09.隠してなきゃならない?
あれから二日が過ぎた。
俺がこの世界、グラースに転生してから二日が過ぎたんだ。
今俺はどうしているかというと……。
「すげー! すげー! 兄ちゃんすげー!」
テンション高く、俺にキラキラした尊敬の眼差しを向けるマサキ少年。
そう、俺はまだミルル村のイズミおばあちゃんの家に世話になっている。
今すぐやりたい何かがあるわけじゃないし、急ぎの用事も無い。カネリンに聞いたところ、この世界では魔力の扱いが上手い個体程長生きらしく、寿命的な意味での俺の残り時間はまだまだ沢山あるそうだ。しかもまだ6歳!
そんなわけだから、ここで一宿一飯の恩をちゃんと返そうと決めたのだ。
何度も言うけど、素性が知れないにも関わらず、大した詮索もせずに家に置いてくれているのは本当にありがたい。
勿論、カネリンと今の手持ちの所持品があれば野宿も可能だけど、この世界を知るには人の営み、社会の中に身を置く方が手っ取り早い。そういった意味でも、イズミおばあちゃんの好意はありがたい。
だから、俺は俺にできること──開発スキルだな──を調べながら、イズミおばあちゃんたちの役に立てることを模索してる訳だ。
分かったことは色々ある。本当に色々ある。その一つが、魔法の構築だ。
魔法! 良いね、アガるね!
ファンタジーと言えば剣と魔法だよね!
グラースにおける魔法って言うのは、一般的には有識者──魔法が扱える人だな──に教えてもらったり、魔法に関連するスキルを開花させたりした人が扱える超常の力って認識だ。火をおこしたり、水を出したり、風を吹かせたりできる。魔力をエネルギー源として発生させるものなんだけど、まぁ、魔力の扱いが難しい。勿論、達人の域に達した人なら手足のように操るんだろうけど、そんな達人はなかなか居ないらしい。
が、しかし! 俺は魔力の扱いに困るようなことは無い!
何故なら、開発スキルで魔力の動きをプログラミングすることができるからだっ。
もうこれ、魔力を手足のように操るなんてものじゃない。手足以上に細かい操作が可能だ。魔法で作る火の大きさどころか、炎としての形や色まで自由自在だ。やろうと思ったら、触ったら燃えるんじゃなくて凍る炎とかも作れるんじゃないかな。
そんな魔法の成果が薪割りの魔法だ。その名も『チョップリン』 良い名前だろう?
「ははっ、よーし、もう一回やっちゃうぞ~。それ、チョップリン」
薪割り用に、適当な長さに切られた木に手を触れ、人差し指で軽くポンと叩く。すると、一瞬で木が割れる。本当に一瞬。今の木は丁度六等分されて、薪として使いやすい大きさに割れている。おが屑も殆どでない驚愕仕様。本当に、木を薪に分割していて、そこに無駄な流れがほぼ無い。動作エネルギーは俺の魔力なんだけど、減った感じもしない。まだまだ何十回も使えそうだ。
「すげー! 兄ちゃん凄ぇ魔法師だったんだな! 魔法の名前はセンス無ぇけど!」
マサキ少年大興奮中。
そして、俺自身も興奮中。やっぱり自分が組んだプログラムが、思った通りに動作するのは、その規模の大小に限らず心地良いものだからね。初製作のプログラミング魔法が『薪割り』だというのはアレだけど、実用第一だし、マサキ少年のこの笑顔を見れただけでもおつりがくるというものだ。
しかし、面と向かって名前のセンスが無いとか、失礼な奴である。こんなにも可愛らしい名前が付いた魔法なんてどこにも無いぞ?
