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「陛下の寵愛を受けておいて、その体たらく……目障りなのよッ!!」
「戦う覚悟のねぇ奴が、俺様の前に面見せんなよ」
記憶に残るのは、大した戦果もなく、人を喰らって強くなろうという気概すらないにも関わらず、12席に属するレイアを疎む言葉ばかり。
決して味方が居なかった訳ではない。
人殺しを拒む彼女に理解を示し、擁護する者もいた。
だが──
「大丈夫、アンタは何もしなくていい。祈っていてくれれば、それでいいんだ」
掛けられたのは、優しくも残酷な言葉だけだった。
誰も、彼女に期待していなかった。
それはGAVAに、そして日本に来てからも変わらない。
ヴラドとその配下に狙われる彼女は常に守られる立場であり、期待される機会など無かった。
そのうち、彼女自身も諦めていた。
「信じてるぞ」
そんなレイアに対して陽が送ったのは信頼の言葉。
言葉だけではなく、彼の顔色と行動にも嘘偽りは無い。
命を賭けてしまえる程のレイアへの厚い信頼が、そこにはあった。
その事実を彼女が自覚した瞬間、心に刻まれた傷の存在を忘れる程の衝撃が、彼女の身体を突き動かす。
最速かつ最善へ、反射的に移ったレイアの動きに思考が介入する余地など無く──
ボトッ……
気付いた時には、陽へと振り下ろされた九尾の吸血鬼の右腕を斬り落としていた。
「ッ!?」
突如右肩に走った痛みと、陽との間に割って入ってきたレイアの鋭い眼光に、九尾は大きく飛び退いていた。
「な、んや……今の速さ?」
「速いなんてレベルじゃないわよ、これは」
藤宮はレイアの左手に握られたナイフを見て、空になった懐の鞘に手を添えた。
レイアが藤宮達を超える速度で走りながら、目にも留まらぬ速さで鞘に納められたナイフを一瞬にして盗み取った事は明らかだった。
「これが純血……」
同じ吸血鬼の力にも関わらず、その差は歴然。
そして、レイアとの差を感じていたのは二人だけではない。
(……バカな)
九尾の眼を持ってしても、レイアの一太刀は捉えきれなかった。
レイアの一撃は九尾に死を予感させ、稀血によって本能に支配されつつあった理性を呼び戻した。
五感の全てが彼女の変化を感じ取り、血液操作に異常をもたらす程の拍動が九尾を襲った。
(腑抜けが……)
獲物であるレイアに気圧された己に対して心の中で悪態をつき、九尾は瞬時に冷静さを取り戻した。
下顎と右腕を再生し、レイアに対して形成した八本の血の尾の先端を向ける。
そして残りの一本を、マフラーのように頭へ巻き付け、嗅覚と聴覚を制限する事で、レイアと稀血の影響を殺す。
陽の肩に噛みついた際に吸った微量の血が、九尾の盤石な構えを可能にした。
ここまで九尾が冷静さを取り戻せたのは、彼自身の精神的な強さや回復による余裕だけではない。
今のレイアを見れば、それが代償を支払わずに引き出せる力ではないと察する事は容易だった。
「ハァ……ハァ……」
彼女は瞬間的なエネルギーの消耗により、身体許容を超える強化を施していた。
『対吸血鬼殲滅鎧装』による強化に近いが、肉体への負荷は元より備わる再生能力で無視できる。
その反面、消耗したエネルギーの補充は必須。
外付けのバッテリーが空になるだけとは、話がまるで違う。
既に呼吸が荒くなり、意識も朦朧としていた。
放置すれば生命活動そのものに影響が出るため、早急に対処が必要となる。
「……陽さん」
「なんだ?」
「この血……借りてもいいですか?」
「ッ!」
レイアは右手に握った血濡れた破片を陽に見せる。
それは陽が流血する為に左手に突き立て、その後投げ捨てた代物であり、今の彼にとってはなんの価値も無い。
だが、陽は躊躇った。
──────────────────────
副隊長達とドクターを巻き込むよりも前に、二人でおおよその策を決定した時だった。
レイアに致命傷を与えた後に人間の血、すなわち陽の血を飲ませれば再生を早められないかと陽は提案した。
しかし、レイアは問いに答える代わりに申し訳無さそうに俯いた。
「ッ! 吸ってないのか?」
「全くというわけではないです。最後は半年前……有栖さんに無理矢理口に押し込まれて……」
「……そこの概要は、今度教えてくれ……半年も吸わずに生きれるもんなのか?」
吸血鬼が少量の血でも長時間活動可能であることは、陽も知っている。
だが、一度の吸血で半年も生存するという話は、生物の域を逸脱した生命力だと陽に感じさせた。
