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Episode1【物語のはじまり】

 何が如何して、こうなったのかは分からない。ただ、わかる事と言うのなら、僕の選択肢を間違えていた事。

 僕は、コンビニエンスストアに夜食を買いに出かける事が多く、今日もまた夜食を買いにコンビニエンスストアへ向かう。

 夜に出歩くのは危険だと周りは僕に言う。しかし、僕にとって夜は特別な時間。それは、夜には、沢山の星達が輝き、太陽の代わりに暗い道に光を優しく与えている月がまた綺麗だから。夜道の不安を、月の光は和らげてくれている。僕は、夜が好き。

 今日もいつも通りに夜食を買い、借りているアパートへと帰る道を夜空を見ながら帰ると、一人の男性が膝を抱えて顔を伏せ、座っている。コンビニエンスストアに向かう途中には居なかった。その男性は、ホームレスとは違う、家出少年みたいな印象で、まだ服も髪も綺麗。事件の香りがするなと、探偵小説の読み過ぎな僕の感が過ぎる。正直、僕は関わりたくない。ただ、春に近い冬の冷え込む夜に、見て見ぬ振りも出来ずに声を掛けようと思うが、その行為をやめる。

 男性は、微かに震えている。まるで捨てられた猫のように見える。

 僕は、急いでアパートの自分の部屋に帰り、余っている毛布を持って再び男性のいる場所へ戻る。そして、毛布を男性に掛ける。

 男性は、反応をしない。震えたまま。

「あの、大丈夫ですか?」

 声をかけてみるが、反応しない。

 無視をしているのか、話す事が出来ないのか、全くわからない。体調が悪いのか、日本語が通じないのか聞こうにも、毛布掛けて無反応、声を掛けても無反応では、どうしようも無い。下手に触れ、揺らす訳にもいかない。

 毛布だけでは、暖まらないなと思い、男性に温かい飲み物買って来ますと一言声を掛けて、買いに行こうとすると、手を掴まれる。僕は、驚き振り返ると、毛布を頭から被る男性。

「えと、どうかしましたか?」

「・・・かな・・・いで」

「え?」

「いかないで」

 男性は小さな声というより、とても弱々しく僕にそう言う。いかないでと言われても、震える貴方を見ていて暖まる物を持ってこようとしていたのだけれどと思いながら、男性と向き合う。

 男性は、未だに震えている。寒くて震えているのだろうし、知らない人を家に上げるのは、宜しくないけど緊急事態。

「僕の家に、来ますか?」

 男性は、コクッと音がするかの様に頷く。

 この男性の顔見ていない。隠しているのだろうか。ずっと伏せ、毛布を与えると深く被る。何かしらの事情はありそうで、面倒にならない事を切に願う。

 僕の部屋に入ると、コンビニエンスストアへ行くだけの予定だった為、部屋は暖かい。男性には、一番暖かいソファーに座って貰う。僕は、誰でも好きそうなココアを作る。因みに、ココアは、来客用に用意した飲み物で、僕は飲まない。僕の飲み物は、紅茶に特製の林檎ジャムを入れたアップルティー。

 男性の近くのテーブルにココアを置くが、手を付けない。嫌いだったかなと思う半分、知らない人からの飲み物に手は出さないかと思う。

 僕は、何でもボックスから紙コップを出し、男性のココアを数量移し、飲む。そして、飲み干したと言う様に紙コップを逆さにする。それでも、ココアに手を付けない。

 男性の震えも治らない。

 僕は口直しに、特製のアップルティーを飲む。

「僕は、雪宮胡桃です。見ての通り、寂しい一人暮らしをしている一般的な社会人です。ココア、毒も入っていないので、温かいうちに飲んで、暖まって欲しいですが、如何でしょうか」

 男性は、コクッと頷くが、まだ手を付けようとしない。

「僕は、貴方の事について深く聞く事はしませんが、取り敢えず、温まってください。後、体調とかに問題はありますか?」

 男性は、首をふるふると横に振る。

 外にいる時は暗くてわからなかったが、服や毛布から見える肌には、傷や痣が見える。虐待を受けていたのか、いじめられていたのか分からないが、そのどちらかの線が濃厚だなと感じる。

「僕は、貴方に危害を加えません。面倒な事に巻き込まれたくはないですし、面倒になる事はしたくありませんので。しかし、貴方を見捨てる事も出来ず、今に至ります。手を出したからには、貴方が元に戻れるまで、僕が貴方の手助けをします」

 男性の震えは少し治った様に見える。そして、男性の目線が僕の特製のアップルティーにある様に思う。僕が、紅茶を口に含むと、微かにティーカップを追っている様に頭の部分が動いている。

 ココアより紅茶の方が好きなのかと思い、男性の分の僕の特製のアップルティーを作って、男性の前に置いてみる。すると、男性の手が恐る恐るティーカップに伸び、掴む。そして、一口口に含むと、毛布で見る事が出来ないが、男性は静かに泣いている様に見える。

「ココア嫌いだったのね」

 僕はそう言って、ココアを下げようとすると、男性はココアを一気に飲み干す。

 一瞬の事で、よく分からない。

「え、も、もしかして、紅茶の方が嫌いだった?」

 そう聞くと、今度は、僕特製のアップルティーを飲み干す。

「・・・・何方も嫌いでは有りません。何方も、好きで、大好きで、とても、とても美味しかったです!」

 少し涙声な言葉に、僕は驚く。

「そ、それは良かったです。えと、あぁ、僕は、雪宮胡桃です」

 僕は、返答に困り、どうしようか考えるが、自己紹介をしていない事に気が付く。会話にも困っていたのも事実で話すことに慣れていない僕には、自己紹介以外の選択肢は、咄嗟に見つからない。

「・・・・・僕は、・・・僕は、彼方。星宮彼方です」

「みやは、宮城県の宮?僕と一緒だね」

「・・・そうですか」

「・・・」

「・・・」

 会話が続かない。

 しかし、名前を教えてくれた事は、少しは信用してくれたと言う事なのだろうか。

 毛布の隙間から見える傷や痣は、いつみても痛々しい。とりあえず、夜も遅い。傷の手当ても出来るだけしてあげたい。コンビニエンスストアに行く前にお湯は溜めてはいるが、問題は着替え。男性用の下着も服もない。寝巻きは、パーカーを着てもらうにしても、普段の服は無い。まずは、お風呂に入ってもらうか。コンビニエンスストアに行けば、下着くらいは手に入るだろうし、お風呂に入っている間に、また、行くとしよう。

「星宮さん」

「彼方って呼んで欲しいです、後、敬語も無しで」

「え、あぁ、うん。彼方・・・、さん」

「・・・」

「彼方」

 いきなり呼び捨てにして欲しいと言われても、恥ずかしいと言うか、なんと言うか。

「それで、どうかしたの?胡桃」

「あ、えっと・・・。そう、お風呂!!お風呂は入りませんか?僕は、色々する事があるので、先に入ってしまってください」

 僕は、そう言うとパーカーとタオルを彼方に手渡す。

「僕は少し出てきます」

 僕がそう言うと、彼方は僕の服の袖を掴む。掴んでいる袖から、震えている事がわかる。僕は、そっと彼方を抱き締める。

「大丈夫。すぐ帰って来るから」

 まだ震える彼方の頭を優しく撫でて、少し強めに抱きしめてから離れる。

「彼方が、お風呂にゆっくり浸かって、お風呂から上がる前には帰って来ているから」

 これは、懐かれているのか分からない。

「彼方は、まず、お風呂に入って温まっておいで。・・・それとも、一緒に入る?」

「え、いや、・・・一人で、温まってきます」

「それでよし!すぐ帰って来ますから、ね?」

「気を付けて・・・・・」

「うん、行ってきます」

「いってらっしゃい」

 僕は、お財布と携帯電話を持ってコンビニエンスストアに向かった。

 コンビニエンスストアに着いた僕は、初めに男性用の下着を5着カゴに入れる。他に何か必要なものはないかと、店内を回る。お泊りセットと呼ばれる物を買って帰れば、問題は無いだろう。お泊りセットといえば、下着の他に歯磨きセットやタオル、後何が必要なのだろうか。タオルは、それなりにあるから、下着と歯磨きセットだけで足りるか。後は、飲み物は紅茶とペットボトルの水がいくつかあるから、良いとして、ご飯か。お腹空いているのかな。おにぎりでも買っておくか。

 僕は、レジに向かって会計を済ますと、早足で家へと帰る。取り敢えず、下着は渡さなければならないので、ノックをする。返事がないので、扉を開けて近くの棚に置いておく。シャワーの音はないので、湯船に浸かっているのだろう。

