影の刃
時は少し遡って─
長谷川隊長を残して部屋を出て9階まで降り、腕を治しながら有栖総隊長に個別の通信で最上階の状況を伝えた。
「以上が現在の状況です!俺はどうすれば─」
『長谷川が無理だと言ったなら、お前には荷が重い。くれぐれも戦おうとはするな。』
「はい…」
『だが、1つ頼まれてくれるか?その吸血鬼を最上階から引き摺り下ろして欲しい。』
有栖総隊長の言葉に一瞬思考が止まった。
「引き摺り…降ろす…というと?」
『実は今、輸送車が何者かの奇襲を受け、逃げ出した吸血鬼を捕らえる為に戦力が街中に分散している。その黒装束の吸血鬼の仕業かもしれない。隊員も数名やられた。』
「なッ…」
俺達が上で戦っている間にそんな事になっていたとは想像もしていなかった。
順調に見えた作戦がこうも容易く崩されている。
『最上階に居ては援軍も送り辛い。だからその吸血鬼を窓から落とせ。そうすれば私や他の中隊長が加勢に行きやすい。』
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窓を突き破った瞬間、有栖総隊長にそう言われてこの作戦を実行した事を思い出した。
走馬灯だろうか。
高さは約30m、落下を開始するまでのコンマ数秒で痛みへの覚悟は自然と決まっていた。
ゴゴゴゴゴ…
全身で風を切る音を聞きながら落ち続け、バギャンという手錠と2本の腕が地面にぶつかる音と共に、俺達の身体は道路の真ん中にドンッと叩きつけられた。
…
……
………
目が覚めた。
どのくらい時間が経ったか分からないが、俺は道路に仰向けに寝ていた。
住民が避難し、さらに戦闘の余波で二次災害が起こらないよう電気やガスが止まっている街には街灯1つ灯っていない。
不思議な感覚だ。
東京の空なのに星が眩い光を─
「浸ってる場合じゃな…いッ…!」
起き上がろうとして、身体中の痛みに気付いた。
骨も筋肉も、内臓までグチャグチャになっているのだろう。
身体は思うように動かず、上手く呼吸が出来ない。
一緒に落ちてきた吸血鬼の方へ視線を向けると、奴の全身から流れる血が戻り始めていた。
レイアさんの時と同じだ。
そしてふらつきながら立ち上がり、此方に歩いてくる。
「無理矢理落とされるとは…鋏も上に置いてきちゃったし─」ガッ!
そして俺の頭を踏みつけた。
「で、続きは?」
「くそ…」(援軍さん早く─)
「オラオラオラッ!!!」
「ッ!」
道路の奥からズカズカと走ってくる人影が見えた。その特徴的な髪形と声量には覚えがある。
「イカした髪型っスね。」
「樫村だァ!!褒めてくれてありがとうなァ!!!そしてテメェかウチの隊員に手ェでしたのはァ!!!」
「声でか…あと、そこのお姉さんも僕の事を狙ってるんスか?」
吸血鬼は視線を上に向けながら尋ねた。
廃ビルの3階バルコニーから顔を覗かせていたのは女の隊員。
インナーに赤の入ったショートカットという目立つ髪型と涙ほくろ。
この人は確か─
「バレたか。時雨隊隊長の時雨由美だよ。」
そう名乗って手すりから身を乗り出して降りてきた。
3対1と不利な状況になった黒装束の吸血鬼だが、余裕の態度は崩れなかった。
「2人共隊長か…さっきの二刀使いより強いんスか?」
「そりゃ…長谷川さんのことかァ?」
「彼は少なくとも僕より弱かった。それより弱いなら戦う必要な─」カキンッ!!
ボゴンッ!!!
