歯車
長い長い夏休みも終わり、大学では後期の授業が始まっていた。
大学で友達が居ない僕は、目立たない端の席に座る。
「すみません、隣良いですか?」
声の主は、背の高い塩顔イケメンだった。
人見知りを抜群に発揮して、焦りながらもなんとか頷いた。
「俺の名前は、物部 清明。君の名前は?」
講義後、彼は僕に話しかけて来た。
「武内 真人...」
「真人君か、仲良くしてね」
物部君の笑顔を見て、僕も思わず笑顔になる。
「真人君、良かったら俺と友達になってくれない?」
ドラマやアニメで聞いたことのある台詞を言われた。
物部君とは、同学年で、同じ学部だった。これまで物部君を知らなかった事実に、僕の顔の狭さを痛感した。
僕の目から見ても賢そうだった。でも、なぜか彼はいつも悲しそうな眼をしていた。
「どこまで付いてくるつもりなの?物部君」
僕は、背後の角に潜む物部君の方を向く。
「どうして気づいたの?」
『夜行』でもらったあれをポケットの中で握る。それは、心なしか暖かかった。
「まぁ。ちょっとね」
「気づかれたんだったらしょうがない。単刀直入に言うよ。君の付き合っている彼女とは別れた方がいい」
「嫌だと言ったら?」
「君が彼女の正体を知ったらそんなこと言えないよ」
「物部君が言いたいことは大体分かった。梓が妖怪だってことでしょ。」
物部君は、少し驚いた顔をした。
「君がそこまで知っているなんて驚いたよ。でも、まだ君は彼女の正体を分かっていない」
この時の僕は、梓のことを分かっているつもりだった。でも、本当は梓のことを何一つ分かっていなかった。
「真人君は、大嶽丸って知っている?」
大嶽丸、聞いたことのない名前だ。
「知らない.」
「その昔、時は平安。日ノ本中を震え上げ、恐れられた怪物の名だよ。人間に友好的な妖怪達と日ノ本中の陰陽師が力を合わせ、ある場所に封印したんだ。その時の陰陽師のリーダーが俺のご先祖様だったんだ。そんな悪の根源の娘が、この世に出てきた。その娘が、鈴鹿 梓だよ」
物部君が話すそれは、あまりにも壮大で物語のように感じられた。
「これで分かってくれるよね?」
「それでも嫌だと言ったら?」
物部君は、苦虫を潰したような表情を浮かべていた。
「君は、事の重大さを分かっていない。鈴鹿 梓の父親は、いくつもの村を滅ぼした。あいつの父親は、数えきれないほどのたくさんの人を殺したんだ!そんな惨劇をもう二度と繰り返させないといけない。それが、俺の使命だ!」
物部君が、こんなにも感情的になったのを見たのは、初めてだ。
「何で梓のお父さんの話に、梓が出てくるんだよ!親子だったら何なんだよ。梓は、梓だ!!」
「諸悪の根源のような娘だよ。悪の子は、悪に決まっているんだ」
反論しようとした僕の視界に、物部君の後ろで立ち尽くしている梓の姿を捉えた。
「梓!!」
咄嗟に出てしまった言葉で、梓と目が合った。僕が彼女と出会ってから見たことのない悲しみにも似た驚きの顔をしていた。
物部君が気づき、後ろを振り返る前に梓は、踵を返して走り去ろうとしていた。このまま彼女を追わないと愛しき人を失ってしまう気がした。
直観が、僕の足を動かした。