 彼方が出てくるまで、僕はパソコンに向かって作業でもして、時間を潰す事にする。

 暫くすると、部屋の扉が開き彼方が入って来る。毛布を被ったまま。

 その姿を見た僕は、押し入れから新しい毛布を出して、彼方に渡す。

「せっかく、お風呂に入ったのだから、この毛布使って。僕は、後ろ向いているから」

「・・・・・ありがとう」

 彼方は、毛布を受け取る。僕は後ろを向いて、被り終えるのを待つ。

「被りました」

「傷、痛むでしょ。手当てするから怪我しているところ出してくれる?毛布の隙間からでいいから」

 僕がそう言うと彼方は恐る恐る腕を差し出す。切り傷と殴られたような痣。最近のものもあれば、古いものもある。

「沁みると思うけれど、我慢してね」

「・・・はい」

 僕は消毒液をガーゼに染み込ませると、傷口に当てる。彼方は傷口に染みるのかピクッと反応する。

 僕は手早く傷口を消毒すると、ガーゼと湿布を貼って包帯で巻く。彼方の怪我は、両腕だけでなく、腹部、胸部、脚、背中と全体にある。

 喧嘩でできる傷といえばそうかもしれないが、夜道で蹲っていた彼方は、人に対して怯えている猫のようだった。自身から喧嘩を売る人間では無いとは思う。事件性がありそうだとは思いつつも、無理に話を聞くのも今の自分の主義ではない。

 手当てが済むと汚れた毛布を洗濯しようと思い立ち上がる。彼方の服も一緒に洗わないと服がない事に気が付くが、傷んでいた事を思い出す。

「この毛布と、君が着ていた服は洗濯しておくね。あ、でも、結構服傷んでいたから・・・」

「あの服は、捨てちゃった。ごめんなさい」

「そっか。明日から着る服の事なのだけど、外に買いに行こうにも時間が今無いから、僕の服でも良いかな?実はね、僕、着物が大好きで、女性用の着物はもちろん、男性用の着物もあるの。でね、もし着方が分からない様なら、教えるから・・・・、着物着ないかな?」

 男性が、普段着物を着る姿を見る事ができない。男性にとって、着物は動き辛い格好といえば、動き辛い。今の季節は冬。羽織を羽織っていても、着物ではこの寒さは耐え難い。それに、洋服と違い着替えに時間がかかる。

 もし、彼方が着てくれるのなら、作業も捗ると僕は彼方に期待の目を向ける。

「着物は、着た事あるから、多分、大丈夫。着物、着て良いのか?と言うか、何故着物が?」

「あぁ、僕、小説家目指していて、いろいろ体験したくて・・・・。動画を見て形を覚えて書く小説と実際に自分で着て、動いて、どんな感じなのかを知った上で書く小説、何方が読者にとって良いと思う?人それぞれだと思うけれど、後者の方がいいと思うの。着物は、僕の趣味だけれど、それで誰かが着物に興味を持って、着てくれたらなって。それで、何着か着物ならあるの」

「な、なるほど・・・」

「では、着物用意して置きます」

 僕は、タンスの中からいくつかの男性用の着物を取り出す。彼方に合う着物を探す。黒は、普通に似合うと思うけれど、紺色や灰色の方がまだ印象的に良いかもしれない。下手に、茶色や緑色を着ても、似合わない事はないとは思うが、印象的に変な感じはする。

 本人に聞くのが一番いいかと最終的には思い、着物を彼方の前に並べる。

「どれにしますか?」

「え、いっぱいあるね。1着2着と思ってたから、びっくり」

「当初の予定は、そうでした。気が付けば、何着も家に・・・」

 彼方は、紺色の着物を手に取る。

「大切に、着る」

 彼方は、嬉しそうに着物を抱き締める。僕は、そんな彼方の仕草に心を奪われる。可愛いという言葉が、思わず口から溢れるほど彼方のその仕草は、可愛い。

「着物もきっと喜ぶよ。でも、着物を着る事が出来るのって凄いね。男性の殆どは、着物の着方すら分からないから・・・」

「・・・まあ、色々と」

 少し悲しそうな顔をする彼方。僕は、踏み入れてはいけない境界線に踏み入れそうになって、彼方に謝る。きっと、ここに来る前の嫌な思い出に入っているのかと思う。

「まぁ、着るものは決まった事だし、寝ようか!僕は、シャワー浴びてくるから、先に寝てなさい。お腹空いていたら、おにぎり買ってあるからそれ食べて構わないよ」

 僕はそう言うと着替えを持ってシャワーを浴びる。

 シャワーを浴び終えると彼方は、ソファーでうとうととしている。僕は、風邪引くよと良いベッドに誘導し、彼方を寝かせる。彼方に布団をかけ、部屋の電気を消して、僕はソファーに寝転ぶ。

 自分の布団に寝かせるのもよろしくはないのかなと思いつつ、ソファーで寝てもらうなんて考えられなかった。安心はしないだろうけれど、ふかふかのベッドで少しは体を休めてほしいという僕なりの考え。

 それに僕が愛用しているソファーは、ベッドにもなる。このソファーを買っておいて良かったと思う。元々小説を書きながら寝落ちしてしまう事が多いので、ベッドにもなるソファーを選んでいたのだ。

 布団を掛けると僕はすぐに眠りについた。

 眠っていると腕に違和感があり、目を開けてみると、彼方が僕の腕を抱いて寝ている。僕は確か、ソファーで寝ていた筈が、いつの間にかベッドで寝ている。

 何が起きているのか理解できずに、僕は目が覚めてしまったが、彼方を起こすわけにもいかず、眠気がまた襲ってくるまで横になり、目を閉じる。

 翌日。目が覚めると、彼方に抱き締められている状態で、心臓が止まり掛ける。

「・・・あの、彼方?」

「・・・・何?」

「・・・これは一体?」

「柔らかくて、温かかったからつい」

 ベッドからソファーまでは距離がある。僕は彼方に運ばれて、ベットまで連れて来られたのだろうか。僕は、ドキドキと煩く音を立てる心臓を落ち着かせながら、彼方の頭があるだろう場所を撫でる。

 彼方は、寝相が良いのか、僕より先に起き布団を被り直したのかは分からないが、顔を隠す為に渡した毛布はしっかりと役割を果たしている。

「僕を運んだのは、彼方?」

「・・・寂しくて」

「力結構あるのね」

「・・・・・怒らないの?」

 彼方にそう聞かれて、答えに迷う。怒る事があるだろうかと。寝心地の良いとは言えないソファーからベッドまで重たい僕を運び、身体の負担が無く起きる事ができたのだから。

「まぁ、お陰で、身体は痛くないし、むしろ感謝・・・、かな・・・?」

「・・・・変だね」

 彼方は、そう言うと笑う。笑顔を見たわけではないけれど、少しずつ笑ってくれるようになっている。そして、心も少しずつ開いてくれていると感じる。

 僕の勝手な想像かもしれないと思いながら、朝の支度をしようと布団から抜け出そうとすると、彼方に腕を捕まれる。

「胡桃、驚かないでね」

 彼方は、そう言うとゆっくりと毛布を脱いでいく。僕は、その姿に彼方から目が離せなかった。

 僕が貸した男女兼用のシンプルな寝巻きは、しっかり着こなしていて、僕が着るより格好良い。髪は、寝癖なのか、癖っ毛なのか、髪の毛をセットしたかのようになっていてそれもまた素敵に思う。顔は、女性に人気のありそうな程整っている。

 全体的にモデルのような彼方を見た僕の感想は、そうだった。

 彼方の様子を伺うと、少し何か怯える様な表情を浮かべる。容姿にコンプレックスでもあるのだろうかと思うが、そうでは無さそうだ。対人恐怖症の様な感じに似ている。僕に寄り添って寝ていた時点でそうではないのだろうとは思うが、なんと声をかけたら良いのだろうかと悩む。

 でも、かける言葉は、きっと。

「信じてくれて、ありがとう」

 僕の事を信じて姿を見せてくれた。頑張ってくれた。僕はそれに応えなければならない。

 僕は、そっと手を伸ばし彼方の頭を撫でる。手を伸ばした時は、少し驚いて身体が強張っていたけれど、撫で始めると落ち着いたのか大人しく撫でられている。

「・・・・俺の事知らないの?」

「・・・?有名人か何かなの?」

「え、まぁ」

「知らなくてごめん。でも、話したくないのでしょう?だから、深くは聞かないよ」

 彼方は、ありがとうと小さく呟いた。

 きっと、仕事関連で彼方は今のようになってしまったのだろう。僕は、なんと無くそう思った。

「胡桃は、どうして・・・、いや、何でもない」

「・・・?」

 彼方は、何かを言いかけてやめた。

「さて、買い物に行きますか!支度しましょ!」

 僕はそう言って、ベッドから出ようとすると、彼方に腕を引かれ抱き締められる。唐突な事で、言葉が出ない。僕は暫く、彼方を抱き締め返し、頭を撫でる事にした。

 彼方は満足したのか、ゆっくりと僕から離れていく。それでも、名残惜しいような表情をしている。

 彼方の傷の具合を見ながら、新しいガーゼと湿布に変える。傷跡が残らないと良いのだけどと思いながら、手当てを済ませる。

 僕は、手当てが終わるとキッチンへ向かい朝食の用意をする。今、家にあるもので用意できるのは、トーストくらいだなと思いながら、テーブルに置いていく。

 朝ごはんにトーストとヨーグルト、豆乳を用意して、食べる。朝ごはんは、いつも楽なものしか食べないため、成人男性には物足りないだろうと思う。しかし、彼方には、足りたようだ。少食男子という感じはしたが、まさかそうとは思わなかった。