金属音とともに飛んできた球体の何かが俺の上を通過して電柱に直撃し、小規模の爆発を起こした。
先程まで俺の事を踏みつけていた吸血鬼はいつの間にか塀の上に移動していた。
「秀一君。苛立つのは分かるけど、街はあんまり壊さないで。」
「わりぃ…ま、それはそれとしてテメェよぉ…名乗れや。」
樫村隊長は右手に持った武器を吸血鬼に向けた。
樫村隊は狙撃のスペシャリストが集まっていると聞いていたが、その武器はバットの様な見た目をしていた。
さっきの爆弾も野球のように、あの武器で打って飛ばしていた。
「何故っスか?」
「長谷川さんをボコったその強さ…名のある吸血鬼だろォ!名乗ろうが名乗りまいが、もう関係ねぇぞォ!」
「嫌っスよ。武将じゃあるまいし…匿名の優位性を捨てる理由が無い。それに僕の知人の事を匿ってるんじゃないんスか?」
「「ッ!」」
奴の指した知人とは誰の事だ。見当つかないが、隊長2人には心当たりが有るように見えた。
「時雨…こいつァマジで…」
「12席クラスかもね。輝君、神谷隊と総隊長が中心になって吸血鬼達を捕らえてくれてる。私達はこの吸血鬼を撃退しよう。」
「脚引っ張んなよォ!!」
「はいッ!」
樫村は左手で3つの球を宙に投げ─
バコバコバコンッ!!
と良い音を鳴らしながら、連続で吸血鬼に撃ち込んだ。
吸血鬼は塀の上でそれらを全て躱し、懐から刃渡り20cm程の刃物を取り出して樫村に迫る。
「四球スよ。」
「バカ野郎!3安打だァ!!」
幼稚園の頃から野球一筋だった樫村は隊長の専用武器としてバットを選択した。
そして戦い方は打って勝つだ。
長谷川からボール側に細工する事を提案され、先端がぶつかったら起爆する球や強い光を発する球、電撃を纏う球など様々な種類の球を打ち込むことであらゆる状況に対応する隊員へとなった。
そして今回、初撃で爆弾というイメージを植え付けられた吸血鬼に対し、樫村隊長が放ったのは跳弾球。
ボボボンッ!!!
「ッ!」(跳弾かッ!)
普通のボールよりよく跳ね、住宅街の様な障害物の多い空間で強みを発揮する。
その重量は約10kg。
吸血鬼は背後から迫る球にすぐ気付き、3球全てを左手で受け止めようとした。
バシッ!!
だが1球止めた瞬間に気付く。
「重ッ!?」(見た目からは想像できない重量だなッ!!)
3球止めるのは無理だと諦め、残りの2球はギリギリで躱した。
樫村隊長はニヤリと笑って跳ね返ってきた2球に狙いを定める。
「おいおい避けちまうのかよォ!?」
バコバコンッ!!
そして再度、吸血鬼に打ち込んだ。
「マジか!」(跳ね返ってきた球をさらに打ってきた!?)
メキッ!!
吸血鬼の右足と左胸にボールがめり込み、骨を砕いた。
だが即座に再生させて樫村隊長に斬りかかった。
「技巧派っスね。」
「チィ!」(いままでの奴とは反応・再生速度が全然違ェ!!)
ザシュッ!!
樫村隊長の腹を吸血鬼の一撃が切り裂いたが、咄嗟に飛び退いたことで内臓には至らなかった。
更に樫村隊長は流血や激痛に怯まず吸血鬼に左の拳で殴りかかる。
「痛えなァ!!!」
「それはすいま─」
吸血鬼は余裕で回避し─
「せんッ!」
バコンッ!!
カウンターで蹴りを樫村隊長の顔面に叩き込んだ。だが中隊長は簡単には倒れない。
ボタボタと血を流しながら、それでもギラついた視線を前に向ける。
「タフだなぁ……そのバットで殴った方が強そうスけどね。」
「馬鹿かお前はァ!!バットはボールを打つためにあんだろうがよォ!!!」
「へぇ…モノ大事にする人は個人的に好感度高いっスよ。」
「そりゃどうもォ!!」
吸血鬼は頭から垂れてくる血を拭いながら向かってくる樫村隊長を注視しつつ、1つの懸念をしていた。
(もう1人の隊長さんと輝君?が消えている。逃げた…とは考えにくいな。さっきから視線を感じる─「まあ出てこないなら、君から─」バチンッ!!
