初戦闘と痛い経験
全員一気に突入なんてリスクがあると思っただろうか?
それはそうかもしれないが、人造吸血鬼には時間制限がある。
ならば罠を喰らいながらでも、最短で進むのが最も効率が良いらしい。
市民の避難が済んでいる以上、ビルを倒壊させるような罠があっても心配無い。
さて戦況だが、先行する有栖総隊長並びにレイアさんのいる神谷隊により敵は一掃され、後から突入する俺達長谷川隊の前に現れるのは、気を失ったり壁にめり込んだ吸血鬼達だけだった。
さらに俺達の後方、時雨隊がそれらの個体を拘束、下の輸送車へ運んでいく。
樫村隊は外の狙撃組の事だ。
「もしや長谷川隊って……暇?」
「いや…総隊長も鬼じゃないんだから、新人を前線には置かないよ。でも警戒はしなよ?先行部隊が気付いてない危険物とかあるかもだし。」
散々現場の危険さを教えらった上でこの暇さ、拍子抜けではある。
もっとバシバシ戦闘に参加出来ると思っていた。
「退屈そうですね。」
「…別にそういう訳じゃ…」
「まあ、辞めたければ辞めるのが賢明ですよ、こんな仕事は。」
長谷川隊長が滅茶苦茶嫌味を言ってきた。
この人はやる気を削ぐ天才なのか。
『長谷川。』
長谷川隊長に対して個別の通信が届いた。
声の主は先行していた総隊長である。
「トラブルですか?」
『あぁ、1人逃した。最上階へ向かったようだが、こちらの手が不足している。』
「了解しました。単独で向かいます。」
『気を抜くなよ。こちらの包囲網を突破し、隊員に傷を負わせるだけの実力はある。』
通信を終えた長谷川隊長が命じるより速く、島崎副隊長は決断した。
そこには23という若さに見合わぬ、副隊長としての威厳があった。
「此方は任せて行って下さい。」
「頼みます。」
そう一言だけ言い残し、隊長は走り出した。
「頼みましたよ…隊長。」
「あの、島崎さん…」
暗闇に消えていく長谷川の背中を見ていた島崎の肩を隊員の1人が叩いた。
「ん?どした?」
「汐原君が居ません…」
「え…あれッ!?さっきまで確かに…まさかッ!」
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4階フロアから階段を駆け上がり続ける長谷川隊長は、背後から迫る足音に気付いていた。
だが一瞥して溜息をついた。
「汐原君…何故付いてきているんですか?」
「手柄を一人占めしようとする隊長の話は聞けませんッ!」
「……ではご自由に。」
それ以上は何も言われなかった。
怒られても引き下がるつもりはなかったが、何も言わないというのもどうなのだろうか。
俺と隊長は無言のまま階段を上り続けた。
神谷隊が居る7階フロアから血痕が現れ始め、最上階である10階フロアまで続いていたので追跡は容易だった。
10階フロアには部屋が1つしかない。
廃ビルとなる前はどこぞのお偉いさんが使っていたのだろう。
扉には鍵が掛かっていたが、力ずくで押すと─
「ふ…んッ!!」
バギンッ!!