 朝食を食べ終え、出かけるために着替えをしようと昨日選んだ着物を渡す。男物の洋服を常備していなくて申し訳ないと思いつつ、自分も出かける準備を始めようと書斎兼寝室に向かおうとすると彼方に声をかけられる。

「俺が着物なら、胡桃も着物?」

「着物の方が良いのなら、着物にするよ?」

「着物が良い」

「わかった。支度しようか。ご飯は・・・、ショッピングモールで食べようか」

 僕と彼方は、それぞれ支度を始める。

 彼方は、昨日選んだ着物を着付けている。和服も似合うとは、元が良いと何でも似合うのかと羨ましく思う僕がいる。

 僕は、藤色の生地に桜が満開に咲き誇っている大人しめの柄に名古屋帯でお太鼓を作り大人っぽい着物を着付ける。化粧も着物に合うようにする。

「・・・やっぱり、着物は良いのぅ」

 姿鏡に映る自分の姿に再度着物の良さを感じる。

「そうだね、確かに、着物はいいね」

 ふと声がして振り返ると、彼方はそんな僕の姿を見ていたようだ。

「いつから!?」

「姿鏡で確認している時から。声掛けたけど、返事が無いから・・・、気になって」

「嘘!?ごめんなさい、気付かなかった。恥ずかしい・・・」

 彼方は、綺麗だと言い僕の手を取る。まるで大切な人を見るような視線に僕は、恥ずかしくて目を逸らす。

「か、買い物・・・、行きましょうか!」

「そうだね」

「今日は、僕の元同僚が付いてくれるの。僕は車持っていないし、何かあった時僕は何もできないから・・・」

 彼方が何か言おうと口を開こうとした途端、玄関のインターホンが鳴る。僕は、彼方に待っているように伝え、玄関へ向かう。

 僕の元同僚的存在の佐倉柚莉愛。可愛らしく社内でも人気の高い女の子。容姿は可愛いが、性格は紳士な男性な一面を持っている。頑張って女の子らしく振る舞っている事が、僕は愛らしいと思う。

 久しぶりに会える事を楽しみにしていた僕は、笑顔で出迎えようと玄関の扉を開ける。扉を開けるとそこには、呼んだ人と違う人がいる。僕は、残念な気持ちを隠し切れずに溜め息を溢す。

「胡桃、久しぶりだな」

「どうして、貴方が」

「佐倉が、手が離せなくてな。その代わり」

「・・・そう。ゆっちゃんに会いたかったな。まぁ、良いわ。ゆっちゃんから話は聞いてるか知らないけれど、紹介するから取り敢えず上がって」

 僕は、彼を連れて彼方が待っているであろうリビングへ向かう。

 リビングには、彼方が椅子に座ってぼうっとしていた。入ってきた僕らを見て、少し驚く。

「驚かせてしまって、ごめんね。元同僚の綾月玲央。今回運転手役で来てくれたの。ニコニコ青年で悪い人ではない事は確か」

「どうも、綾月です。ニコニコ青年とは、どういう事でしょうか?」

「それで、こちらが昨日から訳ありで一緒にいる星宮彼方」

「・・・どうも」

 僕は、にこにことする玲央を無視して彼方を紹介する。

 彼方は少し怯えているように見える。流石に、初対面を連れてきたのは申し訳ない。

「星宮彼方さんですか。彼方さんとお呼びしても?」

「・・・構いませんが」

 玲央が、アイスコーヒーを飲みたいと言うので、彼方に待っているように言うと、キッチンに向かう。何故か、玲央もついてくる。

「胡桃、忙しさでニュースを見るのを怠っているな?まぁ、知らない界隈というのもあると思うが・・・」

「見る時間がないの。まぁ、あまり詮索しないでおいて。話してくれるまでは、僕は何も」

「そうか。何かあったら、僕に連絡してくれ。一人で解決しようとするなよ」

「はいはい」

 僕は、玲央のアイスコーヒー、僕と彼方の特製のアップルティーを入れて、リビングに戻る。

 来客用が頻繁にくるわけではないが、僕の冷蔵庫の中は、飲み物だらけだ。アイスコーヒー、アイスティー、野菜ジュース、お茶3種類、牛乳、日本酒、梅酒その他にもたくさん入っている。

 勿論、食材も入っている。大半は冷凍食品。

「彼方、大丈夫?」

 彼方は、玲央に会ってからと言うものの下を向いたまま俯いている。玲央が、怖いのだろうか。昨日と似た雰囲気で彼方の目の前にアップルティーを置いて、肩に手を乗せ、覗き込む。

 無表情だが、どこか怯えている。

 どうしたものかと悩んでいると、玲央が彼方と二人きりにして欲しいと言うので、僕は軽く仕事を進めるかと思い、書斎兼寝室の仕事部屋に向かいPCと向き合って仕事を始める。

 すんなりと出ていってしまったけれど、玲央なら大丈夫だろうと言う自信はある。過去、何度か僕は玲央に救われた事がある。玲央は、人の話を無理なく引き出す事が得意。少量の情報だけでも、解決に向けて沢山考えてくれる。頭の回転が早ければ、語彙力も多い。欲しい言葉をいつもくれる。

 買い物は、何時になるかなと思いながら、仕事を進めている。区切りのよいところまで済ませると、欠伸をする。彼方との話が思うより早く終わったのか、玲央が仕事部屋に入ってきた。

「ここは男性禁止よ?」

 僕は、冗談だが、本気のようにいうと扉の外まで出る玲央。本気で信じて面白いと思う。玲央は扉を閉める前に顔だけ此方に向ける。

 後で訂正しておこうと僕は思いながら、伸びをする。

「それは、すまない。話は済んだ。買い物前に寄る場所がある」

「了解」

「改めて、君は着物が似合うな」

 急な褒め言葉に驚き、玲央を見る。冗談で言っている顔ではなく、反応に困る。

「そう?ありがとう」

「そっけないな」

 いつも通りよと言いながら、PCの電源を落とし、荷物を持って玄関を出る。

 お昼近くになり、日差しが強い。眩しくて溶けてしまいそうだと思い、日傘を手に取ろうとすると、いつもの場所にはない。そして、自分に日が当たっていない事に気がつく。上を見ると、玲央が僕に日傘を差していた。

「自分で持てるわ」

 奪おうとすると、ひょいっと上に上げられてしまう。

「さぁ、行きますよ。お嬢様」

「誰が、お嬢様よ!」

 彼方に助けを求めると、不思議そうな顔をしている。

「変に思わないで!玲央は、僕の事を揶揄って居るだけだから!」

「え、うん。いや、本当に仲良いんだなって・・・」

「胡桃さんは、良い仕事の同僚でしたから・・・、本当に退職されてしまった事とても残念に思います」

「僕、そこまで仕事できた人間ではないよ?過大評価しないでくれる?」

 貴方は過小評価し過ぎですと玲央は言いながら、僕達に行きますよと言わんばかりに歩き始める。日傘は、玲央が持ったままだ。

 玲央の車に乗る。彼方は、玲央と打ち解けて居るように見える。車内では、それなりに会話が弾んでいた。

 玲央の寄ると言っていた目的地に到着。そこは、高級そうなマンション。僕は、ふと彼方の様子が気になり、彼方を見る。玲央のもう一つの家かと思ったが、違うようだ。彼方の様子が可笑しい。震えている。

「僕は、少し用事を済ませて来ます。とりあえず、胡桃は、運転席に移動して何かあれば車を移動させて下さい。後は、メールで確認してください」

「わかったわ。無茶だけはしないように」

「・・・いつでも復帰できそうですね」

「冗談はよして、戻れないの知って居るでしょ」

「えぇ、まぁ・・・。危険な事ではないので安心してください。では、よろしくお願いしますね」

 玲央はそう言い残すとマンションの中へ消えていった。

 僕は、メールを確認する。玲央からのメールを開くと3枚の男性の写真と1枚の女性の写真が添付されている。メールの内容は、『もし、写真の人物が近くに来た場合、そっと車を出して離れたところで待機してくれ』とだけである。

 1枚目は、白髪の不思議な雰囲気を持つ綺麗な男性。2枚目は、ブロンズ色の髪の真面目そうで綺麗な男性。3枚目は、茶髪の気怠そうな雰囲気の綺麗な男性。4枚目は、黒髪の清楚系の綺麗な女性。

 写真を見る限り、彼方との繋がりはありそうに無い。これが僕の知らない界隈の人達か。大学生の新しいサークルにしか、僕には見えない。

 周囲を見渡しても何も変化はない。彼方の様子は、震えてばかり。玲央には悪いけれど、少し歩いてもらうかと思い、運転席に移動し車を出す。

「彼方は、好きな場所とかある?」

「・・・え?」

「僕は、自然が好き。森林浴、昔よく行っていたの。後、海!入った事ないけれどね。昔から日光に弱くて・・・、アレルギーとかではないのよ。遠くで見ているだけでも好きなの。彼方は?」

「空が好き・・・、かな・・・」

「それは、場所かな?難しいなぁ、連れて行くのは」

 僕がそう言い笑うと、彼方も笑う。少しは気を紛らわす事ができたようで安心する。

 玲央から連絡があるまで、僕は車を走らせながら彼方と楽しく話をしていた。玲央から『任務完了』とメールが来た事を確認して、先ほどのマンションの近くのコンビニエンスストアを指定して落ち合うことにした。

