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血染物語〜汐原兄弟と吸血鬼〜  作者: 寝袋未経験
断頭台の吸血鬼編

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33/34

混濁─参─

「んぅ……」


 戦闘開始からちょうど五分。

 腑抜けた声と共に、『鬼の姫』レイアの意識が覚醒した。


「起きたか。ジャストだな」

「ッ! す、すみません降ります」

「いやいい。寝ながら聞け」


 慌てて(ひなた)の腕の中から降りようとするレイアを陽は制止した。


「へ? ッ──」


 何故問うより前に、陽の険しい表情を見てレイアは何かを察した。

 そして目を合わせずとも、肌だけで自身に向けられた視線と殺意に気付く。


「状況が変わった。(ひかる)は君を狙ってる」

「え? それ、って……」

「けど輝自身じゃない。別の人格だ」


 あくまで汐原(しおはら)(ひかる)本人ではないと、表情を曇らせたレイアへ、陽は念押しする。

 それは単なる励ましではなく、レイアの精神的な弱さが作戦に支障をきたす事を恐れた結果である。

 そして事実、陽の言葉を受けてレイアの表情や呼吸は幾分かマシになった。


「あのバカの人格が封じ込められてんのか、それとも消されたのかは正直分からない。だから、当初の予定よりリスクが上がったと思うけど──」

「やります」

「だよな。隙は俺が作る。先の事は考えず、全力でかませ」


──────────────────────


 そして現在──


 九尾の吸血鬼の油断を突いて陽が放った銃弾は、九尾の心臓を傷付け、宣言通りレイアが接近する隙を作り出した。


「起きてくださいッ!! 輝さんッ!!!」

「ッ!」


 九尾の吸血鬼は逃げる暇なく、零距離でレイアの呼び声を受けた。

 彼女の声は鼓膜を通じて身体の奥の、さらに奥へ。

 比喩でも何でも無く、魂の奥底まで響き渡った。


 九尾は左手でレイアを振り払い、後方へ跳んで距離を取る。


「どうだ……」


 効くかどうかは賭け。

 何の効果も見られなければ、全て振り出しに戻る。

 陽達に緊張が走る。


「……かはッ!」


 九尾が大きく咳込み、膝をついた。

 そして、右手で額を押さえた。


「ッ!!」


 九尾の胸には陽に付けられた銃創が残っている。

 咳込みや膝をつくのは、そのダメージが引き起こした行動である可能性を捨てきれない。


 だが、額を押さえたのは九尾の脳になんらかの異常が起きた事に他ならない。

 額を押さえながらレイアを睨みつける九尾の顔を見て、陽は効果ありと確信し、向けられた殺意をも笑い飛ばす。


「はッ! 効いてるぞッ!! 畳み掛けろッ!!」

「はい!」


 いくら睨みつけようと、一切怯むことなく接近してくるレイアを見て、九尾は顔をしかめる。

 

 身体の内側に引き摺り込まれる形容しがたい感覚は、レイアを即座に狙う判断が如何に正しかったかを物語っていた。

 自由への執念が彼を辛うじて現実に引き留めたが、次は無いと悟る。

 一刻も早くレイアを討たなければという焦燥が募る。


 九尾は最も低コストで、かつ素早く作成出来る九本の尾を腰から出現させ、そのうちの一本で頭を包んだ。

 戦闘に支障が出ない事を前提に、聴覚、嗅覚、味覚を潰し、レイアからの影響を軽減らす。

 そして残り八本の尾を、向かってくるレイアへ向ける。


「《impact》!!」ドドン!


       ダダダダダダダッ!


「ッ!?」


 五感を削った弊害がすぐに顔を出す。

 別役(べっちゃく)藤宮(ふじみや)への対応に遅れが生じ、一瞬にして五本の尾を破壊された。


「俺等を忘れたんか、ドアホッ!!」 

「援護するわ! 迷わず突っ込んで!」

「ありがとうございます!」


 九尾は残りの三本の尾でレイアを捕らえようとした。

 しかし、彼女は12席に属する吸血鬼であり、加えて別役と藤宮の援護もある。

 全ての攻撃を躱して接近し、貫手で頭を覆う血の尾を破壊するなど容易であった。


(これで終わり──)

「貴女の、せいだ」

「え?」


 銃声と打撃音が鳴り響く戦場で、汐原輝の口を使って言い放たれた負け惜しみが、レイアの耳に届く。


 九尾がレイアを狙う理由は汐原輝を覚醒させる鍵に成り得るからだけではない。

 彼が誕生した時から持っていた本能によるものでもあった。


「貴女が……先に、奪ったんだ……」


 吸血鬼となった事で生まれた周囲とのズレ。

 空っぽになった連絡先や、食堂でご飯を食べる隊員達の様子、そしてテレビの先にある当たり前の生活が、汐原輝の心に当人ですら気付けない傷を与え続けていた。


 だが、レイアが責任を感じないように、汐原輝はそれを押し殺してきた。

 いや、正確には押し殺した自覚すらない程に、彼にとって取るに足らない傷だった。

 その取るに足らない傷が寄り集まって自我を持ち、愛する者へ牙を向けていたのだ。

 

