10歩目
門をくぐる。二人で足を進める。
くぐった先からかすかに耳に笛の音が聞こえ始める。太鼓の音がドンドンと空気を震わせる。遠くから蛍の優しい光がふわりと寄り添うように近づいては離れる。
まるで地域の夜宮にでも遊びに来たかのようなお祭り。なんだか実家での幼少期を思い出すようなそんな感覚。そういえば小学校の時にアヤメと遊びに行ったこと、あったっけか。
郷愁を感じなつかしく思うけど蛍は飛んでいなかったかな。それがリアルとゲームの違いではあるんだけど。
こうして蛍の光が見えるということは、世界は闇に包まれている。でも底冷えするような冷たさを感じる闇ではない。星々が穏やかに自分たちを見守るかのような真っ暗ではない少し薄暗い感じの夜。
視覚情報が少ないからか、なんだかアヤメと繋ぐ手から伝わる体温がやけに温かく感じる。こんな風に手をつなぐ友人というのもなかなか珍しい気がする。今は歩く速さを調節するためのふりこ。
繋いだ手をぶらぶらさせるけど、こういうシチュなら浴衣とか着てもらいたいよね。なんて思うのはよこしまな考えだろうか?自分は仁兵衛とか着たいね。なんだか夏祭りには早いんだけど、祭りと聞いたら着たいなってね。
「浴衣って下着をつけるつけないとかの噂があるけど、実際どうなんだろな?」
「カイト、今それ言うこと⁉この雰囲気を楽しんでたの、私だけなのかな⁉」
繋いでた手が不満げに強く握られる。ごめんて。ちょっと自分がこの空気に戸惑いを感じてしまっていたから仕方ないね。だって太鼓の音が自分の心臓を動かすぐらい重低音で響いてるから、余計自分の心臓が大きく聞こえているのか判別つきずらいんだ。手は繋ぐけど。
「ごめんて。……五月街の小太り猫のミレイさんが言うには、蛍飛ぶこの六月街が捜索中の赤髪のワインレッドの瞳の少女がいそうなところだと思ったんだ。」
小太り猫のミレイさんが言うには確かこうだったか。
『岸から連れて嬉しいのはアジでしょうか。フライになったものは私も好きでございます。ですがカエルがゲコゲコ鳴くのは品がありませぬ。あの街になら1年中聞こえてくるのでしょうね。この街は降りますが一時的なものです。年がら年中降っている訳ではありませんからね。ヒントはこれぐらいにしましょうか。』
「岸はナイトの騎士なのかも。アジは亜人かな?でもしゃべる猫って亜人のくくりとかなのかな?フライは空でカエルは6月の梅雨を示してるのかも……そんなに都合良く全部当てはまるかな?」
アヤメは思い出しながら、うーんと頭を悩ませている。小首をかしげているがそういうところもかわいらしい。だが男だ。その疑問を紐解こうと考える。
「街にはその街を護衛する騎士がいたはず。始まりの街-四月街でも巡回中の騎士は釣りしていた時に見かけたから、この街にもいると思う。とするとだ。うれしいと思う亜人は騎士から離れたい、つかまりたくないから人さらいの可能性があるのか?」
「そういえばあの猫さん、花がよく似合う街で探し人がいるかもって言ってたよね?梅雨の花ならアジサイとかなんじゃない?フライについては全然わからないけどっわぁ!?」
ドンッと音が鳴ったかと思うと、バーンと空に火でかたどられた花が咲く。夜景に花火が打ちあがった。花火まで打ちあがるんだな。アヤメはびっくりした顔で固まっている。
「フライって花火のことなのかもな。品がないって言ってたじゃん。嫌な人に対して品がないとか言わないか?人さらいは六月街の中でも梅雨のエリアにいるんじゃないかと。」
アヤメはなぜか花火をしばらく見て放心していた。そしてこちらを見てなんだかがっかりした雰囲気を出している。何か特別な出来事を逃してしまったかのような、そんな雰囲気。
こういうときアヤメは何も言わないだろう。
「好物を目の前で食べられたような顔してるぞ?」
「誰が食いしんぼうかっ‼」
今度も抗議強めに手を強く握られた。食いしん坊はいなかったでござるか。そこに甘味があるけどなぁ~とわざとらしく見えてきた屋台のかき氷を指さす。個人的にはチョコバナナやクレープがあると夜宮の風情が増すのだけれど。アヤメは……