 久し振りの運転をした。車を運転をするのは、緊張するけれど楽しい。

 コンビニエンスストアに到着すると、降りる時には持っていなかったキャリーケースと鞄を持っている玲央が立っている。駐車場に車を停め、車から降りる。

「これは?」

「あぁ、これは星宮のだ。必要なものだけ聞いて持ってきた」

「そう。早く車乗せて行きましょう」

 車にキャリーケースを乗せ、鞄を彼方に渡す。

「ある程度必要そうな物も見繕ってキャリーケースに入れています。後で確認してくださいね」

「ありがとうございます、綾月さん」

 運転は玲央に代わり、僕は後部座席で彼方の隣に座っている。乗る前に助手席に座ろうとしたら、彼方が隣にいて欲しいと言ったのだ。

 彼方は、鞄の中を確認し、その中から携帯を取り出すとすぐに電源を落とした。そして、安堵の色を見せた。

「あぁ、言い忘れてしまいましたが、盗聴器等の類は、発見されなかったので安心してください」

「・・・ありがとうございます」

「流石ね、玲央。抜かりがない所が本当に怖いわ・・・、昔も今も敵にしたくない」

「それは、こちらの台詞です」

 貴方もそうでしょう、胡桃さんと言う玲央に僕は、何を言っているのだと冷たく適当に返す。そして、そこまで怖い事をしたかと振り返るが思う当たりがない。

 さぁ、そろそろ着きますよと言う玲央の言葉で車の外を見る。ショッピングモール等行く機会は、ほとんど無かった僕。今では、服も着物又は、部屋着がほとんどだ。後は、過去来ていたスーツやオフィスカジュアル等の仕事で使った服しかない。僕も彼方の服を見ながら買ってしまおうかと密かに思う。

 駐車場に車を停め、降りると玲央はまた僕に日傘を刺している。突っ込む気力ももうなくなった僕は、大人しくする。

 ショッピングモールは、とても広く混雑している様子。駐車場は、ほとんど満車状態である。

 玲央は、車にロックをかけると鍵を僕に渡す。

「・・・何故?」

「なんとなく、渡してしまいました。まぁ、持っていてください」

 もしかして、今日ここで何かあるのかと彼方に聞こえないように玲央に尋ねる。何もないですよと言う玲央を見て、僕ははぐらかしていると感じた。

「あまり巻き込まないようにね?彼方は、そう言うの経験ないだろうから、特に」

「えぇ、それは、善処しますよ」

「二人は、付き合っているのですか?」

 違うと答える僕と嬉しそうにそう見えますかと答える玲央。

「誤解を招くから真面目にやめて」

「残念です」

「彼方、玲央は、僕を揶揄ったり、弄んだりするのが趣味なの。勘違いしないで」

「うん、わかった・・・」

 彼方が、少し嬉しそうな顔をしたのは気のせいだろうか。

 彼方の服を見ている間、玲央は時々姿を消す。本当に何も起こらないことを僕は願いながら、彼方に色んな服を着てもらう。いくつかこっそり会計に回している。

 彼方は、自分が気に入った服を数着決めて会計に向かった。

 店員に大きい紙袋で用意してもらい、僕が会計した分と彼方が会計した分をまとめて入れてもらっている。不審がるものなら、適当に誤魔化すように伝えている。その場で中身を確認することもないだろう。

「さて、ご飯でも食べましょうか!何が食べたい?」

「・・・胡桃が、好きなもの」

「え、僕が?そうだな・・・、強いて好きなものはないのだけれど・・・。それなら、オムライスとかは如何かな?」

「いいね!」

「一度荷物を車に置いてから行きますか」

 車の鍵を預かっておいてよかったと思った。ここまで、抜けるという事は、今抱えている仕事が忙しいのだろう。

 車は、さほど遠くない所に止めてある。荷物を置き終えると、しっかり鍵を閉め、確認してショッピングモールのレストラン街へ向かう。

 お昼時というのもあってか、少し混んでいる。少し待ちそうな雰囲気もあったが、席には普通に案内された。

「さて、何を食べますか」

「オムライスって割と種類あって美味しいよね」

「そうそう。家で作るけど難しいのよね・・・、さすが料理人って感じがするよね」

「確かに」

 少しずつ彼方が心を開いてくれる事が僕は嬉しい。そこまで、心は閉ざしている雰囲気あったかもわからないけれど、友達のような関係にはなれたと自分では思う。

「デミオムライス、ビーフシチューオムライス、喫茶店のオムライス・・・、どれも美味しそう!」

「グラタンオムライスがすごく気になる」

 写真で見る見た目は、グラタンにしか見えない。オムライス要素は、どこにあるのか分からない。

 彼方は、グラタンオムライスに決めたらしく、僕の注文决め待ちの体制になった。待たせるのが申し訳ないが、どのオムライスも美味しそうで迷ってしまう。王道の喫茶店のオムライスもとても美味しそう。気になっていると言えば、ふわとろ豆腐とチーズのオムライス。豆腐とチーズは合うのだろうか。

「决めた。ふわとろ豆腐とチーズのオムライスにしてみる」

「豆腐とチーズって合うの?」

「分からないけれど、もし美味しかったら家でも作る事が出来るなぁと思いまして?」

「それは楽しみ。食べてみたい」

「味は保証しないよ?」

 店員を呼び、注文をすると料理が出来るまでの間彼方と楽しく話し始める。まだまだ自身の事を話さないけれど、時間が経つにつれて知る事ができたら良いと思う。

 春に近いといえど、まだ冬という夜に僕は彼方と出会った。改めて思うと、僕は今も昔もかわらずお人好しなのだろうか。人との関わりも多くない僕は、どうして彼方を拾ったのだろう。寒さに凍死されても夢見が悪いのも確か。それ以上に、弱々しく溢れた助けを求める声は、儚く消えてしまいそうだった。

 ふと思い出すのは、過去に救う事のできなかった小さな命の記憶。何処となく彼方に似ていて、放っておく事ができなかった。

「胡桃・・・?」

「・・・え?」

「だんだん心ここに在らずのようになっていくから・・・。考え事?」

「あぁ、少しだけ昔の事を思い出して・・・。何処となく、彼方に似てるなとふと思っただけよ。気にしないで」

 彼方は、少し心配げな表情を浮かべる。そして、何か言いたげに口を開くが、すぐに口を閉ざす。

 買い物した時の話をしようと口を開こうとした瞬間、何処からか悲鳴と共に爆発音がする。

「机の下に身を隠して!」

 僕は咄嗟に大きな声で周囲の人に声をかけ、状況確認しつつ身の安全をとる。無論、爆発音と共に彼方は、机の下に強制的に潜らせている。

 爆発音は、遠くもなく、すぐ近いと言う訳でもない。非常階段は、店内にある。避難経路は、問題ないと思われる。この騒ぎの原因は、何だろうか。ガス爆発も考えられる。音的には、レストラン街の何処かのと思われる。今のところ、煙は見えていないが、時間の問題だろう。今の僕には、なんの権限もない。しかし、救える命があるのなら。

 近くにいる従業員に声をかける。避難誘導をして欲しいと、非常階段を指差しながら伝える。状況確認をして、合図を送るとも付け加える。初めのうちは、お客様にそんな危ない事を頼める訳がないという表情をしているが、最終的には同意してくれた模様。

 僕は、彼方に駆け寄ると車の鍵を渡す。どうして渡されたのか分からないと、疑問の表情を浮かべている。そんな彼方に、僕は告げる。

「従業員の指示に従って、彼方は非常階段から避難して。知り合いの刑事にお願いして、事情聴取を免除して貰うから、鍵を持って車に乗って。信頼している知り合いが、君を家まで送り届けてくれる。一人にしてしまうのは、申し訳ない」

 返事を待たずして、僕は、爆発音の方向に向かう。従業員が、見えやすいところから状況確認をすると見える範囲で大きな被害はないが、少し奥の方では、煙が見える。店内だからこそ気づかなかったが、店外はとても騒がしい。ここから逃げるより、非常階段の方が混乱が少ないだろう。しかし、館内放送が流れないと言うことは、放送機器もやられているのだろうか。

「考えるより、避難が先だな」

 僕は、従業員に指示を送る。それを受け取った従業員は、店内にいる人々に落ち着いて非常階段へ向かうように伝える。

 避難が始まったことを確認すると、僕は携帯電話を取り出し、玲央にかける。すると、玲央はワンコールで出る。

「相変わらず早いね」

「それは、胡桃からの連絡だからね」

「冗談を言っている場合?放送機器も壊れてるの?火災センサーとかも・・・、静か過ぎて怖いわ」

「細工されてるみたいだ。僕にかけてくると言うことは、非難していないな?」

 ご名答と、答えると呆れられる。現在地はどこだと聞かれたため、答えると数分で合流。流石と言ったところだと思う。

 合流早々に、怪我がないかと必要以上に確認される。

「着物でよく残りましたね」

 口調が違うと言うことはと思い、周囲に意識を向けると溜息をついた。

「逃げてって言ったのに・・・。彼方、いるのでしょう?」

 そう言葉を放つと恐る恐る出てくる彼方。

「ごめんなさい」

「謝るくらいなら、自分の身を一番に考えなさい。指示に従う事。でも、僕が彼方の事を心配するように、彼方も僕の事を心配してくれたのよね、ありがとう」

 彼方は、無言で頷く。

「さて、どうしましょうか。僕は、非難してくれていた方がとても良かったのですが、お二人とも、避難する気はなさそうです」

「彼方はともかく、僕は想定済みなのでは?それより、教えて。玲央はここで何をしていたの?」

 僕がそう問いかけると、玲央は簡単に説明を始める。

 車を止めた時点で怪しげな人影を見つけたと言う。車の鍵を僕に預けたという。何かれば、逃げて欲しかったという意味を込めていたようだ。気付かれないように後をつけていた所、普通の買い物をしていた様子で思い過ごしかと思った矢先、レストラン街方面で爆発が起きたという。

