稲光と太陽は交わらない
新キャラを沢山登場させて、管理しきれるのかって?
まあギリギリ…
会議とか1話に入りきったかって?
いいや全然。
世界吸血鬼対策局GAVAの日本支部。
東京に位置する、重厚な壁に囲まれた巨大な施設には多くの吸血鬼が収監され、吸血鬼の生態や能力を調査する研究が日夜行われている。
その地下─
始発電車すら未だ動き出していない早朝。
6台のテーブルと12脚のパイプ椅子、そして壇上に演台が用意された消臭剤のアルコールが微かに香る部屋に、隊長格を含む11人が集結した。
総隊長 御手洗有栖
神谷隊隊長 神谷莉央(オンライン)
神谷隊副隊長 狼原仁
神谷隊隊員 レイア(第4席『鬼の姫』)
樫村隊隊長 樫村秀一
樫村隊副隊長 藤宮凛華
長谷川隊副隊長 島崎勇斗
時雨隊隊長 時雨由美
時雨隊副隊長 別役隼人
研究班班長 ドクター(本名:御手洗総一郎)
インターン生 汐原陽
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「ハッ…」
文字に起こした時の自身の浮き具合に陽は苦笑いした。
なぜ呼ばれたのかも殆ど理解しないまま、好奇心だけで入室した彼の前には、ニュースでも見覚えのある顔ぶれがズラリと並んでいた。
昨年、若くして隊長及び副隊長に抜擢された3名に、海外駐在しているはずの元総隊長と元隊長も3名。
そして生涯お目にかかることはないと思っていた12席の吸血鬼、しかも第4席。
金色の髪と瞳、長い睫毛や雪のように白い肌、転んだらそのまま骨折するじゃないかと思ってしまうほど華奢な体格。
そんな戦いとは無縁に見える儚げな少女が、人類の命運を背負っているのだと有栖は言った。
「…」(あの子がねぇ…)
陽がボーっとレイアの背中を眺めていると、彼女の頭が右に傾き、2人の目が合った。
「……ぁ。」
目が合った瞬間、レイアは小さく息を漏らし、悲しみをのぞかせるような表情をした。
それを陽から隠すように前を向き、再び俯き始めた。
陽は目を逸らされたことにショックを受けるどころか、なぜ避けられたのかを分析し始める。
(眷属を嫌ってるから、避けられた?生理的に無理?いや、違う…暗い表情に俯き…俺が輝と再会した時も、あんな顔していたような─)まさか…」
「陽?What's wrong?」
「え?あぁ何でもないです。ちょっと考え事してました。」
そして机の上に置かれた500mLペットボトルを手に取り、中の水を一度に半分以上飲み干した。
今議論するべきは吸血鬼の少女の心中ではなく、暴走した汐原輝と消息不明の12席の吸血鬼2体の話だ。
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会議は静かに始まった
論じられたのは勿論、汐原輝について。
有栖によって上層部の保守派、特にGAVA日本支部の財政状況の実権を握る金城泰平が処分に賛成している事について語られた。
話を聞き終えると狼原は大きく溜息をついた。
長年GAVAに所属する狼原は、金城という男の狡猾さと粘り強さを良く知っていた。
「金城さんか…あの人相手に過程は無意味…結果で示さなきゃ駄目な人だね。」(徹雄さんまで賛成してるのは意外だな…)
「はい。なので暴走が管理可能である事、つまり暴走の発動と解除の条件の発見を目指します。」
「残り1週間で…根気が要りそうだね。」
有栖の答えに狼原は目を細めて苦笑した。
緋道紗理奈の時と同様、確実な解除条件を見つけるまで、暴走する度に相手が気を失うまで戦い続けなければならない。
そこに加えて12席相当の実力ともなれば、如何に対策していても、命を懸けで挑むしんどい仕事が確定している。
隊員達の間で重い空気が流れる中、呑まれることなく陽が手を高く挙げた。
「ぶっちゃけ俺の協力って必要か?此処まで来といてなんだけど、呼ばれた理由が全く分からない。」
「ちょっと待てェ…」
金色のリーゼントと肩をわなわな震わせながら樫村が立ち上がり、座っている陽の眼前に迫る。
眉間にシワがより、青筋を立てた樫村の顔は常人なら反射的に謝ってしまうほどの鬼の形相だった。
「お前ェ…総隊長には敬語だろうがよォ!!!」
「嫌です。」