何かが叩かれたような音が閑散とした街中で鳴り響いた。
武器の名は雷鞭。
雷を流しやすい素材で作られた時雨隊長専用の鞭。
鞭による音速を越えた打撃に加え、巻き付けるように放つ事で電撃を与える事も可能。
かつて新体操の世界で経た技術が吸血鬼を襲った。
ブシュ…
時雨隊長が物陰から放った音速を越える打撃は吸血鬼の首元の肉を抉り、首から血が吹き出した。
しかし時雨隊長は一撃で首の骨をへし折るつもりで放っていた。
長年の経験から得た予測と一握りの勘が吸血鬼を救った。
「惜じい…」
「コレ避けるかッ!輝君ッ!」
塀の裏に隠れていた俺は時雨隊長の声を信じ、飛び出して吸血鬼の背後から殴り掛かる。
「君に用は無い。」
ズドッ!!
吸血鬼の振り向きざまの一撃は、的確に最短で俺の首を狙っていた。
だがそんな事は想定内だった。
「くッ…!」
吸血鬼の一撃を右手の平で受け止め、空中でその軌道を逸らして致命傷を避けた。
「え?」(なんだ?受け止めた?)
ガシッ…!
そして、刃物が刺さりっぱなしで激痛が走るが、傷から流れ始める血を操作して吸血鬼の刃物を捕らえつつ、左手で右腕を全力で掴む。
「動、けるか?」
「甘い。まだ左腕が残って─」
ギチッ…
吸血鬼は左腕を振り上げようとしたが、横から引っ張られ阻まれた。
「ッ!」(あの女─)
「《Activation》ッ!!」バチッ!!
「いッ!?」(この武器も電撃ィ!?)
「いいぞお前等ッ!そのまま抑えとけッ!!!」
バキッ!!!
「がッ…」
両手を縛られた吸血鬼の脳天に樫村隊長の踵落としが炸裂し、何かが割れた様な生々しい音が響いた。
人間なら致命傷であろう一撃を受け、流石の吸血鬼も頭から血を流してフラつき─
「なんちゃって…」グイッ!!!
「なッ!?」(なんて力…踏ん張りきれな─)
吸血鬼は左腕を縛る鞭を時雨隊長ごと引っ張り、樫村隊長の首を掴んだ。
「かッ!?」(なんだ…コイツ…さっきまでは力を隠して─)
「やめろッ!」
「じゃあ右腕返してもらうっスよ。」
そう言いながら、吸血鬼は俺ごと右腕を振り上げ、バゴンッ!!という音を鳴らして樫村隊長の顔面を殴った。
その一振りで俺は振り解かれて宙を舞い、道路に転がり落ちる。
すぐに反撃の体勢を取るが、目の前に映った光景に気圧された。
「ッ…」
樫村隊長の顔が凹んでいた。手足がピクピクと動き、大量の血溜まりが出来ていた。
それでも彼は立っていた。
既に意識は無く、動く事は出来ない。気力だけで立っていた。そんな彼に吸血鬼は称賛を送る。
「コレでも耐えるんスね。お見事。」
「よせッ!!」
時雨隊長の制止も叶わず、吸血鬼は樫村隊長を蹴り飛ばした。
バリンッ!!
彼の大柄な肉体がコンビニの大窓を突き破り、暗闇に消えた。
「秀一君ッ!!」
先程までと戦い方が、雰囲気が違う。
隙を突いて攻撃するやり方ではなく、力による蹂躙。
多人数で挑めば勝てる。
武器を使わせなければ勝てる。
その考えが甘かった事を痛感する。
「輝君ッ!!私が相手するから、秀一君を助けに─」
その時、時雨隊長は身体に違和感を覚えた。
時刻は18時45分、V. Blood 60の効果が切れ始めた感覚。
ジリジリジリジリ…
同時刻、吸血鬼から目覚まし時計の不快な音が鳴り始めた。
「60分…」
「このタイミングで─」
「ボーナスタイム。《刃血》」
吸血鬼は右手に持っていたナイフに血を纏わせ、時雨隊長の背後へ一瞬で移動した。
「させるかッ!」
元々吸血鬼であり時間の制約など関係無い俺は駆け出し、時雨隊長の心臓を貫こうとする吸血鬼の右腕を掴みんで引き離した。
「え?」(やっぱり僕の動きに反応出来るように…いや、というか60分経ったのになんで─)
「樫村隊長を…頼みますッ!」
「ッ……分かった。頼んだよッ!!」
初撃の鋏による切断、そして長谷川隊長の怪我。