「拙者の友をッ……カレーライスをッ!! 太陽を返せッ!!!」

「ッ!!」


 悲痛な叫びにレイアは息を呑む。

 九尾は狙って行動に移した訳ではない。

 敗北を覚悟し、彼の口から自ずと溢れていた。


 それは、レイアがずっと聞きたいと思い、しかしはぐらかされ続けた汐原輝の本音。

 苦悩しながらも、どうにか固めたレイアの闘志を揺るがすには、あまりに十分過ぎる代物だった。


 レイアの戦意が削がれた瞬間を九尾は逃さない。

 破壊された六本の尾を再生、そして三本ずつ束ね、編み込み、二本の血の縄を生み出した。


(ろく)(じん)重撚尾(かさねび)双頸(にけい)》ッ!!!」

「っ──」


       バゴンッ!!


 九尾の攻撃をモロに受けたレイアの身体は、約30mほど吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 右上腕骨と鎖骨が砕け、さらに壁にぶつかった衝撃で背骨や内臓にまで傷を負う。

 気道を焼きながら逆流する胃液と血の混合液を口から吐き出しながら、左腕で重たい身体を持ち上げる。


 それらは彼女の高い再生能力を持ってすれば、すぐに治せる傷だった。

 だが、治らない。

 彼女の心に刻まれた痛みが、罰を与えるように、再生を妨げた。


「そうだ……恨まれて、当然なのに……」


 彼女は覚悟していた。

 己の過失で、汐原輝を眷属にした時から、傷を負う覚悟はしていたのだ。

 けれど彼が向けてくれる優しさが、無意識に罪悪感を薄れさせ、彼女の覚悟を鈍らせていた。

 九尾の放った本音は、そんな残酷な事実を叩きつけるように、胸を抉るような耐え難い痛みをレイアに味合わせた。


「レイアッ!! 逃げて!!」


 藤宮からの声も、今のレイアには届かない。

 《鬼殻鎧(きかくがい)》を再度発動させた九尾が急接近しても、俯いたレイアは反応する素振りすら見せなかった。

 全神経が死の危機を察知し、肉体に回避を命じたが、罪を忘れようとした自分への後悔が彼女を縛り付ける。

 抗う意志は失われ、彼女は無意識の内に傷を負うことで赦されようとしていた。





 だが、赦しは幾ら待っても訪れなかった。

 レイアが頭を上げると、九尾の視線は彼女から外れ、明後日の方向を見ている。


「何処を、見て……ッ!」


 鼻腔をくすぐる血の香りに、レイアの視線は反射的に九尾と同じ場所に向けられていた。


       ポタ……ポタ……


──────────────────────


「吸血鬼として高い才能を見せるのは、百万人に一人ってレベル。In addition, その中の数%の人間だけが、吸血鬼にとって超栄養価が高い稀血(まれけつ)を持っているんだ」


 狼原から『対吸血鬼殲滅鎧装(AVEA)』の取り扱いを指導してもらっている陽へ、ドクターが頬杖を付きながら話し始めた。


「へぇ……」

「で、陽がそれ」

「「「「ッ!?」」」」

「へぇ……」


 ドクターの発言に副隊長達とレイアが驚く中、陽だけは『だから何?』と言わんばかりの仏頂面をかましていた。


「冷めすぎでしょ。もうちょい良いリアクションしてもいい衝撃的な情報だと思うけど?」

「生きてる稀血なんて日本にも居たんだな」

「んな絶滅危惧種みたいな扱いされても」

「実際そうだと思うよ? GAVAですら稀血は三人しか確認できてないレベルだしね」

「……まさか、それ以外は──」

「骨の髄まで美味しくしゃぶられる。あとは家畜かな。餌付けされて、無限に血液を搾取される」

「怖すぎません? てか、ドクターも何でこのタイミングで教えたんです? まさか、それを理由に作戦を却下すると? ここまで進めといてやっぱ無しと? んな殺生な……」


 不満気に尋ねる陽へ、ドクターは「そこまで性格悪くないよ」と笑いながら、ペットボトルを口に運ぶ。

 一口の水を含み、潤った喉で話を続ける。


「戦術に組み込めないかと思ってね。それこそMs. 藤宮が詳しいと思うよ」

「とのことですが、どうなんですか?」

「居るわよ。自分の稀血を囮に使って狙撃する元後輩が……曰く、布に染み込ませて木に括っとくだけで面白いほど寄ってくるんだと……私も実際見たけど、樹液に集まる虫みたいだった」