「つまり、その人達は関係はなかったということ?」

「そうでもないようです」

 実は、その怪しいと感じ後を追っていた人間は、二人組だったが、爆発音がなった際に気がついた。2人で買い物をしているのにも関わらず片耳につけるワイヤレスイヤホンをお互いにしていた。会議等で便利とされている通話に特化したイヤホン。

 2人の買い物に必要とされる代物ではない。何か企んでいると思うが、怪しいと思ってから証拠を押さえる為に動画を撮っていた。顔はしっかりと記録された。関与していた場合、これを元に情報を得る事も、探し出し事情を聞く事も可能になる。

「綾月さんは、何者?警察か何か?」

「探偵業を営んでおります」

「何格好付けているの」

 格好付けるなんてそんなと軽く笑ながら、話を続ける。

 急いで爆発音の発生源に向かうとレストラン街の中では、行列のできることで有名な人気絶頂のレストラン《にゃんずかふぇ》であった。

 現代の流行というものを大切にしつつ、味にはとてもこだわりを持った洋食店。にゃんずかふぇという店舗名だが、猫は店舗にはおらずメニューにイラストや猫風の盛り付けがあり、とても可愛らしいレストランである。系列店にわんちゃん亭が存在という和食店が存在する。

 救急車と警察を呼び、避難指示をしている従業員の一人に話を聞く。

『何があったのですか?』

『分からないのですが、使用していない筈のコンロがいきなり爆発したと調理長が・・・』

『使用していない筈のコンロとは?』

『現在当店舗では、ガスコンロを使用しておらず、IHコンロを使用しております』

『使用していないガスコンロは、どうして現在もお持ちで?』

『本日の夜に、業者が引き取りにくる予定でした。』

 原因は、おそらくガス爆発。現場を見て見ない事にはわからないが、誰かが作為的に起こした可能性が高い。事情聴取は、警察に任せるとして、現場は一度見ておく必要はある。

「現場を見終えたところで胡桃さんからご連絡をいただきました」

「そうなのね。買い物していると見せかけて、何か指示を出していた可能性もある・・・。従業員の中にも、協力者がいる可能性もある。目的は、人気店を破壊することなのか・・・。怪我人は?」

「僕が現場に行った頃には、店内にいた人は全員動けていましたし、現場を一通り見ていた時にはもう避難は完了していました」

「それはよかった気がするけれど・・・・・」

 どこか怪しい。そう思ってしっまった。

「言いたいことはわかります。避難訓練をしっかり行なっているとはいえ、急な爆発に対し、この短時間での避難完了とおそらく酷い怪我人もいないでしょう。現場の作りからして、死傷者は出てもおかしくないですし、結構な範囲です。調べてところ、ガスを使用している店舗は、現在はこの店舗のみのようです。現在は、飲食店もオール電化仕様にする店舗も増えています。可能性として、ここでことを起こして、何かをする目的だったのでしょうが、無事犯人も確保できたようなので、帰りますか。どうやら、招かれざるお客様もいらっしゃるようです」

 出会ってしまっては、面倒ですからと玲央は呟くと、この店舗の非常口へと向かう。僕と彼方も後をついて行く。

 玲央は、ずっと話しながらスマートフォンを操作していた。おそらく、誰かと連絡を取り合っていたのだろう。

 誰に会う事もなく車に到着し僕たちは、玲央の運転で家へと向かう。

「なんの為に、僕は動いていたの・・・」

「何か事件などが起これば、身体が動いてしまう・・・、それが癖になってしまっているのですよ。きっと。心配になってしまいます」

「心配なんて必要ないよ。それくらい知っているでしょう?」

 元同僚であり、数少ない元同期ですから心配になりますよとポツリと玲央は呟いた。

「・・・本物の探偵を初めてみたし、頭の回転と機転が人並みではない」

「まあ、探偵と言いましても一般人と変わりないですよ。ただ、色々な書籍を頭に叩き入れるのが苦労しました。法律も学びましたし・・・」

 確かに玲央の勉強の仕方は、凄まじかった記憶しかない。よく一緒に勉強したことを覚えている。お覚えるのに必死な玲央と小説を書く片手間に勉強していた僕。

 僕は、玲央と同じ道に進む気はなく片手間で勉強して、落ちる気でいた。合格したら、合格したで進むで構わないかなと思っていたからだ。努力という言葉が嫌い。だからこそ、僕は、努力をせずに行ける範囲で進学しようと考えていた。

「あの頃は、玲央に散々振り回されていたな・・・」

「胡桃さんのお陰で僕は夢に進むことができたものです」

「胡桃も、探偵というとになるのか」

「・・・・・まぁ、そうね」

 彼方は、僕の反応を見てその先の言葉を発さなかった。

「胡桃さんは、元から小説家志望でしたから。あまり探偵業に興味はなかったのです。進みたい学校も無かった様ですし、僕が胡桃さんを無理矢理この道に進めさせてしまったのです」

「本当に卑怯な人なの」

「・・・・綾月さんが、たまに腹黒く見える」

「利己的と言ってください」

「どちらもあまり変わらないわよ。でも、そのお陰で、廃盤になったミステリー小説を手に入ったの。誘惑に負けて、最終的にその道を選んだのは僕」

 もう手に入らないと思っていた小説。オークションにも全く出ない人気作家の小説。当時の玲央に『進路が決まっていないなら、一緒の進路に進まないか』と誘われ、適当に返事をした。適当に付き合って、その間に進路を考えようと思っていたら、『もし一緒に合格したら、これをあげよう」と差し出されたスマートフォンのディスプレイには、廃盤になった小説の写真があり、それからというものの小説を書きつつ勉強に励んだ。僕は、物語形式で何かしらを覚えるのが得意だったため、試験の練習問題も難なく解くことができた。

 好きなものと一緒に学ぶことは、1番頭に入る。よろしくない勉強の仕方だと周りからは言われたが、それで良い成績を残したのだから、なんの問題もない。

「それにしても、荷物は先に車にしまってよかった。普段ならそのまま食べに行くことが多いから・・・」

「そうなの?買い物終えたら、荷物持ちながらご飯何処にしようかと考えるなら邪魔になるし・・・・・。あ、オムライス食べ損ねた・・・」

「確かに、お腹が空きましたね。久しぶりに何か作りましょうか?」

「そんなことしている暇あるの?」

 忙しいでしょと僕がいうと、今日のお詫びですと玲央は答える。1番動いているのは、玲央ではないのかと思いつつ何も言わなかった。

 玲央の安全運転は、本当に心地よく気を抜くと眠くなってしまう。以前、居眠りをして痛い目にあった記憶も無きにしも非ず。

 車の外の景色を見ていると玲央から送られてきた写真の中にいた白髪の男性を見かけた。フードを被っているけれど、一瞬だけ顔が見えた。彼方と何か関係がある事は確かなのだろうけれど、僕は何も知らない。彼方をちらりと見てみると身体が強張っているように見える。

「先、家へとお送りいたします。僕は、買い物に行きますので、おふたりはゆっくり休んでいてください」

 色々ありましたしと玲央はいう。玲央も、その存在と彼方の表情を見て気遣って声をかけてくれた様子。気遣いは、本当に早い。

「帰ったら、荷物整理してしまおうか・・・。そういえば、彼方の寝る布団を忘れていたわ・・・・。まあ、僕がソファーで眠れば良いか」

「それはやめてください」

「それはダメ」

「折角のベッドになるソファーなのに・・・・」

 身体を痛めますよと玲央が呆れた表情を浮べながら言うのに対して、彼方は心配と申し訳なさそうな表情を浮べる。何故申し訳そうなのだ。

「なら、今朝みたいに一緒に寝るしかなくなるかな」

「一緒のベッドで寝たんですか!?」

「なんかいつの間にか?ソファーで寝ていた筈だけど、彼方が気にしないなら、それでも良いかな・・・、って・・・・」

 彼方は、顔を真っ赤にして俯き、玲央は不貞腐れた表情を浮かべている。ころころと表情が変わる人たちだと思いつつ、買うにしても今からは難しいなと思う。あの事件のせいで、疲れているのは事実。変に気を張ってしまっていた。

