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帰還②

次の日、私も母と一緒に、愛歌の家に行った。

私も守人に質問をしてみたいと思ったからだ。

「おはよう守人、今日もかわいいわね」

「おはようライラ、ラマナも一緒だね」

「ええ、ラマナも質問があるみたいなんだけど、いいかしら?」

「もちろんだとも、何を聞きたいのかい?」

「私は、美しき星へ帰ることに現実味を感じていないんです。必ず帰って欲しいと言われてもピンと来なくて……。魂の暗号もさっぱりわかりません。このまま地球で暮らしたいと思っているんです。それはダメですか?」

「ラマナの気持ちはわかるよ。それは、ラマナの感情がそうさせているわけだね。ラマナは、まだ魂にアクセスできていないから、そのように思うんだよ。もし、魂にアクセスしたならば、今の考えが間違っていることに気付くはずだ」

 私は、母にも質問をした。

「ばっちゃんは、昨日の話を聞いて、肉体がないまま、ずっと魂のままだとしても美しき星に帰りたいと思った? 今のまま地球で生活したいとは思わない?」

「私は、帰りたいわ。もう何年も前から望んでいたのよ。でも私の心は違うわ。いつまでもこの家族の側で、ひ孫の成長も見ていたいと思うし、心残りがないわけじゃない。でも魂の声は違うの。魂の声に従うことが、自分自身の幸せだから」

「魂の声? 幸せ?」

 私は、魂の声と心の声の違いについて、全く理解できずにいた。

「やってみるしかないな。魂にアクセスする方法は、瞑想のようだ。瞑想が苦手なら、内省という方法もあるぞ。毎日、自分自身の行動や状態を客観的に振り返ることを繰り返すんだ。そうすることで瞑想と同じ効果が得られる。ラマナには、この方法が向いているかも知れないな」

「内省か……」

「私は、ヨガを始めることにしたの。私は、瞑想にする」と愛歌が言った。

 愛歌は、いつも前向きで羨ましいよ。私もできない理由ばかりを考えず、愛歌のように前向きに考える方がいいんだろうなと思った。

「他に聞きたいことはあるかい? ケイリーは、何かあるかい?」

「二つ質問があるの。まず、一つ目は、大量に送られた愛の魂の子どもたちは、どうやって魂の使命を思い出したの?」

「子どもの内は、魂との繋がりが強いんだ。地球では、大人になるにつれて、魂の使命を忘れていくようになっている。学校の教育や社会の構造も関係している。大人になる前のギリギリの年齢が、十二歳くらいなんだ。覚えている内に、そして同じ魂の多くの共鳴があって、この計画が実行できたんだよ」

「そういうことだったのね。なんだか、学校教育って、良し悪しなのかな?」

「地球の学校教育は、抜本的な改革が必要だ」

「もう一つの質問は、ずっと不思議だったんだけど、美しき星で暮らしていたお父さんが、いつどうやって日本語や歴史を学んだの?」

「いい質問だね。それはだね、地球が五次元に上昇した直後から、ラマナの仲間たちが地球に入って、アカシックレコードを完成させるために多くの記録を集めたんだ。それを読ませてもらって、日本語も習ったというわけだ」

「なるほどね、それで詳しいのね」

「今は、ライラが私の言葉を受け取って発声してくれているから、話せているように聞こえるだろうが、実はまだ喋るのは苦手なんだよ」

「えー? ばっちゃん、それってどういう感じなの?」

「どう説明したらいいのかしらね‥‥‥。言葉が耳に聞こえてくるわけではないの、言葉が入ってくるという感じかしら」

「ふーん‥‥‥」

「愛歌、わかったのか?」と愛歌の顔を覗き込んだ。

「全く」と言って、お茶目な顔をした。


 この日を境に、守人は、私たちに話をすることはなかった。正確に言えば、母が守人の話を皆の前で言葉にすることはなくなった。そのかわりに、母は、守人の気持ちを時々、愛歌に伝えていたようで、その後の育児は随分と楽になったようにみえた。愛歌の夫にも一度も気付かれることはなかったが、たまに

「ばっちゃんは、守人の気持ちがよくわかるんですね。まるでテレパシーが使えるみたいですね!」

と言っているのを聞いた時は、私もばっちゃんも愛歌も顔を見合わせて、両手で口を押えて、目を左右に動かした。



 母が風邪をこじらせて、寝込んでから十日程経った。あまり食欲もなく、数日前からおかゆも食べなくなっていた。

 愛歌と守人が今日も様子を見にやって来た。

「ばっちゃんの具合はどう?」

「日に日に悪くなるような感じだな。今日も何も食べようとしないんだ」

 私は、母の枕元においたおかゆを下げながら、そう答えた。

 愛歌は、守人を母の横に寝かせた。

「ばっちゃん、守人が来たわよ」

 母は、薄く目を開け、ゆっくりと顔を動かし守人の方を見た。

「ばっちゃん、何か食べる? 好きなものを持ってこようか?」

 愛歌の声掛けには反応せず、母は、目を閉じた。


 しばらく無言であったが、小さなかすれた声で、ゆっくりと母が言った。

「そうね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「楽しかった」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 母は、守人とどんな会話をしたのだろうか?

 二人の最後の会話は、想像するしかなかったが、母が最期に残した『楽しかった』という言葉は、私の胸を熱くした。人生の締めくくりに最高の言葉だ。

 ばっちゃん、俺も楽しかったよ、ありがとう。

 私は、ぎゅっと目を瞑って、涙をこらえた。


 母の遺言通り、葬儀は行わなかった。

 葬儀の代わりに、野花を棺に入れて別れのあいさつにしましょうという遺言だった。

 私たちは、母の顔の側に菜の花を入れ、静かに別れを告げた。


 あれから、一年が過ぎた。

 あの頃と同じ、菜の花があちらこちらに咲いている。

 もうすぐ、ブッポウソウが、今年も我が家の巣箱に来るだろう。ここで子育てをして、また遠い東南アジアへ帰っていく。

 私もいつか帰っていくのか……

 一人感傷に浸っていた時、愛歌が突然

「私、決めたわ。地球に残る。この地球を本当の愛のある星にするの。地球に愛がないなんて、悲しすぎるでしょ」愛歌は、そう言った。


毎日更新予定

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