と音を立てて、簡単に開いた。
「ひッ!?」
扉の先には穴だらけでボロボロなスーツを着たガタイの良いおじさんがいた。
スーツがどうしてボロボロなのかは分からないが、穴から彼の身体に刻まれた入れ墨が見えた。
あと扉を開けた時、身体がビクッとしていたのは気のせいだろうか。
「な、なんだ…あの女じゃねぇのか…」
「白鴉会組長の烏山ですか。大物ですね。」
ヤクザにおける地位とかは分からないが、隊長曰く大物らしい。
でもそう思えないくらい怯えた顔をしている。
「あの女ッ!巫山戯やがってッ!!確かに俺等は吸血鬼だが、ノータイムで腕脚スパスパ斬りまくるんじゃねぇよッ!!チャカやらドスやら、頑張って調達したのに無駄になったじゃねぇか!!」
あぁ、有栖さんに完膚無きまでにボコボコにされたんだな。
だから怯えてたのか。
よく分かるよおじさん、その気持ち。
俺もボコボコにされながら戦い方を叩き込まれた。
「あの…大人しく捕まりません?そんなに怯えられるとこっちも気が引けるというか…」
「ッ!!!ざけやがって…ぶっ殺すッ!!!」
本気で同情していたのだが、結果的にプライドを逆撫でしてしまった。お相手はやる気らしい。
「隊長…やりま、しょ…?」
ギシッ…
「ふぅ……ん?何か?」
長谷川隊長は部屋の隅にある、黒い革製のソファに深く腰掛けていた。
敵を前にしてる人間とは思えない。
足を組んでくつろいでる。
「な、何して…」
「手柄が欲しいんでしょう?どうぞ。」
「な!?」
この人、任務を放棄した。
信頼か、勝手に付いてきた俺に対する罰か─
多分後者だ。
しかも後で自分の手柄だって報告するやつだ。
事実を報告しようにも立場で揉み消されるだろう。
最低だ。
「どいつもこいつも…俺をコケにしやがって…こんなガキに負ける訳ねぇだろうがッ!!!」
烏山は長谷川隊長の態度で完全にブチギレたようだ。
彼の巨体が此方に向かってくる。
人の頃だったら全力で逃げただろう。
長谷川隊長は多分、恐らく…きっとピンチになれば助けてくれる。
俺が吸血鬼とはいえ、彼には隊員を守るという仕事がある筈だ。
「うらアアアアアアッ!!!」
だが、絶対に頼りたくない。
バシッ!!
「なん─」(なんだ、このガキ…俺の拳を正面から受け止めたッ!?)
吸血鬼は基本的に3つの力を駆使して戦う。
「フッ!!」
バキッ!!
「うぎッ!!」
1つ目は、人間離れした身体能力。
文字通り人を殴り飛ばせる。
階段無しで2階に飛び乗ったり、屋根から屋根を飛び移るのは勿論の事、50m3秒という陸上レコード大幅更新クラスの記録を出せる。
車ぐらいなら吹っ飛ばせるくらいの馬力もあるだろう。
GAVAでは最初に力の調節を習った。
誤って味方を殺したり、設備を壊すわけにはいかない。
まあ習うと言っても、箸で皿いっぱいの豆を移したりする簡単な作業…それでも10個移すのに1日以上掛かった。
掴む度に豆がどっか行ったり、潰れたり、箸が砕けたり、机が台パンで壊れたり。
今ではヒョイヒョイいける。
「チッ…舐めやがってえええええッ!!!」
烏山は地面に転がる小刀を掴み、俺に斬り掛かった。
それを躱し、俺はもう一撃入れる隙を─
パンッ!!
烏山は左手で拳銃を構え、撃った。弾丸は俺の腹を貫き、壁に弾痕を付けた。
「いっ…」
「ワハハッ!!ざまぁ、み…ろ?」
さあ、次に驚異的な再生能力が挙げられる。
切り傷、刺し傷はなんのその、腕を切断されても1分位で生えてくるそうだ。
部位によるが、銃で撃たれた程度では致命傷にもならない。
ただ、これは俺が主であるレイアさんと同様に再生に特化した吸血鬼だからで普通はもう少し時間が掛かるとドクターが言っていた。
「なんだその再生速度…ず、ズルだろ…そんな…」
「よくも撃ってくれたな。お返しだ。」
俺は人差し指を烏山に向ける。
最後に挙げる吸血鬼の力は血液操作だ。
これは超絶技巧、本当に難しい。
これを簡単に行える奴の集中力はバケモノだと思う。
練習中に血液操作で血のボールを作ろうとしたが、どうしても楕円形になってしまった。
何度球を作ろうと頭で考えても、その通りにならない。
そして、血液操作の錬度がそのまま吸血鬼としての才覚を示すらしい。
全く扱えない俺は下級という訳だ。
だが、体外に放出する事ぐらいは出来る。
指先を銃口とし、血を弾丸として放つイメージ。
「《血銃》」
「ッ!!」
パチュン
「………へ?」
尤も殺傷能力なんて全く無い、水鉄砲程度の威力だ。
せいぜい目潰しにしかならないが─
ミシッ!!!