「僕が買い物ついでに持って行きます。僕の家に使っていない布団がありますし・・・、彼方さんもそれで構いませんか?」

「ありがとうございます。助かります」

「明日、部屋の模様替えするか・・・・」

 何事もなく帰宅する。玲央は、買い物と布団を取りに出かけた。残された僕と彼方は、とりあえず部屋着に着替える。着物のままでは、荷物整理も何も出来ない。

 僕の家は、ロフト付きの1LDKのマンションの一室。ロフトは、本屋並の本が収納されている。僕の趣味空間。読書だけでなく、昼寝スペースとして使っている。キッチンとリビングは割と広く、カウンターテーブルというお洒落な作り。部屋は、僕の書斎兼寝室となっている。

 彼方には、どこで寝てもらおうか悩みどころ。着替えながら、考えていたけれど何も思い付かなかった。

 彼方に聞こうと部屋を出ると、玲央が彼方の家から持ってきたキャリーケースを広げていた。彼方が、何を詰めてきたのか確認しているのだろう。

「玲央は、何を持ってきていたの?」

「・・・・割とちゃんと必要なものが詰まっていて、驚いてる」

「ストーカー並にピンポイントで欲しいものを当ててくるから驚くよ、いつも」

 過去に、誕生日プレゼントをもらった時に確か、当時誰にも言っていないけれど、欲しいと思っていたものを玲央が選んできた事を思い出した。進路の時もそうだったが、玲央は本当に欲しいものをプレゼントしてくる。

 僕がわかりやすいのかと当時は思っていたが、一緒にいる事が多くなってからは、実は人のことをしっかりと見て、理解をしてくれていると思う様になった。初めは、胡散臭いストーカー気質の犬に見えていた。

 彼方の隣に座り、中身を一緒に見てみる。キャリーケースには、ノートPCとタブレット端末、生活用品が入っている。電子機器も入っている。仕事でおそらく使っているのだろう。鞄の中に、着替えが入っている。

 彼方の仕事に関して触れた事がなかった。彼方は、話してくれるのだろうか。

「そういえば、彼方は・・・・、何処で寝たい?」

 流石に、聞けなかった。なんとなく話してくれる事を願おうと思った。

「何処で寝たいって言われても・・・・」

「僕の書斎兼寝室でも構わない?キッチンと同じ部屋って気にならない?」

 キッチンとリビングは、一応別の部屋として扱える仕組みではあるが、それでも僕は気になると付け加える。一人暮らしならと玲央に強くおすすめされたこのマンション。割とお気に入りではある。玲央は、ここのセキュリティーのコードも合鍵も持っている。過保護な人間だからだ。玲央は自身が合鍵を持っていることを僕は知らないと思っている。

 僕はあえていう必要もないと思っている。

「いや、気にならないけど・・・・」

「何処かの誰かが料理した後、と ても良い匂いが部屋に充満していて、寝る時にとても気になってしまっても構わないなら良いと思う」

「それは、気になるかもしれない」

 匂いだけでお腹すくかもしれないと、彼方は呟く。

 毎回食べている訳ではないが、玲央の作る料理はとても良い香りがする。そして、美味だ。今日のご飯は、とても楽しみだ。お昼ご飯予定のオムライスは、お預けを食らい、現在はもう夕方だ。玲央の料理は、夕食になるのだろう。

 玲央を待ちながら、彼方の荷物を整理していると、ふと思い浮かぶ事がある。玲央なら彼方の家くらい手配ができるのではないかと。普段なら玲央自ら提案してきそうなところだが、どうしてだろうか。僕の時は、進んで物件を探して、提案してきた。今回同様に、急遽家を探さなければならなかった状態。何か事情があるのだろうか。それとも、僕がこうなる事を予想していたから、用意出来ていたのだろうか。

 あの時は、深くは、聞かなかった。いや、聞ける状態ではなかった。

「胡桃、どうかした?」

「・・・・・なんでもないよ。オムライス楽しみだったなぁって思っていただけ」

「・・・・・・・確かに残念だったね」

「本当に、今日は災難だったね」

 全くとため息を吐きながら僕はいう。彼方は、そんな僕を見て、ふっと笑いながら、あの時の胡桃は格好良かったと言う。突然の褒め言葉に動揺すると笑いながら、頭を撫でてくる。

 彼方は、優しい人間だと思う。写真の人間と何があったかは、わからないけれど、早く解決すると良いなと思う。きっと、今の僕は、彼方を救えない。ただ、傷が少しでも癒えれば良いなと思う。

「さて、なにか飲む?」

「胡桃が作った、特製の紅茶が良い。林檎の」

「気に入ってくれたにね。わかったわ。入れてくるわね」

 僕は、キッチンに向かう。冷蔵庫を開き、林檎ジャムを手に取ると、残り少なくなっていることに気がつく。

「新しいジャムも作らないといけないか。あとでも良いか」

「紅茶に手作りのジャム入れていたの?優しい味がして、すごく好き」

 キッチンには、いつの間にか彼方が入ってきていた。気が付かなかった。

「えぇ、まぁ」

「ジャム赤いね」

「皮も含めてジャムにしているからかな。結構のど乾いてた?」

 どうやって作っているのか気になっただけと彼方は言う。

 電気ケトルでお湯を沸かし、ティーポットとティーカップを温める。ティーポットとティーカップのお湯を捨て、ティーポットには紅茶の茶葉を入れる。茶葉の入れる量は、人数分に追加で1人分の半分入れる。ティーポットにゆっくりお湯を注ぎ、ティーカップには特製の林檎ジャムを入れる。紅茶ができると軽くティーポットを回し、ティーカップに紅茶を注ぐ。林檎ジャムは、後入れの方が良いとは思うが温めたティーカップで、林檎ジャムと紅茶との温度差を少しでも無くそうと考えると、先入になってしまう。好みになると思う。

「はい、アップルティーの完成です」

 お盆にティーソーサーとティースプーンをセットし、入れたての紅茶をのせ、カウンターに置く。

「カウンターで飲む?窓辺のテーブルでも構わないけれど・・・・」

「カウンターで良い」

「なら、お盆要らなかったね。まぁいいか」

 僕と彼方は、お茶を楽しみながら玲央の帰りを待つ。

 玲央が帰ってきたのは、ティータイムを始めてから一時間後のこと。

 玲央は、帰ってきて早々羨ましそうにこちらを見ている。玲央も僕の作るアップルティーが好きだという。それでも、僕は玲央にアイスコーヒーを淹れている。何かある度にアイスコーヒーが飲みたいというからだ。何か頼み事などで2人きりで話したい時によく使う言葉。合図のようなものだ。これ以外に、似たような合言葉の会話がある。

「僕には、入れてくれないのですか?」

「また今度ね」

 ジャムがもう少ないのというと、少し悲しそうな顔をする。

 明日にでも、材料でも買ってジャムを仕込もうと考えたところ、玲央はエコバックから林檎を取り出した。用意周到すぎて、少しばかり引いた。しかも、にこにことした笑顔。僕はため息を吐き、明日ねと言う。そういうと、今日は泊まっていいのですか?と嬉しそうに言う。

「仕事はどうするの」

「暫くは、在宅予定ですよ。出勤しようものなら、命がないです」

「なるほど。といっても、布団は無いわよ?」

「車に、寝袋があります」

「これから、キャンプにでも、行ってくるの?なんで、そんなに用意周到なの。いつも思うけれど・・・・・」

 さあ、 何故でしょうと笑いながら言う。

 玲央の恋人になる人間は、幸せなようで不幸せになりそうだと思う。いつしか何も出来なくなってしましそう。人の心を読んだようなこの行動は、好印象を持たれ好かれやすいが、関係は長くは続かないであろう。人によるとは思うが、僕自身はあまり好きではない。気を張りすぎているような印象を持つ。

「今日は何作るの?任せて良いのよね?小説、少し進めたくて・・・」

「えぇ、構いませんよ。集中し過ぎないように気をつけてくださいね?今日は、胡桃さんが食べたがっていた、オムライスにでもしましょうか。他にリクエストがありましたら、お応えいたしますが・・・」

「彼方が、構わないなら、変えなくても構わないわ」

「・・・・オムライスで問題ないです」

「わかりました。では、少々お待ちくださいね」

 僕は、その言葉を聞くと書斎に向かう。書斎に入ると、彼方用の布団が置かれていた。布団を運んでから、リビングに来た様子。そして、先程のやり取りを読んでいたかの様に寝袋まで置かれている。

「やっぱり、モテるけれど、残念な人かも」

 僕は、そう呟くとパソコンに向かった。


〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜


「綾月さん、俺に料理を教えてください」

 星宮は、そう僕に問う。恐らく、彼は彼女の気を引きたいのであろう。実際は、彼もと言ったほうが正しいだろう。彼女に救われたことが大きいのだろう。その感情が、一時的なものだろうと、長期的なものであろうと僕には、関係はない。彼女を守ることができるのならば、それで構わないと思っている。

「そんな大したアレンジはしていませんよ?それでもよろしいですか?」

「構いません。料理上手だと、胡桃が言っていたので・・・・・」

 料理には自身はある。

「では、準備いたしましょうか」

 胡桃のことは、なんでも知っている。付き合いが長いことが、理由の一つではある。何処となく不思議な雰囲気がとても落ち着く。そんな彼女を守り切る存在でありたいと思っている。

