06.ミルル村へ
「今すぐ、その子から離れなさいッ」
弓を引き絞る音がこちらまで聞こえてきた。
殺気──なのだろうか。ただならぬ気迫が少女から発せられるのを肌で感じた。
地球では、銀髪は白髪の美称と言われたりもするけれど、本当に銀色の美しい髪だ。木漏れ日の光を反射して輝くプラチナブロンドに目を奪われた。
そして、まっすぐこちらを見据える蒼色の眼。矢を向けられているというのに、恐怖よりも感嘆が勝ってしまうほどの衝撃だった。語彙力も何もかなぐり捨てて言うと、むっちゃ美少女だ。北欧系の美少女だ。
何あの腰の高さ。スタイルえっぐ。
目は綺麗な宝石みたいだし、シミ一つない肌は艶やかだし、プラチナブロンドは輝く絹糸みたい。それでいて、出るところはそれなり以上に出てる。美少女すぎる!
「姉ちゃん!」
足元から声が聞こえる。
その声に思わず視線を向けると、さっきまでまともに動けていなかったマサキが一瞬で起き上がり、小動物のような素早さで少女の背後まで走っていく。
なんだ、そんな機敏な動きもできたんだね、マサキ少年。思った以上に素早くて吃驚だよ。
自分の後ろにマサキが隠れたことに一瞬だけ笑みを浮かべた少女。けれども、表情はすぐに厳しいものへと変わり、俺へと向けられる。
おやおや、もしかしてこれって……。
『ピンチだね~』
カネリンが言う。うん、それは俺にも分かるよ。
目の前の美少女に目を奪われてる場合じゃないってことも分かる。
でも、こういう状況であっても、カネリンと意思疎通ができるだけで幾分か心に余裕が生まれるのも確か。その余裕を感じられるうちに何とかしないとと、俺は思考を加速させる。
「えぇと、きっと誤解だと思うんだよね」
俺は両手を挙げて敵意が無いことを示す。この行動で合っているのかは分からないけど。だってここは地球じゃないからね。
だけど、効果はあったようで、少女の表情に変化があった。悩むような、こちらを探るような視線。幾分か敵意が和らいだような気がする。
「だ、騙されちゃダメだ! あいつオカシイから!」
ちょ。何て事言うんだマサキ少年。
シンプルな悪口は凄く効くんだぜ? しかも子供に言われると効果は跳ね上がるんだぜ?
しかし、マサキ少年もあちら側となると、黙って流れに任せると大変なことになりそうだから、ここは弁明一択だろう。
「その少年が倒れてたから、目が覚めるまで付いていただけだ。マンドレイクの悲鳴にやられたらしい。ほら、俺の足元に抜かれたのがあるだろ?」
そう言って、顎で自分の足元を促した。ちゃんと、そこには抜かれたマンドレイクがある。相変わらずム〇クの叫びみたいな根っこの花が転がっていた。頭には小さめの花。何となく白っぽい。
「……追剥ぎの類ではない、と?」
「……少年、何か無くなってるものはある?」
少女の質問には直接答えず、マサキ少年に尋ねる。話を向けられたマサキは、彼女の後ろに隠れたまま、ぺたぺたと自分の体のあちこちを触りながら持ち物を確かめだした。
「……無い」
うむ。素直でよろしい。ここで虚偽報告でもされようものなら話がややこしくなるところだった。
素直に答えてくれるっぽいから、どうせ次に疑われるだろう悪党の疑念も払ってしまおう。
「怪我も無いと思うけど、どうだい?」
「……無い」
「という訳だ。追剥ぎや悪党の類なら、少年が気絶している間に盗むなり、手足を縛るなり、脚の腱を切るなりしている。 ……信じてもらえると嬉しいんだけどな」
少女はまだ何か言いたげではあったけれど、俺に向けていた敵意たっぷりの視線と弓矢を外してくれた。
◇◇◇
ところ変わって、ここはミルルの村。何とか追剥ぎや不審者の疑惑を解くことに成功した俺は、ミルルの村に来た。
マサキ少年がマンドレイクの悲鳴にやられた場所からミルルの村までは、初見の森の道なき道を進む必要があったけど、特に迷うことも無かった。
それは、俺が凄まじい方向感覚を持っているからではない。カネリンのナビ? それも違う。マサキ少年と少女が、ミルル村の住人だったからだ。一緒にここまで戻ってきたのである。
そろそろ夕暮れ時という感じの時間になっている。
「……着きましたよ」
少女──名前はサクヤと言うらしい──が警戒心に満ち満ちた声で俺の方を見る。