「しかも無詠唱だしっ」
詠唱かぁ。一般的な魔法師は詠唱するのかな。するんだろうな。
でも、俺はビルドしたモジュールを動かすだけだから、ちょこっと開発スキルを起動して、手元の半透明のウィンドウにあるアイコンをタップするだけで起動──発動できちゃうんだよな。多分これ、大規模の魔法を作ったとしても同じなんだろうな。しかも開発スキルは、余計なウィンドウを開かないこともできるし、ウィンドウの大きさを調整もできるから、もうほぼ起動しっぱなしなんだ。起動を維持するコストは殆ど無いからね。だから、無詠唱の連続起動とかも余裕である。魔法の名前を言うことすら不要だ。
そうやって騒いでいると、他の子どもたちも近づいてきた。
イズミおばあちゃん家の元気なキッズだ。
「見てみろよ、冴えない顔してるけど、アキト兄ちゃん凄いぜ!」
マサキ少年、確かに冴えないかも知れないけど、それとこれとは関係ないでしょ。
「確かに、凄い……」
「あ、ここの木目かわいい」
「…………おなかすいた」
やってきたキッズ。発言順に、ちょっと神経質で言葉数少な目なリヒト少年、可愛いもの大好き娘シズクちゃん、最年少なのに一番大きな──と言っても110センチほどだけど──テンマ少年。
テンマ少年はいつもお腹を空かせている。何なら食事の直後から腹を空かせている。食いしん坊は嫌いじゃないぞ。イズミおばあちゃん家の家計は厳しいだろうけど。
「だろー? 俺、アキト兄ちゃんに魔法習おうかな」
「……マサキには無理だと思う」
「んだとー?! やってみないと分かんないじゃないか」
「あ、ここの模様、蝶々みたい」
「…………薪って食べられるのかな」
自由すぎるぜ、キッズ。自由奔放さが半端ない。
あと、テンマ少年、薪は流石に食べれないから噛みつこうとするんじゃない。
そんな感じで、薪を割ったり、マサキ少年とリヒト少年のじゃれ合いのような口喧嘩を聞いたり、可愛い木目を探しまくるシズクちゃんで癒されたり、ぼーっと畑の方を見ているテンマ少年の様子に首を傾げたりしながら、薪割り用に積み上げられていた木の殆どを割りまくった俺。
あと、この二日間、魔法のプログラムで魔力を使いまくってたんだけど、そうすると神霊が寄ってくるんだよ。
殆どの神霊は光の玉みたいな見た目なんだ。それがシャボン玉みたいにふわふわと漂っている。でも、しっかりと意思を持っているみたいで魔力を使ってると寄ってきて、近くで観察してるみたいなんだよね。これが結構可愛い。
今も、さっきまで居なかった神霊が、ぱっと見たところ3体──単位が体で良いのかは分からないけど──寄ってきてる。
更に分かったことなんだけど、この神霊、普通は見えないみたいだ。勿論見える人はいるんだけど、一握りなんだって。俺は神様や神霊が見える特異体質みたい。ステータスの特性欄にあった『神族神霊の友』がこの特異体質を示してるらしい。
だから、こうして神霊が近づいてきても、キッズは何の反応も示さない。しかも、神霊を目で追ったりしていると挙動不審に思われてしまう。気をつけねばならない。
そんな感じで薪を割っていると、視線を感じた。見ると、サクヤ嬢と目が合った。こっちの様子を伺っていたようだ。
思い思いに騒いでいるキッズたちを一度見てから、俺はサクヤ嬢の方へと歩いていく。すると、子供たちから視線を外し、俺の方に視線を向けるサクヤ嬢。相変わらず壁を一枚も二枚も感じる視線です。
「こちらを見ていたようですけど、何か用ですか?」
キッズに何かあるのかな。そう思いながら、適当な距離を保った上で聞いてみた。
「…………」
何も答えてくれない。
視線が相変わらず厳しい。サクヤ嬢は超がつく美少女だから、ある種の紳士諸君にはご褒美なんだろうけど、俺はシンプルにつらい。フレンドリーな関係が望ましいんだ。
微妙な空気の無言の時間が耐えられなくて、何か話題を提供しようとしたところで、サクヤ嬢が口を開いた。
「あなたの目的は何ですか?」
「目的?」
特にないけど、どういう事だろう。
「私はおばあちゃんとは違うので、正直あなたのことを信じられません」
おばあちゃんと違うって言うのがやや引っかかる言い方だけど、信じられないのは……まぁ当然だろうなぁ。見ず知らずの男をたった二日で信じろなんて無理な話だ。
「信じられないので、あなたの目的を教えてください。あなたが何をしたいのかが分かれば、あなたの行動原理が少し分かるような気がするんです」
俺の行動や上っ面の性格なんかは、ここ二日間、結構見られてたからある程度予想はできる。あとは目的がはっきりすれば、自分たちに害ある存在なのかどうなのかが、朧気ながら判断できるってことか。
まぁ、判断できないにしても、それを落としどころとして彼女の中では納得してもらえるってことなのかな。
『そうなんじゃない? 付け加えるなら、イズミさんや子供たちがあっさりアキトに懐いちゃったから、一人だけ敵視し続けて空気を悪くするのは嫌だとか思ってるのかもね。真面目そうじゃん、彼女』
真面目なのかも知れないけど、それ以上に家族思いなんじゃないかな?
『ほほー、美少女には好意的だね。やっぱりアキトも男の子なんだ』
そりゃ、男の子ですけど、何か?
嫌われるよりは好かれたいじゃん。シンプルだよ、俺の考えは。下心? そりゃ多少はあるに決まってるじゃん。好みの相手と仲良くしたいって思えない奴は、医者に診てもらった方が良い。
おっと、カネリンと話過ぎて、ちょっと妙な間になっちゃったな。でも、もう一つだけ、聞いておかないと。
──俺が異世界から来た人間だって言うのは、隠してなきゃならない?
『はははっ、まさか転生二日目でこの質問を受けるなんて予想外だよ』
笑ってないで答えて欲しいな。
『分かってるよ、ごめんね。 ──これは、イザナギ、イザナミとも話したんだけど、アキトに任せるよ。これが答え』
──なるほど。
ちょっと困る回答だったけど、そういう事なら俺のしたいようにしちゃいますか。