日暈
主人公の兄がヒロインの頭を撃つ作品が他にあるでしょうか?
ありそうだな、別に。
父親が宇宙の帝王なんて作品もある訳だし……ミリしらだけど。
本編続きをどうぞ。
白衣が紅く染まっていく。
溢れた血が白い床にゆっくりと広がっていく。
目を瞑って逃れようとしても、つんざく血の香りが俺を現実に引き戻した。
湧き上がり続けるのは、視線の先に立つ血を分けた肉親と同じ血が流れているという嫌悪感と吐き気。
「ヴラドがレイアちゃんを連れ戻す為に人々を殺すなら、レイアちゃんが死にゃ全部解決だろ。」
陽の言葉が雑音のようにしか聞こえなかった。
レイアさんが600年間ずっと自由を奪われた被害者だと、知っている筈なのに。
なんでレイアさんを責めれるんだ。
それだけ苦しんでも尚、誰かを守ろうとする彼女が、死に値する悪人だと言うのか?
吸血鬼な時点で死んだ方がマシだと言うのか?
生きる事すら許されないって言うのか?
陽は引き金にかけた指を退けず、再度照準を定める。
「一番手っ取り早く、かつ犠牲を最小限に終わらせれるのはコレだろ。」
パンッ!
「これ以上レイアちゃんを生かしてたら、この国は終わる。」
パンッ!
「あ。てか、お前が死にかけたのもこの子のせいだろ?」
パンッ!
「どうせなら一緒にやるか? 存外良い気ぶ──」
バキンッ!!!
右腕を縛る拘束具の留め具が1つ弾け飛び、銃声とは違う破裂音が部屋の中で反響した。
「やめろ。」
まだ間に合う。
レイアさんの再生能力は高い。
初めて会った時も、彼女は頭部の致命的な傷から再生して立ち上がってきた。
無事さえ確認できれば、抑え込める。
「レイアさんは、悪くないだろッ!!!」
「そうか? 心の底ではコイツと会わなかったら、こんな目には会ってなかったとか、思った事あるんじゃねぇの?」
陽は、そう言って足を振り上げ──
「ッ!待っ──」
ゴッ!
鈍い音が鳴り、蹴り飛ばされたレイアさんの頭が不自然な方向へ曲がった。
倒れる彼女と目が合う。
瞳が淀み、瞳孔が虚ろに開いていた。
更に白かった肌がより蒼白になり、生気が感じられない。
「……ハッ。」
笑みが溢れていた。
無意識だった。
「アハハハ……」
陽を信用しかけた俺自身の愚かさへの絶望が、失笑として表面化したんだと思う。
今にも壊れそうな心を、どうにか保とうとするが、既に決壊しかけていた。
そんな不安定な状態の俺に、陽は一仕事終えたような清々しい表情を向けてきた。
「ふぅ……どうだ、気は晴れたか?」
「陽アアアアアアアアッ!!!!!」
バチッ!!!
「コハッ…」
怒りのまま能力を使おうとした瞬間、首の拘束具から意識を刈り取る雷撃が放たれた。
身体の力が抜け、拘束具が食い込む。
だが痛みは意識と共に次第に薄れていく。
気を失う直前の激しい耳鳴りの奥で、天の声が断続的に聞こえた。
『命…いした……ひ……ず、そこを……て──』
「まだだろ。」
不思議な感覚だった。
それ以外の音は搔き消されていたのに、陽の言葉だけが鮮明に届いた。
「守るって約束したんだろ。ちょっと気を失ったら終わりかよ。発言には責任持てって言ったろ?」
煩い。
今更、兄貴面しやがって。
いつも見てくれなかったくせに──
ビシッ!!
