告白
梓と対面で座る。
「覚悟はいい?」
真夏の熱帯夜のせいなのか、頬に汗が伝う。
これから僕が聞くことは、彼女が一人で背負っているものだろう。
僕は、彼女をまっすぐ見据え、力強く頷いた。
梓は、おでこに手を当て前髪をかき上げる。前髪の下から露わになった一回り大きな目に、覚悟を決めた僕も息を呑む。
「やっぱり驚いたよね、、?」
「少しだけね」
梓をこれ以上不安にさせてはいけない。
「君が好きだ。大切なことを僕に言ってくれた君が大好きだ」
僕に、大事な秘密を共有してくれたこの事実だけで僕は嬉しいと思えた。
彼女も見ると、涙を浮かべながら、微笑んでいた。
こんな夜には、汗ばむ肌がよく似合う。
明けてしまうのが惜しい夜は、今宵が初めてだった。
静かなる胸の鼓動が、途方もなく打ち続けていた。
あっという間に夜明けが来たこの日のことを、僕は一生忘れないだろう。
明烏がなく頃、僕は彼女のマンションを出る。
オートロックの玄関を出ると、朝日が建物の隙間から少し差していて眩しい。
僕たちは、明日初めてデートをする。
先週、告白自体は成功したが、梓の秘密の告白に持っていかれ、まだ付き合っている実感があまり湧かなかった。
恋愛経験値が無い僕は、無難に映画館に誘った。
梓が、見たい映画を言ってくれてよかった。正直、僕に映画を選ぶセンスがあるとは思えない。
ワクワク8割、ドキドキ2割で、なかなか寝付けなかった。
洗面所の鏡の前で濡らした髪の形を整えていく。
ドライヤーで髪を乾かしながら、梓のことを考えて胸が高鳴る。
消し忘れたアラームが、リビングで鳴っている。そのアラーム音が、さらに心拍数を上げる。
気づいたら、無意識に予定よりも早く行動していた。動き続けていなかったら、緊張でどうにかなりそうだった。
入念にバックの中を確認する。少し早いが、心臓がどうにかなる前に家を出た。
家を出る直前に、鏡の前で髪を何度も確認したのは言うまでもなかった。
木々が夏の眩い光を受けて輝いていた。
日常がこんな美しい景色を持っていたことを思い出した。遠き昔の記憶が、掠っていったような気がした。
映画の内容は、恋愛ものだった。主人公とヒロインの恋に障害物が立ちはだかる。それを乗り越えていく定番のものだった。僕は、平穏で物語にもならない梓との幸せなこれからの日々を願いながら、主人公とヒロインを応援した。
翌週のデートの舞台は、動物園だった。
動物を愛でている彼女の姿が僕の瞼に焼き付いた。
妙な視線を感じた。敵意があるが、戦意がないそんな視線を。
動物園内で、脱走したのか狐が数匹僕らの方を見ていて、癒された。
狐たちが、呼応するかのように遠吠えを繰り返していた。不気味なほどに。
動物園では、終始誰かの視線を感じていた。
猛々しいライオンの姿に目を奪われた。
「ねぇ、真人君…」
ライオンに釘付けだった僕は、梓の声で我に返る。
「どうしたの?大丈夫?」
振り返った僕は、俯き僅かに震える彼女の姿を見た。
「さっきから何だか寒いの」
確かに、年々気温が高くなっている日本の夏にしては、今日は寒すぎる。
懇願するように僕を見る梓を、何とか助けたいと思った。
僕は、彼女を抱きしめる。今の僕には、それしか思い浮かばなかった。
僕の熱が温かさを持って、彼女に届けた。それでも、彼女は震えていた。