 陽は子供の頃に見た樹液に群がるカブトムシやクワガタを、成人した吸血鬼に置き換えて想像する。

 脳内に浮かんできた滑稽な情景に陽は苦笑する。

 実際に見た藤宮が、先程からげんなりした顔をするのも理解出来た。


「もし使うなら護衛を一人以上付けた状態でね」


──────────────────────


 陽は大量に転がった瓦礫の一つを拾い上げ、左手の平に向かって思いっきり突き刺した。

 程なくして傷口から、吸血鬼を誘惑する稀血が流れ始めた。


         ポタポタ……


 陽の左手から血が滴り、地面に紅い斑を作り出す。

 右手に握られた鋭利な破片にも、彼の血がべっとり付いていた。


 極限まで疲弊した九尾の肉体は、五感全てで己の渇きを癒す最高級の主食の存在を、その場の誰よりも早く捉えた。

 空になった胃袋の生み出す激痛と、口の中に溜まった唾液。

 稀血の刺激を受けた脳が、捕食しろと肉体へ命じる。

 辛うじて、肉体に残った汐原輝の16年分の記憶が、汐原陽は策を弄していると警告音を出したことで、彼は踏み止まった。


「美味いぜ? 食うか?」


 陽は不要となった破片を投げ捨て、血塗れの拳を握り、痛みを誤魔化す様に笑った。


 それがダメ押しとなり、九尾の注意が完全にレイアから外れる。

 九尾個人が持つ『レイアを殺す』という本能を、『血肉を貪る』という吸血鬼の本能が凌駕した。

 全て、陽の狙い通りだった。


「何してんねんッ!!!」


 別役が陽へ怒号を飛ばしたのも無理は無い。

 陽が死ねば全て終わる。

 全てにおいて優先されるのは彼の命だ。

 そして今、狼原(かみはら)は依然として起きず、別役と藤宮も距離がある。

 すなわち、陽に護衛は居ない。

 完全な無防備だった。


        バンッ!!


 九尾が地面を踏み砕きながら陽に飛び掛かる。

 《鬼殻鎧》で強化された脚力は、間に割って入る余裕を暇を与えず、包囲網を一蹴りで突破して陽に迫る。


 血に飢えた吸血鬼と接触するまでの刹那、失意のどん底にいるレイアの為に、陽に出来る事は一つだけだった。


「信じてるぞ」

「ッ!」


 陽は先の事を考えず、目の前に迫る吸血鬼にのみ集中する。

 今の九尾の思考の大部分を占めるのは吸血することであり、殺すことでは無い。

 すなわち注意するべきは──


(頭ッ……てか牙ッ!!)


 陽の目には残像ばかりが映り、九尾の動きは殆ど見えていない。

 直感だけを頼りに、九尾と相対する。


        ガリッ!!


「ってェ……なァ!!!」ガシッ!


 九尾は左肩に狙いを定めて飛び付いたが、陽が咄嗟に肩を引いたことで、牙は掠めるだけに留まった。

 安堵する暇もなく、陽は躱すと同時に九尾の下顎を右手で掴んだ。


「《charge》」ブチッ!!


 『対吸血鬼殲滅鎧装(AVEA)』の真価、過剰な強化を施し、九尾の下顎を引き千切った。


「いあ゙ッ!?」

「どーした? 噛んで……みろよッ! そのお粗末な、口でよぉ!!」


 驚愕する九尾を煽りながら、陽は全身で『AVEA』の反動を受けた。

 一度反動を経験していた事で、身構える事が出来た陽は、先程に比べれば余裕があった。

 だが生まれた余裕は精神的な物。


「ゔあ゙ァッ!!!」

「ッ!!!」


 陽の肉体は二度の衝撃で限界を迎えていた。

 声にならない呻きと共に放たれた九尾の攻撃を防ぐ術はなかった。


──────────────────────


「もういい……中止にしろ」


 画面を見ていた金城(きんじょう)が言い捨てた。

 数時間座りっぱなしで凝った身体を解しながら立ち上がる。


「皆ももう分かった筈だ!汐原輝は我々の手に余る……処分すべきとな!!」


 大声で威圧しながら、金城はドクターに詰め寄る。

 香水では誤魔化しきれない加齢臭が、ドクターの鼻腔にまとわりつく。


「奴を招き入れたお前にも責任を取ってもらうぞ。貴様の身勝手もここまでだ……覚悟しておけ」

「……」


 金城はドクターの耳元で囁いた。

 だが、ドクターは脅しを気にも留めず、画面に釘付けになっていた。


「……やるんだね、レイア」

「おい、聞いてい──」

「Mr金城……これは貴方にも見て欲しい。それからなら、幾らでも話は聞きます」

「……なに?」


 ドクターの言葉を受けて、金城の視界は渋々ながら画面へ戻された。


       ピリッ……


「ひッ!?」ドスンッ


 画面越しにも関わらず、突如放たれた圧倒的な存在感に金城は腰を抜かした。

 

「ここからは、僕すら知らない彼女の本領だ」

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