陽の問いに対し、レイアは首を振る。
「流石に無理です。必要最低限の栄養を含んだ薬を服用しています」
「それでいけるのか……因みに、他の個体には使えないのか?」
「どう、でしょう……あくまで私にとっての最低限なので……むしろ食欲を助長してしまうかもしれません」
「ふむ……カレーライスの匂い理論だな」
「……すみません、勉強不足で」
「気にすんな。造語だ」
「……」
ここまでの交流で、陽がレイアに下した評価は、精神的に脆い娘。
そこを蔑ろにして無理矢理血を飲ませれば、却ってパフォーマンスが急激に落ちるタイプだと見抜いていた。
「一度吸えば、暫く吸血欲求が抑えられなくなってしまうんです……だから──」
「オッケーだ。副隊長達には五分以上保たせる流れで伝えて、無理だって言われたら……まあ、腹くくってくれ」
「ッ! はい!」
──────────────────────
陽の血は稀血。
飲めば、大幅な回復が見込めるだろう。
だが無理しているのであれば、むしろピンチをもたらすのではと陽は危惧した。
「……いいんだな?」
「陽さんも……それに輝さんだってあの日、私の為に命を賭けてくれたんです。ここで私だけ逃げ続けるのは耐えられない」
レイアの瞳に既に陰りはなく、覚悟は容易に見て取れた。
ならば陽に止める道理は無い。
「うし……んじゃ、かましたれ」
陽にとってこの展開は、全て予想済みだった訳ではないが、想定外でも無かった。
経験豊富な副隊長三人掛かりでも抑えきれず、まして狼原が前線を一時離脱している今、レイアにはまだ頑張ってもらわなければならない。
そのために危険を承知で、レイアへ信頼という発破を掛けた。
その重圧にレイアが耐えられるかは賭けだったが、陽は大丈夫だと確信していた。
レイアの心が、脆く壊れやすくとも、弱くはないと理解していたからだ。
そうでなければ飢えを堪えてまで、人を襲わないという信念を貫く事は出来ない。
何度立ち止まろうとも、彼女は絶対に逃げない。
レイアは握っていた破片を手放し、まだ熱を帯びた血が付着する右手を、口元へと運ぶ。
近付くにつれて濃くなっていく血の香りに、誤魔化し続けた飢えが目を覚まして彼女を襲う。
「ッ……フゥーッ……」
自分が自分で無くなる様な感覚に怯えながら、レイアは深く息を吐く。
そして真っ直ぐ、重苦しい殺気を放つ九尾へと視線を向けた。
彼の憎悪は至極真っ当なものであり、レイアの心に刻まれた痛みは因果応報でしかない。
今の彼女が口にするのは贖罪の言葉のみ──
──俺がレイアさんを守ります──
「嬉しかったんです。約束を守ってくれたこと」
溢れた言葉は贖罪ではなく、ジャックの脅威から救われたあの日、伝え損ねた感謝の言葉。
そして少年の忠義に応える為、彼女は震える指先にそっと口付けをした。
口に入れた瞬間、彼女の身体に染み渡るは甘美にして濃厚、陶酔を誘う比類なき悦楽の味。
久しく感じていなかった満腹感と、これだけ拒絶しても人の血を美味しいと感じてしまう自身への嫌悪感。
それらを一旦飲み込み、殺意を向けてくる眷属を見据える。
「だから、今度は私の番……皆を、貴方を助けるッ!」
「ならば、死を受け入れるでござる。それが拙者を救うということだ」
九尾は八本の尾を持ち上げ、レイアに向けて一斉に叩きつけた。
ズオオオオオオオンッ!!!
尾の自壊を前提とした、九尾の大一番。
逃げ場のない超速の広範囲攻撃が地面を砕き、今日一の破壊音と共に天井に届くほどの土煙が舞った。
「レイアッ!!」
「あかんッ! モロに喰らって──」
誰もレイアが無事だとも、暴走する汐原輝に勝てるとも思っていなかった。
身体中が悲鳴を上げて、動く余力すら無く、その場へ座り込む彼を除いて。
(全員盲目だよな……レイアちゃんはあの日、ジャックに立ち向かったんだろ? )
稀血とはいえ、彼女が取り込んだ血はほんの少量。
本気で戦えば10秒足らずでガス欠する。
まして相手は12席に匹敵する怪物。
そんな絶望的な状況でも、陽はレイアの勝利を疑わない。
「さぁ、下馬評を覆せ。鬼姫」
吸血鬼の才覚は血への適性で決まる。
加えて、世界中に数百、数千万といる吸血鬼の中でも、ヴラドが認めたNo. 4。
「ッ!」
九尾が叩き潰したのは、彼女が脱ぎ捨てた白衣のみ。
白衣の持ち主であるレイアは、既に九尾の背後を取っていた。
赤縁のメガネをシャツの胸ポケットに納め、三つ編みを解いで後ろでまとめた。
そして九尾が気付くよりも速く、レイアの後ろ回し蹴りが九尾の側頭部に放たれた。
バゴンッ!!