「ぐぇ!?」
初見では知る由は無い。
鳩尾にグーパンを喰らった烏山は数秒踏ん張っていたが、程無くしてその場に倒れた。
長谷川隊長の方へ視線を向けると、何処から取り出したのか分からない灰皿を机の上に置き、一服していた。
こっちが銃で撃たれてても全く助ける気すらなかった訳だ。
やっぱり罰でやらされたのだろう。
「なるほど…」(流石はレイアさんの眷属だな。そこらの吸血鬼には後れを取らないだろう。総隊長のお墨付きなだけはある。)
「……どーですか?」
「見事です。ですが敵から目を離さないで下さい。すぐに拘そ─汐原君ッ!!!」
長谷川隊長が初めて声を荒げた。
彼の視線は俺ではなく、俺の背後─
「あ〜あ…折角眷属にしたのに。情けないっスね。」
「ッ!?」
俺は咄嗟に背後の人物から距離を取った。
烏山でもない、知らない人の声だった。そもそもどうやって其処に来た?
この部屋にはドアが1つしか無い。つまり入口付近に居た長谷川隊長を素通りして、俺の背後に移動してきた?
少なくとも分かるのは敵が金色の瞳をしていること。
奴も吸血鬼だ。
フードを被っていて容姿は分からないが、鼻が高く鋭い視線を覗かせる彼の顔は、日本人っぽくは無い。
「貴方が白鴉会を吸血鬼化させた吸血鬼ですね。」
「ついでに現組長っス。この様子じゃあ、もう解散するしかないっぽいんスけどね。」
長谷川隊長の問いにそう答え、彼は服の中から何かを取り出した。
それは鋏だった。
持ち手から刃先まで月光を反射しているが、刃が所々赤黒くなっている。
「まあ、どうでもいいんスけど…《刃血・鋏》」
ドプッ…
「ッ!」
吸血鬼はそう言うと手から大量の血が流れ出し、手に持っていた鋏が包まれていく。そして血は地面に落ちることなく形を成していき、彼の手元で血の大鋏が完成した。
それを見て長谷川隊長は息を呑んだ。
「なんだあれ…」
「…汐原君、君は今来た道を戻りなさい。」
「へ?」
「君の手には余る。」
「ッ!舐めんなッ!!アンタに何言われようと止める気は無いッ!!あんな奴─」
「すぐに撤退しなさいッ!これは命令だッ!」
俺と隊長の意識が一瞬、敵から逸れた。
トッ…
「敵を前に仲間割れって…意識低いスね。」
その一瞬の隙で吸血鬼は俺の目の前に迫っていた。速さだけではない…急に目の前に出現した様に見えた。
不思議な感覚だ。
敵だと分かっているのに恐怖をあまり感じない。
殺気が無いとはこういう事なんだろう。
彼の持つ大鋏が俺の右脇と右肩を挟む。
「……………え。」
「はい、チョキン。」
大鋏の刃が閉じられ、人の腕が宙を舞った。
地面に転がる腕が自分の物だと気付くのに数秒掛かった。
「いた…」
痛い。
「ぐゔゔゔあああああああッ!!!!」
気付いた時には頭が痛みに支配されていた。
再生能力はあれど、痛覚は残っている。
吸血鬼になると痛覚が鈍化すると言われたし、実際そうだとは思う。だが傷口が空気に触れて、その場で蹲りたい位の痛みに悶えた。
吸血鬼は鋏を開き、振り上げる。
「まず1─」
「《Activation》」
そう唱えた長谷川隊長は吸血鬼に斬り掛かるが、吸血鬼は余裕そうに躱した。
「とっとっと、危ない。」
「………」
長谷川中隊長は二対の剣を手に俺の前に立つ。
「ちゅう…たい…ちょ…」
「君はその程度の傷では死なない。治せる筈です。」
そう言って此方を落ち着かせようとする隊長だが、その視線は常に吸血鬼を捉えていた。瞬きも最小限に、隙を与えないように立ち回っていた。
「言い方を変えます。コレは私ですら手に負えない案件です。」
復習だ。血液操作は高等技術であり、扱えるだけで吸血鬼としては上澄みに当たる。
そして、眼前の吸血鬼は血液操作で作った武器で吸血鬼である俺の腕を切り裂いた。それだけの強度と切れ味を実現する技術を持っている。
それが意味する事は1つ。
俺の顔を見て吸血鬼は言った。
「あぁ、やっと気付いたんスね。」