Prologue
僕はずっと憧れていた作家を目指している。たくさんの本に囲まれ、パソコンの前でキーボードを使って、物語を綴っている。幼い頃から本に囲まれて過ごしていた僕は、やっとこの生活を手に入れる事ができた事に喜びつつ、何処か寂しさを感じている。
僕は特製のアップルティーを一口口に含む。口の中に広がる甘い紅茶とほのかに林檎の味を感じる。
紅茶を楽しんでいるとパソコンにメールが届く。差出人は“R”と記載されている。僕は、そのメールを開くと溜め息を吐く。件名には依頼と書いてあり、内容は添付されている資料に目を通し、気付いた事を教えて欲しいという簡単な依頼だった。
僕は面倒に思いながら添付資料を開きながら、スマートフォンで依頼主に連絡をする。
「僕、もう貴方の相棒でもないのよ」
「わかっているさ。しかし、君にしか頼めなくてね」
「そうやっていつも・・・。わかったわ。今、メールを送るわ」
「すまない。助かるよ」
僕は添付資料を見て気付いた事をメールに纏めると返信する。
「助かった。・・・今の生活は如何だ?」
「念願の小説家を目指しているわ。時間に余裕もある」
「・・・そうか」
「気に病む事はないわ。元々僕の目指していた道なのだから」
「確かに、そうだったな・・・。もし、何かあれば、連絡してくれ」
僕は、何かあればねというと電話を終了する。
“R”は僕の元相棒である。たまに、知恵を貸して欲しいとメールを送りつけてくる。この依頼というのは、僕が生きているかの生存確認をする為と僕は知っている。言葉にはしないけれど、このやり取りは“R”なりの優しさなのである。
僕は命を狙われている身になってしまい表舞台で生きる事が今はできない状態になってしまった。今はひっそりと小説を書きながら、平穏に過ごす他生きる道がない。
それでも、僕は誰かを守る事ができた事を誇りに思っている。
「もう、守る事など出来はしないのだけど・・・」
僕の呟きは、誰もいない部屋に消えていった。
少し息抜きにコンビニエンスストアに行こうと思い、上着を羽織ると外に出る。外はもう暗くなり、月明かりが夜道を照らしている。春が訪れようとしているこの時期の夜風はまだ冷たい。
僕はこの夜の時間が心地よく感じる。それは、静かで寂しさを感じる夜が今の僕と重なると感じているからだと思う。
僕は、買い物を済ませると夜空に浮かぶ月を見ながら歩いていると、猫の鳴き声が聞こえて周囲を見渡すも猫の姿は何処にもいない。
「猫でも飼おうかな」
家では一人。寂しさを埋める何かがそばにいれば、きっとこの寂しさも無くなる事であろう。しかし、僕はきっとその命を育てる事はできても、見送る事はできないのだろうなと思い飼わないのだと思う。
失った時の悲しみは、二度と味わいたくない。
僕は降るような星空と夜道を照らす月を見ながら、家へと帰宅した。