華奢な脚で放たれた筈の蹴りは、別役の重撃に相当する威力で九尾の頭蓋を揺らす。
彼の意識を刈り取るには十分な一撃だった。
「ッ──《鬼殻鎧》!!」
だが執念深い九尾は、簡単には倒れてくれない。
踏ん張った彼は、咄嗟に《鬼殻鎧》を発動していた。
振り返ってレイアを視界に捉えた瞬間、血の鎧を纏った右腕で、彼女の頭を狙って拳を放った。
血で作った筋繊維が九尾の一撃を加速させたが、レイアはこれを見切って躱しつつ、左手のナイフで鬼殻鎧の上から右腕の関節を切り裂いた。
「《鋭翼・斬》」
九尾は右腕を切断された痛みに怯むことなく、五本の尾を尾を再形成する代わりに今度は血の翼を作り出した。
加えて三本の尾を再形成する。
鎧を纏った左腕と両脚、三本の尾に翼を用いた変則的な連撃がレイアを襲った。
しかし彼女はその全てを縫うように躱し、九尾の間合いから逃れた。
(頭部への打撃じゃ、ダメだ)
陽の血を燃料に動き回るレイアは体感で残された時間が約五秒であると悟る。
最適解を探る余裕は無かったが、その答えは既に陽によって提示されている。
狙うは心臓。
強い衝撃を与え、拍動を狂わせる事で血液操作を乱し、その隙に零距離で声を届ける。
だが心臓に届くまでに3本の尾と、喰らえば一溜りも無い一撃を放つ強化された腕と脚、攻防一体の翼まである。
全てを躱すことは不可能──ミシッ……
「ここだ」ダンッ!!
血を取り込み、感覚が研ぎ澄まされたレイアの眼には、積み重ねられた防御の間に生まれる隙が見えていた。
五秒分の血液を一気に消費する事で、脚力を一点強化し、弾丸の如き速度で九尾の眼前に迫る。
(先程よりも、更に速く──)
ズドン!
「ごふッ!?」
九尾は無数にある手札を披露する暇もなく、レイアの貫手を胸で受けた。
彼女の狙い通り、九尾の血液操作は乱れ、強度の低下、そして崩壊した。
策は完璧だった。
唯一、レイアの誤算は1つ。
「舐め、るなァ!!」
「嘘……」(もう回復して──)
九尾は一秒も掛からず狂った拍動を修正し、血液操作を再開した。
残り少ない体力で一本の尾を作り出し、レイアに向けて振り下す。
かたや、既に陽から受け取った血は使い切り、その一撃を捌く力は今のレイアには無い。
(喰らいながらでもッ!)
ドドンッ!!
「ッ!?」
血の尾が、横から打ち込まれた重撃によって、血飛沫になって消えた。
「怯むなッ!!」
「突っ込んで!」
ダダダダン!!!
レイアの邪魔にならないよう距離を取り、機会を虎視眈々と狙っていた別役と藤宮の攻撃が、尾と左腕を破壊した。
「ッ……拙者に近付──」ガバッ
銃弾を受けてボロボロになった左腕で払い除けようとした九尾の最後の抵抗を躱し、レイアはその身体を抱きしめた。
「お願いッ! 届いてッ!」
彼女の声と、腕の熱が心の奥へ届き──
ピシッ……
汐原輝を縛る鎖にヒビを入れた。
──────────────────────
ずっと、朧気にしか感じられなかった。
都合良く作り出した幻だと勘違いしてしまうほど、微弱な気配だった。
バキッ……
でも今度は違う。
彼女の声と温もりが、確かに届いた。
バキンッ!
「……嘘だな?」
身体を縛り付けていた冷たく硬い鎖が、次第に砂の様になって崩れ落ちた。
狐面は封印から解き放たれた俺を見て、大きく溜息をつく。
「双方ともに天晴。しかし結果は変わらぬでござる」
狐面の小さな背中を突き破るように、血で造られた九本の尾が出現する。
地を這い、天を覆う尾の先端が、全て俺に向けられる。
「今度こそ貴殿を殺そう。拙者の自由のために」
ビュン!
初撃、地を這う三本の尾の内の一本が、大地を薙ぎ払った。
「ッ!」
俺は跳び上がって回避するが、狐面の金の瞳は空中で身動きの取れない獲物だけを捉え続けていた。
「貴殿では拙者に勝てぬ」
初撃を躱した俺に向けて、全方位から同時に九本の尾が叩きつけられた。
陽とレイアのターン終了ッ!
こっからは輝のターンだッ!!
長いよ……長過ぎたよ!!
一人称と三人称書き分けるの疲れたよッ!!!
次回からは楽になることを祈って、書きます(来週絶対卒論で忙しいけどね)。