かつて妹の彼氏が家の遊びに来た時、彼氏が泣いて謝罪し来る度にフルーツの盛合せを献上するようになった剣幕にも関わらず、陽は一切臆することなく即答した。
「あァ?何様だテメェ…」
「敬語を使う相手は俺が決めます。」
「おォン!?」
「樫村、そこまでにしておけ。その男はあくまで協力者だ。隊員じゃない以上、敬意を払うかどうかは彼次第だ。」
「っ……了解。」
樫村はまだ何か言いたげだったが、有栖の言葉を受けて大人しく着席した。
「そして、お前の問いについては…案を出した総一郎に答えてもらおう。」
「OK. 君を呼んだ理由は、輝を暴走させる為だ。基本素直で直情的であるのと同時に、配慮も出来る輝が、君の前だと凄く捻くれていたのを見て、暴走の発動に役立つと考えた。大抵過剰なstressが発動条件になるからね。」
自分が汐原輝にとってストレスそのものだと言われているのにも関わらず、陽は機嫌を損ねることなく納得した表情で頷いた。
「確かに奴が嫌がりそうな事なら無限に思い付きますね。」
「ほら適任。」
「処分までは残り1週間…その間、陽にはつきっきりで─」
「いや、それは無理。」
2本の人差し指でバツ印を作りながら陽は答えた。
巫山戯ているようで、その顔にはただの怠慢以上の事情があることを、わずかに感じさせた。
それでも、同い年でありながら10年吸血鬼と戦い続けた尊敬する大隊長に舐めた態度を取り、さらに日本の危機に自分のことを優先する陽を見て、樫村はついに我慢の限界を迎える。
「─ッ!!!」
ガシッ!!
だが、勢いよく立ち上がろうとした樫村の両肩が隣と背後から伸びた2人の手で押さえつけられた。
「はい秀一君ストップ。君が話すと議論が進まないからお口チャックね。」
「樫村?それ以上喋ったら昔みたいにお姉さんがこの銃身でぶっ叩くから。」
「………」
時雨と藤宮からの圧力に、樫村は一瞬歯を食いしばった。
一瞬、無理にでも振り払おうとも考えた。
だが正面に座る有栖と目が合った。
微動だにしない彼女の視線は言葉より重く、樫村は立ち上がろうと籠めた脚の力を渋々抜き、ガチャンとわざとらしい音を立てて椅子に腰を落とした。
無言のまま、それでも瞳には不服な気持ちが込もっていた。
そんな猪突猛進し続ける樫村の様子を見て、時雨は溜息をつきつつ、微笑んだ。
彼女は同期の忠誠心をよく理解していた。
時雨自身も陽の失礼な態度には多少苦言を呈したかったが、有栖が言うように任務ではなく自発的に協力してくれている。
それに、暴走する吸血鬼に接触しろと言われるのは、死地に赴けと言われているようなものだ。
彼女自身、そんな事を言われたら耐えられず、逃げ出しただろう。
そんな恐怖を誤魔化す為に陽は気丈に振る舞っているのだと考えた。
「大変な事を押し付けてごめん。怖いと思うけど、私達も精一杯サポートするから。」
任務先で自分勝手な要求ばかりする者たちを思い浮かべながら、時雨は対等かつ低姿勢で陽に語りかけた。
「あ、そういうのではなく。明日から講義なので、今日以降は無理です。しかも初回の授業の寺井先生は出席必須なので本当に無理です。」
「えぇ…?」
「お前…本気で言ってんのか?」
陽の口から出てきた極めて現実的で事務的な拒絶に、時雨の隣で腕を組んで静観していた別役も、流石に口を挟んだ。
「嘘はつきません。泥棒の始まりですから。」
「「………」」
絶句する時雨隊に、助け舟を出すべく島崎が陽へ提案を持ちかける。
「……じゃあ、講義終わってからというのは?」
「俺、7時間は寝ないと講義に集中できないんですよね。講義と移動で平均10時間、課題に3時間は取りたいし…」
「あぁ…そうですか。」
だが陽を前に助け舟は容易く撃沈した。
「有栖、あの子本当に協力する気あるの?」
肩を落とす島崎の姿に心が痛くなった藤宮は有栖へ小声で尋ねた。
「いや…」
そして有栖自身も、想像していた以上に、陽の協力する意志が弱いことに動揺していた。
弟の事は嫌いでも、ドクターから話を聞いて陽は協力すると答えていた。
だからもう少し本気で取り組んでくれると思っていた。
「協力するとお前は言った筈だ。これはどういう…」
「するよ。今日1日だけな。」
「は?」
1週間つきっきりで、と有栖が陽にお願いしたのは、そこまで追い込まなければ間に合わないと考えたからだ。
故に陽の言葉が意味する事は1つ─
ガタンッ!!