うん、分かるよ。直ちに害がある人じゃないって分かっただけで、別に俺が信用された訳じゃないもんね。初対面であることは間違いないし、第一印象が良かったとも言えないもんな。
「ありがとう。助かったよ」
一応、設定としては森で迷った旅人っていうことにして自己紹介したんだ。こっちが名乗ったら、しぶしぶながらサクヤ嬢も名乗ってくれた。きっと根はいい子なんだろうね。恰好を見るにお嬢様ってわけではないだろうけど、何か立ち居振る舞いが洗練されているような気がするから、心の中ではサクヤ嬢と呼ぶことにした。
因みに、さっきの場所からミルル村まで30分くらい歩いたんだけど、その間、会話らしい会話が何も無かったから気まずかった。
「帰るついででしたから、別に構いません。それよりも、こんな何もない村に何の用なんですか?」
こっちへ向けられたサクヤ嬢の視線は、警戒心たっぷりだ。
……まぁ、ここから村を見る限り、本当に何も無さそうだ。文化レベルが地球で言うところの中世くらいだという情報通り、電気なんかは当然通って無さそうだし、階数の高い建物も見当たらない。農村っていうのかな。土地は凄く広そうだけど、そもそも建物自体が疎らで、お世辞にも栄えているようには見えない村。畑が広がってはいるものの、整然とした畝なんかは無くて、とても大きな家庭菜園といった手作り感に溢れる畑だ。
家を見てみても、簡素な木造であまり大きなものは無い。新築っぽい家も無く、見えている範囲では結構古い家ばかりだ。
その代わりと言って良いのかどうかは分からないけど、村の中にもちらほらと小さな神霊の姿が見える。
うん。ここが目的地だって言うなら、家族か親戚でも居ないと難しいだろうなぁ。
ねぇねぇカネリン、この村に何か特産品とかあるの?
『見ての通りの農村だから、小麦、ライ麦、あとは家畜の牛からとれる乳製品が主な産物ではあるけど、特産品かと言われると微妙かな~』
あ~、この地方にはよくある農村って感じで、この村じゃないと手に入らないようなものはあんまり無いってことかな?
『そうそう。それに、規模の小さな農村だから生産量も多くはないしね。まぁ、豊かな森があるから、そこで採れる山菜とか、シカやイノシシとかの肉は特産品って言えるかも? でも、やっぱり人が少ないから大々的に売り出してはいないみたいだね』
なるほどね。
となると、困ったな。ミルルの村に来る理由が無さそうだ。ここは適当に誤魔化すしかないか。
「特にこれといった用は無いんだけどね。元々見分を広める為にあちこち旅してて、その道中森に迷い込んじゃったところだったからさ。体を休めることができる場所があれば良いなと思って、どこかの街か村かを目指してただけだったんだよ」
「そうですか」
それだけ言って、もう用は済んだとばかりに去っていこうとするサクヤ嬢。マサキ少年もそれに続く。
「ちょ、ちょい待って!」
「……まだ何か?」
ああ、その疎外感たっぷりの視線がキツいよ……。でも、聞いておかないと困りそうだから、がんばって質問する俺。
「この村に、宿はあるかな?」
「ありません」
おう、無いんだ。まぁそんな気はしてたけども。
「じゃぁ、どこか泊めてもらえそうな場所は……」
「そんなのあるわけ……」
サクヤさんが、そんなものは無いと否定しようとしたところで、彼女の服の裾をマサキ少年が引っ張った。
サクヤさんの視線がマサキ少年に向けられる。
二人の間に会話は聞こえなかったし、俺の場所から二人の表情も見えなかったからどんなやり取りが行われたのかは分からない。でも、暫くすると、サクヤさんがため息を吐きながらこちらへと向き直った。
「……ついてきて下さい」
そう言うと、サクヤさんはマサキ少年の手を引いて歩き始めた。
事情は分からないけど、どこかへ連れて行ってはくれるようだ。
「……あ、ありがとう!」
今までの彼女の態度を考えると、親切にしてくれるとは思っていなかったから、反応が少し遅れてしまった。
しかし、この心遣いはありがたい。ミルル村に宿が無いとなると、最悪野宿になるんだろうけど、何かを紹介してくれるということだろう。どこか屋根がある場所を借りられるだけでも十分だ。 過度な期待はせず、それでも彼女達に感謝しながら、俺は二人と共にミルル村へと入っていった。