「僕の事も、呼び捨てにしてくださって構わないのですよ。玲央と呼んでくださったほうが、僕としては、助かります」

「・・・・玲央、・・・・・さん」

「それでは、オムライス、作りましょうか」

 僕の調べでは、料理はそこそこできる。調理関連のアルバイト経験があると経歴を調べている過程で発覚している。他には、音楽経験があり、作詞作曲に続き、編曲を行い活動している事もわかっている。特に、警察沙汰や、暴力沙汰を起こした事はない。もし、これらの経歴に危ない要素が、ひとつでもある様なら、引き剥がすきっかけなはなったが、今の所はない。友人関係で揉め事があった事は確かであり、原因は彼にあるとは、まだわかっていない。命の危険性は、ありそうだという事は、判明している。

 友人関係での、揉め事なのであれば、こちらから何かできることは今のところない。事件性があるとはいえ、起こってもいないことに人は動かせない。僕個人として、動き防ぐ事はある程度可能だ。

 胡桃も、変な事に巻き込まれたものだ。

 オムライスの作り方を教えつつ、これからのことを考えるが、何が今の最良かは見出せなかった。

 胡桃の護衛は、暫くは僕が担当に変更させてもらった。何かあった時の対処は全て任されている。最速で最良の判断が求められるこの役目に任命されるのは、僕くらいだろう。恩は売っておいて正解だ。後、功績も作っておく事に限る。守りたいものを、守るために尽くせるのならば、どんな事だってしようと心に決めている。悔いが残らない選択をしたい。やらずして後悔するより、やって後悔がまだ気持ち的には良い。力量が足りなかった、だからこそ、次に繋げようと考える。諦めたら、今まで努力していた自分までも否定する事になる。

 今回のショッピングモールの件は、何も関係ないただの事件だった。仮に今回の件が、どちらかの要因によるものだとしたら、あっさり帰れる案件ではなかった可能性が高い。両者ともに無傷だったのは、本当に良かったと思う。

 今回の事件は、難解に見えてとても単純だったと報告を受けている。犯人は、確保され、現在恐らく聴取中だろう。続報は入ってきている。

 人気絶頂のあのレストラン《にゃんずかふぇ》を閉店に追い込む嫌がらせを何度か行なっていた様子。しかし、その全ては上手く行かなかった。仲間を従業員として忍ばせ、何か計画を立てられないか考えた結果、今回の事件になった。思ったより、事が大きくなってしまい、後悔はしているそうだ。後悔するくらいなら、考えるなと思うのだが、犯罪を犯す人間は単純思考で、反射的に考えて行動してしまうのだろう。

「・・・・考え事ですか?」

「・・・えぇ、まあ。今回の事件について少々。犯罪を犯す人間の気持ちはわからないなと、思いまして」

「確かに、そうですね。今まで普通に関わっていた人間が、犯罪を犯してしまった話を聞いたことがあります。原因は、些細なことと聞いていますが、その些細なことも、人によって変わりますからね・・・」

「大人になれば、大人になるほど何が引き金になるかは、わかりません。子供時代の喧嘩と比べて大人時代の喧嘩は、単純な喧嘩では、ありませんからね。できることが多いですし、何か手に入れるにしましても、制限がありませんから」

「・・・・・確かにそうですね」

 星宮と話をしながらも、手際よくオムライスを作っていく。早く作って、彼女の胃袋を満たしてあげなければならない。

 彼女は、集中するとよく周りを気にすることなく過ごしてしまう。空腹感や睡魔すら感じないほどに、集中してしまい、大変心配になる。いつ寝ていて、いつ休んでいるのかもわからないのが現状だ。しかし、健康診断では、数値にも引っ掛かる事なく、業務にも影響を出していない。彼女は異常な体質の持ち主なのかもしれない。

 彼女に身体に影響はないのかと聞いた事があるが、普段が栄養の取り過ぎ状態だからではと、真面目な顔をして答えられた時は、そんなわけあるかとサンドイッチを口に突っ込んだ記憶がある。定期的にご飯を与えないといつか彼女は飢え死にするであろう。

「玲央さんは、如何して今の職業を・・・?」

「救える人間がいるなら、救いたい・・・、ただそれだけですよ。貴方も似たような理由で、その道に進んだのでは?」

「・・・まぁ、そうかもしれません。救いたいというより、自分が救われたから、誰かを救えていたら良いなと思って活動していました。その場所も奪われてしまいましたが・・・」

「機材も一緒に運びましたが・・・、不要でしたか?」

 その問いに目の前の星宮は口を紡ぐ。そんな彼に、言葉を続ける。

「一部酷い言葉を使う方もいらっしゃいますが、貴方が活動し続けて、信じて待っている方もいらっしゃいます。選ぶのは貴方です。辛い時に無理して続ける事は、あまりお勧めいたしませんが、貴方が続けたいという気持ちをお持ちなのでしたら、少々無理をしてでも続けていく方が、彼らにとって唯一の復讐になるかもしれませんね」

「・・・・」

「くだらない事をする人間は、自分より幸せな誰かを見ると、落としたくなるのです。ならば、今以上に幸せな姿をお見せする事が、最高の復讐になると思います。貴方は、今、波に乗っている最中・・・、急な障害や悪天候も重なり、進むべき道が今まで以上に難しい状態です。それを乗り越えた先は、きっと、良い景色が広がるでしょうね」

 人間誰しも乗り越えられない壁ができる。立ち止まるも、回り道をするも良い。人の人生。でも、人為的な理由で、人生を狂わされるのは気に食わない。僕は、絶対に、負けたくはない。

 他愛もない話をしている内に、三人分のオムライスと野菜スープをサクッと作り、お皿に盛り付ける。

「さて、この話は終わりにしましょうか。続きはまた今度しましょう。冷めてしまいますし」

「あ・・・、そうですね。胡桃を呼んできます」

「待ってください。彼女は、相当集中していると思いますので、普通に声掛けても、声届かないのです。最近は、ヘッドホン装着させて、音楽流すと暫くして、こちらに意識が向くので、ヘッドホン装着させたら合図ください」

「・・・・わかりました」

 星宮は、少々心が痛むなという顔をしながら、胡桃の元へ向かった。

 胡桃は、昔から仕事に集中すると、周りが見えなくなる。学生時代は、その様子はなかったが、いつの間にか話しかけても聞こえていない様子でこちらに気がつく。時には、驚いた顔でこちらに振り向く。そんな姿が、愛おしいと感じる自分がいる。

 過去を振り替えながら、洗い物を済ませると、星宮から合図が来る。

「さて、今日はどんな音楽を流しましょうか」


〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜


 僕は、ひたすらに画面に文字をカタカタと入力していく。この時間は、とても良い時間だと思う。物語を綴るのは、至福の時と言っても過言はない。

 物語を綴りながら、ふと玲央が僕に言った言葉を思い出す。

 何故、出勤しようものなら命がないと言ったのか。

 玲央の業務は、外回りが多い。しかし、毎日事務所には顔を出している。顔を出さない日はなかったと僕は記憶している。連勤続きの為の強制休暇を受けても、何かしらしてる人間。何かあったのだろうか。

 後、彼方の件も気になる。彼方が、自分自身の事を話してくれない限りは、出来ることは少ないであろう。そして、今の僕の立場的にも厳しいものがある。玲央自身、彼方の話を聞いているかは不明だけれど、何かしら手助けはしてくれると感じている。

 これもまた、新たな物語なのだろう。

 ため息を吐こうとしたタイミングで、爆音で音楽が耳元で鳴り出し、驚いて立ち上がり、振り返る。犯人は、分かっている。

「玲央!いつも驚くからもう少し優しくしてって・・・・・・」

 言い切る前に、目の前の人物を見て驚く。今回、僕に悪戯をしたのは、彼方だった。彼方本人も、驚いた顔をしている。

「え、彼方?」

「・・・・集中すると周りに気付かないって本当だったんだね」

「あれ、声掛けてた?」

「うん。一応、驚くと思って声掛けたけど、反応なくて・・・・」

 肩も軽く叩いたけど気付かなかったという問いに、僕は頷くしかなかった。

 僕は、集中すると周りが見えなくなるというのが、悪い癖だと自分でも感じでいる。昔からそうだったかは、記憶にはない。ただ、昔から本を読むことが好きで、一冊読み終えるまでは、決して外に出なかった事は記憶に残っている。

「でも、凄いよ。そこまで集中できる事。俺の友人も一度集中すると周りが見えなくなるタイプだった・・・・・」

 何処となく懐かしむ彼方だが、心の奥底はとても切なそう。というより、悲しそう。

 こういう時、どう声をかけたら良いのかわからない。

「胡桃さんの意識戻ってきましたか?」

 笑いながら部屋に入ってくる玲央。正直助かったと思ってしまった。

「彼方にあまり悪知恵を入れるのはやめてよね」

「暫く、彼方さんはここに滞在されるのなら、遅かれ早かれ知っておいては良いかなと思いまして・・・・」

 駄目でしたかと、少し困ったかのような顔をする。本当に顔だけは良いなと感じる。

「今回の曲はどうですか?」

「えぇ、素敵だと思うわ。優しくて、温かみのある曲ね」

「そうですか。とりあえず、ご飯にしましょうか」

 冷めてしまいますと言いながら、彼方と僕の背を押す玲央。

 リビングに行くと、三人分のオムライスと野菜スープが並べられている。そして、ハーブティ。玲央は、珈琲を好んで飲んでいるが、過去一度だけ医者からカフェインの摂り過ぎと注意されたことがある。その際に、ハーブティを飲み始め、玲央と夜ご飯を食べる時は、ハーブティがセットで出てくるようになった。しかも、オリジナルブレンドで、その日の気分によって使用するハーブが異なる。

