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約束と希望  作者: 幸人
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出逢い

 駅のホームでふと上を見上げる。

 生温かな風がまとわりつく。

 今日も終わるのか。

 空虚な夜空を見上げる。大学の前期が終わり、今日から長い夏休みだ。他の学生は、待ちに待った期間だが、僕にとっては、あまりにも味気ない日々の延長だと思わずにはいられない。

 帰路に向かう人々と共に改札へと向かう。

 交通系ICカードで改札を通る。

 前に居たサラリーマンのポケットからハンカチが落ちた。

 「あ、すみません。落ちましたよ」

 ハンカチを拾いながら、声を掛けた。

 サラリーマンは、振り返りもせず歩いていく。

 イヤホンでもしているのかと内心舌打ちしながらも、後を追う。

 最初は、すぐに追いつけるだろうと思っていたけど、サラリーマンの足が速く離されている。

 競歩の選手かあるいは、金曜日という仕事から解放日に会社の愚痴をあてに晩酌への期待でバフがかかっているかのどちらかだろう。

 サラリーマンは、飲み屋街の路地を曲がり、裏路地に進む。

 正直諦めるか迷ったが、どうせ家に帰ってもすることないと思い、追いかけた。

 サラリーマンは、人一人通れるくらいの路地を相変わらずのスピードで歩いていく。

 サラリーマンは、右に左に曲がっていく。

 見失いそうだ。家に帰れるか不安になってきた。

 終わった。見失った。

 四方狭い裏路地で完全に迷った。

 一人で絶望していると微かに人の話し声が聞こえた。

 急いでその方向に向かう。

 ハンカチのことなんて忘れてこの裏路地から抜け出すことしか考えられなかった。幸いなことにすぐに裏路地から出ることが出来た。

 そこは、来たことのない飲み屋街だった。

 駅近くの飲み屋街より賑やかだ。

 こんなところがあるなんて知らなかった。

 感心しながら煌々と照らされている赤提灯や店から漏れ出ている楽しそうな談笑の声に耳目を傾けていた。

 注意力が散漫になり道の真ん中に突っ立っていた僕は、通行人と肩がぶつかった。

 「「すみません」」

 僕とぶつかった相手がほぼ同時に謝る。

 ぶつかった相手の鞄の中身が散らばる。 財布や化粧ポーチ、ファイル等々。

 僕も一緒に散らばったものを拾う。

 不意にお腹の音が鳴った。

 最初は自分がしたと思い恥ずかしかったが、一緒に拾っていた同い年くらいの女性が耳まで赤くしていた。

 改めて女性を見る。黒くて艶やかな髪が、なびいていた。

 端正な顔立ちの女性との対面は、女性経験の少ない僕には刺激が強すぎた。愛おしさが溢れ、僕は笑みを浮かべた。多分その笑みは、ぎこちなかった。

 「僕もお腹空いていたんですよ。もし、よろしければあそこでご飯食べませんか」

 近くにある目に入った店を指差した。

 普段気弱な俺が、迷いもなく誘った。陰気の僕としては、奇跡に等しかった。

 すぐに放った言葉を、後悔する。すでに後の祭りだった。

 彼女は、少し俯き小さく頷いた。僅かな了承の意思にときめきを覚える。


 僕たちは店の中に入った。

 暖色系の光と鼻孔を刺激する美味しそうな匂いが店内を満たしていた。

 店員に促され、四人掛けの席に座る。

 天井から無数の小さな電球が吊るされていて、店内を不明確な暖かさが包む。

 「あっ」

 僕が探していたサラリーマンが、横に座っていた。

 「すみません。改札でこれ落としましたよ」

 一瞬戸惑いの表情を浮かべていたが、すぐに微笑み小さく頷いた。 

 「探していたんだ。いつもありがとね」

 用事を終えた僕は、テーブルに向きなおす。

 ん?いつも?

 「何頼みます?」

 考え事をしていたら、目の前に居る女の子に聞かれた。

 二人で、メニュー表を見る。メニュー表に踊っている文字と写真に、食欲をそそられる。

 緊張のせいか、何を頼んでそれがどんな味だったのかは覚えていなかった。

 タレがかかっている肉を食べている姿に笑みがこぼれる。

 そんな風においしそうに食べているとこっちも嬉しくなる。

 今日という日を忘れないようにしよう。

 まずは、お互い自己紹介をした。名前、生まれ育った場所、趣味。彼女のことを知りたかった。

 「君って人はどんな人」

 それが知りたかった。

 彼女は、僕の質問攻めにも嫌な顔をせずに、話してくれた。

 “僕って人はこんな人”

 今度は、こっちの番だ。

 僕らは、互いに紡いできた物語を共有した。

 彼女と話していると。時の流れを感じない。

 僕と彼女は、まるで古い友人に再会したかのように会話を楽しんだ。

 楽しいひと時も終わりを告げる。

 店を出て、ふと二人で見上げた夜空は、あまりにも美しかった。

 明日また、この場所で会うことを約束し、互いの帰路についた。

 月見月の言葉がよく似合うそんな夜だった。

 夜風が、火照った体を冷やしてくれる。目には見えない虫の合唱団が奏でてくれる音楽に耳を傾ける。


 家に帰るなり、僕はベッドに体を預けるように倒れ込む。

 仰向けになり今日出会ったあの人のことを思い出す。

 彼女の第一印象は、とにかく可愛かった。異性関係がない僕は、女性と仲良くなるだけで胸が高鳴る。

 落ち着け。何も考えずに突っ走ったら、確実に引かれる。

 僕の今日の振舞いを思い返し、脳内で大反省会が開かれる。

 勢いで誘ったけど、大丈夫だったかな?僕だけ気持ちよく話してないよね?

 僕は、一晩中彼女のことを考えて、悶絶していた。



不定期投稿です。

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