「黙れよ……」
「ハッ。それで良いんだよ。」
そう言って、陽は嘲るように鼻で笑った。
俺は怒りを源に、右手の拘束具を握り潰す。
手の中に残った金属の塊を投げ捨て、今度は首の拘束具に手を掛ける。
力を加える度に、円柱型の拘束具が指の形で歪んでいき、首の圧迫感の消失と共に首輪だった金属片がカンッと音を立てて地面に落ちた。
更に胸を縛る拘束具に手を伸ばす。
儂を出せ──分かってる。
拘束が外れる度に、内側から噴き出す怒りや哀しみが、俺の意識を塗り潰していった。
だが恐れはない。
「もういい……好きにしろ……」
あの時は抗おうとしたが、今度は違う。
藻掻く必要は1つもない。
「殺したいなら、殺せばいい……」
この衝動に身を預けろ。
それが1番手っ取り早い。
殺気の籠もった眼差しを向けられても慌てる様子も無く、陽は返り血のついた白衣を脱ぎ捨てた。
白衣の下に纏っていたのは配線が剥き出しになった黒い長袖のインナー。
「何年ぶりの喧嘩だろうな。」(ここまでは計画通り──)
暴走しかけの吸血鬼を前に、陽はゆったりと丁寧に身体を伸ばし、コキコキという音を聞きながら戦いの準備を終わらせる。
早まる鼓動を深呼吸で落ち着け、そして視線を前に向けた。
既に俺の意識は身体の内側の奥底へと沈んでおり、汐原輝の肉体から赤い尾が─
「ッ……だぁクソ、やっぱこうなったか。」
陽は目の前の光景に思わず悪態をつきつつ、ドクターとの話を思い出していた。
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「吸血鬼は戦い方に癖があるんだ。」
レイアとの動画撮影を終えた陽に、撮影を手伝ったドクターが話しかけた。
「癖? なんの話です?」
「報告書を見てて、あとレイア本人から話を聞いて違和感を覚えたんだ。」
そう言ってドクターから差し出された報告書を受け取った陽の視線は、2箇所の赤線部分に引き寄せられた。
ジャックとの戦闘時に汐原輝が見せた防御を捨て相手に致命的な一撃を浴びせ続ける型と、機動力を捨てて9つの尾で攻防一体となる型。
「これらの輝のstyle……暴走直後と尻尾が出現してからの戦い方が、まるで別人のようだと感じていてね。」
「別人……状況に応じて、適切な戦闘法に変えたってだけでは?」
「否定はしないけど、可能性はかなり低い。吸血鬼の暴走は本能が優位になってる状態だ。だから戦闘法は通常時の癖に影響されやすい訳で、ここまで戦闘法が両極端なのはunusualというか、前例がない。二重人格って方がまだ理解出来る。」
陽の問いにしっかりと答えつつ、更にドクターは話を続けた。
その表情は未知に向き合う子供の様にキラキラとしていた。
「唯一違うのは暴走直前のsituation、最初の型はレイアが傷つけられた時、次はレイアが傷つけられそうになった時だ。以上の事から、輝の暴走は直前の条件に依存して、型が変化すると仮定した。」
「直前の状況……」
そして一度傷つく姿を見たなら、どう考えるだろうか?
もし自分が輝の立場なら、大事な人が傷つけられたり、傷つけられかけたら、と陽は考える。
「憤怒と……不安?」
「まあ頭の片隅にだけ置いといてくれ。さっきも言ったけど、暴走に複数の型があるなんて前例はないからね。」
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話を聞いた時から、陽の中で嫌な予感が蠢き、胸の奥をざわつかせていた。
だが時間的にも物資的にも、そんな発生確率の低いイレギュラーに対して、万全な準備する余裕は無く、単なる杞憂であることを切に願った。
そんな願望を叩き潰すように陽の目の前に現れたのは、九つの尾の代わりに血で形作られた大角を持つ吸血鬼だった。
開かれた瞼の下から除くのはより金色に輝く瞳、さらに瞳の周りが黒く濁っており、人ならざる者であると同時に、吸血鬼とも一線を画す存在だと陽に直感させた。
「邪魔くさいのう。」
大角は両脚と左腕の拘束に目を落とし、眉間にシワを寄せて呟いた。
そして自由に動く右の拳を強く握る。
太い血管が浮き上がる握り拳が、その破壊力を物語っていた。
ボオオオオオオオオンッ!!!
「ッ!?」
大角が自身を縛る十字架へ振り下ろした瞬間、圧縮された空気が陽へ押し寄せた。
陽は風圧に負けないように踏ん張りながら、両腕で頭を守りつつ、細目で粉塵の奥の大角を捉え続ける。
十字架は粉々に砕け、大角はズシンと音を立てて地面に降り立つ。
そして地面に落ちた金属片から1m近くある破片を選んで持ち上げた。
「《鬼沸金棒》──」
掌から血を流し、破片に纏わせる。
更に破片を地面に突き立て、細かい金属片を取り込んでいく。
形成されたのは照明の光で突き出た破片がキラキラと光る巨大な金棒。
そんな殺意の塊を前に陽は大きく溜息をつく。
九尾を前提とした作戦の成功率は、既にグンと下がっている。
己の不幸なのか、ドクターの立てたフラグのせいか。
彼は行場のない文句を呑み込み、無理矢理笑顔を作り出した。
「尻尾はどこにやったんだ? もしやお忘れですか〜」
「それは儂じゃない。」
「あ、そう。」(口調違うし……今の発言からして輝の内側には、少なくとも2人以上居る。)
陽の頭の中で、更に成功率が下がる音がした。
「それはそうと……お前の顔を見る度、儂は吐きそうになんじゃ。この吐き気を消す為に──」
大角は目を見開き、金棒の先を陽に向ける。
「貴様はぶち殺おおおおおおおおおすッ!!!」
ホームラン宣言ならぬ殺害宣言を終えた大角は、金棒を引き摺りながら走り出す。
大角が進む度に金棒はゴリゴリと地面を削り、取り込む破片を増やしていく。
「オッケーそんじゃあ久々に兄弟喧嘩といこうッ!!! てことで──」
陽は倒れるレイアを抱き上げ、扉に向かって走り出す。
それを見て大角は更に加速する。
陽を逃がすまいと、金棒を振り上げた。
「お願いしますッ!! 先輩方ッ!!」
陽の言葉を合図に、扉から二つの人影が勢い良く飛び出した。
大角と九尾。
2つの暴走形態を持つというのか。
てか、また暴走したけど、誰視点で展開してけばいいんだよ。
次回から陽視点で展開していいかい?いいよね?そうします。