この黒装束の吸血鬼は武器に血を纏わせ、切れ味を上げるのだと思う。
仕組みは良く分からないが、ようは刃を避けて戦えば良い。
俺が戦い方に気付いた一方で、吸血鬼は俺が同種である事に気付いた。
(他より明らかに高いレベルの再生能力に成長速度…60分で吸血鬼化が解けない…そういうことか。)
気付いてしまったが故に、彼は悩んだ。
人造吸血鬼であれば躊躇無く殺せるが、吸血鬼となると懐柔出来る可能性が現れる。
「ふむ…」(放置すれば何に化けるか分からない。今の実力なら瞬殺出来る。けど彼は吸血鬼…いずれは人を餌としか見れなくなる日が来て、僕等の仲間になり得る。戦力は多いに越したことは無い。始末するか…覚醒を待つか…それとも─)
吸血鬼の頭を過ぎったのは第三の案。鳴くまで待つのでも、殺すのでもない。
即決し、すぐに行動に移す。
「少し場所を変えません?そうっスねぇ…」
吸血鬼はそう言って周囲をキョロキョロしながら、それとは別に装束の中で何かをゴソゴソ探している。
「あそこがいいか。」
そう言って奴は小さく何か細長い物を取り出し、カチャカチャと組み立ていく。
「釣り…竿?」
「《刃血・鈎》」
釣り竿に血を纏わせ、薙ぐように振り回してきた。
だが避けれない程では─
「あ。避けちゃダメっスよ。」
「ッ!」
躱すだけならなんとかなったと思う。
だが奴は逃げていく時雨隊長を狙っていた。
俺は時雨隊長に向かって飛んだ釣り針を左手で受け止める。
「輝君!?」
「早く走ってッ!!」
肉に食い込んで痛むが、この程度なら簡単に外せる。
そう思っていた矢先、糸を伝って奴の血液が俺の左腕に到達し、縛り付けた。
左腕を斬り捨てる選択肢もあったが、すぐには踏ん切りがつかなかった。
「じゃ、先に行っててください。」
吸血鬼がリールを巻いて俺の身体をグイッと引っ張り上げた。俺の身体はそのまま宙を舞う。
そして片腕で振り回し─
「良い旅をッ!!!」
そして左腕の拘束を解いた。吸血鬼の膂力に強い遠心力が合わさり、俺の身体は一気に廃ビルから遠ざかった。
飛んでいく先には巨大なスーパーマーケットがあった。朝から夜の10時まで、12時間営業で主婦層からお年寄り、学生まで幅広い需要に応え続けている皆の憩いの場。
バリンッ!!!!
お客さんどころか店員、警備員すらいないスーパーの自動ドアが機能する筈もなく、俺は突き破る形で入店した。
更に自動ドアに空いた穴をくぐって黒装束も入店してきた。
「良い物いっぱい転がってそうっスね。輝君もそう思いません?」
「ハァ…ハァ…お前は…何なんだよ…」
「答えてもいいっスよ。」
「なッ!?」
拍子抜けだった。
先程まであれほど渋っていた名前の公開を、奴は急に良しだと言ってきた。
「その代わり僕の質問に答えてください。君はレイア様の眷属っスか?」
「…………レイア、様…?」
まったくの予想外……ではなかった。
なんとなく想像していた。
俺の知人の吸血鬼は1人しかいない。
だが、信じたくなかった。
彼女は俺の恩人だ。
こんな奴の仲間だと信じたくないし、裏切られてるなんて─
でも今の話…やっぱりレイアさんの事なのか。
思考がぐるぐると巡る。
そんな困惑する俺を置いてけぼりにしたまま、奴は名乗った。
「回答は要らないっスよ。だいたい分かったので…では遅くなりましたが、自己紹介を…賜った称号は『影の刃』─」
黒装束を脱ぎ捨て、素顔を現す。
まず目についたのは風に揺れる銀髪、吸血鬼の象徴たる金色の瞳と合わさって随分豪華に見えるが、右目に縦の切り傷があった。顔立ちは整っており、俗に言うイケメンってやつだった。
そんなイケメンが、にこやかな表情で名乗りお辞儀した。
「第10席のジャックです。以降お見知り置きを。」
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時雨中隊長の吸血鬼化が解けたのと同時刻。第1中隊を中心とした吸血鬼の再捕縛が完了した。
