鼓動の目覚め
凝りもせず昨日のことを思い出し、しばらくの間布団の中で暴れていた。こういう時に、僕自身の経験の浅さを恨む。
頭は覚醒していて体はだるい。僕の理性が、体を無理やり起こした。
朝日を浴びながら、バイトへ出勤した。
少し遅れるとメッセージを送った携帯をポケットに突っ込みながら、暇だからと脳死でシフト希望を何も考えずに出したことを後悔した。
複雑な迷路のような裏路地を抜け、昨日の店に着いた。
「遅れてごめん。待った?」
「今来たところだから、大丈夫だよ」
そう言って、微笑む彼女の姿に鼓動が高まった。
「そういえば、お互いの名前まだ知らないよね?」
僕は、昨日から舞い上がりすぎてそんな初歩的なことすら忘れていた。
「僕の名前は、武内 真人。君の名前は?」
「私は、鈴鹿 梓」
「梓、いい名前だね」
「真人君だってかっこいい名前だよ」
その発言と表情は、ずるすぎる。惚れるに決まっている。
梓との他愛のない話は、時間ですら拘束出来なかった。
「何で笑っているの?顔に何かついてる?」
梓が不満げに聞いてきた。
「君がそんな風においしそうに食べていると僕もうれしくなるんだ」
僕は、照れながら頭をかいた。
夕食を梓と共にすることが、日課となった。
その日も『夜行』で食べ終わり、店を出た。
星降る夜空の下を、二人で歩く。
寝静まるこの街に僕らの足音だけが、響いている気がした。
夜の公園に足を踏み入れる。
梓は、おもむろにブランコに座る。僕も隣のブランコに座る。
僕らは、ブランコを漕ぐ。
僕は、君への思いを伝える。
「君が好きだ。君の隣にいたい」
梓は、ブランコを止めて僕の方を振り向く。月夜に照らされた彼女よりも美しいものを、知らなかった。
梓は、恥じらいながら、頷いた。
梓は、ためらいながら口を開く。
「私の家に来てほしい。私のことをもっと知ってほしいの」
梓が一人暮らししているマンションに向かって、自然と手を握り歩いている。
街並みから寝息が聞こえる。
オートロックなロビーを抜け、梓の部屋に一緒に向かう。
梓が、バックから鍵を出して開けた。
暗い部屋に、月光だけが差し込んでいた。静寂へと踏み入れる。
緊張と慣れない空気感に脳が震える錯覚に陥る。
カチッ
電気がつけられ、部屋の中に色が与えられた。
暖色の世界が、僕の眼に飛び込んでくる。テレビが、本棚が、冷蔵庫が、優しく映った。
興奮しているせいか、喉が渇いていた。
「真人君、汚いけどどうぞ入って」
梓に誘われて、僕は部屋の中へと入っていく。




