対峙
入り口の門の前まで来た。その門には、鮮やかな赤が塗られていた。
村に踏み入れる。どんよりした空気が、僕を包む。 どこからともなく、牛の鳴き声が聞こえてきた。
朽ち果てた藁ぶき屋根の家が、点在していた。人気はないが、不思議と気配はする。
奥に進んでいくと、一回り大きい家を見つけた。その家から物音が聞こえる。
家の中を覗くと、暗い中、外からの月明かりに僅かに照らされ、老人が座ってお茶を飲んでいた。
勇んでこの世界に来たが、得体の知らない不安が増大していたから、人に会えたことが安心感をもたらしてくれた。
老人に話しかけようと、家の中に入ろうとした時、眼前に蛍が飛び込んできた。蛍の光が弱々しく家の中を照らした。老人にも光が照らされたはずだが、何かおかしい。
違和感の正体には、すぐに気づいた。老人には、光が当たっていなかった。もっと正確に言うなら、光が、老人に吸い込まれていた、外は真っ暗だし、家の中を照らすのは、一匹の蛍の小さな光と僅かに差し込む月明かりだ。しかし、家具とかは影が出来ているし、一部が照らされている。
もっと不可解なところは、光が当たっていないのに、僕は老人をみえている。
何故か頭が冴えていた僕は、そこまで考えることが出来た。冷や汗が出てくる。
ここに居続ける危険性は、考えるまでも無かった。だが、動けない。金縛りにあったみたいに指の一本も動かせなかった。
老人が飲んでいた湯呑を置いた。その途端家全体が、揺れだした。それと同時に、金縛りが解けた。
急いで、家から離れる。視界が揺れる。景色が段々渦を巻いて、五感が徐々に無くなっていった。
深淵に落ちていく。光はなく、上下左右さえも分からない。ただ、落ちていくことだけ分かっていた。しばらくすると底に着いた。
真っ暗の空間に一筋の小さな光が差し込み、僕の元まで届く。
僕は、手を光に向かって伸ばす。そして、掴む。
手の中の光が、あふれ出て、暗闇を消し去った。視界が真っ白になった。
段々視界が晴れてくる。視界が晴れてくると、目の前にさっきの老人が杖をついて立っていた。
周りを見渡す。さっきまであった民家は全て消えていて、開けた芝生が広がっていた。
老人は、古ぼけた布のような服を着ていた。
逃げないと。本能が告げていた。
「はっはっはっはっは」
老人は、突然気が狂ったように笑い始めた。
本能が、警告の鐘を鳴り響かす。
「逃げるつもりかね」
ドスの効いた低くぐもった声で、老人は言った。
背筋が、凍り付く。
呼吸が浅くなる。落ち着け、落ち着け。深呼吸しろ。
突如、突風が僕と老人に襲い掛かる。
老人に、覆っていた布が突風で飛ばされた。
老人のようだった‶それ”は、頭が骸骨で、筋肉隆々な体から鋭く長い爪が生えていた。
骸骨が、風を受け、全身がカタカタ鳴っている。筋肉に見えたのは、無数の骨が織りなしていた模様だった。心底気味が悪い。
ポケットに手を突っ込んで、『夜行』での貰い物を、握りしめた。
緊張が走った。それは、一瞬だった。
あの化け物が、一歩前へ足を運んだ。それと同時に、僕は、握りしめていたものを化け物に向けて投げた。
化け物に着弾すると同時に、それが砕け、眩く光る閃光が、化け物に炸裂した。
放たれた光は、日の光のような穏やかな光だった。化け物は、もがき苦しんでいた。
僕は、踵を返して、化け物から逃げるため、走り出していた。