「それは食~べ~ますっ‼」
アヤメが早く並ぼうっと言い、腕をつかまれ引っ張られる。こういう時は力強くて男らしいが、はて何か大事なことを忘れているような。
そうそう。この六月街はモンスターがいない。今いる場所が、街の外周部分、いわゆる夜宮スペースとなりここもセーフゾーンとされている。蛍が飛び交うぐらい危険がない。始まりの街から第3の街であるのにモンスターが一切出ないのは戦闘スキルは何のためにあるんだ?って思われそうだけど、実際いない。
というわけで基本戦闘職デフォ人間はこの六月街もスルーして次の街へと進んでいく。季節は夏が本番とか聞くから。
……屋台の進む回転はそこまで早くなくその場でかき氷削ってる感じだった。だとすればコミュニケーションしないとな。
自分の番がまだかまだかと待っている、桜髪の少女の瞳を見る。
「アヤメは石川県に行ったことあるか?俺は音楽フェス好きだからさ。石川県でも昔からやってて行ってみたのよ。あぁ、今から話すのは音楽の話じゃなくて、蛍の話。ちょうどその時、加賀百万石まつりっていうのがやってて、金沢城公園が夜も開いていたんだ。お城だね。遠い遠い未来の自分たちの時代でも現存してるのはすごいことだと思う。」
アヤメは突如始まった自分の話に耳を傾ける。遠くのほうで太鼓の音が、花火の音が鳴っている。
「そのお城に向かう道中、兼六園を寄り道したんだよね。夜間無料開放だったから。音楽フェス行った帰りに寄ったのって?いや前乗りで前日に金沢市に泊まったからそれでまだ時間があるから街を散策したくてついつい。」
我ながら体力有り余ってたと思う。夜行バスで体中痛かったから、余計に体動かしたかったけどさ。
「前置きはここまで、アヤメは本物の蛍見たことある?蛍ってさ、いまこのゲームで見るより光がうんと小さくてでも優しい光が出てるんだよ。それで周りの人間も黙ってじっとその光を楽しんでいるんだ。あの空間はさ、デジタルじゃ表現できない空間でもあると思ってたんだ。」
アヤメはデジタルという表現に、目の色を変えた気がする。周りの音が遠ざかった気がする。
「でも今日この空間を見て感じてさ。あの時と同じ空間が広がっててさ。リアルもデジタルも変わらない。自分がその場所で何を感じたのかが大事なんだって改めて思ったんだ。だからさ、アヤメ。」
──俺は、この一瞬一瞬を大事にしようと思うんだ。
そう言おうとして、瞬きをした一瞬のうちに、アヤメが消えた。
アヤメが消えた。
音が遠くのほうで鳴っている気がする。
目の前で、繋いでいた手の感覚が消え、空を掴む。
手にまだ、ほのかな体温が残っている。
どうしてという疑問が尽きないが、ログアウトした可能性もある。
フレンド欄を見る。
──ログイン中──
──現在地:六月街???──
???とは何だろうか。なぜ消えたのか。まるで神隠しにでもあったような。
「そこの連れさん、いま隣にいた嬢ちゃん、変な消え方したよな?」
声をかけてきたのは後ろに並んでいたガタイのいい男性。
「あぁ、変だった。変だったぜ。ログアウトするときはログアウト操作っていうのがあるからよぉ。でも、今の消え方、すぅっとどこかへ消えていく現象。見たことあるぜ。それがとあるクエストでどの街でもNPCだけが捜索対象になっている。そのはずだったが、連れの嬢ちゃんNPCだったか?」
赤毛のオールバックで赤いマントを羽織って拳銃を二挺腰に差している。
「自己紹介が遅れた。俺はアルフレッド。チョコバナナ食べに来たただのアルフレッドだ。こう見えて情報は多く持ってるぜ。それで旦那、嬢ちゃんはプレイヤーか?」
あぁ。プレイヤーだ。すこし特殊な、というのは伝えないが。
「仲間、というわけじゃない。俺たちは運命共同体だ。俺もとあるNPCが目の前で神隠しにあってここらを捜索中なんだ。お互い持っている情報を重ねて、犯人探ししねぇか?ついでに屋台の店主に話を聞いてな。」
ただのチョコバナナ好きの男ではなさそうだ。
話に乗ろう。




