゃんの知り合いなの?」

「うん、まあ、そーなんだよ」と私は、上手く二人の子の関係を説明できなかったので、誤魔化しながら言った。

「ふーん。じゃあ、一緒に遊んでもいい?」

 私は、ライラとアディルの方に目線をむけた。

「一緒に遊ぼう」とライラがそう言ってくれた。

「おじいちゃん、お家の中で遊んでもいい?」

「あぁ、いいよ」そういうと、四人は、家の中に入ってきた。

 ライラが私に近寄ってきて

「紙と鉛筆があるかしら」

 私は、居間から紙と鉛筆を持ってきた。ライラは、紙に『子どもたちに聞かれたら困る話があるので、後で時間を作ってもらいたいの。愛歌には、会いたいので、私たちが来たことを知らせてほしい』と書いた。私は、それを無言で読んで、「わかった」と答えた。

 子どもたちが家の中で遊んでいる間に、早速愛歌にメールを送った。

『愛歌、ビックリするなよ。いや、ビックリしろ! なんと、あのライラとアディルが今うちに来て、子どもたちと遊んでいるんだ。私に話したいことがあるらしい。愛歌にも会いたいって言っている』

 私はメールの返信を待つ間、子どもたちのおやつを準備した。今日は、麦茶とせんべいでいいな。

 お盆に麦茶の入ったコップ4つと、菓子皿にせんべいを八枚入れて、客間に運んだ。

 子どもたちは、トランプで遊んでいた。いつも守人と真人だけだと、ババ抜きも面白くないので、私を誘ってくるのだが、今日は、私は相手をしなくすむ。楽ができるぞ。

 テーブルの上にお盆を置いて

「さあ、みんなおやつだぞ」

「やったー」と真人が言ったあとすぐに

「せんべいか」と守人と真人が落胆している。

「たまには、こういうお菓子も食べろよ。な、アディルもライラもせんべいでいいよな?」

「私たちは食べないよ。忘れたのかい」

 あっ、そうだった、美しき星では、食事をしないということを私はすっかり忘れていた。

「ほらっ、おじいちゃん、二人ともせんべいは嫌いなんだよ」と真人が言った。

「すまないね、今これしかなくて。まあ、我慢して食べてくれ」と言って私は台所に戻った。


 一時間程して、真人が私のところへやってきた。

「ねぇ、アディルとライラは、今日ここに泊まるって言っているけど、僕も今日ここに泊まりたいな」

「えー、ここの泊まるのか? あっ、いや、えーっと、真人は、ダメだって、お母さんが言うと思うぞ」

「えー、一緒に泊まるー」

 そう言って、真人は口をすぼめて突き出し、体をくねくねさせている。

「わかった、わかった、お母さんにメールしておくよ」

「やったー!」と言って、走って客間に行った。


(なんだと、あの二人は、うちに泊まるのか!布団とか、当分干してないぞ。今からでも干すか、二人分くらいはあったよな?)

 私は、慌てて、布団を干した。

「あー疲れた。一息つくかあ……」

 私は、珈琲を淹れながら、どういう作戦にするか考えていた。

 子どもたちと離れる時間を作らないといけない。夜ご飯までには、なんとかしないと、食事ができないことがばれると、変に思われるからな、困ったなぁ。とりあえず、現状を愛歌にメールしておくか。

 七時前になって、ようやく愛歌が帰ってきた。

 メールの返信はなかったが、読んでくれたのか?

 車から降りた愛歌は、私に向かって

「遅くなってごめん、ねえ、ほんとに? ほんとなの?」

「おそらく‥‥‥」

 ライラとアディルが愛歌の前に姿を見せた。愛歌は、二人の目線と合うように腰を屈めて、

「本当に?」と聞いた。

「そうよ、会いたかったわ」

 ライラは、愛歌に手を伸ばし、二人は抱き合った。

「私も。私も会いたかった。何年ぶり? 十年ぶりよね?」

 横で聞いていた守人が

「お母さん、二人ともまだ七歳だよ」という言葉にハッとして、抱きしめたライラを離して

「えっ、あっ、そうなの、へー、そうなんだ」とアタフタした愛歌だが、上手く誤魔化していた。

「ねえ、お母さん、今日、僕も一緒にここに泊まる。いいでしょ?」

「ダメよ、今日は、お家に帰るよ。明日泊まりに来ようね」と真人をなだめてくれた。

 私は、ほっとして、愛歌に向かって、ジェスチャーで『助かった』と右手を顔の前に出して、一回縦に振った。



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