家族を見捨てようとする陽に、彼女は大隊長という立場を忘れ、壇上を降りて陽に迫る。
しかし─
「俺抜きにしても1週間は悠長過ぎるだろ。」
「……なに?」
陽の言葉に有栖はその場で歩みを止めた。
「「「ッ!」」」
ここまで、自分達に協力的ではない陽の姿勢に困惑していた海外駐在組は、陽の言わんとする事をすぐに理解した。
「白鴉会の構成員はおよそ500名で、そのうち205名が一昨日吸血鬼になった状態で拘束された。その5日前に白鴉会の抗争の話がニュースになってるから、たったの5日間で少なくとも200体以上の吸血鬼を生み出してるって事だ。つまり──」
「1週間、輝君の件と並行して中途半端に捜索してたら、取り返しのつかない状況になるって言いたいの?」
藤宮の問いに陽は頷いた。
「12席クラスの最も厄介な点は、個人の戦闘能力ではなく、無尽蔵に行われる吸血鬼化だ。1週間もあれば、首都圏が壊滅したっておかしくない。」
狼原の説明に、ここまで陽を異常者としか見ていなかった隊長達も事の重大さに気付く。
ヴラドは無尽蔵に眷属を生み出す事が可能とされており、ヴラドに近い血を持つ吸血鬼、つまり純血に近い者ほど眷属を生み出すハードルは低い。
12席の吸血鬼ともなれば1日に複数体の眷属を生み出す事も可能だ。
しかも2体居るなら、眷属が増える速度も単純に2倍。
狼原に続くように別役も口を開く。
「日本ほど人口密度が高く、吸血鬼への警戒心が薄い国も無い…下手すりゃイギリス、ロンドンの二の舞になっちまう。」
別役が思い浮かべたのはGAVA設立の最大の要因ともいえるイギリス、ロンドンの陥落。
約400万人の国民が被害に遭い、以降イギリスでは10万人前後の吸血鬼が観測されるようになっていた。
今でこそGAVAアメリカ支部の尽力もあって、イギリスで吸血鬼が観測される事はなくなったが人は住み着かなくなり、ほぼ全土を占める大規模な軍事基地が設置されている。
「で、でも…ジャックとマリアに重点を置くよう配置すれば、なんとか─」
「そこに加えて─」
島崎の楽観的な意見を遮るように、陽はスマホの画面を有栖の眼前に向けた。
その画面に表示されていたのは30分前、会議が始まる直前に配信されたネットニュース。
『白鴉会全構成員失踪』という見出しで、警察が突撃した白鴉会のアジトが、既にもぬけの殻になっていた事を報じていた。
「大量の血痕はあれど、遺体は無し。これって他のメンバーも吸血鬼になってるんじゃないか?」
「残り300体の、吸血鬼……ッ!」
思わず口に出してから、島崎は後悔した。
長谷川隊の隊員である汐原輝を、島崎は副隊長として本気で救いたいと思っていた。
だが、そんな我儘を言ってられる状況でないと、陽に自覚させられた。
300体の吸血鬼だけでも、日本支部で対応できるギリギリの規模であり、戦力を分散させる余裕はない。
つまり汐原輝を助けるという選択は──
「情報…行ってない訳じゃないだろ?俺があんたに敬語を使わない理由はそういうとこだ。冷静に見えて、其の実現状はそっちのけで、未来の起きるかも分からない悲劇しか見えてない。」
陽は視線を逸らさず、有栖にそう告げた。
その静かで冷めきった瞳と物言いは、陽の抱いた深い失望を包み隠すことなく有栖にぶつけていた。
「理想追っかける前に現実を片付──」
ガッ!!!
有栖の金色の髪が靡き、市民を守る為の手は陽の言葉を遮るように、勢いよく胸ぐらを掴んでいた。
内容に困ってどんどん伸ばしてたら、10000を超えかけたので分割しました。
こっちの方が読みやすいですよね。
さて、陽君さぁ…お前、友達おるんか?
『○滅の刃』とか『○の錬金術師』見て、兄ってなんなのか履修してこい。
そして皆の前でもお構いなくブチギレた有栖。
もう、誰の手にも負えない。