住宅内部から下水道まであちこち捜し周り、全員確保出来たものの全員かなり疲弊していた。
そんな中、未だに元気に近辺の調査を続けるレイアの下へ、ブゥーンと音を鳴らしながらドローンが1台迫ってきた。そして取り付けられたモニターに文字が表示され、機械音声で声を掛けた。
『おつだぜ、レイア氏』
文字を打ったのは神谷隊の隊長であり、皆の専用武器を作った開発者の1人である神谷莉央だ。
彼女は別の任務がある為、此処には来れず、そのかわりとして10台のドローンを操作して加勢していた。
「神谷隊長さんッ!お疲れ様です。」
『総隊長がお呼びだ、急ごう。しかし逃げ出すとは想定外だったな…』
「そう、ですね…」
街のあちこちで戦闘が起こり、死者も出た。
自分の不甲斐なさに苛立ちながらレイアはドローンと共に有栖の下へ急いだ。
レイアが到着した頃、担架に乗せられた長谷川の姿が見えた。
全身に痛々しい傷、特にお腹の傷はかなり深く、吸血鬼化直後の再生ですら治しきれていなかった。
駆け寄ってくるレイアの姿を見て有栖は一瞬安堵の表情を見せた。
「遅れてすみませんッ!!すぐやりますッ!!」
「頼むッ!」
レイアは長谷川のお腹の傷に触れ、自分の血で穴を埋めた。
そして骨、神経、血管、筋肉へ分化させていく。
それはレイアにのみ許された特権。
本来、自分の細胞しか再生することが出来ない吸血鬼の再生能力の枠組みから外れた異常な能力。
「隊長は…」
「よし…もう大丈夫だと思います。」
「ッ!!ありがとうッ!!」
島崎の大声に長谷川も薄っすら目を覚ます。
「……申し訳ない…」
そして視界に入った有栖に謝罪が飛び出した。
「いい…ひとまず身体を休めろ。島崎は引き続き隊員を頼む。」
「はいッ!」
その時、有栖に向けて通信が送られた。
『総隊長、時雨です。』
島崎とレイアにその場を任せ有栖は少し離れた場所へと移動する。
「状況は…黒装束の吸血鬼はどうなった?」
『…現在、汐原君が戦闘中です。』
「なに!?あれほど交戦するなと言ったのに─」
『私達の吸血鬼化が切れたのが原因です。秀一君もやられました。それともう一つ。あの吸血鬼の狙いは恐らくレイアちゃんです。』
「ッ!そうか…たった半年で…」
この時、有栖は失念していた。
「え…?」
有栖の「たった半年」という言葉に、レイアだけが反応した。
半年とはレイアがGAVAに所属してから経過した時間だ。
そして長谷川の傷口を思い出し、状況を察してしまった。
追手が来た。
この状況は全て私のせいだと。
そして戦っているのは、先程から姿が見えない輝さんだと。
「樫村は無事か?」
『私の予備を打ちました。傷も治り始めてるので大丈夫かと。』
「そうか…では、すぐに戻ってこい。私が汐原の加勢に向かう。」
通信を切り、周囲を見渡してレイアが居ないことに気付く。
「レイア?……ッ!神谷ッ!レイアは何処だ!?」
『逃がし漏れがいねぇか調べるってアッチに行ったぜ。真面目よな、俺が育てたんだぜ。』
「絆されすぎだッ!!自分の役割を思い出せッ!!レイアの監視役じゃないのかッ!!」
『……Oops』
「レイアの位置情報を出してくれッ!!」
有栖は慌ただしく必要な装備を整えながら、神谷にレイアの位置を調べさせると、ものすごい速度でスーパーマーケットへ向かっているのが分かった。
有栖はレイアに対し即座に個別の無線を繋ぐ。
「レイア!!一度戻れッ!!狙いはお前だッ!!」
『……ごめんなさいッ!!!』
ブツン、と音が切れた。
『すまねぇ総隊長…』
「説教は後だ。全体の指揮を任せるぞ!!」
『ラジャ、ファイト!』
有栖は即座にV. Blood 60を打って吸血鬼化した。
そして近くの住宅の屋根に飛び移り、最短ルートでレイアの追跡と加勢のためにスーパーへ走り出した。