 椅子に座って、何となく彼方を見る。彼方は、ハーブティをずっと見つめている。ハーブティは、癖のあるものが多い為、苦手意識のある人が多い

 大丈夫かと彼方に声をかける前に、玲央が口を開く。

「ハーブティお嫌いですか?」

「ハーブティなんですね。嫌いではないと思います」

「僕も、胡桃さんも飲み慣れているので、何も考えずに用意してしまいました」

 すみませんと申し訳なさそうな顔をする玲央。飲んでみますと不安気な表情を浮かべながら答える彼方。その2人の姿を見て僕はふと思い出す。

 あれは、玲央が初めて僕に対してハーブティ出した時の話。健康に良いからと殆ど強制的に飲まされた。その頃といえば、珈琲、紅茶、緑茶、水のどれかを飲んでいた。基本的に、ジュースとかは飲まなかった。仕事をする際は、良く珈琲を飲んで目を覚ましては、飲み過ぎで体調を崩していた。医者にも止められたが、普通に珈琲を飲んでいた。その姿を玲央に見つかり、長時間説教を受け、栄養バランスの取れる作り置きやお弁当、野菜ジュースを渡された。夜ご飯を一緒に食べる機会があれば、毎度ハーブティを出してきた。

 一番初めは、不味くはないが答えだった。しかし、今は美味しいと感じながら飲んでいる。味に慣れたのか、玲央のハーブティの組み合わせが上手くなったのか、どちらかが要因と思われる。

「いただきましょうか」

 玲央の言葉に、僕と彼方は手を合わせていただきますと言い、オムライスを食べる。

「・・・・美味しい」

「本当に、そう。結婚した人間は、さぞ幸せでしょうね」

「ありがとうございます。全力で幸せにします」

 仕事人間な玲央には、恋人はいない。人を好きになる事があるのかもわからない。

「彼方の料理も食べてみたいわ」

 職人気質な玲央のご飯は、確かに美味しい。こだわりにこだわり抜いた逸品。家庭的な味も確かにあるけれど、高級レストランにいる気分に陥る事がたまにある。レシピを聞いても教えてくれない。僕がキッチンにいると追い出してくる。

「・・・・口に合うかわからないけど、食べて貰いたいかも」

「そう、楽しみにしてる」

 そういえば、今日は彼方が隣にいても料理していたとふと思い出して、聞こうかと口を開きかけて辞めた。理由は、彼方が楽しそうに食事をしながら、玲央と話していたからだ。とても楽しそうに、そして、とても懐かしそうにしている様子を見ると邪魔はできない。

 他愛のない話をしながら、食事を進める。

 少しでも彼方の事を知れたら良いなと思うが、今は話してくれるまでは静観すると決めてしまった為待つしかない。

 ちなみにハーブティに関しては、彼方の好みの味だったようで、おかわりを貰っていた。

 食事が終わり、洗い物を始める玲央とミステリー小説を読み始める僕。彼方はというと、お風呂に入っている。洗い物に関しては、毎回譲らない玲央。主夫でもやっていけそうな人間である。今後結婚した際に、彼のお相手は何をして過ごすのだろうか。

 玲央の私生活に関しては、仕事かここで家事をする以外の姿をあまり見た事がない。買い物も必要最低限しかしない。

「私生活が見えない人間って怖いな・・・・」

「それは、僕のことですか?」

 いつのまにか洗い物を終えた玲央が、僕の隣に座っていた。僕は、開いていた小説を閉じると、再度、玲央の方に視線を向ける。

「声に出てた?」

「えぇ、はっきり。それより、珍しいですね。読書をしながら考え事とは・・・・・」

「最近、思う事があるの。僕は僕自身の事しか今はしていないけれど、このままで良いのかなって」

「僕は、今はそのままでいていただきたいですね。危険な目に遭う確率を下げていただかないと皆さん心配します」

 それこそ柚莉愛がと話を続ける前に玲央は口を閉ざす。数秒してリビングの扉が開かれた。彼方が戻ってきた。

 僕は玲央と顔を合わせて、続きはまた今度とアイコンタクトをして彼方に声をかける。

「お先にいただきました」

「しっかり温まった?」

 僕の問いに彼方はこくりと頷く。

「玲央、お風呂が温かいうちに、入っておきなさい。僕は、キリの良いところまで読んでから入る事にする」

「わかりました。先にいただきますね」

 玲央は、お風呂場へと向かう。

 僕は、物語を読み進めようと小説を手に取ろうとすると、彼方に声をかけられ、手が止まる。

「・・・・・胡桃は、知っている?」

 唐突に問われた事が何を指すのかがわからなかった。しかし、彼方の表情を見て、それは真剣な問いかけという事は見て取れる。

 読みかけの小説を置く。

「何も知らないが、正解よ。物事には、相応のタイミングがあると思っているわ。前にも言った通り、話したい時に話してくれれば、いいの。その間、探りもしない。僕は、見たままを信じる。彼方が何者かは、どうでもいい。無闇矢鱈に詮索されて嬉しい事って、あまりないと僕は思うよ」

「・・・・そうだね」

「何のお仕事をしていたかわからないけど、仕事とか大丈夫?」

「落ち着くまでは、休みを貰おうと思う。それまでの間、お世話になってもいい・・・、ですか?あの、家事とか、やります・・・。難しければ、家を探しに行きます」

「僕は、彼方が元の生活を送れるようになるまで、貴方の手助けをすると最初伝えた。それを変える事はしないわ。でも、家事と助手をお願いしようかな。せっかくの機会を逃すのも惜しい」

「助手・・・?」

「僕は、男性の反応や気持ちを知りたい。玲央は、参考にならなくてね・・・」

 僕は以前玲央をモデルに登場人物を考えた事がある。玲央は昔から女性人気が高い。それは、容姿が良いだけが理由ではないと僕は思っている。玲央のミステリアスな部分が、より一層玲央の魅力なのだと一緒に過ごしていてわかっている。しかし、反応や気持ちに関しては、自身の本心を見せない。そう言う男だと思いつつも、随分助かっている事には変わりない。

 ふと彼方の方を見ると困惑している表情をしている。僕の言い方が悪かったと思いながら、反応が可愛いからそのままにして置こうかと思っていると、お風呂を済ませた玲央がにっこりとした笑顔でこちらを見ていた事に気が付く。

「僕では不服でしたか?胡桃さん」

「えぇ、不服ですね。彼方のように素直な反応の方が、参考になりますから」

「え、えっと、俺!」

 慌てる彼方が面白くて思わず、ふふっと笑ってしまう。玲央は、少し不機嫌そうだけれど、僕には関係はない。

 僕が欲しい素材は、彼方の閉ざされた心の動きと物や人へ対する反応。一般男性はそう思うは、僕でも想像が付く。そうではなく、個人の価値観や心情が僕が必要とする素材。

 玲央はどちらかと言うと、その部分を隠して一般男性はそう思うと言う事しか話さない。全く参考にならないと言えば、参考にならない。

「小説の話。着物を選んで貰った時の反応やころころと表情を変える彼方を見ていると、良い登場人物が生まれそうだと思ったのよ。何かさせるって言うより、僕が聞いた事を答えてくれるだけでいいの」

 その言葉を聞いた彼方は、安堵の表情を浮かべる。

「胡桃さん、湯が空きましたので、どうぞ、ゆっくり温まってください。少々、熱めに調節させていただきました」

「助かるわ。ありがとう」

「いえ」

 僕はお風呂の準備をして、脱衣所に向かう。今日は色々あったなと思いながら、着物を脱いで着物掛けに掛ける。

 暖かい湯船に浸かりながら、軽くマッサージをする。久し振りに身体を動かした為、筋肉痛を少しでも軽くしたい。身体は鈍ってはいないものの流石に鍛えていた訳ではない。

 いつの間にか、彼方は玲央と仲良くなっている。同性同士は仲良くなりやすいのだと思う。彼方が楽しそうならそれで良いかと思う。

 今日から少し賑やかになるなと思いながら、湯船から上がると身体を流し、タオルで身体を拭くと寝巻きに着替える。髪をドライヤーで乾かし終え、二人の元へ行くとそれぞれ本を片手に読書をしている。

 僕はその様子を微笑ましく思いながら、お風呂上がりの水分補給をすると、二人に先に寝る事を伝えるて部屋に入る。二人は、結局リビングで共に寝るらしい。僕は軽くパソコンを開いて物語の続きを書き始める。

 次第に睡魔が襲い始めた僕は、区切りが良いところまで書き進めると部屋の明かりを消してベッドの中に入る。リビングからは、話し声が薄らと聞こえる。

 今日はとても疲れた1日だったなと改めて思う。

 前までは、僕も玲央と共にあの場で調査とかをしていた。原因や目的を探り、事の真相を突き止める。久し振りに事件に関わったなと思いながら、重い瞼を閉じる。

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